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◆ 「東京都青少年問題協議会への意見書」 はじめに(意見書要旨) 今回の議題のひとつである有害図書指定の問題につきまして、下記のような問題点、あるいは疑問点を感じております。本日は診療後にうかがうため会議への出席が遅れますが、本日の会議で下記の点について十分な議論と回答がなされることを期待いたします。 (1) インターネット上で容易に閲覧できるアダルト情報や風俗の投げ込みチラシなどといった他のメディアに比べて、いまや書籍メディアが格別に影響力が大きいとは思われない現状にあって、緊急に有害図書の指定を進めなければならない理論的根拠について明確にしていただきたいと考えます。 (2) 性、暴力表現が、少年犯罪を助長しているとみなすための理論的根拠、あるいは統計資料が存在するか否かについて、明確に示していただきたいと思います(なお、他の都道府県における条例実施前後の統計データについては、すでに事務局に請求済みです)。 (3) 不健全図書(有害図書)の包括指定、緊急指定が、書籍の流通に及ぼす現実的な影響を、本会議でも十分にご検討いただきたいと思います(この資料にやや詳しく説明してありますので、ご参照下さい)。 (4) この種の規制が少年犯罪にどの程度の抑止効果を持ちうるかは大いに疑問が残るいっぽう、東京都でこの種の条例が実施された場合には、(いまやわが国の基幹産業のひとつともいわれる)マンガ、アニメ等のポップ・カルチャーが多大なダメージを受けることは確実です。この点についても、ぜひご検討いただきたいと思います。 1.不健全図書指定の科学的根拠について 私は精神科医として、思春期の患者を数多く扱う立場にありますが、メディアの性、暴力表現が青少年の心のありように直接的な影響をもたらすという印象は持っておりません。この印象は、メディア効果論と呼ばれる社会学の一分野のこれまでの研究成果にも合致するものです。 現在のメディア効果研究の到達点については、東京都立大学助教授である宮台真司氏が東京地方裁判所刑事2部に継続中のわいせつ図画頒布事件において証人として証言された際の意見書を資料として用意しましたので、これをご参照ください。 前回、11月4日の青少年育成問題協議会において、渡邉晃氏(警視庁生活安全部長)も「それ(不健全図書のこと)が原因で直接犯罪を敢行したという数字はでていない」「性情報の氾濫と青少年の性犯罪の増加について因果関係を学術的に証明したケースはない」と答弁されています。 不健全図書類が青少年の健全育成に有害であり、緊急な対策が必要であるという今回の条例改正検討の根本的前提については、このように少なからぬ疑問があります。 もちろんその一方で、11月4日の青少年問題協議会の会合において、東京都職員が「ただし岐阜県条例で最高裁判決として『社会通念上、有害情報の氾濫が青少年に対して有害な面を持っている』とある」と発言したような事実もあります。 この判決とは、平成元年9月19日に下された岐阜県青少年保護育成条例違反事件についての最高裁判決であり、正確には、「不健全図書が一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長につながるものであって、青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になっているといってよい」と述べており、不健全図書が青少年の健全育成を妨げるかどうかについて明言を避けています。また、同判決の補足意見において伊藤正己裁判官は「しかし、青少年保護のための有害図書の規制が合憲であるためには、青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性のあることをもって足りると解してよいと思われる。」と述べており、規制を正当化するために一定の根拠が必要であることを判示しています。 裁判所は法律の専門家ではあっても、メディアの影響論などの社会科学の専門家ではありません。判決のときから現在に至るまで約15年の年月が過ぎており、この間には、青少年の健全育成に関し多くの研究がなされたものと思われます。最高裁判所が、判決後の研究の成果を無視し、不健全図書が青少年に格段の悪影響を及ぼさないことが相当程度に明らかな場合にまで、不健全図書規制を正当化することに固執するとは到底思われません。