メビウスひみつきちミレニアム |
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#37
01/02/11〜
【単行本・漫画】(漫画)
【同人誌】
小田扉「放送塔 / ロングT」 みりめとる
/ 小田扉+弥生一八「沈む島/浮かぶ島」(同人誌+CD)
FLOKEA![]()
【単行本・漫画】(小説・ノンフィクション)
古橋秀之 「ブラックロッド」 / 古橋秀之 「ブラッドジャケット」 / ライアル・ワトソン(訳:村田恵子)
「未知の贈りもの」![]()
【雑誌】
MUJIN 3月号 / ANGEL倶楽部 3月号 / 近代麻雀 3/15 / コミックメガストア
3月号![]()
【etc.】
「SFが読みたい!」 2001年版![]()
01/02/20(TUE)
【単行本・ノンフィクション】 ライアル・ワトソン(訳:村田恵子) 「未知の贈りもの」 ちくま書房

これは素晴らしいです。
もちろん、自然科学者であるライアル・ワトソンが書く本はノンフィクションであり、そこで語られる内容にはなんらかの解答、もしくは結論が存在します。「現在の科学ではまだ解明されていない」というものであれ、そこにはなんらかの結論が存在しているわけですから。
ところが本書「未知の贈りもの」の中において、若き日のワトソンがインドネシアの孤島「ヌス・タリアン」で出逢った数々の体験は、解答、結論どころか、何が自分に起こったのかを把握するのすらも困難な、まさに神秘体験と呼ぶにふさわしいものでした。ワトソンは混乱し、自然科学者としての自己アイデンティティー崩壊に近い状態にも陥ります。そして、「到底理解できないような不思議」を「なんとか自分の持てる言語、論理の中で説明」しようと苦しみます。そして、その苦悩こそが、この本の文学的価値を高めるものでもあり、同時にその神秘体験の本質から遠く離れていくものなのではないかと感じます。悲しいことですが。
「ケンバン・チリ(小さな花)」なる小舟に乗って「ヌス・タリアン(踊る島)」なる孤島にやってきたワトソンは、道中、「光る海」に遭遇します。これは文学的表現でなく、実際に光っているのです。それを皮切りにワトソンは次々とこの島で信じられないような体験をすることになります。そして、その神秘体験の中心にはティアという12歳の少女がいました。踊り子としてワトソンの前に現われた彼女は踊りを言語として使い、世界を構築する事ができる少女でした。ワトソンはティアと話しているうちに、彼女が音を色彩として認識している事を知ります。そしてそれは言葉通り、知的連想の類ではなく、知覚インプットとして機能しているものである事も。ティアやその周辺の人々の見ている世界、たとえば「ヌス・タリアン」の光景とワトソンの見ているそれとは既に異なったものなのでした。当たり前のように船が帰ってくる時間を「見る」ティアにワトソンは当惑し、この現象に彼なりの理由付けをしようと試みます。人体におけるマイクロウェーブ感知能力だとかなんとか。そしてティアの能力がしだいに覚醒していき、やがて驚くような、そう、本当にマジック・リアリズムの手法で描かれたそれのようなヌス・タリアンの人々ですら彼女を魔女と認識するような出来事が起こり、ワトソンは「現代物理学では説明がつかない」と悟ります。つまり現代物理学から量子物理学へと、言語自体を交換しなければ、どうにもならなくなったのです。しかしながら現象を観察する人間の中に「量子力学的な立場からこの現象は説明可能だ」という認識が産まれてしまった段階で、その現象を理解するという本質からはたぶん遠ざかってしまうのでは、と僕は考えます。そもそも「理解しよう」という思いですら本質に近づくのを邪魔するような気がします。
つまり、この本は、若き青年自然科学者の敗北宣言でもあり、自らの能力を暴走させていくティア、そしてその傍ら、無力に何もできないまま事態を見ているほかないワトソン、異能力者として阻害される少女と、所詮はよそ者に過ぎない外国人、その2人のお話でもあります。だからラストシーンは本当にせつない。せつないです。
ワトソンは「私はこの島で変えられてしまった」と語っているけど、自分はすでにこの島の人々がいる領域には行くことができないということも同時に理解しているのではないでしょうか。
01/02/19(MON)
それはきっと既視感のようなもの
新マグナム増刊、誰かと思ったら片チンでした。片山まさゆき。この人らしい野球漫画。南総里美八犬伝かと思いきや5人でした。4人足りない!(八犬伝でも一人足りないのですが)押川雲太郎いるし、なんだか竹書房の雑誌っぽい。五味裕子はホラー絵だから医療漫画やると無闇に怖いよ……。そういえば今日売りのスピリッツ掲載、佐々木倫子「Heaven?」も「動物のお医者さん」になってたし(笑)。あ、サラ・イイネスがサライネスになってる!さいきん不思議な改名する人多いなと思う今日この頃。そういえば「サトラレ」の佐藤マコトさん、巻頭の「サトラレ」映画情報に載ってる生年月日って誤植じゃないのかな?という気がしています。1963年生まれ。これ、正しいんでしょうか?
