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#43
01/04/11〜
【単行本・漫画】(漫画)
【単行本・漫画】(小説・ノンフィクション)
フレッド・チャペル(訳:尾之上浩司)
「暗黒神ダゴン」![]()
【雑誌】
近代麻雀 5/15 / ウルトラジャンプ5月号
/ 近代麻雀オリジナル増刊号
牌流かっぱぎ特集号![]()
【etc.】
Orbital 「 Altogether 」(CD)![]()
01/04/11(WED)
仮更新です
じつはいろいろ読んでて、レビュも久しぶりに(;´Д`)
書きたいんだけど、どうしましょう。
恥ずかしいのですが、田中哲弥「やみなべの陰謀」と「さらば愛しき大久保町」(ともに電撃文庫)いまさら読みました。ここら未読でどの面下げてファンだなんて名のってたんじゃキミは、という気がしますが、僕もたいへんそう思います。だいたい著書すべて合わせてもぎりぎり5指に余る人の作品くらいぜんぶ読んどけや。はい、すみません。たいへん面白かったです。
でも今現在の心境的にはフレッド・チャペル「暗黒神ダゴン」(創元推理文庫)の気分なのです。どんな気分や。いわゆるクトゥルー神話ものなのですが、ヘンテコにも程があってたいへん素晴らしかったです。ラヴクラフトに捧げる作品……と言いつつも、実際は厳格なキリスト教精神世界への憧憬と自分自身の実存との間で揺れ動き、悩み苦しむ牧師、ピーターの自我が崩壊していく様をえんえんと描いたロマン主義文学です(笑)。偏執的な描写がずっと続いてくあたりの厭さ加減、最高。これだけ味が濃くて、しかもいい味出している文章、なかなかないな。一緒に倉阪鬼一郎「四重奏
Quartet」(講談社ノベルス)買ってきたんだけど、ホラー者として比べても倉阪さん、ちょっと淡白じゃない?とか思った。
オービタルの新譜は今日発売なのかな?
01/04/13(FRI)
ビクトリー麻雀で
なぜだか鉄拳が連載始めたような。よくわからない雑誌だなあ……。
【CD】 Orbital 「 Altogether 」 eastwestjapan
オービタル、好きなんす。
じつはいまだにこの人たちの位置付けがピンとこないんだけど、
テクノ好きな人って、みんなオービタル聞くのかな?とか思います。僕がこの禿げ入道たち(オービタルはフィル・ハートノル、ポール・ハートノルの2人による兄弟ユニットです)のつくる音楽をどれくらい好きかっていうと、通称茶盤、2ndのBrown
albumはほんとに何回聴いたかわからないくらい。1アーティストの作品に限って無人島に持っていって良し、っていわれたら、僕たぶんオービタルのCDなんですよね。
という感じで日本盤先行発売な6枚目、「オルトゥゲザー」です。
まだリリースされてないけど、海外盤との違いはボーナストラック、「FUNNY
BREAK (ONE IS ENOUGH) BEELZEBEAT」がラストの曲として収録されるあたり。また、日本盤と海外盤では曲の収録順が異なってるそうです。くわしくはオービタル公式サイトであるLoopzのココを参照のこと。
思うにこの人たちほど、どっちつかずで心地良い浮遊感に満ちた音楽を作る人たちはいないでしょう。カッコよすぎず微妙にダサくて、それでいて絶妙なユーモアセンス!たとえばシングルカットされる2曲目「FUNNY
BREAK (ONE IS ENOUGH)」の鐘の音色+ブレイクビーツといった組み合わせに女性ヴォーカルが絡むといった、なんとなくオービタルサウンドを象徴させるような、でも予想がつかない独特な展開の曲にしても、なぜかカントリーっぽい9曲目、「WAVING
NOT DRAWING」にしたって、なんだかやはり独特にヘンテコで、カッコ良くしようと思えば、いくらでもできそうなのに、やっぱりどこかちょっとづつ外してしまうのです、この人たちは。
そんなに通して聴いてないんでそのうち印象変わるかもしれないんですが、個人的に7曲目「DR
WHO」から8曲目「SHADOWS」に続くあたりがカッコ良すぎだと思います。海外盤でもこの2曲の流れはそのままで、そうなるとやはり、ここがこのアルバム最高潮のとこなんでしょう。
じつは、海外盤の曲順のほうがなんとなくいいような感じなんだけど……「TOOTLED」でアルバムはじまったほうがいいような気がします。
全体の印象としては前作「The Middle Of Nowhere」で見せた若干のお茶目さとメランコリーな感覚をそのまま引き継いで曲にヴァラエティー持たせた感じ。2nd