本会議では、ぜひとも最新の知見に基づいた科学的・論理的議論がなされることを期待いたします。 2.包括指定、緊急指定制度の問題点 包括指定制度とは 包括指定制度とは、審議会で1点1点指定する「個別指定」、行政の一存で指定する「緊急指定」と異なり、具体的な雑誌名・書籍名を示さずとも、青少年に「有害」であるとする描写が全体の3分の1、5分の1あるいは20ページ以上、10ページ以上といった基準に達していた場合、自動的に「有害」図書とみなす制度です。 不健全図書指定の効果 不健全図書として指定された場合、あるいは、みなされた場合、法律上の効果としては、青少年健全育成条例にしたがって、区分陳列が要求されることになりますが、事実上、「有害」指定された書籍や雑誌の流通をストップしてしまう極めて強い効果があります。 この点について、東京都の関口繁光副参事(当時)は、青少年健全育成審議会第470回審議会小委員会(平成11年7月29日開催)において、「連続して指定されるのがありますね。指定しているだけで、向こうが自主規制しない限りは余り意味がないような感じがするんですが、その辺はどういうふうになっているのか。」という問いに対し、「そこら辺は流通面を含めましても、業界の自主規制のルールが決まっていまして、東京都が連続3回、もしくは1年間に5回指定しますと、取次で取り扱わない。注文があったときには取次ぎますけれども、現実の商行為の中では注文で雑誌を置くことはないということで、事実上流通できないという措置です。したがいまして、連続指定になりますと、これは成人向きという形に切りかえるか、もしくは廃刊といったことになりますので、連続3回は非常に厳しいペナルティーということです。」と答弁しています。 また、当時の女性青年部長(氏名不明)は、「3回連続になりますと取次が扱わないということは、一般書店に出回らなくなるということです。私どもは指定するということで、その後、出版倫理協議会さんの方で、3回連続、あるいは年間5回の場合には、帯紙措置をしなければ基本的に取次がないので、原則的に流通はしなくなります。」 このように、東京都による不健全図書指定がなされると事実上、書店における流通が不可能になり、当該図書あるいは雑誌は事実上廃刊に追い込まれることになります。 包括指定制度の問題点 包括指定最大の問題点は、性表現、暴力表現あるいは犯罪に関する表現などについて、ストーリー全体の流れの中において、表現の持つ文脈をわきまえずに、専断的に「有害」認定し、表現の流通市場から排斥してしまう点にあります。いずれにしても、表現の是非について、「量」を基準として判断することには、大いに疑問があります。 また、これはこれから出版される表現だけではなく、これまでに出版された書籍など全てについて「有害」指定の対象となることも問題です。 別紙に「不健全図書」指定の対象となる可能性がある作品をリストアップしてみましたが、これらは、いずれも、現在の東京都青少年健全育成条例が「有害」とは認定していない作品です。 そもそも包括指定制度とは、現行の個別指定制度による有害指定がされるまでには一ヶ月程度の時間がかかるため、本来東京都の有害指定基準に従えば有害指定される筈の商品について、発売から不健全図書指定がなされるまでのブランクを利用し、東京都の不健全図書指定制度、業界の自主規制制度を脱法的に回避する業者に対抗するための対策である筈であり、本来、「有害指定」の対象とはならない作品にまで網をかける制度ではない筈です。 性表現等と青少年非行との間における因果関係が不明である現状において、一部の脱法者を網にかける目的のために、性表現、暴力表現あるいは犯罪に関する表現を一律に有害だと断じてしまうことは、表現や文化の持つ可能性を著しく制限し、多くの優れた作品を書店の本棚から追放してしまう可能性があります。また、青少年健全育成を理由に、表現文化そのものの幅を狭めることは、後述するように文化のみならず経済をも衰退させることになりかねません。 包括指定制度の実効性 大部分の道府県は、包括指定制度を導入しているとのことですが、導入の効果、導入後の問題点について検討がされているのでしょうか。 