■著者名：ハロルド作石 （はろるど・さくいし）■出版社：講談社
■シリーズ：講談社コミックス（月マ） KCDX
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読んでいてこんなにワクワクする、単行本が待ち遠しい作品は久しぶりのような気がする。それまで冴えなかった一人の少年が、ふとしたことから熱中できることを見出し、才能を輝かせていく。「BECK」はそういうお話だ……といってしまうと少年漫画はかなりのものがそうだといえてしまうかもしれない。それでも。それでもこの作品は、面白いのである。俺にしては珍しく、何度も何度も読み返してしまうほどに。
主人公の田中幸雄（愛称コユキ）は、本当に「どこにでもいる」「フツー」な中学生男子だった。そんな彼が一人の少年と出会う。彼の名は南竜介。帰国子女であるという彼は年齢に似合わぬ大人びた雰囲気を身につけていて、しかも世界的なバンドである「ダイイング・ブリード」のギタリストと、昔バンドを組んでいたというのだ。彼との出会いがきっかけで、それまでアイドルくらいしか音楽の知識がなかったコユキが洋楽に目覚め、そして自らもギターを練習するようになっていく。もちろん、最初はコユキもお話にならないくらい下手くそであまり相手にされていなかったのだが、ふとしたことから竜介の妹である真帆が、コユキがものすごいボーカルの才能を持っていることに気づく。そこから彼のバンド人生はスピードを速めていく。
この作品の中で一番気持ちがいいのが、コユキが歌を歌うシーンだ。周りがどんなに騒いでいても、彼が声を出すと皆が静まりかえる。その瞬間のビリビリする高揚感。コユキが普段は大人しいヤツであるだけに、歌唱シーンがより引き立っている。漫画というメディアは知ってのとおり音が出ないけれども、歌声がまわりの騒ぎを静め空間を満たしていく瞬間の描き方・演出がものすごくうまい。
ただ、実はこの文章を書いている時点で発売されている1〜5巻においてはそういうシーンはさほど多くない。でもそれ以外のシーンでも面白く読めてしまうのは、日常シーンの描写のテンポが抜群に良いからだ。コユキと真帆、コユキと彼の幼馴染みで憧れ的な存在の少女である泉との恋愛的感情の芽生え、それからコユキがそれまでの平凡な生活では得ることができなかった強い結びつきを持った仲間たちの存在などなどが物語に彩りを与えてくれている。ハロルド作石ならではのギャグテイストも健在。コユキにギターと水泳を教えてくれるヘンなオヤジ、齋藤さんの存在も見逃せない。こういった楽しい人間関係も有機的に作用して、コユキは一つひとつ成長していく。水を得た魚のように、一つことにのめり込み今までの殻を脱ぎ捨てていくコユキの姿は、見ていてなんともワクワクさせられる。「成長したコユキが、次はいったいどんなゾクゾクするシーンを見せてくれるのだろう」という具合に。
少年の成長物語、というのは非常にオーソドックスなテーマではあるけれども、見せ方がしっかりしていればこんなに面白いのだという好例。別に音楽の知識がなくとも十分楽しめます。なんつったってそういう知識は皆無の俺がこれだけ熱中しているくらいなんだから。
「ボーッとしてたら、何ごともなく人生は過ぎていくんだ！」
「いま、興味がある事を3つ挙げてください。 ギター、ギター、ギター！！！」
5巻の帯の言葉である。ボヤボヤしてるひまなんかない。少年よ！ 走れっ！！ ああ、俺たち大人はそれを頼もしく、羨ましく眺めさせていただきます……いやいや、俺らも走るのだ！ 負けないぞっ！！
（2000/10/24）