Albumから3rd Album「Snivilisation」の変化にも近いような気もするけど、「Snivilisation」のどこか性急で暗めな曲調とは異をなすユーモア感覚たっぷりなアルバムなんではないでしょうか。
しばらく聴いてます。
ジャケットのスキャンはあとでまとめて……スマン。
【単行本・小説】 フレッド・チャペル(訳:尾之上浩司) 「暗黒神ダゴン」 創元推理文庫
なんというのか、すごい話です。
フングルイ・ムグルウナフー・クトゥルフ・ル・リエー・ウガ=ナグル・フタグン
(死せるクトゥルフが、ル・リエーの家で、夢みながら待ってる)
西川魯介作品でよく使われてるネタということでしかひょっとして知らない方々もいるのかな的フレーズ引用からはじまるこの物語、異端の詩人がラヴクラフトに捧げる……と裏表紙に書いてあるようにクトゥルフ神話に属する長編作品です。
主人公である牧師、ピーター・リーランドは研究論文執筆のため、妻であるシーラとともに、亡き父が残した片田舎の屋敷へと移り住む。その屋敷の中で彼が見つけたものは「クトゥルー」「ヨグ・ソトト」なる発音しがたい異国の言語を思わせるような奇怪な言葉が書き連ねられた古い書置きと屋根裏部屋で見つかった謎の一対の鎖つき手錠。それはまるで誰かをそこに繋ぎ止めておくために用いられたかのよう。語ることを母親からかたく禁じられた、父親の死の真相とは……。そんな彼の前に、農場に勝手に住み着いている野卑な一家、その娘であるミナがあらわれる。異様な風貌をした彼女にリーランドはなぜか心惹かれていく。そして繰り返される悪夢。つのっていく妻への殺意。魔界への入り口が静かに口を開ける。
まず驚いたのは、物語始まってすぐ、えんえん20ページにも及ぶ部屋の描写が始まったことでした。なんせそこらへんにある枕の描写だけに3ページも使っているのです。描写の長さに驚いたのは、京極夏彦「姑獲鳥の夏」で仮想現実について京極堂がえんえん薀蓄をたれはじめた時以来のこと、しかもその部屋の内容が物語に関係してくるわけでもないのです(;´Д`)
。この「暗黒神ダゴン」、本文の長さは200ページ強しかなく、長編とはいえども短めな作品なんですが、その貴重な本文を枕やらソファーやら食卓やらの描写にそれほどさく理由がどこに……。しかし、「これはそういう作品なのだ」というのは読んでいるうちに、そのうちわかってくるのです。すごいです。
この偏執的ともいえる描写にはとにかくメロメロ。たとえば、農場に(勝手に)住みついてる一家の娘、ミナについて。
「目は卵大の大きさで、ほとんど白に近い灰色の瞳は、ほとんど動かずに光を反射していた。顔に鼻がないように思われて首筋に冷たいものがはしったが、それは見まちがいで、ワックスを引いたようなのっぺりとした顔に、押しつぶされた小さく平べったい鼻があった。」とか書いてあります。そんな人間いません!とうぜん、魚類を思わせるこのミナの風貌というのはカバーで使われている造形のように、半人半魚の姿で現われる異教における豊穣の神ダゴンの姿とつながってくるのですが、こちらがおとなしく読んでると思って……というキテレツ描写の暴走っぷり、これこそがこの作品のキモです。
ここに描かれているものは、現実適応能力に乏しいひとりのインテリが、とある事件を皮切りに精神的に追いつめられ、自我を崩壊させていく過程のドキュメントとみてもいいと思います。ジャンル:クトゥルフ神話でありながらも、じつは異界の住人である超自然的な存在はほとんど出て来ません。あるのは俗世間への絶望と罪の意識からの逃避の果てに、人間としての尊厳までも完膚なきまでに破壊されて堕ちていく主人公と、彼を追いつめていく卑劣で残酷な人間たちだけです。執拗なまでに描かれる彼らのグロテスクさ、本当にいい味。
巻末に作者であるフレッド・チャペルへのインタビュー記事が紹介されてますが、そこでチャペルは「これが出版されてからのち、版元の連中は小説を2度と依頼して来なかったよ」と言ってます。それもむべなるかな、わかりやすいホラー小説とくらべても勿論、クトゥルフ神話系体にのっとった他の作品と比べてもこの作品の異様さは際立っていると思います。なぜかわからないんだけど読んでいる自分が高みに昇っていくような錯覚を覚えるラストの恍惚感、こんな味の濃い作品もなかなかない気がします。
フレッド・チャペル、このひとはもともとジャンル:ホラーの作家などではなく、詩人、主流文学作家としていくつもの賞に輝いている人物らしいのですが、それもそうだろうなと思います。
なんという密度の高い文章でしょう!