これに関連して、東京都は、対宝島社の不健全図書指定処分取消請求事件(東京地方裁判所(行ウ)第307号、同345号及び平成13年(行ウ)第29号事件)の平成15年6月26日付準備書面第5、3(2)において、分量的な基準(包括指定制度)が妥当であるとする原告宝島社の主張に対し、「確かに、例えば、北海道青少年保護条例等のように『ページ総数の3分の1を占める』もしくは『連続して3分を超えるもの』というような文言を採用すると道府県はあるが、それは不健全部分の量を表す評価に過ぎず、何が不健全であるか否かということに関しては分量的な基準は全く機能しないのであり、結局のところは当該図書類の内容が青少年の健全な育成を阻害するおそれがある不健全なものであるかどうかにつきるのである」と主張しており、明確に、何が青少年にとって有害かを判断するに際し、「分量的な基準(=包括指定制度)」は役に立たないことを自ら認めています。 緊急指定制度について 緊急指定制度とは、警察官を含む行政の職員が、書店の店先、あるいは、コンビニなどにおいて、現場判断で「不健全図書」として認定出来るという制度です。 緊急指定制度についての最大の問題点は、個別指定の場合とは異なり、青少年健全育成審議会などによる答申を経ないため、担当職員の主観による恣意的な判断が可能となる点にあるといえます。 また、実際の運用は、立ち入り調査に際し、その場で書店などに対し「有害」を確認する形で「包括指定」し、口頭で区分陳列あるいは撤去を指導する形になることが他の道府県の例から予想されますが、その場合、個々の図書類の名称や書店と係員とのやりとりなどは一切記録に残らず、後日、認定の不当性を裁判などで争うことが殆ど不可能に近くなるという問題点があります。 なお、東京都は、前記宝島社との訴訟に際し、個別指定制度が憲法第21条2項の禁止する検閲に該当するという宝島社側の主張に対し、平成15年6月26日付準備書面第5、1において、「すなわち、本件条例が採用する指定方式は、店頭に陳列されている特定の図書類について、青少年の健全な育成を阻害するおそれがあるか否かという観点から、被告が、その内容を個別具体的に精査し、第三者機関である育成審議会の意見を聞いたうえで、本件条例8条1項に規定する要件に該当する図書類についてのみ、不健全図書類として指定をする個別指定方式である。・・・(中略)・・・このように本件条例の指定の方式は、憲法が禁じる事前抑制禁止という面にも十分配慮した方式である」と主張し、現行の個別指定方式を擁護しています。この論点からいえば、第三者機関の意見を聞くことも無く、個別具体的な審査もせず、特定の描写を一定以上含む表現物について「本件条例8条1項に規定する要件に該当する」と一方的に決め付ける緊急指定制度が、憲法上問題がないと言えるかどうかはなはだ疑問です。 以上のとおり、包括指定制度及び緊急指定制度には、表現の自由との関係で大きな問題点が存在すると考えます。また、その実効性もはなはだ期待しがたい制度でもあります。以上の理由から私たちは、これらの制度の導入に反対します。 むしろ従前どおりの個別指定制度について、審議会の開催回数を増やすなどして対応するべきであると考えます。 3.文化産業への悪影響 包括指定制度、緊急指定制度の導入は表現の自由に対し強い影響を与え、わが国の誇るマンガやアニメなどの表現領域、さらに全ての出版文化を衰退させてしまう可能性があります。 それが有害であるという明確な科学的根拠も無く、いたずらにこれを規制することは、青少年から生々しく多様な文化に触れる機会を奪うことに他なりません。その結果、青少年が、無害化された「去勢されたオスばかりを作るような文化」(石原慎太郎都知事の発言)にしかアクセスできないとすれば、それこそ青少年の健全育成のために有害であり、以下に述べるとおりわが国の文化産業にも多大な悪影響を与えると考えます。 毎日新聞2003年6月20日東京夕刊において、経済産業省文化情報関連産業課課長補佐片岡宏一郎氏は「マンガは産業の核の一つ。マンガがダメになるとテレビ、映画、ゲームも枯れる。日本固有の文化であり、海外輸出の重要なコンテンツ(情報の中身)」と述べていますが、マンガ、アニメ等のポップカルチャー産業は、裾野産業を加えると10兆円超の売り上げ規模となり、既に鉄鋼業、農業を抜いており、21世紀、日本の基幹産業の一つとなることは間違い無いと言われています。 東京都の発表によれば、世界の子ども達が見ているアニメの約65%は日本で制作され、そのうちの約80%は東京で作られていると言われている。国内の劇場用アニメは年間約30本上映され、テレビシリーズは年間約2,500本以上放映されている。