「クルドの星」 安彦良和
Yoshikazu Yasuhiko

「クルドの星」
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 1998年、安彦良和は今までになく多数の漫画作品を発表した。単行本も「王道の狗」1〜2巻、「我が名はネロ」1巻、「マラヤ」1〜3巻と実に6冊、2ヶ月に1冊のペースで発売された。

 安彦良和の絵は実に達者だ。元はアニメ畑出身なだけに、静止している絵の中にも動きがある。カラー原稿の美しさも特筆ものだ。モノクロではスミベタをうまく使って、迫力のある画面を作り出す。しかし。漫画に関してはあまりうまくない。主人公はだいたいにおいて同じような、ナイーヴで多少内省的、ワガママで直情径行の青臭い少年。彼らが、わけの分からないまま大きな出来事に巻き込まれ、一時は成功を見るが、若さゆえの猪突猛進が災いして苦しい局面に……というパターンが多い。主人公たちの行動は一人よがりなところがあって、いまいち釈然としない点がある。ストーリー的にも、主人公たちの陥った窮地を最終的に収拾しきれず、歯切れの悪い幕引きに成ることが多い。要するにキャラクター、ストーリーの幅がとても狭い人だったのだ。ギャグ&ラブコメのテニス漫画であった「Cコート」などはかなり例外的だが、ギャグが滑っていることが多く、正直いって全然面白くなかった。
 そして何よりも致命的なのは、コマ割りがあまりうまくないことだ。構図は悪くないのだが、アニメにはコマという概念がないせいか、見せ場の場面をうまく強調するだけの演出力に欠けるきらいがある。

 ……とまあ、苦言が多くなってしまったが、別に安彦良和をこきおろそうってわけではない。漫画的技量がさほど達者でないという点も、最近ではだいぶ改善されつつある。とくに潮出版から発行された「虹色のトロツキー」あたりから歴史モノに才能を発揮し始め、達者な絵がストーリーの中で生きるようになってきた。
 そんな安彦良和作品の中で、俺が一番好きなのがここで取り上げる「クルドの星」である。

【以下あらすじ】
 日本人の父、トルコ人の母と生き別れて日本で暮らしていた少年、マナベ・ジローのもとに、ある日トルコの母の名前で一通の手紙が来る。手紙には、母は現在イスタンブールで働いており、ぜひジローに会いたいとある。懐かしい母の面影を求めて、ジローは一路イスタンブールへと向かう。しかし、イスタンブールで出会った女性は酒場でダンサーをしており、自分の記憶にある優しくて知的な母とは大きく面影を異にしていた。
 しかし、再会を喜ぶヒマもなく、いきなり酒場が拳銃を持った男たちに急襲される。酒場まで案内してきた男にいわれるまま、ジローたちは拳銃を握り逃走する。逃走の中、男はジローを車に乗せ、クルディスタン(クルド人の土地)へと向かう。男は実はカシムという名で(人々には「デミレル」と呼ばれている)、クルド人の戦士だった。デミレルはジローを自分の部族の族長(アガ)に引き合わせる。
 族長はジローの母は実は自分の娘、つまりクルドの族長の娘であったと語る。そして、ジローを一人の少年と引き合わせる。少年の名は「マナベ・ジロー」。同じ名を持ち、謎めいた雰囲気に包まれたこの少年をジローは瞬時に自分の弟であると直感する。そして、デミレルが引き合わせた酒場の女が本当の母ではなかったことを理解する。
 その後、ジローはクルドの戦士(フェダーイン)として生きていく道を選択するが、彼の前には幾多の難関が立ちはだかる。自分の本当の母はどこにいるのか、また父は? もう一人の「マナベ・ジロー」の正体は? ……すべての謎はやがて、ノアの方舟伝説の山、アララト山に集約されていき、人類発祥の謎を巡った大掛かりな展開を見せる。その中で、ジローは自分の行くべき方向を見つめ、がむしゃらに進んでいく。クルド人の少女・ウルマや、イスタンブールの暴走族の少女・リラとの恋、クルド人としての民族闘争などを通じて成長していく姿は、とても若者らしい力強さに満ちていてまっすぐであり、なんとも眩しい。
【あらすじ終了】

「クルドの星」は新書判単行本で3巻と、一気に読みきるのにちょうどいい長さに収まっている。冗長な展開もなく、ストーリーは実にキビキビと進む。主人公・ジローの青臭さも嫌味にならず、逆に爽やかにさえ感じられる。人類発祥の謎をめぐる壮大なロマンと、少年の成長物語が、バランス良く調和しており、さほど長くないが読みごたえはバッチリだ。安彦良和らしい、アクションシーンの躍動感も健在で迫力がある。
 脇役のキャラクターたちもイキイキとしている。武骨だが男らしく性根は優しいところもある歴戦の勇士デミレル、そしてリラとウルマ。彼らがジローを支え、勇気づける。クルドの乾いた土地など、背景の描写も巧みだ。
 起伏はあるが破綻なく進むスペクタクルなストーリーで、ラストも爽やか。安彦良和作品の中でも、トップクラスの完成度を誇る。

 第1巻の初版が1986年と、すでに10年以上前の作品だが、今読み返してみてもいささかも古びていない。ガンダムブームや「アリオン」もすでにかなり前のことになっており、今の20歳以下くらいの世代では「安彦良和」と聞いてもピンと来ない人が増えているかもしれない(「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインは安彦良和)。そういう人にも自信を持ってオススメできる作品だ。

●単行本データ

巻数雑誌コード初版年月日
144510-021986/01/20
244510-281987/01/20
344510-371987/06/20
※データはすべて徳間書店・少年キャプテンコミックス版。このほかに判型違いなども存在する。しばた手持ちの版にはISBNコードなし。