01/04/14(SAT)
それは長い長い年月であった。男が仙人のもとに弟子入りしてから一万と七千、六百と三十四日が過ぎて、つまりこれは四十八年と三ヶ月、そして十二日のことであった。男が初めて仙人のもとを尋ねたころ、彼はまだあどけなく、少年の顔をしていたものであった。しかしそんな男もすでに老年の域をはるかに過ぎて、どちらが弟子やら師匠やらわからないほどの顔つき、見た目になった。いや、むしろ不死の存在である仙人のほうが若々しく見える。それは病気、そして寿命といった、何時の時代も人々の心を悩ませる一番の諸問題とさっぱりかかわりなく、その魂を地の底の重力に引かれずにすんでいるからであろう。
男は、日々師匠である仙人から仰せつかる過酷きわまりない修行のせいで、顔中にはくっきりと深く険しい皺が刻まれ、薄汚い染みがまるで世界地図の大陸のように顔の半分に浮き上がり、腰は浜辺に打ち上げられてそれっきりとなった腐りかけの海老のようにひね曲がり、壊血症のせいでその歯ものきなみ抜け落ちた。今では杖無くしてはまっすぐに歩くことすらむつかしい。
ある朝、男は仙人に叩き起こされ、杖でしたたか額を打ち据えられた。額にはこぶができ、それはみるみるうちにのびて、まるで額から一本の枝が生えたみたくなった。そしてその枝の先、つつーっと一筋の糸が降りてきたと思うと、その糸の先、ぼおっと青白い炎が揺れた。「それはお前の命の火であるがゆえ、その炎が消えればお前は死ぬ。私が帰ってくるに日没までこの炎を消さぬままいることが今日の課題である」そう言い残して仙人はどこからにふらり消えてしまった。男の姿はまるで深い深い海の底に住んでいるという不恰好な魚のように見え、首をちょっと横に向けるだけで、ゆらり揺れた枝の先、垂れ下がった炎も揺れて、同時に男の心臓の動悸も高まった。「これはいかん。うかつに動くとその勢いで火は消えてしまう」男はそろりそろり歩を進めながら、ねぐらにしている粗末な襤褸小屋に足を向けた。少なくとも屋内のほうが炎は消えないだろうと思ったからである。時間にして8時間あまり、炎を手でしっかりと覆いながら、不意に吹き抜けていく春一番を背中で受け止め、男は足を進めた。あと一歩、あと一歩で小屋の中へたどり着く。そうして戸を閉めてしまえば、もはや何も問題はない。ただ座っていればそれで終いだ。そう思った瞬間、唐突に台風もかくやと思われる突風が吹き、小屋をまるごと吹き飛ばし、七つの海をそのまま天上に浮かべ、それをそのままひっくり返したかのような豪雨が男を襲い、何のつもりかはしらないが、霊山の頂上であるはずの修行場に雪崩が降り注いだ。
男は死んだ。
もちろん、これらは仙人の仕業で、男は日没まで4時間と少し死んでいた。もう少し死んでいたら危なかった。しかし、それだけの時間、命の炎が消え、おまけに雪の中に埋まったままだったせいかどうかはしらないが、男の心からは暖かみがまるで失われて、笑うことができなくなった。
粗末極まりなく、刺がささくれだった木箱を仙人がどこからか持ってきた時にはもっと往生した。この箱に入り、地の底深く埋められたまま三ヶ月過ごせというのである。仙人は男を無理矢理に木箱の中に閉じ込めると、男が逃げ出せぬように外から何十本もの釘を打ち、縄でぐるぐる巻きにしたうえで、腕の太さほどもある鎖を二重三重に巻きつけ、いくつもの錠をかけ、地中深く埋めた。
無理とはわかっていても、男はささくれだった扉をかきむしって、なんとか出ようとした。両手の爪は全て剥がれおち、無数の刺が指に突き刺さった。
ニ日目、箱の中の空気が全てなくなった。もがき苦しみ、手足を傷だらけ、刺だらけにして、男は息絶えた。
五日目、やけにげっぷがでる。おかしい、息はできないはずなのに、と男は思った。それは男の肉体が腐敗をはじめたからであった。
男が埋められて一ヶ月が過ぎた。少しずつ箱の隙間から入り込んできた土くれの中、もうすでに考えることもあまりできなくなって、それはなぜかなあ、とか思っているうちにぞろり、男の耳や鼻や口や、身体中のありとあらゆる穴から蛆虫やミミズやよくわからないマイマイカブリみたいな肉食の蟲どもがぞろり這い出してきてるのに気づいて、そうか、脳みそと一緒にいろいろな事もこいつらが食って栄養に変えてしまったんだなあ、と思う。そして二ヶ月の間にもっといっぱいいろいろ消えた。
三ヵ月後、掘り起こされた男はなんだか、いろいろなことがわからなくなっていた。
