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「神々の山嶺」

「神々の山嶺」 ■原作:夢枕獏 (ゆめまくら・ばく)
■作画:谷口ジロー (たにぐち・じろー)
■出版社:集英社
■シリーズ:BUSINESS JUMP愛蔵版
■判型:A5


 これほど岩の存在感が際立つ作品はない。

 「神々の山嶺」は山岳漫画である。エヴェレスト登山隊のカメラマンとしてカトマンドゥを訪れたカメラマン・深町が、古道具屋で旧式のカメラを発見する。そのカメラはおそらくエヴェレスト初登頂を目指しつつも消息を絶ったマロリーとアーヴィンのカメラと推測されるもので、エヴェレスト初登頂が誰であるかという登山史最大の謎を解き明かす可能性を持ったものだった。カメラを手にした深町はその謎を追ううちに、現地で「ピカール・サン」と呼ばれている日本人登山家・羽生丈二の人生に迫っていくことになる。

 もちろんエヴェレスト初登頂の謎を探る道程も非常に興味深いのだが、それ以上に注目すべきは圧倒的な登攀シーンである。登山者の目の前に聳える岩壁は、人間の想いなどはまったく意に介さず、絶望的に巨大だ。そして山を描く谷口ジローのペンが冴え渡る。これ以上ないほどに緻密で淀むところのない描き込みを、膨大な量積み上げて構成される岩壁は驚異的な存在感を持つ。この作品の一方の主役は間違いなく岩だ。

 そして岩の存在が大きく立ちはだかれば立ちはだかるほどに、山に自らの存在を賭ける男たち、中でも羽生の執念の激しさが伝わってくる。人付き合いは下手で、存在のすべてを山にぶつける羽生の人生の描写は恐ろしいほどの凄みがある。とくに第2巻の前半で展開される、モンブランの北東「グランドジョラス」北壁単独登攀のエピソードは身が震えるほどの迫力だ。左腕、左脚、肋骨、全身打撲を負いながらの25メートル登攀、そして2夜にわたるビヴァークを記録した約100ページは、山岳漫画史、いや漫画史に残るべき極限描写である。極寒の中、混濁し、失われようとする意識、そして生に踏みとどまろうとする葛藤の描写には息を呑まずにはいられない。

 谷口ジローはこれまでも山岳漫画では実績のある作家だが、漫画界屈指の精緻なペンタッチ、そしてここにきてますます円熟味を増した描写力により構成された本作は、谷口ジロー山岳漫画の集大成的な作品となっている。現在も本作はビジネスジャンプ(集英社)にて連載中である。羽生のさらなる挑戦、マロリーのカメラの謎はまだ解かれていない。それが描かれるころにはこの作品は史上最高の山岳漫画となっているはず。刮目して読むべし。
(2001/08/19)

単行本データ
ISBNコード初版年月日価格購入
1ISBN4-08-782567-1 C09792000/12/20本体1000円[bk1][Amzn]
2ISBN4-08-782568-X C09792001/08/23本体1000円[bk1][Amzn]
3ISBN4-08-782685-6 C09792002/05/22本体1000円[bk1][Amzn]
3ISBN4-08-782686-0 C09792003/04/23本体1000円[bk1][Amzn]
5ISBN4-08-782788-7 C09792003/05/25本体1000円[bk1][Amzn]