01/02/18(SUN)
真実は闇の中に隠せ
・気がつくとチャックが開いている。最近、わりと。
・セブンイレブンで中学生くらいの男の子がエロ漫画誌を立ち読みしてた。非常に人目を気にしながら(だったら買うか、あきらめろ)されど夢中に読んでいた。「これぞホントの勃ち読み…」などと背後からそっと声をかけたい衝動にたいへんかられる。
・お茶だとかお菓子だとか買ってレジに持っていったら、なんと会計333円。「フィーバーだ!フィーバーだ!」と内心おおはしゃぎ。
・嘘書きたくなるのもしごく当然といえよう、こんな毎日。
【ムック】 「SFが読みたい!」 2001年版 早川書房
2000年度国内ベスト20作品のうち、買ってるの5つでそのうち未読が1つ。しかも海外ベストだと買ってるの1冊だけ。エリック・マコーマックの「隠し部屋を査察して」。しかもこれSFというよりは幻想短篇集だよなあ……とほほ。
そういえば、ヤング・アダルトSF部門だの中短編部門だのサブジャンル別にベスト10選出&総括みたいな感じで、冬樹蛉さん、喜多哲士さん、福井健太さん、森山和道さんらが寄稿してたりするわけですが、SFコミック担当してる永瀬唯という人のチョイス、これはないよな―――とか思ったりします。
ええと、では2000年を総括してエスエフな漫画を10作品選ぶとしたら。各自、頭の中で思い描いてみましょう。どんな作品が挙ってくるかな?さて、できましたか?
正解はこちら。
●原作:毛利甚八 作画:吉開寛二「たぢからお」
●業田良家「ゴーダ哲学堂 空気人形」
●富沢ひとし「ミルククローゼット」
●弐瓶勉「BLAME!」
●芦奈野ひとし「ヨコハマ買出し紀行」
●植芝理一「ディスコミュニケーション」
●望月峯太郎「ドラゴンヘッド」
●永井豪、石川賢ほか「ネオデビルマン」
●徳光康之「最狂超プロレスファン烈伝Revenge」
●小室孝太郎「ワースト」
こ、これは凄まじいチョイスだ……。
「アフタヌーンとモーニングを読んでる」ということだけがわかるこのチョイスはいったいなんなんでしょうか?「マニア誌的なものをなるべく避ける方針」というよりは「自分がいつも読んでる雑誌からだけでやった」という感じです(;д
;) 2000年度のSFコミック部門総括で「度胸星」に1行もふれてなかったりとか、マジ?2000年のうちには単行本化されてないとはいえ、「プラネテス」もまったく無視。じつは原稿のバランスもかなりめちゃめちゃで「たぢからお」、「BLAME!」、「ミルククローゼット」の3作品でほとんど2ページ使っちゃってるし。ネタバレばりばりだし。「ミルククローゼット」大プッシュなわりには同じ平行宇宙というトピック使ってる「破壊魔定光」はしらんぷりしてたりと、まったく理解に苦しむセレクトです。仮にあえて外したのだとしても、その理由が読者であるこちらにはまったく見えてこないので、ただ知らないだけなんでは?と思ってしまいます。「ヨコハマ買出し紀行」が2年連続ランクインというのもなかなか。いい作品ではあるけど、ほかに選ぶもの、まだあるだろうに。そもそも「たぢからお」(これをSFとして推すのかい)、「ディスコミ」……アフタヌーン掲載作でももうちょっとほかに「SF」なものあるだろう……。別に総括原稿でわざわざ業田良家だの徳光康之だのをSFコミックとして選ぶことないよなあ……とか思ったりします。図らずも「……」だの「?」だのが連発される文章になっちゃってますが、まあ、しかたない。たいていの人はこれより良いチョイスできるでしょう。総括原稿なのに、自分が好きだという理由だけで作品選出するのはあまりにもいただけないと思います。少なくとももうちょっとジャンル全体を俯瞰した上で原稿書ける方に依頼したほうがよいのではないでしょうか。
そういえば「少女/レディース向け漫画にはSF作品はない」という結論の人でもあるらしい。
ほかのジャンル担当の人はちゃんと納得いく自分趣味抑え目セレクトしてる気がするのですが、なんでこの人だけこんなアヴァンギャルドな異次元ベストを選んでるんだろう?不思議。
ちなみに俺が選ぶとして、ここらには最低ふれるだろう作品を。
□山田芳裕「度胸星」
□弐瓶勉「BLAME!」
□幸村誠「プラネテス」
(2000年には単行本化されてないのでコメントのみかも)
□丸川トモヒロ「成恵の世界」(デュアル文庫もしくは朝日ソノラマっぽい世界だなと常々思ってる)
□中平正彦「破壊魔定光」
□富沢ひとし「ミルク クローゼット」
□明智抄「死神の惑星」
□鬼頭莫宏「なるたる」
□能田達規「おまかせ!ピース電器店」
□地下沢中也「兆 -Sign-」(これも「プラネテス」と同じ理由でコメントのみかも)
次点ぎりぎり、ランクインさせるかが微妙な作品が
□駕籠真太郎「万事快調」
□紗夢猫「FARCE!明智博士冒険記」
あたり。
大穴。祭丘ヒデユキ「レ研」第一部完結作「全然関係ない宇宙」を。本気か!