そうこうしているうちに男は仙人のもとに呼ばれた。もうすでに痛いとか辛いとか、そういうことすらどこかに消えてしまっていた男は何回も何回も死んだけど、まだなんとかここにいた。仙人は男に一枚の札を渡して、とある場所に行けと言った。いろいろなものを無くしてしまった男だったけど、その札に書いてある「成仙人」という文字はまだ読めて、なんとなくこれはいつもの修行とは違うのではないかと思った。歩いてるうちにその思いはどんどん強くなって、あれ、これはひょっとしたら、という考えが浮かんできた。なんでこんな辛い修行、してきたんだろ、何度も何度も繰り返し思ったその問いの答えがここに行けば見つかるような気がして、震える手で握りしめた杖も、曲がった足取りも軽くなった。ずいぶん昔に無くしたものなので、男は気づいていなかったが、男はすでに死にそうな老人だった。深く刻まれた皺の下、頬の筋肉が緩んだのに男は気づかなかった。それはずっとずっと昔に忘れた「笑う」ということだった。
その場所はずいぶんと賑わっていて、自分と同じく仙人になろうという者が集っているに違いない、と男は思った。勝手がわからずにしばらくうろうろしていると、見かねた若い女が男を白い布のかかった長い机の前に案内した。男が札を渡すと、女は男につやつやとした取っ手のようなものを握らせた。男がそれを握って、女のいい付けどおりにくるくるとまわすと、ころり、青龍の目の色をした綺麗な玉のようなものが出た。
「当たり〜四等、お醤油一升で―――す!!」
「一等の仙人にはちょっと残念でしたけど、また挑戦してみてくださいね!」
成り行きがさっぱりわからず、男はそこでずっとにこにこしていた。その白い机の前でいろいろなことを夢みて、そして、そのまま本当に死んだ。
01/04/15(SUN)
すみません
書いてるうちに何がなんだかわからなくなってきて、またレビュする時間なくなった。長くなった。
直前に吉田戦車の「学活!!つやつや担任」とか読んでたのがだめだったのかしらん。
瑞々しい表現を使ってみたくて書いた作品です。わけわからんですか、すみません。
いまでもそこに母さんがいて
少し傾いだベッド脇のブラインドを上げ、窓を開け放つと、四月にしてはまだいささか冷たい朝の風がさらり吹き抜けて、起き抜けのまだ思うに任せない身体に絡みついてくる。部屋の中にきらきらと光る金色の春の粒子が出現する。人差し指でごしごしとまぶたを擦り、しばし目を瞬かせる。全身で伸びをする。
透明で冷たく覚めていた冬の陽射し、それはわずか数ヶ月の短い間にゆるやかに感触を変え、まるで何かの始まりを予見させるよう、柔らかな暖かい春の陽射しとしてこの町を包み込んでいった。
高台に位置しているこの家は淡いラベンダー色に塗られていて、父さんの話ではそれは母さんの一番好きな色だったそうだ―――この家が建ったとき、この世界にまだ僕は存在していなかった。
窓の外に目をやると切り立った崖の下、落石よけの防護網の向こうを学校に向かう小学生三人の姿が見えた。かすかな音色が聞こえた。少しの間じっと聞いているうちにそれはエーデルワイスのメロディだとわかった。揺れながら道沿いに移動するランドセルのむこうにリコーダーを吹く子供たちの姿が見える。
ふと遠い昔、自分がまだ小学生だったころのことを思い出した。
高台のちょうど天辺にあるこの家は学校からひどく目立って見えた。空の青色を切り取るように斜めに上昇していく森の緑色、そしてその頂点に位置するラベンダー色の建造物、その色彩的コンストラストはそのまま空間を切り取って額の中に飾っておけるくらい絵になって見えた。へんな表現だけど。だから写生大会のあとなんか(引率する手間を省くためだろうか何の芸もなく毎年校内で行われた。文化活動とやらにはてんで無関心な方針の学校だったのだ)学校中の教室にラベンダー色の我が家の絵が並んだものだった。僕は自分の家だなんてことをしらない人間に吹聴して歩くほど子供じゃなかった。でも、心の中ではひそかに自慢に思っていたんだ。
そういえば一回だけ、クラスメートに家の色のことでからかわれたことがある。今考えてみると本当にくだらないとは思うんだけど、男色とか女色とか、そういう一種の色彩的差別みたいなものがあった。
自分ではどうしようもないことを理由にからかわれたことがひどく理不尽な気がして、家に帰ってから、そのことをまず母さんに告げた。
「本当はその子も羨ましいと思ってるのよ、きっと」
