- text #11 -

御破算で願いましては


雁須磨子
ソニーマガジンズBIRZ COMICS DELUXE


雁須磨子『御破算で願いましては』
 「ドラマはいつもそうだ あいつらの側にあるんだ」

 雁須磨子の作品がいつも雑然としていてはらはらとバラけているように思えるのはあっち側でないこっち側にいるような人たちをお話の中心に据えるからです。つまり物語のドラマツルギーからドロップアウトしたような連中を。

 表題作『御破算で願いましては』の主人公、青木呉男は拘置所の看守。彼は下宿の1階にあるそろばん塾のお姉さんに恋してるのでありますが「やっぱり高嶺の花かなぁ」とか思って日々を過ごしてたりしてます。
 冒頭の台詞を言ってるような彼は内気で根暗な青年であり、「あいつら」とは中学時代の不良たちのことでつまり、彼はいじめられっ子でした。そもそも彼が看守を目指したのはいつか彼をいじめた連中を見返すためで、しかし、いじめっ子→拘置所という短絡思考に陥っている彼は内気で根暗な上に単純バカでその上卑屈でもあるのでした。とほほ。

 そんな典型的こっち側人間な彼は憧れのそろばん塾講師美津子さんにギクシャクとアプローチします。彼は彼女をあっち側の人だと勝手に思い込んでいたりするのですが実は彼女もこっち側の人間でちょっとしたラブロマンス(?)も不器用にまったく進展しません。まったくこれだからドラマ慣れしていない主人公はよう。そうこうしてる間にもう1人の登場人物、中学時代の同級生だった佐場君も登場します。そして、彼も実はあっち側のように見えてこっち側で結局なぁんだみんなこっち側じゃん。それじゃ物語進んでいきませんな。という感じになるのです。
 そしてラスト。意外な人物が本当はあっち側で物語はドラマチックに終わるのです。3人の主人公たち以外の場所で。全てタイトル通りに「御破算に」なった3人は物語に取り残され、別の場所で「願いましては」から始めるのでした。まる。

 上でも書いたように雁須磨子はドラマツルギーを形成しないような不器用な登場人物たちを多数投入してムリヤリに物語を廻していく作風の作家です。そんな登場人物たちのことですから、物語はスムーズに進行せず、しぜん、独特の間やら奇妙な描写が生まれます。そこに独特の魅力が生まれるのです。たとえるならば「脇役だらけのおゆうぎ会」みたいなものなのです。主役はいつもどこかに隠れていて、いいところになると颯爽と登場していいとこ全部持っていってしまうんです。

 同時収録の短編『かわいい女』も同様です。自分の人生を「しょせん演歌だってわかっていた」なんて例えつつ、いわくありげに温泉宿にやってきた男はそこにあったもっと強力な現実(ぶっちゃけた話、女)にあっけなく翻弄された挙句に物語のイニシアチブさえ奪われます。男が耳にしていたBGMは男のために鳴っていた物ではなかったのでした。
 そしてもう一つの短編である『春猫』は勘違い・すれ違い・思い違いのお話です。とくにこれといってドラマはありません。

 『かわいい女』ラストで男は「演歌にすらなれやしないのだ」と述懐します。僕は演歌どころかユーロビート、アシットジャズにもなれません。他人の物語が進行するのをじっと眺めてます。いつも。

収録作:『御破算で願いましては』 コミックバーズ1999年9月〜12月号掲載
     『かわいい女』 コミックバーズ 1999年1月号掲載
     『春猫』 コミックバーズ 2000年3月号掲載


 そういえば、雁須磨子のカラー原稿における色彩の選び方はなんかスゴくて見てると不安になってしまう。なんだろう?これは。どう考えても奇妙なセンスだとしか言いようがないのだが目が離せなくなる。『御破算で願いましては』裏表紙を見よ!ほかの作家さんだと石井まゆみ(最近だと『フラッシュ・バック』とか『使い捨てドラゴン』とか。YOUNGYOUで描いてる)のソレとかも同じだ。ドキドキ。

back