あ、忘れてた!克・亜樹「Ψchic academy 煌羅万象」入れとかないと!これこそサイコーのSFだよ!(嘘)
あ、細井さんだ。90年代ベストSF【海外篇】は30作品のうち、読んでるの4作品でした。よわよわ。しかもそのうちの1つ「アインシュタイン交点」だったりするし。
01/02/17(SAT)
こっそり一日なくしてみたりして。
・「SFが読みたい! 2001年版」(早川書房)読んでます。
・古橋秀之「ブライトライツ・ホーリーランド」(電撃文庫)読んでます。
・ライアル・ワトソン「未知の贈りもの」(ちくま書房)レビュはもうちょっとあとで。
・クリフォード・A・ピックオーバー「2063年、時空の旅」(講談社ブルーバックス)読んでます。
・野中英二「魁!クロマティ高校」1巻(講談社)は買い忘れたよ。でも、べつにいいか……。
・CLAMP「ちょびっツ」1巻(講談社)は、まあ、いいかな……。
【雑誌】 コミックメガストア 3月号 コアマガジン
けっこう楽しみになっている。月野定規「♭37.5℃」。テスト終了〜「カラオケボックスでも行こか!」でもそのお店、女の子はみんな裸じゃないとダメなんでした〜とかなんとか言いくるめられて、でも2ページ目からノリノリ全裸だったりする眼鏡っ娘、鍵堂さんがなし崩しにいろんな事をアレコレされちゃうお話。快感のあまり目の焦点が合わなくなっちゃってるトコとか、たいへんエロくていい感じであります。泉ゆうじろ〜「あんだぁわぁるど」。見た目は清楚なお嬢様。でも中身は妄想エロエロ体質(しかも天然ボケ全開)のお姉さんとその玩具にされて困ったもんだな弟さんのお話。「セーエキいっぱい 夢いっぱい……」とか。「ラーメン館」っていうラーメン屋の看板見ただけで「ザーメン館?」とか妄想世界へダイブ・イン、道端でたいへんな事になっちゃうお姉さん、百襲(ももそ)のキャラがいいかも〜。ちなみに弟の名前は竿彦。とほほほ。米倉けんご「ピンクスナイパー」は野獣美女校医(どんなんだ)桜井春菜さんと、超エリートながらなぜかその下僕モードな保健委員、新葉くん2人の(エロ)学園コメディ。今回はヤンキーノリな過去話。みた森たつや「めいどin the Snow」はそのタイトル通りに極限状態の観測所に派遣された出張メイドのストーリー。そんなもん、依頼すんなよ!これが絵に描いたようなドジっ娘メイドで極限状態がサバイバル状態に!「このままでは俺は死ぬかも……」そんな話。古賀亮一「忠犬ディディー」は犬が怪我してディディーがナースに。こう考えてみるといろいろ取り揃えてますな。バラエティ〜。巻頭カラー、鬼ノ仁「TEENS」はエロい。
01/02/15(THU)
いつの日か、宇宙に。
ひょんなことから、カポエィラを習い始めた。カポエィラというとわからない人もいるかもしれない。カポエラのことである。
きっかけは駅からの帰り道、ちょっとした気まぐれからとおった事のない脇道に入った時のことだった。コンクリート造りの平屋建て、簡素な建物の中で幾人もの男たちがトレーニングしているのが目にとまった。普通ならば通り過ぎてしまうところであったが、何をしているのかがわからず、足を止めて窓から覗きこんでしまった。
最初はボクシングジムだと思った。しかし、どこにもサンドバックはぶらさがってはいないし、第一リングがない。そこはただ板張りになっている床が見えるだけで、外見と同じく内部もよく言えばシンプル、率直にいうと何もなかった。そんな、学校の体育館を思わせる場所で10人ほどの男たちがストレッチをしている。次に空手か何かだと思った。しかし、板張りの道場なんかあるだろうか、そんなこと考えながらぼうっと眺めていると、背後から急に声をかけられてぎょっとした。
「体験入学の方ですか?」
学校でもないのだから入学ではないだろう、そう思いながら振り返ると、ラテン系だろうか、屈強な身体ながら、どこか人懐っこい笑顔をした一人の青年が立っていた。彼はパウロと名乗り、このカポエィラ道場の師範をしているのだといった。
カポエィラ。
