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冲方丁「マルドゥック・スクランブル The First Compression ――圧縮」
パトリック・マグラア(訳:宮脇孝雄)「グロテスク」
北川歩実「虚ろな感覚」
藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」
酒見賢一「語り手の事情」
ローレンス・ブロック(訳:田口俊樹)「泥棒は抽象画を描く」
探偵小説研究会編「本格ミステリこれがベストだ! 2003」
ジム・トンプスン(訳:門倉洸太郎)「サヴェッジ・ナイト」
島田荘司「眩暈」
ジム・トンプスン(訳:村田勝彦)「内なる殺人者」
novel さくいん

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エアマスター 第10話「燃えろ! 北枝金次郎」


 2003/6
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03/06/01(SUN)

■book【単行本・小説】 冲方丁「マルドゥック・スクランブル The First Compression ――圧縮」 ハヤカワ文庫JA [bk1][amazon]

冲方丁「マルドゥック・スクランブル The First Compression ――圧縮」  賭博師シェルの企みにより、擬似心中の片割れとして生きながら丸焼きにされそうになった少女娼婦バロットが、禁断の最先端技術によって生まれかわり、訴訟起こしたり戦闘してみたりするという、女版ロボコップとか「レオン」、「ニキータ」とか、そんな感じのSFハードボイルド。「SFマガジン」7月号(→感想)に掲載されたプレストーリー以降という時代設定で、使い手が望む形態に変形可能なネズミ型万能兵器ウフコックと、同じく特殊能力を有するターミネイターっぽいボイルドが敵味方の関係になっています。
「ああ、映画好きなんだなあ……」ですね。
 ガジェットてんこもりのバトル書かせたらやはり達者で、この巻ラストにおける変態さんいらっしゃいなプロ集団畜産業者チームとの戦闘は大興奮の出来。映像が目に浮かんでくるようでたいへんカッコいい。自分の新しい身体の能力に酔ってウフコックを濫用するバロットの陶酔感みたいなものが出てるのもよいです。

 その半面、男に裏切られた挙句焼き殺されそうになった娼婦という自身の過去に深く傷ついているバロットと彼女をメンタルケアしようとするウフコックが描かれる前半の展開にはちょっとノリきれなくて、これはライトノベル的ハードボイルドな物語の枠組みと売春婦という職業を巡る重いテーマが若干の齟齬を起こしていたからかもしれません。参考文献引き合いにそのまま書いてしまってるような印象も受けました。たとえば、セカンドレイプ的なシチュエーションはもっと痛々しく描いてしまったほうがいいような気もします。わりにさらっと流してしまってるんですよね。冲方丁、77年生まれで、しかもこの作品のプロトタイプが書かれたのもさらに昔(たぶん96年ごろ)らしいので、このテーマ扱うにはちょっと若すぎたのかも。

 非常にいいところで終わっているので、続きがたいへん気になります。寺田克也によるカバーイラストもカッコいいですね。

03/06/02(MON)

■book【単行本・小説】 パトリック・マグラア(訳:宮脇孝雄)「グロテスク」 河出書房新社 [bk1][amazon]

パトリック・マグラア(訳:宮脇孝雄)「グロテスク」  再読。やはり傑作。古い荘園屋敷とフレグモサウルスの化石という取り合わせもおもしろいし、クローネンバーグも「スパイダー」なんぞよりこちらを映画化したほうがよかったような気がします。ゴシック・ホラーなところが気に入らなかったのかな。

 一人の人間が植物になったのだ―――これこそ、グロテスクではないか。

 イギリスの片田舎にある古屋敷クルック荘。その主人である在野の考古生物学者サー・ヒューゴーは大脳の事故により、全身の神経が麻痺した植物状態にある。意識があることも周囲に理解されないまま、「存在論的には死者にすぎない」 状態にある。
「あの悪魔のような男フレッジを執事として雇うことがなければ、私も車椅子の上に座ってはいなかっただろう」 妻とフレッジの不倫を疑い、さらにさまざまな疑念を抱きながら、老考古学者の脳内で事実と妄想が混じりあっていく。やがて老人は、屋敷を崩壊へと導いた殺人事件の顛末を回想しはじめる……

