January

母が死んだら私は生きていけないと思った。
でも今は何かが失われたあとも残る何かがある、と。
人間が見せるまっとうで優しい、小さな行為の記憶に私は救いを見る。




2005.01.30 耐え難いキスで肉を刺す蠅のように
大阪国際女子マラソン。前日から出場選手のチェックをして観戦する気満々。テレビで長居のスタートを見てすでに興奮。淀屋橋付近にかけつけて選手の走る姿を見て、ハタふりながら自然に「がんばれー」て応援してたらなんかすごくじーんとした。大南選手を見て小学生のときに走ったマラソン大会をふと思い出した(私は走るのすごい遅いんだけど)。マラソン観戦いい、泣きそうに興奮した。走れないけど走りたくなった。



チェックしていた北堀江の雑貨屋へ。思っていた通りの店内なのだけど、たとえばスウェーデン製のアルミのバケツやアンティークのカフェオレボウル、それぞれはかわいいけれどどうにも家にはあわない気がした。雑貨屋自体は面白いのだけど、雑貨屋で何か買ってもなーという微妙なトコロ。見えないところの収納とかで使ってもなー


2005.01.29 怖ろしい滑らかさを備えた、手袋におさまった手
家人が前から行きたがってた CDショップ meditations。私が行ってみたかった古本屋 砂の書。天気が良かったのでyouskullzeeさんを誘って京都へお出かけ。急な誘いに乗ってくれてありがとう。

meditations はものすごい分かりにくい住宅街のなか。パララックスみたいのを想像してたので思ってたよりおしゃれできれいなお店。棚にあるCDの2列くらいしか分からないのでお店の人にいろいろ聞いてみる。「めっちゃいい」と紹介された『LULA CORTES E ZE RAMALHO / Paebiru』を購入。サイト内の紹介によると「1975年ブラジリアン・アシッドミュージック奇跡の極レア盤」。たしかにすごく良くて久しぶりに聞いててわくわくするCDを買った感じ。LULA CORTES は覚えておこう。家人はCDのほかにオスカー・フィッシンガーのビデオを買っていたりして、見るの楽しみ。



増田屋ビルのなかにある砂の書。天井まである本棚のなかの本はどの古本屋さんの品揃えよりわくわくする。sableさんに教えてもらいながら本を物色。『荒れた海辺』が欲しかったけれど高くて断念(東京では倍の値段、と言われても高い)。アンナ・カヴァンも高い。で、教えてもらった中のアラン・クレルン『性の原罪』、野溝七生子『ヌマ叔母さん』を購入。sableさん、ありがとう。帰ってからお店で聞かせてもらったCDが思い返すととてもよかったので気にかかっています。


2005.01.28 スイートで、荒涼としていて、微笑があって、死がある。
Gさんの文系日記を読んで素直にあこがれたりするのは、やってることや(仕事ととか)友人関係がそれはもうレベルが違うからで、そこまで自分の身の回りと違うと素直に読めてわくわくする。Gさんの京都に関する記述が好き。横から見ないで正面から見せてくれるような文章。物知りでやわらかい文章。いろいろ理解できるようになりたい。観て聴いて読んで旅して食べていろいろ理解したい。

映画『バトル・ロワイヤルII【鎮魂歌レクイエム】』(深作欣ニ、深作健太/2003/東映)。こういう映画を見ると2003年作品をいまさら観ました、という感じ。Iのほうがずいぶん面白いのは生徒それぞれのキャラクターが際立っていたことと(本作品では名前が覚えられない)、その生徒それぞれのストーリーに緩急がありドラマチックだったから。父と息子の作品を較べるのもどうかと思うけれど(偉大なので)、前作の安藤政信や紫咲コウや栗山千秋クラスの主人公以外ぱっとした出演者も見当たらない。唐突な展開と無理やりな演出に冷めてくる。

映画『キル・ビルVol.1(Kill Bill:Vol.1)』(クエンティン・タランティーノ/2003/アメリカ)。マンガ。ユマ・サーマンよりルーシー・リューのほうが日本語セリフが上手。続きモノとは知らず(一話完結モノかと思ってた)。続きを見なくては。


2005.01.24 わたしの身体のいちばんせまいところから
わたしにではいりする水なのだと

福田里香がいろんなところでヴィクトリアンメイド漫画『エマ』(森薫)を押すので思わず買ったらハマり中。装苑のメイド特集かわいかったし、シャネルもメイドだし、今からメイドになりたい(すぐこうなる)。