急にはイメージが浮かばない。たしかブラジルかどこか、ラテン系の国が発祥で、たしか両手を鎖で繋がれた奴隷が抵抗のために編み出した武術である、そのときにはそれくらいの認識しかなかった。恥ずかしながら見たことがあるのはたとえば、「鉄拳3」のカポエラ使い(名前何だっけ?エディだったかな)とか古くは「餓狼伝説」のたしか1だけ登場のうーん、こっちは完全に名前忘れた、とか格闘ゲームの中だけ、つまりは実際に人間が戦っているところを見たことは1度もなかったのだ。
パウロさんに聞いたところでは、やはりブラジルが発祥の地で(そういえば道場の床に描かれていた円、たぶんリングみたいなものだろう、の中心にはブラジルの国旗が描かれていた)奴隷たちが自分たちを襲う理不尽な暴力から身を守るため編み出した格闘技なのだそうだ。ただし、足技が中心なのは、鎖によって両手の自由が奪われている状態だからではなく、サンバのダンスを踊っているふりをしながら、カポエィラを練習するためなのだそうだ。つまり、支配者たちの目を避けるためのカモフラージュなのだ。
なんとなく話しこんでしまい、ついには事務所でコーヒーをいただきながらお話を伺うことになった。図々しい。
いろいろなことを聞いた。カポエィラには大きく分けて、儀式的な側面の強い「カポエィラ・アンゴーラ」、アクロバチックで華麗な動作を特徴とし、テコンドー、空手、サンボなど、カポエィラ以外の格闘技を柔軟に取り入れてきたいわば実戦派カポエィラである「カポエィラ・ヘジォナウ」、この2つの流派があるということ。基本的に勝敗がなく、バックに流れるビリンバウやバンディロ(日本でいうタンバリン)のリズムにあわせ、自分のベストの技を繰り出したり、または相手の攻撃を受けたりする、簡単にいうと同じリング上で行われるダンス・バトル的なものであることなど。また実際に道場で門下生2人がジョーゴ(スパーリングみたいな感じ)を行うのも見せてもらった。道場にいた門下生のうち1人がビリンバウを弾き、2人がバンディロを打ち鳴らすと、道場にいるみんなが大声で歌い始めた。
ルアンダ エー メウ ボイ ルアンダ エー マーラ
テレーザ サンバ デイターダ オー マリーア サンバ ジ ペー
エー ラー ノ カイス ダ バイーア ナォン テン レレー ナォン テン ナーダ
オー ナォン テン レレー ネン ラーラ
オー ラ エー ラ ジ ラ オー レーレー
エー ララ エ ラー エ ラ オー レーレー
歌声のリズムに合わせ、2人がくるくると回転を始める。片足を軸にして、体勢を入れ替えて片手を軸にして、そしてジャンプからの回転蹴り。道場全体が異様な熱気に包まれ、曲のテンポもしだいに早くなっていく。これはルアンダ
エという曲で、カポエィラの試合の時、よく歌われる歌なのだそうだ。上昇しつづけるテンションに合わせ、2人の攻防も熾烈を極めていく、片方が円を描く蹴りを決めれば、もう一方はそれを円を描く動作で受け流す。そして攻守が入れ替わり、その攻撃をまた切り返す。その光景は情熱的で、しかも華麗であった。「カポエィリスタになりたい!」そう感じた俺は、その日のうちに入門の手続きを取った。そして、パウロさんはパウロ師匠になった。
帰り際、「ところでこの道場はどちらの流儀なんですか?練習を見たかぎりでは『カポエィラ・ヘジォナウ』だと思ったんですが」と尋ねると、パウロ師匠はちょっと悲しそうな顔をして、「どちらの流儀でもないのです」と言った。
パウロ師匠の流儀は「カポエィラ・ソゥテベス」と呼ばれるもので、いわば異端の流儀なのだそうだ。この流儀は、いわゆる演舞を中心に発展したもので、いわゆる奴隷たちの抵抗の手段として発展したものとは違い、支配者達の目を楽しませるための道具、道化たちの演目が原型となったものだという。「平安時代、日本貴族たちが楽しんだ蹴鞠みたいなものなのです。支配者側の構造が崩れれば、そこで廃れてしまうのです」 その理屈はよくわからなかったが(よく蹴鞠のことなんか知ってたな)なんとなく頷いておいた。そうそう、初日の練習だ。
「だから、ほかの流儀とは違い、こんな事もできるのです」
パウロ師匠はそう言うと、道場の床、ホーダと呼ばれる円の中心に腰を降ろし、両足で勢いをつけると、背中を中心軸にして回転を始めた。ちょうどその光景は一昔前に流行ったブレイクダンスを彷彿とさせた。カポエィラ用語ではこの回転をジーロゥと呼ぶ。そしてその回転軸は背中から肩へ、そして首へと移っていく。回転速度はどんどんと上がっていって、やがて師匠は頭の頂点を中心にして、まるで独楽のように高速回転を始めた。両足の風切り音は次第に高くなっていき、どこまでも上昇していくかに思えたその音がある一点を越えたその瞬間、―――床から20センチ、師匠はすうっと音もなく浮上し、宙の1点で停止した。