母さんはそういったけど、その顔がほんのちょっと悲しげにみえたのはなぜだったんだろうか、と考えた。この色が母さんの一番好きな色だったなんて、その時は知らなかった。知っていたんならきっと母さんにはそのことを言わなかったと思う。思い出したら急に謝りたくなった。
でも、そんな母さんも今はいない。
悲しさがまたこみ上げてきて、たまらなくなった。台所でコーヒーを煎れる。居間のテーブルに座る。少し口をつけて、気持ちを落ち着かせる。
どんどん母さんのことを思い出す。
八月の陽射しはそれが水平線の彼方に姿をあらわす前からぎらぎらと輝いているようで、ぼくらを容赦なく照りつけた。だから本当に早くぼくらは目覚めてしまう。そして、夏がきたことを知る。
早朝のラジオ体操、午後のプール開放、どんどんと黒くなっていく小学生たち、生い先短いセミたちの合唱、道沿いにひょろりとその背を並べてじっと陽の動きを見つめつづける黄色い向日葵の群れ、そしてゼフィンラス、ペチュニア、オシロイバナ、夾竹桃が庭の花壇のあちこちで咲き乱れる八月。
「夾竹桃は毒だから、まちがっても葉っぱなんか口にしちゃだめよ」
「心臓が苦しくなって、死んじゃうんだから」母さんは言った。
「そんな危ない花、なんで植えてるの」
そう尋ねた僕に、台所の窓から庭の花壇に目をやりながら、「だって、綺麗じゃない」
そう言った。
家事の合間、母さんは白いワンピースに、木のサンダル、柔らかにウェーブした髪の毛を麦藁帽子に包んでちいさなシャベル片手に庭へと出る。さりげない格好だけど、てきぱき庭の手入れをする母さんの姿は本当にきれいで、咲きほこる花壇の花々にもちっともひけをとらない。庭の花壇のロベリア、ベラドンナ、トリカブト、ペヨーテ、ハシリドコロたち。考えてみると、なんで毒のある(それもひどく致命的な)草花ばかり植えてたんだろう。
尋ねようにも、そんな母さんはもういない。
母さんがフラメンコに熱中しだしたのも暑い日だった。
朝、情熱的な赤のフレアスカートのドレスに身を包んで寝室からあらわれた母さんは、あっけにとられてる僕と父さんを気にもとめずに一日中踊りながら家事をこなしたっけ。
どこから呼んできたのだろう、たぶんスペイン人のギター奏者たちが奏でる十二拍子の複雑なトーケ(ギター演奏)にその身をゆだね、煽り立てられるように高らかに歌い、踊る母さん。
まるで何かを振り払うかのように荒々しく跳躍し、のけぞり、身悶えながら踊る。
次の日にはまるで何ごともなかったかのように淡々といつものように家事をこなしていた母さん。一体何があったんだろう……それも今となってはわからないままだ。
まだ思い出す。
秋。微睡んだままずっと心地良い夢の世界から帰って来られなくなる季節。黄ばんだ木立ちの中をひらり、寂しく物憂げな風が通り抜けていく。遠くの空地で焚き火の煙がゆらゆらと揺れる一筋の線となって夕暮れの空に吸い込まれていくのが見える。
秋といえば収穫の秋、食欲の秋。かつての灰緑色の貧弱なつるからは想像もできないようなたわわな実を実らせた山葡萄の群落、収穫の時をいまや遅しと色づいている庭の柿の木。和・洋・中華、スペイン料理からロシア料理まで、母さんが腕を振るった料理すべてが絶品だったことを思い出す。おかげでいま口にする全てのものは味気なく、まるで紙でも噛んでいるかのように感じられる。それは父さんも同じだろう。
愛情のこもった母さんの料理。食べるととても幸せで、暖かい何かに包まれているような気持ちになったものだ。でも、食卓に並ぶすべての料理の食材に、必ず昆虫を使う理由だけはわからなかった。母さんのふるさとが長野である(長野には日本有数の昆虫食文化がある)ことだけではちょっと説明がつかないように思う。
前に自宅に友人を招いた時のこと、夕食の支度を手伝おうという友人が台所の冷蔵庫、パーシャル庫を開けた途端、ぎゃっ、と悲鳴をあげて、そのまま家に帰ってしまった。なんせパーシャルの中にはイナゴ、タガメ、ハチノコ、サソリ(これは虫じゃないな)、ヤゴ、わけのわからない甲虫類の幼虫(甲虫か?)、その他もろもろがぎっしりと詰まっていたからだ。さきに断っておけばよかった。忘れていた。
初めて女の子を家に招いた時もそうだった。前の日そのことを伝えると、母さんは妙に興奮して「思いっきり奮発するから」とか言っていた。何を奮発するのかと思っていたら、おやつとして紅茶と一緒に運ばれてきたのは、お皿の上、ころころと転がっている蜜アリだった。そんなものどこから手に入れたのか。もちろんその子とはそれっきりで、蜜アリは甘くてそして蟻酸のぶん、酸っぱかった。泣けた。