映画『アブラハム渓谷(Vale Abraao)』(マノエル・デ・オリヴェイラ/1993/ポルトガル、フランス、スイス)。フロベール『ボヴァリー夫人』を下地に現代を舞台にした作品。三時間余の長尺なのにオリヴェイラに対して文句の言えるショットはなく、人物を正面から据え、長い長い屋敷の外観をとらえたショット、すべて必要だと断言されている気がするオリヴェイラマジック。男の強さに対する女の弱さはしたたかさの裏返しでもあり、男の強さは時に滑稽だ。しかし意図しないしたたかさは破滅も招く。精神的肉体的に抑圧され耐えていたエマが花開いていく姿は単純ではない。あらゆる伏線や物語、ゆるやかに必然的にエマのもとに集まる大変な複雑さ。そしてその絡まりあった複雑さの上にある愛と死が美しいと思えるこれまたオリヴェイラマジック。マリアの「人生は美しい」という言葉は誰に対してだっただろうか。



2005.01.22 アベックの鯉ゴホッゴボリぬるき水
家人が万博公園内にある国立民族学博物館に行きたいというのでおつきあい。でも私も太陽の塔を間近で見たことがなかったので楽しみに。初めて行く万博公園はものすごい広くて(駐車場から遠い)いろいろ見てたら一日では見られない。民族学博物館に行く前に入場無料の大阪府立国際児童文学館をのぞく。ここ面白い。私も貸りてみたい本がたくさんあった。やっと入った国立民族学博物館がまたものすーごーい広くてさらにものすごい数の展示物で面白いのだけどいつ終わるか分からない展示物の数々に体力を消耗。出てくるまでにへとへとに。出てきてなんとか太陽が沈む前に太陽の塔を見て感動。65m。大きい。すごーい。暖かくなったらお弁当持って太陽の塔の下でピクニックをしよう。



映画『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング(My Big Fat Greek Wedding)』(ジョエル・ズウィック/2002/アメリカ)。前向きでほほえましい。

突然百人一首がしたい。もう覚えてなくて上の句と下の句が一致しないけどしたい。ああいま歌を詠むとなんて美しい歌が多いんだろうと酔いしれる。でも家人とふたりでは対戦できない。誰か一緒に百人一首をしませんか。対戦しましょう。


2005.01.19 塩の味を知るにはまだ青く清らか
映画の試写会に行く。かなり面白くなかったので題名は伏せて。映画のあとにお酒を飲みながらダメ出し大会。

川本喜八郎を観る。
「花折り」(1968/14分)
「犬儒戯画・全長版」(1970/8分)
「鬼」(1972/8分)
「旅・全長版」(1973/12分)
「旅・再編集版」(1973/4分)
「詩人の生涯」(1974/19分)
「道成寺」(1976/19分)
「火宅」(1979/19分)
「セルフポートレート」(1988/1分)
「不射之射」(1988/24分)
「いばら姫またはねむり姫」(1990/22分)
川本喜八郎の世界に心酔。感激したり怖かったりどきどきしたりしたすばらしい作品の後の「セルフポートレート」にウケた。感想を少し。「鬼」川本喜八郎の作る鬼はただ恐ろしいだけでなく美しい。三味線と尺八だけの音楽はシンプルで格調高い世界を築き、背景の金蒔絵も幻想的で、そこにリアルさではなく8分という中で虚の鬼の恐怖や美しさを描ききったことに感動。「道成寺」旅の若い僧侶に恋をした女の物語。思いつめるあまり大蛇か龍かという姿で僧侶を追いかける。松村禎三の奏でる音楽と心は連動。話さない人形たちの言葉が聞こえ、表情を感じる不思議。圧倒。「火宅」ふたりの男に愛される女の苦悩。純粋で残酷なストーリー。炎も、武満徹の音楽も、美しい。「不射之射」この作品だけは上海アニメーション上映だったかで見たことがあった。二度目として見るとしかし妻に仕事をさせ自分は弓矢の道を究めるため9年もの間修行に行くというダメ夫。少年漫画的。「道成寺」「火宅」以上ではない。「いばら姫またはねむり姫」岸田今日子が原作とナレーションを担当。トルンカスタジオにて製作したためかトルンカ色が強い。本当のグリム童話版「眠れる森のお姫様」。針にさされる意味は処女喪失。



2005.01.16 夢にベットリ濡れた少年期と青春時代
部屋に大きめの観葉植物を置こうと思ってるのだけどなかなかコレというものがない。もともと植物にくわしくないのでインターネットや近くの植木屋さんでいろいろ見ても自分の好きなもの、というか部屋に似合うようなものを見つけられない。唯一、ちょっと前に三宮あたりで入ってみたショップにはステキな観葉植物があって、で、再度行ってみようと思ったのだけど、ショップの名前も覚えてないし、どのあたりというのも曖昧。