この他キャラクターグッズの販売を含めると、アニメ産業は約1兆円の産業であると推定されています。 東京都は、アニメ関連産業の振興を図るため、国内外から企業を誘致し、東京で「新世紀東京国際アニメフェア」を開催しており、東京国際アニメフェア2004実行委員会実行委員長である石原慎太郎東京都知事は、「世界中の人々から愛され高い評価を受けている日本のアニメが一同に会する『東京国際アニメフェア2004』が、来年3月25日から同月28日までの4日間、東京ビッグサイトで開催されます。今回で3回目となるアニメフェアでは、ビジネスを中心とした見本市や若手クリエーターなどによる創造力溢れる作品が競われるコンペティションのほかお子様からお年寄りの皆様までが心から楽しめる各種のイベントが盛大に繰り広げられます。世界中に限りない夢と可能性を与え続ける東京発アニメのパワーを十分に感じ取っていただけることと確信しています。ぜひアニメファンの皆様をはじめ多くの皆様にご来場いただき、アニメの素晴らしさに触れ感動を味わっていただきたいと思います。」と挨拶しています。これは、アニメ産業が集積する東京で国際的な見本市、コンペティション、イベントを開催することにより、国際的な商談の場を提供し、アニメ関連産業の一層の発展を図るためです。 しかしながら、出版社の90%、大型書店チェーン、ゲームやアニメの制作会社の本社の大部分が存在する東京都において、青少年健全育成条例の改正が実現すると、その影響は確実に全国に波及します。その結果、マンガはもちろん、テレビ、映画、ゲームなどはコンテンツとしての競争力を失い、わが国が誇るサブカルチャーは崩壊することになるでしょう。 これが杞憂ではないことは、歴史が照明しています。かつてコミックシーンで最先端を走っていたアメリカのコミックは、ここ50年ほどの間に、日本の漫画に大きく水を空けられてしまいました。アメリカにおけるマンガの衰退原因は、1954年にできたコミックコードによる規制とされています。アメリカのコミックコードができたときに、根底にあったのは、コミックは子供のためのものという非常に強い思い込みであり、そうした信念に基づいて、すべての漫画表現を、子供にとって無害なように単純健全化してしまいました。 その結果、大人の鑑賞に堪えるような深みのある漫画が描かれる発展性が奪われました。コミックコードがマンガを「子どものための優良な娯楽」と規定してしまった結果、勧善懲悪のスーパーヒーローもの以外存在できなくなったのです。 その結果、アメリカン・コミックスの黄金時代は終わったと言われています。事実、コミックコード以降のアメリカの漫画は急激に失速し、漫画そのものが非常にマイナーな文化になってしまいました。 幸い、日本ではこれまでアメリカのコミックコードのような厳しい規制がなく、自由度の高い世界の中で発展することが出来たため、現在の漫画文化は、その半分が高校卒業以上を読者の対象年齢にした市場になっています。 これはいわゆる18禁のアダルト作品という意味ではなく、「ビッグコミック」などに代表される大人向けの漫画、つまり大人の鑑賞に堪える豊かな漫画文化を生み出すに至っています。日本の漫画・アニメ文化は、アメリカの映画文化に相当すると指摘する論者もいるほどです。 例えば、2002年度の手塚治虫賞を受賞したのは「バガボンド」と「ベルセルク」という作品ですが、両作品ともセックス描写、暴力描写が少なからず含まれています。すでに「バガボンド」はマンガが英訳され、「ベルセルク」はアニメ版が英訳され、海外においても高い評価を得ていますが、東京都の条例の改正が実現すれば「不健全図書」として指定される可能性があります。 また、現在、キアヌ・リーブス主演の映画「マトリックス レボリューションズ」が日本でも公開され、高い評価を得ています。「マトリックス」シリーズのアニメーション版として、「アニマトリックス」という作品がありますが、それを観ると、制作談話において「アニマトリックス」制作に関与した海外及び日本のクリエイター達が、口を揃えて、日本アニメの歴史は、日本のマンガの自由さに支えられており、新たな世界的な表現を生み出すことにつながっているとも述べています。 以上のような理由から、私たちは、今回の条例改正における不健全図書類の規制案について、慎重に論議を尽くすべきであることを提言いたします。 〜斉藤環(精神科医)、山口貴士(弁護士・リンク総合法律事務所)/2003.11.10 |