作:橋本以蔵+画:たなか亜希夫
Story:Izo Hashimoto+Art:Akio Tanaka

軍鶏

出版社:双葉社
シリーズ:アクションコミックス
判型:B6
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「軍鶏」1巻 「軍鶏」2巻

 神戸の小学生が殺害され校門の前で生首をさらしものにされた「酒鬼薔薇事件」は記憶に新しい。そのあたりから、「すぐキレる若者」がさまざまなメディアで扱われるようになってきた。「軍鶏」の主人公、成嶋亮もその一人である。
 彼はエリート銀行員の長男として生まれた。優しい父、美しい母。名門私立高校に通い成績も優秀。なんの不満もない生活を送っているように、周囲の人間の誰もが思っていた。その彼がある日突然キレた。真夏の昼下がり、いつもと変わらない風景の中、彼は一本のナイフを持ち出し両親をメッタ刺しにして惨殺する。マスコミはこぞってこの事件を取り上げ、熾烈な報道合戦の末、彼の顔写真を公開する雑誌まで現れた。
 そして、彼は少年院に送られる。まだ16歳。少年法により保護されている彼は、2年そこそこの刑期を終えれば外に出ることが許される。だが、周囲の目は当然のことながら冷たい。少年院の中でも親殺しは、最も忌むべき犯罪として扱われ、ひ弱な優等生であった彼は周りの少年たちから軽蔑され、虐げられる。ある者は、色白な彼の後門を凌辱するといった行為にまで及ぶ。

 親を殺したとき彼はこう思っていた。「このままでは自分が殺されてしまう」。優等生として東大進学は確実とまでいわれていた彼に対し、優しい父母の存在はプレッシャーとなっていたのだろう。そして真綿で首を締められるような圧迫感を覚えていたに違いない。しかし、そのプレッシャーが臨界点を突破したとき、彼の自己防衛本能は過剰に働く。自分が殺されるか、相手を殺すか。0か1かのデジタルな行動をとってしまうのだ。
 少年院の中でもその性向は変わらない。周囲のイジメに遭い、その中のリーダー格の少年に口淫を強要されたときに、もう耐えられなくなった彼は少年の男根を食いちぎってしまう。その仲間が復讐のためにさらに陰湿なイジメを開始すると、トイレで背後から短刀で刺すといった具合。
 いったん凶行に走るや、相手が戦闘不能になるまで攻撃をやめない過剰な自己防衛本能は見ていて慄然とするものがある。どの場合も、自分から攻撃を止めることはない。一度火がついたら、相手が死ぬまで闘い続ける。その姿はまさに、タイトルの軍鶏(しゃも)のようでもある。

 しかし、どんなに自己防衛本能が過剰であっても、弱いままでは殺されてしまう。そんな彼に大きな出会いが訪れる。少年院で行われる体育の授業の空手である。授業は少年院ではなく、大人の刑務所に収容されている終身刑の囚人、黒川の手により行われる。黒川は背は小さいが、明らかに他の者とは違う殺気を身に帯びた男であった。自分を守る牙となるものを見つけた亮は、その後一心不乱に空手を学んでいく。また黒川も、若き日の自分の姿にも似た亮に目をかけ、彼に鍛錬メニューを課す。
 このページに貼り付けてある単行本の表紙の画像を見て欲しい。左側が第1巻、右側が第2巻である。ここに描かれている人物は、両方とも成嶋亮だ。最初の時点では1巻の表紙のような暗い目をした内気でひ弱そうな少年だった彼が、2巻では殺気に目をギラギラと輝かせた不敵な顔つきに変貌を遂げている。自分を守る術を見つけ、その道を極めんと精進に励みメキメキと力をつけていく成長のさまは実に頼もしく力強い。

 陰鬱な闇の中で冷たく光る少年のまなざしは、鋭利なナイフのそれにも似ている。不用意に手を出せばこちらのほうが傷を負ってしまうような、そんな危うさだ。そしてそれは全編を流れる張り詰めた緊張感にもつながっている。たなか亜希夫の作画もいい。細かく細部まで描写する緻密で骨太な画風は、どっしりと腰を落ち着けた力強さがある。過剰なコマ割りは多用せず、ここぞというときにハッとするような描写をしてくるあたりは、読ませどころを心得ているといえる。

 本稿執筆時点(1998年12月中旬。単行本は2巻まで発行済)では物語はまだ完結していない。過剰な自己防衛本能に加え、牙を身につけた少年がどのように成長していくのか、これからも見守っていきたい。
(以上1998/12/14執筆)

●単行本データ
巻数ISBNコード初版発行日価格
1ISBN4-575-82383-X C99791998/11/12560円(本体533円)
2ISBN4-575-82394-5 C99791999/01/05560円(本体533円)
3ISBN4-575-82416-X C99791999/04/12560円(本体533円)
4ISBN4-575-82432-1 C99791999/07/09560円(本体533円)
5ISBN4-575-82452-6 C99792000/03/28533円+税
6ISBN4-575-82488-7 C99792000/04/28533円+税
7ISBN4-575-82492-5 C99792000/05/22533円+税
8ISBN4-575-82499-2 C99792000/06/27533円+税
9ISBN4-575-82509-3 C99792000/09/08533円+税
10ISBN4-575-82525-2 C99792000/12/11533円+税
11ISBN4-575-825551-4 C99792001/03/26552円+税
12ISBN4-575-825572-7 C99792001/06/28552円+税
13ISBN4-575-825607-3 C99792001/10/28552円+税
14ISBN4-575-82627-8 C99792001/12/19552円+税
15ISBN4-575-82663-4 C99792002/04/18552円+税
16ISBN4-575-82709-6 C99792002/08/18552円+税
17ISBN4-575-82760-6 C99792002/12/12552円+税
18ISBN4-575-82816-5 C99792003/04/19552円+税
19ISBN4-575-82845-9 C99792003/07/19552円+税