霜が降りて、冷たい風が吹きすさぶ冬、周りの風景はしだいに色を失っていく。世界はまるで動くことを放棄したかのようにそこに静止して、その中で北風に翻弄される枯れ葉と季節に関係なくずっと元気な一部の小学生たちだけが動く。
クリスマスパーティの母さんのことを思い出す。
シャンパンたったグラス1杯で顔を真っ赤にしてはしゃぎまくってた母さん。ホームパーティだってのに純白のドレスを着て、びっくりするくらい若くて美しかった。僕と父さんをパートナーに、夜通しずっとワルツを踊っていたけれどそのうち飽きたのだろうか、外へと飛び出すと助走をつけてふわり、飛びあがり、塀を乗り越えてお隣りの松本さんのお宅へと侵入した。そして、松本さんの飼い犬であるペスの鎖を引き千切ると、その手(前足)を取ってふたたびワルツを踊りはじめた。松本さんの狭い庭、一人と一匹がくるくる廻る。あ、また飛んだ。帰ってきた。最初のうち鳴き叫んでいたペスも左右の目の焦点がしだいに合わなくなり、口の横から泡を吹き始め、おとなしくなった。僕も父さんも、隣りに住んでもう何年になるかわからないというのに毎日吠えかかるこの馬鹿犬をほんとうに大嫌いだったので、母さんのあとに続いて家中をかけまわり、二人して手を叩いて大喜びした。
それは、ほんとうに素晴らしいクリスマスプレゼントだった。
やがて母さんはニ階のベランダから、またもひらり飛んで、我が家の屋根の上にそっと、着地した。
十二月の冷たい月の光をシルエットに、屋根の上、母さんは踊った。
僕は好きだった、あの優美な足取り、あのもちあげた腕、白く残像を残して翻るドレスのすそ、あるときは鳥に、またあるときは真夜中の精霊になる、あの踊り子を。
やがて最高潮に達したのか、吃驚するぐらいに大きく宇宙の天辺に鎮座する冷ややかなあの月を背景に、母さんはペスの上顎と下顎を両手でがっちりと掴むと、上下に引き裂いていく。めきめきとペスの口はしだいに普段の二倍三倍の大きさに広がっていく。白目をむいて全身を痙攣させる。母さんはまるで何か崇高な存在にペスを捧げるかの如く、両腕を頭の上高く掲げる。全身の半分くらいまで開いたペスの元口から真っ赤な鮮血が母さんの頭上に滴りおちる。
純白のドレスは血の赤に染まり、まるで母さんは聖ニコラウスのように、気高く、美しく輝いていた。
ペスはきれいに上半分と下半分で二匹になって、母さんは興味ないとばかりに下半分を投げ捨てると、上半分、ペスの口蓋の部分を帽子のように頭にかぶると「家に入りましょう」と言った。ぺろりとだらしなく飛び出したペスの舌がちょうど帽子のつばのように見えて、楽しい気分になった僕は「はい」と言う。
松本さんのお宅にペスを返しに行くときの母さんの台詞、「半分ダケデゴメンナサイ」はしばらく我が家の流行語となった。
今でもずっと憶えている。母さんのことを。真摯で明晰で、そしてとても無邪気で。少女のようであり、同時にこの世の全てを彼女の愛で包み込んでしまうような聖女にも似た彼女のことを。母さんは誰にもどんなものにもけして媚びることなく、超然としてどこまでも気高かった。何処までも愛らしく、見つめられたものの心を時に激しく揺さぶるその二つの眼差し、すらりと流れる首筋のライン、抱きしめれば折れてしまいそうな細くかよわい肩、呼吸に合わせて静かに上下する美しい乳房、優美な曲線を描いて腰へと流れるその身体、それはしっとりと吸いつくようで、それでいて……
「なあ、おまえ」
いつの間にか向かいのテーブルに腰掛けてコーヒーを飲んでいる父さんが言った。
「ほんとうに、そうやって、母さんを思い出したのか」
01/04/16(MON)
(無題)
つまんないことをうだうだかく―――。
・ 春の新番組、原作つきアニメ部門で単行本の売れ行きに直結しそうなのって「花右京メイド隊」(原作:もりしげ)と「ジャングルはいつもハレのちグウ」(原作:金田一蓮十郎)の2本だけだったりして。いや、なんとなく。いやあ、舞登志郎(→まいとしろう)に月刊チャンピオン投げつけられてもメジャーで描いた甲斐があったというものだ。
・ ORBITAL「ALTOGETHER」日本盤ラストに入ってるボーナストラック、「FUNNY
BREAK (ONE IS ENOUGH) BEELZEBEAT」がとにかく素晴らしい。はじめて聴いたときには、アグレッシブな展開が最初の5分くらいずっと続いて「あれ?」とか思ったりしますが、その前半パート終了と同時にメランコリックで目も眩むように美しいメロディラインの後半パートへとなだれ込んでいきます。至福なひととき。素晴らしか―――。