 うーん、すばらしい…… 絶版なのが惜しまれます。epi文庫に収録されないかな。
 偏屈でどうしようもなく厭らしい老人であるサー・ヒューゴーの一人称語りによる、歪んだ愛、そして悪と腐敗の物語で、植物状態で身動きもままならない男の脳内で記憶が改竄され、妄想と混じりあい、それがグロテスクな幻想へと昇華されていく過程がゴシック・ホラー調の筆致で描かれています。
 虚実入り乱れた言葉の裏にあるものを探す、いうなれば妄想フィルタの逆変換をすることで事件の真相を探り当てるミステリ的趣向も用意されていて、ちょうど国内でいえば、綾辻行人が試行錯誤していた幻想・ホラー・ミステリ路線、それを文学的に昇華したものと呼べるかもしれません。ただ、これがあくまでホラーであるのは最後まで読めば理解できます。小林泰三「吸血狩り」ラストにおける処理はこの作品を意識したものなのかも。

■book【単行本・小説】 北川歩実「虚ろな感覚」 実業之日本社 [bk1][amazon]

北川歩実「虚ろな感覚」 「現実感覚」、「肉体感覚」、「美的感覚」など、さまざまな感覚をキーワードにした短編集。「風の誘い」、「幻の男」、「蜜の味」、「侵入者」、「僕はモモイロインコ」、「告白シミュレーション」、「完璧な塑像」、の7作を収録。

 現実を超越したありえないような展開の物語ばかりで、そのあまりのマニエリスティック感覚は連城三紀彦あたりのそれをほうふつとさせます。ただ、感情移入を阻むようなこれといって特徴のない登場人物たち、淡白でほぼ無味な文章表現はあまりにもあっさりしすぎで、どこか不条理劇のシナリオを読んでいるようでもあります。これはたぶん、複雑なプロットに対して、使われてる原稿用紙の枚数が少なすぎるから。

 睡眠薬の副作用で短期記憶が蓄積されなくなった女に対してさまざまなアプローチを繰り返すという「告白シミュレーション」(ラスト近くの告白内容はいささか唐突だけど)、あまりにも不条理な状況が繰りひろげられる女ふたりの密室劇「幻の男」、義母が事故死したショックでペットのリッキーの口を通じてしか話せなくなった少年とその父親の話「僕はモモイロインコ」あたりが気になりました。整形を巡る愛憎ミステリ「完璧な塑像」もなかなか。
 ミステリ的な反転、どんでん返しについてはもうちょっとうまくできそうな気もしますが、感覚をテーマに異様な物語を展開させることが主眼で、サプライズの処理などはさほど重要視されていないのかもしれません。やはりもったいないような。

03/06/03(TUE)

■book【単行本・小説】 藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」 河出文庫文藝コレクション [bk1][amazon]

藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」  第119回芥川賞受賞作である表題作を含む2編を収録した短編集。薄い。

・ 「ブエノスアイレス午前零時」
 雪国の温泉宿で温泉卵を茹でる青年カザマが、モダンダンスツアーに訪れた盲目の老嬢ミツコと出会い、手に手をとってタンゴを踊り、そして世界が弾ける物語。
 孤独な青年が老女の妄想に侵食されていくという展開はともすればホラーのそれなんですが、ブエノスアイレス+タンゴ+ハードボイルドなプロット・文体がこの作品をまるでラテンアメリカを舞台にしたハードボイルド作品のように錯覚させます。「みのやホテル」をブエノスアイレスのダンスホールに、耄碌した老婆を酒場の女に変化させてしまう見事な反転こそがポイントで、そこにはたしかに魔法があるように感じました。叙情性をたたえた妄想が奇妙な余韻を残します。

・ 「屋上」
 本社を追われ、スーパー屋上にある児童遊園地管理担当として派遣された青年が、同じスペースにある小動物園に繋がれているポニーに自己投影させていって、結果えらいことになるお話。
 身体的には健康な青年が閉空間の中で繰り返される変わりばえしない日常の中で精神を病んでいくという展開は「ブエノスアイレス午前零時」にも共通しています。(耄碌して盲目のミツコは二重の牢獄に囚われているようなもの)
 カザマとミツコそれぞれの孤独が出会うことによって妄想のブエノスアイレスが雪国に発現する(少なくともふたりのあいだでは)「ブエノスアイレス午前零時」と同じく、「まるでゴビ砂漠にいるように」遠い江川からの電話が屋上には届いて、しかしそれは「屋上」の狭さ、低さを際立たせる、男を狂気へと追いやっていく役目を果たしているような気がします。同様の趣向をとりながらも主人公の一方的な狂気が読者を不安な地平へと誘います。

■book【単行本・小説】 酒見賢一「語り手の事情」 文春文庫 [bk1][amazon]

酒見賢一「語り手の事情」  ああ、酒見賢一は本当に才能がありますねえ。

「私はメイドではありません。語り手です。事情があってメイドの姿をしているだけです」

 性倫理に厳格なヴィクトリア時代の大英帝国、そこには性妄想を肥大させた紳士だけが招かれるという謎の屋敷があった。屋敷の訪問客たちは自らの妄想を開放すべく、「語り手」の目前でさまざまな性の饗宴を繰りひろげる……