どこに探しに行こう、と家人と悩んで、インターネットで見かけた高槻のショップへ。時間かけて到着したのに目の前にあったのはさびれた植木屋。植物枯れまくり。愕然として即行帰る。わざわざ高槻まで無駄足を・・・

そういえば行く途中、箕面のケンタッキーでバイキングをやっていたので驚いた。大盛況。チキン食べ放題。わー初めて見た、ケンタッキーのバイキング!と思って今ネットで調べたら本州ではここにしかないんだって。へー。


2005.01.15 記憶はまるで落ちぶれた映画俳優のように
顔を出す場を求めてひしめき合う。

大阪市立科学館のプラネタリウムへ。ここのプラネタリウムは300席。でも一日4回の上映は満席が多い。小学生たちの夏休み時期には無理だったことを思い出した。昨年7月にリニューアルしたこのプラネタリウムは世界で5番目に大きいと聞いてちょっとびっくり。驚いたのはそれだけじゃなくて天文を専門する学芸員がナマで解説してくれる。そして今日は土星最大の衛星タイタンへの着陸に成功した小型探査機ホイヘンスの写した画像まで紹介して、なんて順応性のあるプラネタリウム!と大感激。すごーい面白くてまた来ようと思った。

帰りに夜DVDを見ながらお酒でも飲もうかーと言ってチラシで見た酒屋に行く。予想外に品物がたくさんある本格的な酒屋さんで面白くていっぱい買ってしまう。酒屋はここに決定。

映画『DEAD END RUN』(石井聰互/2003)。オムニバス形式の3話からなる映画。この作品の市川実日子はとてもかわいいと思った。

下記の映画はbbsでsableさんにDVD発売されてるよーと教えてもらって、通販で入手したもの。すごく見たかったのでうれしい。

映画『インディア・ソング(India Song)』(マルグリット・デュラス/1974/フランス)。1930年代のカルカッタ。美しいフランス大使夫人と取り巻きの男たち。詩のように物語が進行する。猛暑による怠惰、緩慢さ、死の誘惑、狂気する男。過去。第三者の言葉。椅子にもたれるデルフィーヌ・セイリグを中心に男達が周りを取り囲むシーンが美しくて忘れられない。デュラスの言葉がまさに映像になった作品。テーマ曲「インディア・ソング」はデュラスの葬儀でも流れたという。


2005.01.12 意識ある心的状態は、私のものであろうと、
異様な生きもののものであろうと、何ものかの実在的状態なのである。

湿疹が出来て治らないので近所の皮膚科へ行き、ステロイド系の軟膏をもらう。帰ってから家人がこの軟膏についてインターネットで調べたら案外強い薬だと判明。ステロイド系の薬でアトピーになったという話も聞くし、なんか怖くなってきた。でも湿疹も治したい。あんまり強くない薬ください、て言ったんだけどな・・・

映画『愛してる、愛してない... (A La Folie... Pas Du Tout)』(レティシア・コロンバニ/2000/フランス)。誇大妄想狂の女の話。『アメリ』にしても私はオドレイ・トトゥがかわいく見えない。

映画『キリクと魔女(Kirikou et la sorciere)』(ミッシェル・オスロ/1998/フランス、ベルギー、ルクセンブルグ)。アヌシー国際アニメーション映画祭グランプリ作品。『プリンス&プリンセス』のミシェル・オスロ監督、愛と許しと人類解放のアニメーション。話はしっかりしていて美しい配色も面白いけれどラストの超ラブ&ピースぶりにちょっと驚く。


2005.01.10 人体のうす暗がりのなかに揺らいでいる、
まだ顔も性もない拳大の暗紅色をしたもの。

アメ村タワーへ行く。3Fをうろうろ。いろいろ試聴してみるけれど面白いものが見当たらない。ジョン・フェイフィのライブ盤がいいなーと思ったけれど、新しい音を聞かねばとガマンして、一押しされていた FANFARE SAVALE『Speed Brass of the Gypsies』というジプシー音楽を買ってみる。ムーンフラワーズみたいなのを想像して。帰って聞いてみると意外と薄くてあまり良くなかった。もうちょっとガッツのある音が聞きたい。そういえばタワーのCDを眺めながら、HEADZ系のファン層というかターゲットはハタチ前後くらいなのかな、と思った。常に新しいファンを獲得してるかもしれないけれど常に誰かは抜け出して。その壁がハタチぐらいかなーて。あ、 試聴した解説:佐々木さんのパスカル・コムラードの『バック・トゥ・スキゾ:'75-'83』はダサかっこよかった。