まあ、どうせ海外盤も買うし、シングルカットされたのも買うんだろうけど。
・ 田中啓文の新刊ハードカバー、「禍記(マガツフミ)」はそろそろ売ってるんだろうか。今回の本は伝奇ホラー短篇集で「銀河帝国の弘法も筆の誤り」みたく駄洒落中心の話ではなくて、奇想中心のきちがい話でしょう。
・ セブンイレブンのサラダ、ドレッシング別売りになったんで買い忘れしそうな感じだ。うっかり忘れたら塩とか醤油で食べないといかん。気をつけろ気をつけろ。
01/04/17(TUE)
無題)
今日もだら―――と書く。
・奥浩哉「GANTZ」のタイトルって、「ロボコン0点〜」のガンツ先生からきてるんだ……。気がつかなかった。というか若者にはわからんネタだな(;´Д`)
・たらみがつくった蒟蒻ゼリーはおいしい。たらみってなんだ?とか思ったら株式会社たらみなんだ、そのまんま。長崎みかん味が好きです。「吸い込まず、よく噛んでお召し上がりください。」だそうです。まあ、蒟蒻だから。
・何を思ったかリチャード・バックマン「レギュレイターズ(上・下)」(新潮文庫)を読みだしたりしてみた。
オハイオ州の閑静な住宅街に突如SFアニメや西部劇の主人公たちが出現して住民を手当たりしだいに虐殺しはじめた……という閉空間パニックもの。まだまだ上巻の途中なんだけど、男にパンツ破られてノーパン状態の浮気妻→帰宅途中に亭主のそばで撃たれて顔半分吹き飛ぶ→隣人の目の前、大股開きの格好で死亡→妻がパンツはいてない理由を知りつつも、決死の覚悟で妻のスカートを下ろしに行くその夫という心腐る展開にはやるな!とちょっと思った。やらしいやらしい。
リチャード・バックマン、1985年に偽名癌ですでにお亡くなりになってるんだけど、スティーブン・キングが生きてるうちは未発表原稿が見つかることもあるんでしょう。というか一目瞭然別名義なだけだね。でこの作品、同時に発表されたスティーブン・キング名義による「デスペレーション(上・下)」(新潮文庫)の裏バージョンに当たる作品らしいので、気が向いたらそっちも読むかもしれません。
やはり描写はくどくて半分くらいでもなんとかなるんじゃ?とか思うけどがちゃがちゃしてて楽しい作品です。
・あと読んでるのはタニス・リー「血のごとく赤く」(ハヤカワ文庫)かな。「白雪姫」「シンデレラ」などの童話をモチーフにパロディー的なアレンジを施した幻想短篇集です。耽美ファンタジーな文章をちと読みたくなったので。
・津原泰水「ペニス」の感想があまり出てこないように思われるのは、はっきりいって何といってよいのかわからん話だからだ、と思う。よくわからないんだけれど凄いということだけはわかる、的作品。幻想の靄の密度が濃すぎるがゆえ生半可な気分で読み始めても体力負けしてしまいそう。でもたまに開いてぱらぱら読んで「ほおっ」って感嘆するだけでも良い本なのではとも思います。
最近の津原泰水作風をわかりやすくまとめたショーケース的作品集って、じつは市販の書籍ではなくてPDF短篇集である「†」(じゅうのけつらく)だったりするんですが。これは凄まじい出来の短篇集だと思います。(→ここで購入できます)
・漫画について、漫画について………時期をたぶんに外しているのでたいへん書きずらいです。山口貴由のカラーセンスには心惹かれるものがあります。センス良ければそれで素晴らしいわけがないだろう!マングースという言葉はどこで流行させればよいのか用途に困る言葉でありました。竹本泉は天才だ。
・学園ものを書いてみたくてしかたないけれどどう書いていいのかがさっぱりわからない。幻想だのホラーだのだったら書きかたわかるんだけど。
【雑誌】 近代麻雀 5/15 竹書房
一言、つまらんですね(;´Д`) 再録多すぎ。最近なぜか単行本化した赤名修「TATTOO 魔性の闘牌」の第1話だけ載せるって、そんな商売あり?顔をおしぼりで拭いたら隠された刺青が出現!ってのはギャグなんだろーか、微妙なところだ(笑)展開が山場っぽいのって、本そういち「フリー雀荘最強伝説ONE 萬」だけかな。でもケンが振込みしただけの回だったな(;´Д`) 原作:伊集院静 作画:津田ひろみ「ピンの一」は次回最終回。九連宝燈和了ってピンが勝つのがすでにミエミエだ(;´Д`) 天獅子悦也「むこうぶち」は女衒っぽい職業(スカウトっていうのか)見習いの優男登場。ええ話エンド→全てを失うも「電コケ代りくらいしてやるから……」の田舎もの娘(カナコ)だけが残る。バッドエンド→借金のかたにカナコを騙して売り飛ばす。その後刺されて死亡。そんな感じ。森田フミゾーのは今回ちょっと面白い。谷村ヒトシはいったい何をいってるんだろうか。困ったものだな(;´Д`)
