つれづれなるマンガ感想文3月

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一気に下まで行きたい



【雑記その3】・近況〜あるいはフロム・ブラジル・トゥ・豚汁
【雑記その2】・近況〜あるいは死者の葬列
【雑記】・「第二回トンデモ映画会」開催!
【イベント】・「鶴岡法斎のエログロハイセンスVol.10 〜最暗黒の妄想、そして奇想〜」






【雑記その3】・近況〜あるいはフロム・ブラジル・トゥ・豚汁

もう何年もこうやってパソコン上に駄文を書き続けているが、
「そうだ、この調子で書きためれば同人誌一冊できるじゃん!」
と思いつき、ブログに発表しないで思いついたら駄文を書く、というふうにしてみた。
そうすればいつの間にか溜まって同人誌一冊ぶんくらいにはなるはずだ。

……ところが、調子が上がらない。
自分の意識の中で、「取って出し」の感覚が染みついてしまっていて、「これ、どうせ溜まってから見せるんだよな」と思うと、モチベーションが上がらないのである。

それでは、結婚式で黒田節を披露したいと思います。

ウソです。

エイプリルフールだから、ウソつきました。

それもウソです。

(上記が、アンチ・ミステリーの構造である。)

それもまたウソです。

「豚汁天使!!」
(07.0317)


【雑記その2】・近況〜あるいは死者の葬列

松村邦洋が、「冗談画報」に出た頃のことだ。もう20年くらい前か。
彼は当時得意だったビートたけしととんねるずの石橋のものまねをやった。
コージー冨田が出てきた現在、松村のものまねは極端に対象をカリカチュアライズした、古いタイプのものまねだと思われているかもしれないが、この頃の彼は体重は現在の半分くらいしかなく、かなりコージーに近いリアリズムものまねをやっていたのだった。

いや正確に言うとコージー以上である。コージー冨田の営業的なネタ披露を生で見たことがあるが、それはタモリにしろ鶴瓶にしろ、「あるあるネタ」的というか、彼らが言いそうなフレーズをコンパクトにまとめるというものであって、「戯画化」という意味においては当然、コージーも従来のものまねの範疇の人間である。

しかし、20年前の松村はたけしならたけし、石橋なら石橋で、10分か15分は一人芝居で持たせようというような、何かそういうすごい無謀なことをやっていた。

当時、「冗談画報」の司会の泉麻人は「ビデオで何回も巻き戻して対象を見ている世代のものまねだ」と評していたが、まさしく、ギリギリまでそのまま対象をコピーしようという、マンガ家志望者の投稿作が、気合いが入りすぎて描き込まなくてもいいところまで描いてしまっているような、そんな印象を残した。

だがそれではやはりウケなかったのか、松村は他のものまね芸人と比べても極端なデフォルメをものまねに課すようになる(そして売れた)。

……私は何が言いたいか。
……別に何も言いたくない。
「死者の葬列」というタイトルにも何の意味もない。でもこういうタイトルにしたら、みんな読んでくれるかなーと思って。

いやねえ、最近生きる意味についてずっと考えていて……。
あと文章を書く意味も。

「別にそんなことに意味ない」って本当はわかってるじゃん(横浜弁)。

っつーか、「生きる意味」とか「文章書く意味」がある人というのは、それ自体でお金を稼いでいる人はこれぜったい必要だけど、

それと東大とか一橋とか、いい学校出てる人ね。

いい学校出てる人は、それなりに知的なことをする義務があるから。

だから菊川玲にはちゃんとしてほしい!!
コンクリートの計算だけうまくなってんじゃねえ!!!(本宮ひろ志的タンカ、もしくはテレビだけの情報に対して何かを言った気分)

でもさー、3周くらい回って、自分は東大とか一橋とかお茶の水とかハーバード大学とか出てなくても、やっぱりそういうものは必要だと思うんですよ。

たとえば文章を書いて、文章で「知」を放棄しろ、とアジるというのは「体育なんてくだらない!」と叫びながら持久走をやるような矛盾を感じる。
まあだからこそ、その辺の問題を突破するために60年代後半くらいに「パフォーマンス」とかが流行ったと思うんだけど、えっ、なんで60年代に飛ぶんだ?