 えーと、性妄想限定「笑ゥせぇるすまん」メイドバージョンみたいなお話なんですが、ゲストの抱く妄想の多寡によって現実への侵食レベルも変化していきます。童貞少年 → 服装倒錯者 → 性奴隷の調教者 → そしてラスボスが! と、ステージクリアするごとにだんだん強敵があらわれるようになる感じ。第1章登場の童貞クンによる貧弱な妄想なんか弱い弱い。こいつは相当な雑魚ですな……と思ってたら、男子三日会わざれば刮目してみよ、だったりしてとても楽しい。才能ある人間がきちんと遊んでみた、という印象の、軽やかで芸のある作品です。

 わざわざ「語り手の事情」と断ってるくらいで、小説の語り手という物語内の役割を自覚した「語り手」が、現代までの歴史・風俗・知識など性にまつわるもろもろなことすべてを俯瞰した上で、19世紀の悩める殿方にレクチャーするというメタな趣向も用意されていて、しかもそれは小手先だけのお遊びに終わっていない。単純な小説の枠組みを超えた恋愛小説として作品を成立させているあたりがすごいです。第3章のぬけぬけと逆説に満ちたアホな展開、そしてびっくりなオチ、それに続く第4章〜最終章の、妄想・恋愛・メタがないまぜになったような怒涛の展開はかなりとんでもなく、とくに最終章冒頭における改行無しの嵐のような描写には目眩きました。いやあ、小説とはいろんなことができるものですね。これはいいなあ。

03/06/04(WED)

○【ANIME】 エアマスター 第10話「燃えろ! 北枝金次郎」 (→公式

 vs. 黒正義誠意連合の続き。坂本ジュリエッタ登場回以来のハイクオリティで、これがずっと続けばいいんですけど、そうはうまくいくまい。先週ほとんどギャグだった月雄の百壱烈拳がちゃんとドシュドシュいっててよかったですが、見直してみたら発動時間が意外なほど短くてしょぼーん。ひょっとしていちばんアホな子なのかもしれない伸之助クンの無駄なはっちゃけっぷり、またもそんなに見せ場がなかったルチャさん再登場(末期の台詞、「ルチャ……」はいかがなものかと思うが)、最後に漢を見せた麗一の見事な玉砕っぷり、そして満を持してのマキ登場、と熱い、熱い、熱いですね。マキvs.金ちゃんの最終決戦、さらなるキチガイ、長戸の登場、そしてジュリエッタの乱入、と次週もすごい楽しみなんですが、クオリティ持つかな……

麗一、至福の瞬間

03/06/06(FRI)

■book【単行本・小説】 ローレンス・ブロック(訳:田口俊樹)「泥棒は抽象画を描く」 ハヤカワ・ミステリ文庫 [bk1][amazon]

ローレンス・ブロック(訳:田口俊樹)「泥棒は抽象画を描く」  妄想ものばかりだと気分的につらいので、気軽に読めるこのシリーズを。

 高級マンション住人から蔵書鑑定の依頼を受けたバーニイ。これさいわいとばかりに古書店店主から泥棒へとジョブチェンジ、上々の戦果を上げて帰宅してみると、親友キャロリンの様子がおかしい。なんと、愛猫のアーチ−が何者かに誘拐され、身代金として25万ドル要求されたという。猫一匹に!? これはバーニイの盗みの腕を知っている人間のしわざで、抽象画家モンドリアンの名画を彼に盗ませようという計画だった。美術館に忍び込むのはほとんど自殺行為。先のマンションに似た図案の絵が飾られていたのを思い出したバーニイはさっそく忍び込んだ。しかし肝心の絵は見当たらない。あげく住人殺害の容疑で逮捕されるはめになったバーニイだったが……

 密室からの猫誘拐、不可解な状況下で出現した死体、容疑者を集めての犯人指摘など、本格ミステリっぽいシチュエーションでユーモア・ピカレスクをやるといういつもの趣向。毎回楽しいけれど、そんなにいうこともなし。容疑者であるバーニイにいきなり商談持ちかけてくる気のいい悪徳刑事レイがちょっとよかったですね。
 伏線は張ってあるものの、真相指摘に至るまでにはちょっと足りないと思うので、どんどん読み進めてしまっても問題ないかもしれません。しかし、いちいち全員集めなくてもいいよな、自分に酔ってるよ! と毎回思います。泥棒探偵なりの犯人の追いつめ方はちょっとずるいかな。いつものように楽しい1冊であります。