その光景は両足をプロペラにして音もなくホバリングするヘリコプターであり、物理法則に逆らって、落下するでもなく空中で回転しつづける地球ゴマのようでもあった。
師匠は1分くらい宙のその1点で静止していると、今度は急激に垂直上昇し、床から2メートルくらいの位置で身体を反転し、すとんとそのまま床に着地した。そして驚きのあまり声もあげられない俺のほうを向くと、
「これくらいなら門下生のほとんどができることです。肝心なことは1センチ単位で空中移動の制御ができるかどうか、移動速度の可変が迅速に行えるかどうかです。多人数で行う演舞種目の場合、それが命取りにつながることだってあるのです」
そう言った。
( 続く。 どんな日記や!続くな! )
そのほかのこと。
ライアル・ワトソン「未知の贈りもの」(ちくま文庫)がたいへん素晴らしく、いま夢中になって読んでます。ふつうライアル・ワトソンの本ってライフ・サイエンス・ファンタジーって称されるケース多いんだけど、これはそうなってないところが素晴らしい。インドネシアの孤島で自分の理解を超えた出来事に出会った彼の自然科学者としての戸惑い、ある種のアイデンティティー崩壊がこの本を文学作品として成立さらしめているというか。早く読んでレビュ書きます。この本のせいで古橋秀之「ブライトライツ・ホーリーランド」(電撃文庫)が読めない。皆川博子「たまご猫」(ハヤカワJA文庫)は読みました。表題作である「たまご猫」のめくるめくラスト、「をぐり」、そして「厨子王」の老婆の存在(これは怖いし笑える)が良かったかも。この人の描写してないのに映像を喚起する文章、すごくファンであります。見習いたい。
「六番目の小夜子」
恩田陸のです。最近、文庫化した。有里さんとこの日記、2/14,
2/15、あと風野さんとこの日記にて、「1番目〜5番目の小夜子は誰?」という論議がなされています。吉田秋生「吉祥天女」の小夜子は、まあそうなんだろうなと思ったんですが、恩田陸、ゆうきまさみの「究極超人あ〜る」読んでるんだろうか?成田美名子「エイリアン通り」はなるほど、美内すずえのはしらなかった。山口小夜子はモデルで一人だけ実在人物なのか、とか思った。そういう意味があったのか。でもホント「あ〜る」なのかなあ。ここだけは疑問だ。
「三人共用名刺」
うーん、ほとんどのヒトがどうでもいい or
知らないかも。「南国戦隊シュレイオー」で一部に有名な神野オキナ氏のページなんですが。サイト名どおり、中笈木六、由麻角高介の両氏と共用のページらしいです(笑)。なんで笑ってるかっていうとページ見ればわかるんじゃないかなあ。誰も別人だと思っていないお三方なんでありました。しかし謎なのはなんで朝松健がこのヒトを推しまくっているのか、ということなんだよなあ。
01/02/14(WED)
【単行本・漫画】 古橋秀之 「ブラッドジャケット」 メディアワークス

<ケイオス・ヘキサ>3部作、第2弾。前作と同様、オカルトと科学との融合、キリスト教的世界観と仏教的世界観が混在する積層都市<ケイオス・ヘキサ>を舞台に、まるで血の朱色で染められたかのようなジャケットをトレードマークにする吸血鬼殲滅部隊を率いた伝説の英雄、アーヴィング・ナイトウォーカー、彼がなぜ伝説の英雄になったのかを描いた物語。無力な若者のグローイングアップストーリーとして正しいつくり、血と薔薇と屍体とロマンチシズムにあふれた、たいへん真っ当な青春小説です。
前作「ブラックロッド」ではどちらかというと畸形化して快楽原則が暴走したサイバーパンク的世界観を中心に描こうとしていたわけですが、この作品では<ケイオス・ヘキサ>という世界の中で運命に翻弄されようとしている登場人物たちそれぞれの生き様を描こうとしているのが明らかです。アーヴィーとミラの逃避行の描写なんか、せつないですよね。あとはどう考えても主役を喰ってる奇怪キャラ、信仰のあまり、聖光効果が可視波長にまで及んでる(つまり後光がさしてる)マッスル親父、ハックルボーン神父とか。共鳴するな!