01/04/20(FRI)
(無題)
こんにちは。
だいたいこれくらいのアクセス数、更新頻度でしょぼしょぼとやっていこうかな、と思いはじめてきました。コンビニくらいしかでかけてねえっすよ。
・「花右京メイド隊」(TVK) ビデオさっき観た。ダメアニメだ(;´Д`)
アニメとしての出来うんぬんよりも何より観ている人間ぜったいダメ〜。そういえば第2話はお側御用隊のさんごちゃん(原作にはいない)が太郎の朝勃ちチンチン咥える→「ご奉仕〜ご奉仕〜」のOPインサートの脳死コンボからスタートだったよ、とほほほ。女の子たちの雑談はとーぜん着替え中、そして意味なし胸ポロつー感じ。だめだめ。さあ、来週は素晴らしか歌詞で有名な実写ED(;д ;)
・「Hatten
ar din」 Web見てひさしぶりに大笑いしたんすが、何ですかこれ?帽子の歌?とにかくみんないい顔しすぎだよ……。「ハッベイビ、ハッベ〜イビ〜〜」ってサビがあたまから離れません。(サイコドクターあばれ旅/読冊日記)
・ファミ通文庫の野尻抱介新刊「ふわふわの泉」、買いに行かなくちゃ………。あと田中啓文の新刊(唯一行った本屋に売ってなかったのでまだ買えず)電撃Hp、メフィスト、別冊ヤンマガそのほかそのほか、いったいいつ読むのだろうか。
【雑誌】 ウルトラジャンプ 5月号 集英社
新連載、介錯「魔法少女猫たると」。以前読みきりで載ってたけど、アニメ化決定を期に連載開始したらしい。魔法少女猫と書いて”まじかるにゃんにゃん”と読む!カラーページは肌色で塗るためにある!なんかいろいろスゴイ。おかしいな、設定だけとってみると大島弓子の名作「綿の国星」とそんなにかわんないはずだし、実際内容も同じようなことをしてるのだが、なぜコッチはこれほど空虚で一種、邪悪な波動を感じるのだろうか……やはり基本対象が大きなお友達だからだろうか。中平正彦「破壊魔定光」。やよいたんが出ないのお……。描かれてるのはコオネの葛藤とジミ〜に死にそうな天斬(笑)。大暮維人「天上天下」。エロい。花見沢Q太郎「BWH」。忍者っ娘ミズチ(なんにでも娘つければよいというものではない)が健康診断。ミズチの「も…もう見ないでニンニン」という台詞が(;´Д`) なんだそりゃ。前半でお腹いっぱいになりました。
【雑誌】 近代麻雀オリジナル増刊号 牌流かっぱぎ特集号 竹書房
わけわからん誌名ですね。フリー雀荘に行ってみたいんだけどちと不安かも……ってひとや仲間うち麻雀から卒業してちょっとシビアで実戦的な打ちかたを学んでみたい……といった方々向けの内容だと思います。漫画的には特に見るものはないんですけど、ネット使ったヴァーチャル麻雀サイトを舞台にしたナカタヒロオ「裏ネット雀王伝説」が頭1つ抜け出てるかも。これ今までも何回か掲載されてるシリーズなんだけど、じつは親子で対戦してることをしらないでいる、みたいなネット麻雀特有の現象もちゃんと押さえてるあたりがよいかも。教則漫画としての内容もたいへんいいように思う(漫画としての面白さはフツー。むつかしいところだ)。あとは「ぶんぶんレジデンス」の一汁先輩がひさびさに登場する坂本タクマ「ぶんぶんストリート」。内容は路地裏に昔いたようなインチキ詰め将棋の麻雀版。凶悪です。矢鴨くん出してあげればよかったのに。それほどまでに三村ツッコミ書きたかったのか(;д ;) 俺好きだけどさ。巻頭、実録ドキュメントと銘打たれた、原作:黒木真生 作画:中村たけし「運命の一局」。まー要するに「われめでポン」5連覇をなしとげた風間杜夫の話なんですが、冒頭に出てきたサラリーマンの存在理由がまるでなかったり、これ本当に実録?とツッコミどころが満載のように思われました。とりあえずみんな顔が怖いっす。「何を切る?」や戦術論がいっぱいのってたりするんで麻雀好きな人が暇つぶしに読むにはたいへん良い雑誌ですが、漫画的には見るものほとんどありません、という結論です。
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