■book【単行本】 探偵小説研究会編「本格ミステリこれがベストだ! 2003」 創元推理文庫 [bk1][amazon]

探偵小説研究会編「本格ミステリこれがベストだ! 2003」  いまごろ読みました。

 笠井潔×巽昌章の「本格ミステリ往復書簡」はなかなか興味深くて、というか、妄想というキーワードのミステリへの組み込みについて意見交換がなされているのでたいへん参考になりました。何の説明もないまま世界の中に妄想が同居するのか、論理思考の果てが妄想の地平に至るのか、論理的解決と並行して突然妄想が出現するのか、さまざまな形態を取りうるわけ……ですが、そんなにたくさんとりあげられるわけもなく、締め切りまでにそんなに読めるわけもない。どうすればいいのだ!
 西尾維新インタビューもなかなか興味深くて、あ、この人、笠井潔読んでたのか、とか、予想していたより遥かに自覚的に作品を組み立てているのだな、などといろいろ発見があってよかったです。

 ネタバレになる可能性があるので全部は読めていないのですが、そのほか面白かったのは、法月綸太郎、千街晶之、佳多山大地の評論・コラム。ちょっとちがった意味で面白かったのは市川尚吾の評論でした。べつにこの人のに限った話ではないのだけれど、逆読みだのアナグラムだのなんだの駆使したミステリ評論は読むたび疑問に思えてしかたないです。だって、「主人公の魚間岳士の苗字を逆に読めば≪魔王≫、霧間警部の苗字も逆に読めば≪魔力(まりき)≫となり、これは≪魔王≫と呼応する」だの、「鳴門の苗字は逆読みで≪取るな≫」、「≪日羅薙≫を試しにローマ字で書き下ろしたものを逆に読むと(なぜだ……)≪iganarih≫となって、≪胃癌有りー≫と読める」とかえんえん書いてあって、えーと…… ミステリ作家の人全員そんな風に命名してるものなの? と不思議です。なんでミステリだけこういうことするのか。

03/06/08(SUN)

■book【単行本・小説】 ジム・トンプスン(訳:門倉洸太郎)「サヴェッジ・ナイト」 翔永社 [bk1][amazon]

ジム・トンプスン(訳:門倉洸太郎)「サヴェッジ・ナイト」  そうか、これ、「残酷な夜」 [bk1][amazon] と内容同じなのか……

 カール・ビガロウはニューヨーク州にある田舎町ペアデールへとやってきた。裁判の重要証人となるノミ屋元締めの口封じが彼の目的であった。小柄で人当たりのよさそうな外見を生かし、学生を装ってターゲットの家に下宿することになったビガロウは、美しいが自堕落なターゲットの妻、下宿で働く片足が不自由な女、世話好きな下宿人など、周りの人間たちを利用しながら暗殺計画を進めていく。しかし運命の歯車は少しずつ狂っていき、誰も予想がつかない方向へと事態は転がっていく……

 狂気と正常のはざまを行き来するような精神の分裂がさほど感じられないからでしょうか、トンプスン作品にしてはわりと普通な印象であります。

 と、いうのは、主人公である殺し屋ビガロウが比較的真っ当で、職業柄か、平気で他人を殺してしまうようなところはあっても、それ以外はきわめて親しみやすい人物だからですね。少なくともついていけない部分はありません。任務に失敗した自分を消すために差し向けられた刺客の影に怯えて、疑心暗鬼になりながらも、なんとか無難に日々の生活をこなしていこうと頑張るようすは感情移入さえ可能で、むしろ声援すら送りたくなる(w けして快楽殺人者というわけではなく、しかしその世界から足を洗うこともできない、犯罪者の業みたいなものを彼には感じてしまうのであります。この仕事の前にいたというアリゾナのガソリン・スタンドではさぞやいい人だったのでしょう。

 トンプスン作品でいえば、「死ぬほどいい女」(→感想)路線なのかも。「死ぬほどいい女」が病んだ恋愛小説とすれば、こっちは病んだサラリーマン小説。ほとんど不可能な仕事を上司にムリヤリ押しつけられたサラリーマンの精神がしだいに狂っていくさまを描いているみたいです。しかし、21章からの展開はなんなのだ…… あいかわらず頭おかしいよ!
 しかし「だれもかれもがトチ狂ってる」という馳星周の感想はちょっとはずしている気もして、反応としては納得いかないことはない、ただ巡り合わせが悪いだけ、という気がします。殺し屋の影に怯えているのは主人公のビガロウもターゲットのウィンロイも同じで、プロとして理性的でありつづけたビガロウがあんなふうに終わるには皮肉で、物語自体はいつものごとく狂気へと向かっていくんですが、前提として狂ってるわけではありません。世話好き老人のケンドルがいちばん頭おかしいというのは同感で、それはこの世界の中では彼だけが異質だからでしょう。