前作で見られた造語の嵐、奇怪単語のめくるめく奔流はちょっと抑え目。ギャグっぽくは使ってるけど。
【雑誌】 近代麻雀 3/15 竹書房
麻雀やめた(すくなくともしばらくは)身の上だけど、これくらいは読む。8日売りのオリジナルは未だ買ってないんだけど。そういえば近代麻雀シリーズ、俺が買ってないというあたり、かなり重症なのだというのが伺われる。って、自分自身のことなんだけど。何年ぶりなのか。片山まさゆき「牌賊!オカルティ」。魔にとりつかれたかのように振込み続ける岬。片山まさゆき作品の上手いところは負け組の思考回路をずばり再現できるあたりにあると思う。今回のエピソードも刈人のオカルト打法炸裂がテーマのように一見思えるが、本当の主役は岬な気がします。「―――死地だ―――」っていう台詞がいい感じ。って、負け組の人間に俺が感情移入しやすい状態なだけだよ!そして、またひどい展開になりそうな天獅子悦也「むこうぶち」。博才ゼロのくせに退職金まで手をつけて高レート麻雀にのめりこむダメサラリーマン、そしてその借金取り立て屋であるヤクザの男との奇妙な共犯関係。そして、そんなうだつの上がらない2人が再浮上を願って臨んだ大勝負の舞台。最後のページ、当たり前のように登場する傀の姿にたいへんやーな予感がする。この2人、なかなかいい感じのキャラなんで死なないでほしいんだけどな……最後が最期にならないことを。いけね!また感情移入してるよ!高港基資「不要人物K」前後編。また麻雀関係無さそうなサイコ・サスペンスだな……。ところで妙に古臭い感じの読みきりが連発。原作:鏡丈二 作画:黒咲一人「天下無双」。これも前後編。そしてこっちは再録。何でコレを今?な能條純一「風牌(かぜ)にふかれて」。懐かしい。神原則夫「西校ジャンバカ列伝 かほりさん」はますます酷い展開に。最近ガッときてるそうです。ところでまた出た大滝鉄也「無敗王(ムテキング)」。無敗女(ムテクイーン)栄子のお色気攻撃も通用しなかった3人組と対戦する事になった無敗王、井刈一発。オチが死ぬほどくだらなくてショック!ってそういう漫画なんだけどさ。ところで、萬にだけは感情移入しないぞ!!
01/02/13(TUE)
時を奏でるものたち
本日の日記は、倫理的に問題ありと判断されたため、別ファイルにて公開することにしました。正直ヒドイ内容なのでそれなりの覚悟をもって臨んでください。なお、この文章に差別を助長するような意図はまったくありません。
なお、本日の日記には、特定個人に対する攻撃、事実暴露、悪意など、男・女、性別・年齢問わずに対する暴力、殺人、性的虐待などの描写、人種差別、性差別、動物虐待、宗教差別、学歴差別、デマなどの表現は一切含まれておりません。そういう何かじゃないんだけど。
たんなる鳩時計の話です。でも、ひどい。あとあじわるいわるい。
時を奏でるものたち 01/02/13(TUE)
【単行本・小説】 古橋秀之 「ブラックロッド」 メディアワークス

第2回電撃ゲーム小説大賞、<大賞>受賞作。ライトノベルちょっとずつ試していこう計画の一貫として読み始め。
面白いです。なるほど、こういうのか。「本の雑誌」ライトノベル特集で北上次郎に「こういう小説はオジサン読めません」(読んでないだろ)とか槍玉にあげられ、一部で名を馳せた小説。たしかに呪装戦術隊とか、人造霊とか、機甲折伏隊だの、呪力増幅杖だの、残留思念濃度計だの、真皮相写経だの、そういった造語の嵐見ると(疲れた)、「なんだこれ?」とか思うかも。確かに慣れるまでちょっと時間かかる。
なんというのか、このお話って、仏教とキリスト教が当たり前のように混在し、オカルトがそのまま科学として通用する社会を舞台に、強引にサイバーパンクやってる作品なんですよね。しかもそれに少年漫画的快楽原則暴走をさらに加えてお料理。ブルース・スターリングもまさか、日本でこんな風にサイバーパンクが解釈されてるとは思いもよらないだろうなあ。やりすぎの美学ここにあり、といった感じです。カッコ良さとギャグのすれすれ、ギリギリラインを疾走してるような物語。
108回祈ると消滅する人造霊「沙弥尼」とかギミックの使い方、すごく上手いです。感心。
なんとか第2部の「ブラッド・ジャケット」もさっき読み終わったとこ。「ブライトライツ・ホーリーランド」も今日中に読んで、<ケイオス・ヘキサ>3部作として評価できるといいなあ。
2/15追記: 北上次郎が言及していたのは「ブライトライツ・ホーリーランド」についてでしたね。
2/18追記:「ブラッドジャケット」じゃないか!追記で間違うな!