何が言いたいかというと、文章によって無限に(60年代的な意味での)パフォーマンスに近づくことはできても、それそのものにはなれないんじゃないかなあ、っていうね、その、信用金庫からのご提案なんですね。

文章を扱う以上、どこかで「知」的な部分に抵触せざるを得ないんですよ。
それは東大、出てても出ていなくても。
まあそれを知ったうえでのギリギリの真剣勝負をした文章はとても面白いわけなんだけど。
あるいはしれっととぼけた文章でもいい。

さて、池袋に「東京ぶたまん」っていう店があるんだけど、関東では「肉まん」っていうのが普通。
最近「ぶたまん」という呼称の進出を関東人が許しているのは、低成長時代以降の関東人独特の根無し草的、浮動票的感覚によるもので、別に寛容の精神からではない。
よっぽど浅草に三代住んでるとかじゃないかぎり、現状では「東京」というテリトリーを主張すること自体がダサい、っていう風潮に、そこら辺のあんちゃんでも思っているから。

本当は「東京ぶたまん」って、「東京明石焼き」っていうくらいの矛盾でしょ。
しかしイライラするな。
電話ボックスに入って電話をしたら通じなくて、しかも空から今にも雨が降ってきそうな気分だ。
(07.0316)


【雑記】・「第二回トンデモ映画会」開催!

「第二回トンデモ映画会」開催!
と学会員が厳選したトンデモ映画をオールナイトで上映!

第二回の選者は、唐沢俊一!!
勿論、映画の前には、落語とトークショーもあります!
ゲストは『怪奇大作戦セカンドファイル』の脚本も担当される中野貴雄監督!

落語(瀧川鯉朝)
22:00〜22:20

トークショー(出演:唐沢俊一、中野貴雄監督)
22:30〜23:15

上映作品
・「アマゾン無宿 世紀の大魔王」(1961/東映) 23:30〜0:55

監督:小沢茂弘  主演:片岡千恵蔵
 片岡千恵蔵の、多羅尾伴内をはるかにしのぐ怪ヒーロー“アマゾンの源次”と、進藤英太郎の“ゴールドラッシュの熊吉”の対決! テレビでは絶対放送できない“増沢病院”のシーンを含め、頭からシッポまでぜ〜んぶカルトシーンばかりという怪作。トドメに、ニュー東映のオープニング及びセットデザインが成田亨!

・「華魁」(1983/武智プロ) 1:05〜3:00
監督:武智鉄二  主演:親王塚貴子
 日本映画史に残る異才・武智鉄二の本番映画。原作はなんと谷崎潤一郎。
前半、重厚な遊廓のセットと、それにまったくそぐわない親王塚貴子の棒読み台詞で驚愕したあと、後半でいきなり舞台はアメリカ(と、思えというのが無理なやる気のないセット)に移り、エクソシストのパロディになる!

 いや、信じないかもしれないがホントなのです。

・「狼の紋章」(1973/東宝) 3:15〜4:35
監督:松本正志  主演:志垣太郎
 日本SF最高のスーパーヒーロー、少年ウルフガイ。それを映画にしたらこんなことになっちゃいました、という超話題作(別の意味で)。今では松田優作の幻のデビュー作として有名だが、白い学生服に日本刀という、面堂終太郎チックなスタイル、そして白フン姿も若々しい。観て脱力したときのためにビタミン剤の用意必須!

場所/新文芸坐 池袋駅東口徒歩3分
豊島区東池袋1-43-5マルハン池袋ビル3F

電話/03(3971)9422
日時/2007年3月10日(土)
午後9時45分開場 午後10時開始

料金/前売2300円 整理番号付き/劇場窓口(発売中)&チケットぴあ(店頭のみ、コンビニ不可)にて2/10(土)販売。(メール予約は行いません)
当日2500円

※全席自由で、整理番号(=券番号)順にご入場頂きます。
※終夜興業につき、18歳未満の方はご入場できません。
※上映作品が古いため、作品によっては映像や音声の状態が悪い場合がございます。
 何卒ご了承のうえご覧下さい。
(07.0307)


【イベント】・「鶴岡法斎のエログロハイセンスVol.10 〜最暗黒の妄想、そして奇想〜」

間を置かず、またやります!!
2007年4月9日(月)
場所:ネイキッドロフト
(ネイキッドロフトHPより引用)
何気なく暮らしている日常に「魔」「怪」「変」「妙」は潜んでいる! それらを提示して「生きるためのヒント(もしくはノイズ)」を見つけ出そうという試み。無駄話のなかにこそ本質がある。ゴミの山に財宝が隠されている(ような気もする)。濃厚暗黒トークが堪能できる一夜。
【出演】
鶴岡法斎
新田五郎
小林銅蟲(「ねぎ姉さん」作者)
OPEN18:30 / START19:00
¥1,200 (+1drinkから)<当日券のみ>
(07.0307)

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