山口かつみ
Katsumi Yamaguchi
モザイク

全2巻

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 山口かつみは、現在ヤングサンデーで「オーバーレブ!」という漫画も連載しているが、これが「頭文字D」の真似くさいということもあって評価を落としているところもある が、「オーバーレブ!」も読んでみると面白いし、そのほかの作品もけっこうイケルのだ。ただし、正直なところあんまり目立たないし、固定ファンもたぶん少ないだろう。でも、コンスタントに読める作品を描いているのだ。こういう人はもっと評価されてもいいと思う。

 デビュー作の「らじかる好キャンティ」のイメージが強いせいか、うわっついたイメージを持たれがちな山口かつみだが、この作品は非常にハードでディープ。主人公たちは中学生の少女4人。どこにでもいるような平凡な少女たちなのだが、皆それぞれの形で周囲のドス黒く屈折した欲望に押しつぶされ逃げ場のない世界へと追いやられていく。

 閉塞した社会の中で行き場を失っていく、無力な少女たち。とくにその中で切迫した状況に追い込まれているのが、水野菜由美。高校生の彼氏と付き合っていたのだが、相手は菜由美の身体だけが目当て。口では「愛してる」などといっているが、菜由美から「妊娠した」と告げられるとあっさり捨ててしまう。中学生、中絶費用なんてない。追い込まれた彼女はテレクラで援助交際をしようとする。さっそく男と会う約束をした菜由美だが、約束の場所に来ていたのは同級生でイジメられっこの、通称「イカ太郎」と呼ばれる少年だった(「イカ太郎」はイカくさいからという意で付けられたあだ名)。

「モザイク」  お金を手に入れなくてはいけない。その弱みに付け込み、ふだんは口もほとんどきかないイカ太郎が秘められた攻撃性、嗜虐性を発揮する。どうにも行き場のない菜由美を言葉で責め立て追い詰めるイカ太郎。しだいに人格が崩壊していく菜由美。その菜由美の人格が崩壊していく様を、イカ太郎は一心にスケッチブックに描きつけていく。その絵がまた、内臓をむき出しにして、目を血走らせて叫びを挙げている骸骨のような凄惨なものだった。それを見せつけられ、菜由美の中で何かが切れる。過酷な現実に堪えきれなくなった菜由美は、ついに自分の中に新たな人格を作り出してしまう……

 このあたりまでが第1巻の第4話までのエピソード。「中学生」「閉塞した世界」「追い詰められていく少年少女」と聞くと「エヴァンゲリオン」や神戸の事件を思い出す人がいるかもしれないが、単行本の1巻が出たのは1995年。例の事件が起こったり、エヴァがブレイクしたりする前だ。
 あの「らじかる好キャンティ」を描いていた人と同一人物の作品とは思えないほど、ダークで重い。回を重ねるごとに、月日を経るごとにさらにどんどん追い詰められていく少女たち。救いは見えない。
 山口かつみは軽くて大したことない人だと思っていた人は、ぜひ読んでもらいたい。たぶん山口かつみに対する目が変わるだろう。これ以外でも、「上を向いて歩こう」とかけっこういい話をこの人は描いている。実はけっこうオススメだ。

【以下余談】
 最近の神戸の事件とか、その他もろもろの現象を見ていると現代の中学生・高校生の置かれている閉塞状況って相当なもんだなと思う。一生懸命勉強したって、世の中は不況だし、どうせサラリーマンになるだけ。サラリーマンになったからといってもそんなに面白いことがあるわけじゃない。家を継ごうと思っても、大半は家業を捨ててしまい親もサラリーマンになってしまっている。
 スポーツや音楽などの才能があればいいが、ない人のほうが圧倒的だ。楽しい生活を送るにはお金がかかる。享楽的な生活だけではダメかもしれないが、それに代わるほどのステキな世界が将来待っているとはどうにも思えない。学校ではイジメもはびこっている。より良く生きようとすればするほど、そうも行かない現実に絶望することになる。

 要するに逃げ道がないのだ。というわけで、俺としては最近、日本にしっかりとした宗教があればいいな、とか思っている。断っておくが、俺は宗教系の人間では全然ない。でも、人間が生み出した最も大きな発明の一つである宗教の効能に関しては認めているつもりだ。何か信じるものがあるっていうのは強いから。もちろん副作用も大きいけど。
 行き場のない人に、「出家」という新しい道を開いてあげるってのも手ではないかと思うのだ。これまでの生活から違う次元に一気に抜け出せる、いってみれば「人生のリセットスイッチ」である出家ってもっと活用されてもいいんじゃないかと思う。ドロップアウトはドロップアウトでも、自殺や殺人、犯罪行為などに走るよりは出家のほうがよっぽどいい。とにかく「行き場がない」という状況はものすごくヤバいのだ。行き場をなくした鬱屈した感情というのは、ときにとんでもない形で爆発したりする。いい方向に進める可能性もある出家には、大きな意義があると思うのだ。

 ただ、ヘンな宗教に引っかかる可能性はやはり否定できない。というわけでメジャーな宗教であり、なおかつ歴史もある仏教がもうちょっと門戸を広げて、金まみれにならずしっかりしてくれるとベストなんじゃないかと思うんだが、どんなもんだろうか。

●単行本データ
巻数ISBNコード初版発行価格
1ISBN4-09-152031-6 C997995/09/05500円
2ISBN4-09-152032-4 C997999/01/05530円