01/02/12(MON)
【同人誌】 小田扉「放送塔 / ロングT」 みりめとる

正式なタイトルがわからない。放送塔、ロングTの短編2本を収録した、みりめとるにしてはめずらしいオフセット本。コミティア行けなかったけど、しばたさんが気を利かせて買っといてくれた本。ありがたい。「放送塔」。社会からそれぞれにドロップアウトした、ボス、ドリフ、あなご、数学の4人が人生やり直しのためにチームを組んでヤバい仕事に手を出す……というものらしい。というのは4人それぞれの過去話(みんな同様に物悲しく、同時にくだらない)、現実にかれらが踏んでる危険なヤマ、それぞれが時世を超えて交錯し、実際に何が起きているのかがはっきりと描かれないからだ。失敗してほぼ全滅したかと思いきや、文字通り展開を「やり直したりするし」。当然のことながら、マンガとしてのカタルシス解消はまったくされない。現代文学のシュール短編っぽい味わいのホロ苦い話。「ロングT」。頭脳コーヒー再び登場。3回目だっけ?「冬場だけやってる」「ドブ川沿いの」「オープンカフェ」であるロングT店主の奇妙な死に様についてバカ3人+マスターがだらだら喋るアホ話。ブラックアンドシュールな小品。
【同人誌+CD】 小田扉+弥生一八「沈む島/浮かぶ島」 FLOKEA

これも。ともに原作(もしくは原案)FLOKEAの企画もの。小田扉が「沈む島」、弥生一八が「浮かぶ島」を担当。誌面も真中で天地が逆転するつくりになっている。CDについても小田扉、弥生一八それぞれがヴォーカルをとってるのではないだろうか。クレジットがなくて歌詞以外の情報がないのでくわしくは不明。
で、小田扉パート「沈む島」。愛する女性であるひでみと2人暮らすためにその島にやってきた男。「カボチャでできている島だからこの島ではカボチャは育たない」はずだったけど、男の畑ではカボチャがなって……島民との軋轢、恋人への思い、自問自答が交錯するやはりシュールな内容。こさめちゃん似の女の子、フロのキャラもいい感じ。はっきりと描かれないラストはビターな味わいか。
CD「沈む島」。パステルズみたいなヘタウマアコースティックでなかなか微笑ましい出来(笑)の曲。しかし、この歌詞をこのメロディラインで歌うのは無理がないだろうか。小田扉のヴォーカルもなかなかヘタヘタな気が(^^;)すみません。弥生一八「浮かぶ島」。これもストーリーの説明が難しい話だなあ。「一緒に浮かぶ島に行こう」という彼女、さとみとの約束を守るために島に一人旅立ったひでき君の話。なんで一人かというと……がストーリーの肝心な部分で、正直、解釈が難しい気がするのですが、恋人同士のディスコミ話というストーリー解釈でOKなんだろうか。不思議な味わい。CD「浮かぶ島」はキャッチーな楽曲ですね。例えるならケラがヴォーカル取らない有頂天の曲、といってわかるひといるんだろうか?懐かしい。ハッカイがライブだけでやってた「霊長類南へ」とかな雰囲気です。誰がわかるんだ。シュールな歌詞にメロディポップなニューウェーブ曲。これはなかなかええ曲であります。
【雑誌】 MUJIN 3月号 ティーアイネット
たねいち「闇の王」、泉谷勇次、北原武士が載ってない。でも充分にMUJINっぽいし、別に残念というわけでもないんだけど。ところで、古事記王子「チビちゃん教師うさこ120%」が載っていてスゴクうれしい。12月号以来か。うさみみ生えてる(この事について説明は物語内で一切おこなわれない)ロリっ子教師、うさこ先生のロリ度アップが異常なまでにすさまじい。なんせ24歳の大人のはずなのにランドセル登校、どう見ても小学生。むむう。「おじちゃんがお菓子買ってあげようか……」とかいって公衆トイレに連れ込まれたりするし、とほほ。しかも「愛の告白だああ〜〜![]()
」とか勘違いしてるし。とほほほ。そういえば毛もなくなってる(笑)。そしていつかはやると思った、ぐら乳頭「ふた(な)りエッチ」。超くだらない。相変わらずのことながら、ストーリー的にはまったくないも同然なのだが、ふたなり皇帝としてのプライドを感じる事のできる作品であった。そういえば、この人のキャラってなんかアマゾネスってイメージなんだよなあ。あとは痴漢ネタにサラリーマンを強請る女子高生たちがヒドいめにあうタイトルそのままですねマンガ、武輝導明「女狐達の末路」がダークサイドでよかったかも。よくねえか。そういえばゴブリン「男根島」、最初に出てきたスナイパーは結局ストーリーにはまったくからんで来なかったが、なにかの伏線なんだろうか?
