六田 登
Noboru Rokuda
ICHIGO
全10巻 小学館・ヤングサンデーコミックス 判型:B6
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六田登も雑誌の中では、あまり目立たないほうの作家だ。もちろんビッグネームなのだが、話が地味だし、絵柄もイマ風ではないし、意外と読み逃してしまいがち。しかし、その実力には「さすが」とうならされるものがある。
六田登というと、「ダッシュ勝平」の印象が強い人にとっては「ギャグ漫画の人」というイメージがあるかもしれない。しかし、作品はどちらかというとダークで内向的なものが多いし、実際そういった路線のもののほうが俺的には面白い。そんな「ダーク六田」作品の中で、とくにオススメなのがこの作品、「ICHIGO」だ。
ストーリーは戦後の昭和をバックに進行していく。これは六田登なりの昭和史でもある。
この物語のキーワードとして「都」という言葉が出てくる。「男なら誰でも自分の都を作ろうとして生きている」と。自分が機嫌よく暮らしていける都を作るために、そんな世界を作るために遮二無二邁進してきた戦後日本とシンクロして、土建屋である父・梅川源二郎は道路を作り、ビルを作り、一期は人を殺していく。戦争に負けて世界から否定され、自分でもそれまでの自分を否定し続けながら、自分を世界に認めさせるために日本が必死に経済を発展させていったように。そして、何かを置き忘れていびつな成長をしていったのと同じように、一期も成長していく。
「誰からも褒めてもらえない人間は自分で自分を褒める」。これは高校時代の一期を追い詰めていく、刑事・武村の言葉だが、一期にとって人を殺している瞬間だけ、世界が自分を褒めてくれているような、認めてくれているような実感が得られる。自分を認めない世界を変えてやったような気分になれる。それが、一期にとっての「都を作る」という行為なのだ。
そんなことをしてもむろん世界は変わらない。変えられない。自分がどんなことをしても世界は変わらない。だが、一期が何をしても変えられない世界は、自分で勝手に、ぬるぬると不気味に変わって行ってしまう。「激動の昭和」という言葉をそのままに。
こんな感じでストーリーは全編、沈鬱な内向的なダークさをはらみながら進んでいく。六田登はほうっておくと暗い方向に話が行ってしまうタイプの作家だが、これはその頂点ともいうべき作品だ。とくに一期の少年時代のあたりの完成度は絶品。親友・文也を殺害するシーン、高校生になってその文也の父親と再会し、自分を追い回す刑事・武村が奈落に落ちていくあたり、実に素晴らしい。
そのほかのエピソードも心に響くものが多い。セリフもまた重く、心に刻みつけられてくる。物語は昭和の各事件を折り込みながら進んでいくが、こうして見てみると昭和という時代はすごく大きく、重く、苦しく、かっこよくて不細工だ。日本という国にとっても、歴史が始まって以来有数のターニングポイントだったということが実感できる。
暗く、重たく、しかし心に強烈に残る物語である。ぬるぬるとした気持ち悪さをはらみながら、圧倒的な緊迫感で読む者に迫ってくる。とにかく一言で語れないくらい、「すごい」作品だ。心して読んでもらいたい。
考えてみれば、俺がこのホームページを作っているというのも、俺なりに都を作ろうとしている行為なのかもしれない。実にささやかな都ではあるが。
【あらすじ】
大阪の土建屋である、梅川組2代目・源二郎の長男として生まれた一期は、生後まもなく肺炎のため片肺摘出手術を受けることになる。奇跡的に一命を取りとめたものの、手術は一期の左胸部に大きな傷跡を残した。そのため、祖父に「できそこない」として扱われた一期は、やがて里子に出される。親と離れて暮らし、胸の傷が原因で周りの子どもにもいじめられていた一期はこの世に自分の居場所を見いだせないまま幼年時代を送る。
やがて、一期は里子先から父母のもとへと戻るが、健康に育っている弟の姿を見るにつけ、自分が余計者であるという感を募らせていく。やがて、小学校に入学するがここでも孤立する。そんな中、自分と同じような傷を顔に持つ少年・文也が転校してくる。自分と同じ「キズモノ」でありながら、悪びれず胸を張っている文也に一期は憧れを抱く。
親友同士になった文也と一期だったが、ある日、文也の傷は周りになめられないためにつけているメイク、ニセモノだったということが判明する。「お前にも同じ傷をつけてやる」。そう考えた一期は、村芝居の途中、暗がりを利用して楽屋に置かれていた日本刀で文也に切りかかる。そのとき、一期の中に奇妙な衝動が芽生え、顔に傷をつけるにとどまらず文也を殺害する。この事件を期に、一期は自分が人を殺している瞬間にしか生きている実感を得られない人間だということに気づいてしまう。
そして、一期は成長していく。
巻数 | ISBNコード | 初版発行 | 価格 |
1 | ISBN4-09-151171-6 C0379 | 90/03/05 | 500円 |
2 | ISBN4-09-151172-4 C0379 | 90/08/05 | 500円 |
3 | ISBN4-09-151173-2 C0379 | 91/03/05 | 500円 |
4 | ISBN4-09-151174-0 C0379 | 91/11/05 | 500円 |
5 | ISBN4-09-151175-9 C0379 | 92/04/05 | 500円 |
6 | ISBN4-09-151176-7 C0379 | 92/12/05 | 500円 |
7 | ISBN4-09-151177-5 C0379 | 93/05/05 | 500円 |
8 | ISBN4-09-151178-3 C0379 | 93/09/05 | 500円 |
9 | ISBN4-09-151179-1 C0379 | 94/02/05 | 500円 |
10 | ISBN4-09-151180-5 C9979 | 94/11/05 | 550円 |