映画『家宝(O Principio da Incerteza)』(マノエル・ド・オリヴェイラ/2003/ポルトガル、フランス)。家宝は自ら輝きを増す。美しいポルトの風景、ジャンヌ・ダルク像への祈り、ほとんど暗示のみで構成される言葉の数々に知らないうちに物語の糸に絡まっていく。人生はおとぎ話と同じ。勝者と敗者、光と影、生と死。従順で耐え忍ぶファム・ファタールの美貌。ラストのはにかむ姿に同性としてぞっとする。まったくの他者が存在することを想定しているオリヴェイラの物語の紡ぎ方はとても好みで面白い。


2005.01.09 きみは、きみにある未知なるものの声だ。
運動不足解消のためにバドミントンセットを購入していたのだけどまだしていない。今日こそは、と思ったのに昼寝をしてしまった。明日こそ。

夜、のぐさんたちとご飯するのに梅田に向かう。お初天神の近くだったので、その前にせっかくだからお初天神に行ってみよう、ということで行ってみたのだけど街中にいるのをふと忘れるなかなかよい神社(空を見上げるとビルが並んでいるけれど)。曽根崎心中の話をはじめてまともに知った気がする。大阪のヤンキーが近松門左衛門を知っているのは面白いと思う。



のぐさんたちと行ったのは窓がナナメのお店。いろんなお話をして、やっぱりいい子たちだなあ(同じ歳だけど)と思う。またご飯しましょう、近いうちに!


2005.01.08 ゆうべ月から落ちてきた人のような君
ハービスエントに行く。用事のついでにはじめて WR に入ったのだけどイーリーありA・F・ヴァンデヴォストありでちょっとステキかもーと(心の中で)はしゃぐ。セール品を買おうか悩んだけれどやめた。自制心が出来たきたみたい。

『やさしい嘘(Depuis qu'Otar est parti...)』(ジュリー・ベルトゥチェリ/2003/フランス)という映画の紹介を少し前雑誌で見たとき、見てみたいなあとぼんやり思っていたのだけどイオセリアーニの助監督が作った映画て今日知って(あとで調べたらキェシロフスキの助監督でもあったみたい)、なんだかますます見たくなってきた(公開終わってるけど)。あ、原題の「オタールが出ていってから」という意味は主人公の名前と(オタール・)イオセリアーニをかけてるのね、とかひとりで少し興奮。あ、でも、フランス人でよくある名前なのかな・・・

映画『幸福の鐘』(SABU/2002)。寺島進のたたずんでいるだけでかもしだされる哀愁感、板尾のまじ演技、篠原涼子のけだるさ(地?)。SABU監督の良さはテンポの面白さ。寺島進はゆっくり歩く。ひたすら歩く。歩きながらいろんな形の不幸や幸福に出会う。不幸とは。自分にとっての幸福とは。何かを与えられたり示唆されたりするのではないところが、ちょうどいい。


2005.01.04 「気をつけてね!その菊はライオンなのよ」
あけましておめでとうございます。

実家に帰った際に凧上げをしてみた。写真のモリゾーとキッコロ凧(実家は愛知)。面白いくらいにするする空に上がる久しぶりの凧あげ。



映画『フリーダ(Frida)』(ジュリー・テイモア/2002/アメリカ)。妙なCGやコラージュで拍子抜け。大事故でベット上固定されていたのにあっという間にすたすた歩けるようになっていてその過程がとても不自然。フリーダ・カーロについて絵は知っていても映画の中の彼女の人生に何か感銘を受けたりはしなかった。

映画『息子のまなざし(Le Fils)』(ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ/2002/ベルギー、フランス)。エンターテイメント性の皆無な、けれど無駄のない淡々とした繊細に計画されたこの作品の中にダルデンヌ兄弟が託した(それはメッセージなどではなく)ものはとても大きい。オリヴィエの後ろ姿を追う揺れるカメラの目線はそのままオリヴィエの視線となり、私の視線となる。言葉がなくてもオリヴィエの衝撃や葛藤、緊張、叫びが聞こえる。閉じた心から、人を許し受け入れるとはどういうことかと考える。

映画『ベルヴィル・ランデブー(Les Triplettes de Belleville)』(シルヴァン・ショメ/2002/フランス)。面白くないこいとないのだけどわくわくするようなアニメーションではなかった。冒険モノではなくミュージカルモノだったらもっと楽しめたような気がする。