◆ 福神町に関する覚え書き ◆
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ウルトラジャンプ1998年No.17(表紙は左)から始まった、藤原カムイのインタラクティブコミック「福神町綺譚」。連載開始前から「福神町通信」という予告編みたいなページが掲載されていたが、第1回めが掲載された今もどんなことをやろうとしているか掴めてない人が多いと思う。
実は俺(福神町でのハンドルは我執院譲治)はこのプロジェクトにかなり前から関わっていてほかの人よりもいくぶん事情に詳しい。そこで、福神町がどのような経緯でウルトラジャンプに登場するに至ったかについてなど少し説明してみようと思う。
福神町の誕生
福神町のそもそものスタートは、スコラから刊行されていたコミックバーガー(現在のコミックバーズ)に遡る。この雑誌では藤原カムイの「雷火」(原作:寺島優)が連載されており、連載の最後に1ページ「雷火通信」というオマケページが掲載されていた。
このページで藤原カムイが、「読者参加型のコミックを作ってみたい」と洩らしていて、その脇に藤原カムイのNIFTY SERVEのメールアドレスが記されていた。その当時、パソコン通信を始めたばかりだった俺は、作者のメールアドレスを見つけて、なんだかうれしくなってメールを送ってみた。内容は「読者参加の形態として、読者がアイデアを出し合うホームパーティを作ってみてはどうか」というものだった。NIFTYのホームパーティとはインターネットの掲示板みたいなシステムで、パスワードを知っているユーザーだけが読み書きできる小規模のクローズドな会議室だ(現在はパティオというより大規模なシステムに移行したためホームパーティは廃止になった)。
このメールの後すぐ「じゃあ、ホームパーティを作ってみてくれませんか」という返事が藤原カムイから返ってきた。そんなわけで俺はさっそくホームパーティを設立した。これが1995年1月26日のことである。
プロジェクトの進行
このホームパーティの存在は、俺と同じくインタラクティブコミックに興味を持ってメールを送ってきた人にも告知され、また雷火通信にもパスワードとIDが掲載された。正直なところ、バーガー読者の反応は鈍かったが(バーガーが売れてなかったことと雷火通信での告知がちょっと分かりにくかったのも要因だと俺は思っている)、数人のアクティブな発言者により意見が交わされインタラクティブコミックの基本的な設定などについて話し合いが始まった。
このホームパーティにはもちろん藤原カムイも加わっていたわけだが、彼の初期のイメージとしてあったのは「昭和30年代」だ。つまり大阪万博のころの、混沌として畸形で、それでいてどこか懐かしい、現代日本の原風景的なイメージ。これを基調に置いた町であるところの「福神町」を舞台にインタラクティブコミックは展開されることとなった。
話し合いが進むにつれオンラインの相談だけではもの足りなくなり、実際にホームパーティのメンバーが集合し打ち合わせ(「寄合」と呼ばれていた)も頻繁に行われた。そんなこんなで最初の1年間くらいはさまざまなイメージやアイデアが提出され、福神町は順調にスタートしたかに見えた。
停滞
しかし、その後ホームパーティはだんだんと活気を失っていく。まずはネタ切れ。素人連中の集まりであるために断片的なイメージは出せるものの、それを体系的にまとめることがなかなかできず福神町の世界観をイメージしにくくなってきたのだ。ホームパーティの新規参入者があればまだ新しい展開もあったのだろうが、今までの話し合いの結果とそこから生まれた設定をつかむことが難しく、非常にとっつきにくい状態になりつつあった。これは、NIFTYのホームパーティが1000行以上メッセージがたまると、自動的に古い発言から削除されるというシステムだったのも大きかった。バーズになってからも雷火通信は掲載されたが、ここでのホームパーティの告知が、素っ気なくて一般人には分かりにくかったというのも新規参入者を募るにはマイナスだったといえるだろう。
それ以上に問題だったのが、いつまで経っても始まらない本編だった。当時藤原カムイは「雷火」と「ロトの紋章」という2大連載を抱えていて、なかなか本格的に福神町にとりかかれない状況だった。そのほかの参加者はしょせん素人衆の集まり。世界の断片的な設定・思いつきはあってもそれを束ねて具体的に呈示する人材がいなかった。
ひとたび本編となるストーリーが始まれば、パロディもできるし、「このキャラクターはこういうふうに動かしたい」といった要望も出せる。しかし、何もない状態から何かを作るというのは一般人には荷が勝ちすぎた。
福神町に関して話し合っていたアクティブメンバーの間では、「福神町は著作権フリーな素材として提供され、外伝やパロディ的な読者が勝手に作り出した世界観も本編として柔軟に認めよう」という意見が出ていた。具体的には、ラヴクラフトが創出したクトゥルー神話を元に後継者たちが自らの解釈でその世界を発展させていったようなイメージで、福神町も広がっていければと考えていたのである。
そういった広がりを求めるにはやはり中心に一本太い柱となる作品が欲しかった。これがなかなかスタートしなかったため、ホームパーティ(後にパティオに移行する)はしだいに発言が少なくなり、寄合(というより藤原カムイを囲んでの飲み会)だけが繰り返されるという状況に陥りつつあった。グッズやミニコミの製作もその間に行われたが、局面の打開にはつながらなかった。
いきなりの大舞台と今後の展開
しかし、そんな倦怠感の漂いつつある中、藤原カムイは根気強くこのプロジェクトを進行させていた。「雷火」「ロトの紋章」の連載が完結し、藤原カムイにも福神町にとりかかる余裕が生まれたのだ。そして、それを拾いあげたのが集英社・ウルトラジャンプである。ウルトラジャンプに予告編、その後2ページずつの「福神町通信」が掲載されるようになり、また福神町は活気を取り戻し始めた。そして始まったのが「福神町綺譚」というわけである。
ここまで来るのに3年余り。企画スタート当初から深く関わらせてもらっていた俺としても(最近はこのホームページを作ったり、仕事が忙しかったりしてちょっと離れ気味)、大集英社様のウルトラジャンプの表紙まで飾るようになったのは本当に感慨深いものがある。
というわけで福神町は俺の想像していたよりもはるかに大きな舞台で、ついに船出することと相成った。しかし、実のところこれからのほうが問題は多い。
読者の意見をどのように吸い上げるか。そのシステムの問題もある。正直なところ、読者のアイデアといってもすべてを反映できるわけではない。それをどのように取捨選択していくか。また、どのようにまとめていくか。
そして何より「福神町綺譚」がウケるかどうかだ。参加者がいなかったらそもそもインタラクティブなんて成り立たない。過去、いろいろなメディアで視聴者や読者が参加するという企画が行われてきたが、実際にそれが成功した例というのはほとんどない。本当はクトゥルーみたいに、漫画に限らず複数分野のクリエイターが参加して自在に発展していくというのが望ましいのだが、それも本編が成功してこそだ。とにかくキーを握るのはウルトラジャンプの連載である。
なお、現在福神町に関する読者の意見の吸い上げはNIFTY SERVEよりもインターネットに舞台が移ってきている。興味を持たれた方は、まず「福神町綺譚」のホームページへ行ってみてほしい。掲示板も設置されているので、そこに感想や要望を書き込めば藤原カムイが作品の中にそれを取り入れてくれるかもしれない。実際に、俺がNIFTY SERVEで発言したことなんかもすでに福神町通信などで生かされている。自分のアイデアを藤原カムイが絵にしてくれるなんて、めったにないことだ。福神町の未来を握っているのは読者だ。そしてこのプロジェクトに参加するのは読者にとってもチャンスなのである。