■book【単行本・小説】 島田荘司「眩暈」 講談社文庫 [bk1][amazon]

島田荘司「眩暈」  マンションに押し入ったピストル強盗から逃げようと外に飛び出した僕が目にしたものは荒涼としたもうひとつの江ノ島だった。どこにも電話は通じない。空にある太陽はみるみる翳っていく。ウサギや豚の頭をした人々が町を歩く。口から腐臭を放つ恐竜にぼくの左手は食べられてしまった。世界の終わりを目の当たりにして絶望したぼくの頭はおかしくなった。香織さんの上半身と加鳥さんの下半身をくっつけてアゾートをこしらえるんだ。呪文をとなえると、閉じていた瞳がぱっと見開かれた。

「アルジャーノンに花束を」のチャーリーが「占星術殺人事件」における合成死体蘇生を試してみる、という趣向の異様きわまる手記が巻頭に示されます。妄想だと一笑に付されてしまいそうな狂った内容を、いかに真実だと読者に納得させるかに島田荘司の豪腕が発揮されるわけですが、はっきりいって、いくらなんでも無理矢理すぎです。しかし、こういう無謀な試みをしてみるチャレンジ精神は評価に値すると思います。微笑ましいですね。

 綾辻行人「黒猫館の殺人」とネタがかぶりそうなことが判明して、急いで書き上げた作品らしいですが、その処理方法には両者の資質の差が出ているような気がします。社会テーマと大仰な物理トリックと理系薀蓄と叙述を盛り込みつつ、バランス悪く仕上げてあって、しかも謎解きのプロセスがちょっとヘンテコ。(メインとなる謎については中盤以前に解き明かされてしまう)、物語ラストにおいて読者に衝撃をあたえるような構造をとっていません。しかし、そのアンバランスさが奇妙なパワーみたいなものを生んでいるのかも。社会批判と馬鹿馬鹿しい大仰なトリックのハイブリッド、けれど、その向かう先はどこなんだ! という感じであります。ひさびさに御手洗もの読みましたが、こいつは嫌な人間ですな――

03/06/09(MON)

03/06/09(MON)

■book【単行本・小説】 ジム・トンプスン(訳:村田勝彦)「内なる殺人者」 河出書房新社 [bk1][amazon]

ジム・トンプスン(訳:村田勝彦)「内なる殺人者」  テキサス州の田舎町で保安官補を勤めるルー・フォードは武器を一切携帯しないことを信条とする周囲の人望も厚い男。しかしそれは表面上のことで、その心中にはサディスティックな暴力衝動そして、義兄マイクを事故死に見せかけて殺し、息子を失った心労により父親までも死に追いやったと確信する町の大物建設業者コンラッドへの復讐心が渦巻いていた。そして、彼の中のスイッチが入り、嘘と殺人のドミノ倒しがはじまる。

 この作品ののちに発表した「ポップ1280」(→感想)を先に読んでいたせいか(この作品の発表は1952年、「ポップ1280」は1964年)、あらかじめ予想していたよりは普通に感じられました。理性的で評判もよい男の内面に快楽殺人者の精神が潜んでいるという物語で、小さな田舎町で保安官職につく人間が無軌道に殺人を繰り返していくという展開は「ポップ1280」とほぼ同じ。ラストシーンにおいて主人公がうそぶく台詞も呼応しているとあって、この2作品は双子の兄弟、意地悪い表現を使えば、同一曲のアレンジ違いバージョンといえそうです。 (参考: 三川基好インタビュー ◇ポップ1280を訳して
 タイトルどおり、主人公のルー・フォードが自らの「内なる殺人者」を自覚しているところが「ポップ1280」との大きな差異で、しかし、自覚無き快楽殺人者の無軌道な大暴れに「ハックルベリィ・フィンの冒険」パロディや悪趣味なブラック・ユーモアを放り込んで、主人公のDQNレベルをさらに高めた「ポップ1280」のほうが好みなのでした。個人的感覚ではちょっと説明しすぎなのかも。

 理性的で頭も良さそうな男が、あまりにも不用意な犯行を繰り返していくくだりや、義兄と父親の敵討ちという動機がじつはほんの口実にすぎないものなのではないか? と思わせるねじれた乖離感覚はやはりすごく、しかし、トンプスン作品の中では病んだ精神が生み出す妄想が幻想の領域にまで踏み込んでしまうような作品のほうが個人的な評価は高いです。その点では意外に普通。

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