【雑誌】 ANGEL倶楽部 3月号 エンジェル出版
初めてレビュするな……。山本よし文「淫縛の血族」最終回。ラストファック―――!!って書いてある。なんというのか、この人の作品っぽいブツッって感じのラストだった。まるでジャンプ打ち切り漫画最終回、「○○の新たなる旅が今、始まる……!!」みたいな。「メタルK」ライクとも言える。ところで、奴隷ジャッキー「僕の天使がいる日常」。こ、怖すぎる……。ある朝教室に行くと、一目ぼれした女の子が机に緊縛されてた……という、まあ、普通なお話なんですが、特筆すべきはこの人の描く主人公の少年の性衝動表現、その台詞の暴走具合がすさまじいの一言。「イッちゃえ!イッちゃえ!イッッッちゃえぇ〜〜〜〜!!」とか。なんて読むのかコレ?「ヌポヌポ!ヌポヌポ!!ヌッポリンコ!!!」(これはひどい)目に焦点、ずっと合ってないし。あとは灰司「風紀十八番茶も出花」。いかにも真面目な眼鏡っ娘風紀委員長がヤラれる話(タイトルそのままですね)なんですが、そのアナクロでいい感じなタイトルセンス、そして見開きでの公園乱交乱舞がなかなか素晴らしかったですマル。巫代凪遠「収穫祭」のネームセンスとかにも驚きます。「落魂歓喜天七目屍喰人!!」とか。最後にやはりMARO「腸嬲腐死(わたなぶくさし)の女体探訪」。極悪シリーズとのことでレポーター腸嬲腐死が訪問先の奥さんを旦那さんと一緒に調教するお話なのですが、洗濯バサミ×100以上、オッパイにつけてみたりとか、無茶にも程があろう、というお話。そして唐突に上の口と下の口に焼肉ご馳走という展開へ……「焼肉入りのアヌスが 私のをギュウギュウ締める!!」「上手い!腸嬲さんにカルビ1枚!」という超くだらないギャグがより話のダークさ加減を引き立てていて、たいへん惨い仕上がりになっています(;´Д`)。ラストページとか、しどいねえええ。
01/02/11(SUN)
何かが確実に起こっている
冬にしてはずいぶんとうららかな陽気の日曜日、コミティア55開催日とのことで、東京流通センターへと出かけた。と書きたいところではあるが、行かなかった。
アパッチ族による同人イベント襲撃。保安官たちの決死の抵抗も空しく、ばたばたと倒れていく創作系同人作家たち。ある者は弓矢で背中から射られ、ある者はトマホークで眉間を割られ、血の海の中で苦しみ、悶え、死んでいく。ただ本を買いに来た一般参加者たちも例外ではない。「生命あるものすべてに死を!」1時間半にもおよぶ襲撃の後、そこにあったのは死屍累々の山。まさにマサクゥル(皆殺し)としか表現しようのない圧倒的な暴力による蹂躙であった。
「すわ、これは予知夢だ!」
びっしょりと冷や汗をかいて目覚める。今日はコミティア後の飲み会があるとの事であったが、このぶんでは開催される事はなかろう。しかたがない、これも運命か。飲み会で出会うはずの人々の冥福を祈りつつ、今日は別の場所に出かけることにした。
マダム・タッソーの蝋人形館はずいぶんと賑わっていた。ショーン・コネリー、ヒンギス、セナ、エリザベス・テイラー、ヒュー・グラント、アーノルド・シュワルツネッガー、エリザベス女王と一族、ベートーベンなどなど、すでに天国なり地獄なりに召されているだろう人々や、運悪くまだこの世界に生き残っている人々、彼らが等しく人形となって飾られている光景には非常に感銘を受けた。ルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人をモデルにした「Sleeping
Beauty」、眠りし貴婦人の姿をそのまま蝋で型取りして命を吹き込んだかのようなこの人形には、腹部に機械が仕込まれていて、まるで実際に吐息をたてて眠っているように見える。なんとも悩ましげなその表情を見ているうちに、今、東京流通センターで起こっているはずの惨劇のことも忘れてしまっていた。
しかしなにより、僕の心を楽しませたのは、「恐怖の館」だ。ジャンヌ・ダルクの火炙り、罪人の拷問、断頭台による処刑、魔女裁判、古今東西、様々な理由で理不尽な死を遂げる人々の姿を蝋人形として忠実に再現したその光景は、まさに夢の光景と呼んでも良いほどであった。
「おい、みろよ!あんな間抜けな面して死んでらあ!」
「このギロチンの刃って本当に極悪人の血を吸っているのかな?」
展示場をおおはしゃぎで歩く。聞くところによると、マダム・タッソー蝋人形館のスタッフはリアリズム追及のために並々ならぬ努力を続けているとのことで、ここに展示されている犯罪者たちの人形、特に近年のものはすべて本人から取ったデスマスクによって作られているだけではなく、衣服、眼鏡、かつら全部を遺族から買い取って使っているという。こんなところにプロとして誇りを持って仕事をしている人たちがいる、そんなことを考えると妙に清々しい心持ちになった日曜の夕暮れであった。
無駄足とは思いながらも飲み会の集合場所へと向かう。意外なことに全員無事で、何の滞りもなく飲み会は始まった。
飲み会は楽しかった。しかしながら、とある出席者の心なき一言、「スズキさんって野口五郎に似てますよね」によって暗澹たる気分になったのは事実だ。野口五郎、野口五郎、ノグチゴロウ、ゴロンボ………。いままでの自分の人生すべてがカックラキン大放送みたいなくだらない番組に集約されたような、なんとも堪らない気持ちで心がいっぱいになり、飲み会の最中だというのにさめざめと泣いてしまう。
その時、天井から光が降りてきた。
最初はスペクトルにも似た、その光。屈折率の差によって、赤色から紫色までの連続した波長にわかれ、煌く、その光。
光芒はしだいに明るく、眩しくなり、だんだんと白に近づいていく。濁りや混じり気のない、純粋な天使の羽衣を思わせる光へと―――
気がつくとその光の中、僕はひとり、手をつないだ女の子たちの中心に佇んでいた。
ぐるぐるとまわる女の子の中、僕は泣きながら歌うように叫んだ。
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
そして女の子たちといっしょに、大草原の小さな家に出かけると、「われめDEポン生スペシャル」をぼんやり見ている。何これ、爆笑の田中勝ってるの?