西岸良平初期作品集

Ryohei Saigan

【オスマントップページ】

 西岸良平は漫画界でも、かなり地味なジャンルの一つである(あえてジャンルという)。でも、懐かしくて心暖まる、キャラクターの輪郭が長靴みたいなあの絵柄は、たいていの人が見覚えがあるのではないだろうか。

 今では「三丁目の夕日」「鎌倉ものがたり」と、ほのぼのとしてノスタルジックなお話がメインになっておりそのイメージが強いと思う。しかし、昔の作品はあの絵でありながら、エロやSF、血みどろでグロなお話もやっていたのである。もちろん、あの絵であの雰囲気だけに怖くもないしかっこよくもないんだけど、その分、非常に稚気にあふれた独特の「男の子のロマン」あふれる世界を築き上げていた。

 SF作品は、ぶかっこうなロボットや、ボタンが市松模様みたいになっていてパンチテープを吐き出すようなコンピュータなど、実にアナクロな雰囲気にあふれている。冒険活劇ものなどは、まるで子供のころに仮面ライダーごっこをして遊んだときみたいな、オトナになるにつれ人々が失ってしまったようなスピリッツを持っている。人間に絶望し切ったようなアナーキーな作品もあれば、ものすごく間抜けな作品もある。西岸良平の世界は奥が深い。

 ノスタルジックなだけじゃない西岸ワールドがとくに濃密に詰め込まれている初期の作品集を、ここでは紹介する。「三丁目の夕日」「たんぽぽさんの唄」「鎌倉ものがたり」といった、(西岸良平作品の中では)「比較的メジャーな」作品とは一味違う味のある作品集ぞろい。ぜひチャレンジしてみてほしい。ああ、それにしても西岸良平、またSF短編描いてくんないかなあ。
 なお、俺の持っているバージョンはすべてB6版なんだが、現在ではA5版で再版されている。そんなわけでISBNコードなどのデータを書いても役に立たないと思うので、ここでは初版年月日のデータだけを記しておく。出版社はすべて双葉社。

 余談ではあるが、俺の兄貴のハンドルネーム「本田健」は西岸良平作品の登場人物からとられている。西岸良平の短編の主人公ってだいたい名前が「本田健」なのだ。

「ヒッパルコスの海」

初版:1977/06/15

 俺が持っている西岸良平の単行本の中で、一番古い。もともと古くさい絵柄の西岸良平の中でも、さらに絵柄が古い。それだけに西岸良平の原点ともいうべきエッセンスが濃厚に詰まっている。
 収録作品の中で俺が最もオススメなのが、「忍びの者」シリーズ。町工場の冴えない工員が主人公なのだが、彼はお菓子の入っているブリキの缶を切り抜いてヤスリをかけたりして自作した手裏剣を使いこなす、現代の忍者(というにはあまりにもしみったれているが)だった、という話。忍者だからといって華々しい活躍をするってわけではない。せいぜいチンピラを痛い目に遭わすくらい。要所要所でその技を使いつつ、淡々と地味な日常が過ぎていく、そんな話である。
 お手製の手裏剣、町工場の工員、狭苦しいアパート。貧乏くさい中でちょっとした工夫を凝らしては、ちっちゃな満足感を得る。そのいじましさが実に楽しい。主人公と同類で、自分で改造したおもちゃのピストルを使いこなす(弾丸は鉛筆のサックに消しゴムのカスとマッチの頭を詰めたもの)、「夕陽のガンマン」も出てきたりして、「終わらないごっこ遊び」的楽しさがある。

●収録
  • ヒッパルコスの海
  • 赤い靴
  • 夜行列車
  • 青い鳥
  • クズ鉄の恋人
  • 鍵玉屋宇平顛末
  • 変身
  • 宇宙への正体
  • 超能力
  • 夏に御用心
  • ナベシマ・ストーリー
  • ビー玉のゆくえ
  • 受験生心得
  • 忍びの者
  • 夕陽のガンマン
  • コーヒーの夢
  • 謎の円盤UFO
  • オーディオ野郎
  • 社長の椅子
  • 宇宙戦争
  • 「ヒッパルコスの海」

    「地球最後の日」

    初版:1978/07/15

    地球最後の日  ここで紹介する中で、俺的オススメ度が最も高い作品集。救いがない、シニカルなお話が多いんだけど、それでいながら間が抜けているという実に味わい深い作品が多い。
     とにかくまずは表題作「地球最後の日」を読んでみてほしい。平凡なサラリーマン・本田健にある日突然、銀河連盟の代表・カルビクッパ(ここらへんのマヌケなネーミングも実に西岸チック)のメッセージが届く。カルビクッパは、「地球人を宇宙から抹殺することに決定した。ただし、地球の悪が1ヶ月以内でなくなればその決定を取り消す」と語る。本田健には地球を救うために超能力が授けられるのだが、その能力はマッチ1本を手を触れないで動かせる程度のもの。それでも、本田健は孤軍奮闘、悪を葬るべく人々に呼びかけるが効果なし。そしてあっさり地球は滅亡する。地球が滅亡するシーンはたったの1コマでバッサリと片付けられてしまう。それまでの情けないノリから一転して、救いのない結末に陥るその落差がたまらない。
     また、マッドサイエンティストのオヤジが、人類を抹殺するためにだけ作ったマシンが出てくる「全自動人間屠殺機」も、なかなかアナーキーな作品。人類滅亡に備えて平凡な男(またしても本田健)が、水棲人に人体改造されるという「海底人間8823」もマヌケで、実に味わい深い。なんつっても「8823」を「ハヤブサ」と読ませるベタなセンスが最高。

    ●収録
  • 地球最後の日
  • ミイラの論理
  • 番茶キノコ健康法
  • 死に神
  • 街あかり
  • 海底人8823
  • 伝言
  • ラーメンの味
  • 勝利者
  • 数学
  • ダンディ
  • スター
  • うなぎ
  • ゆきつり初雪
  • 赤い灯青い灯
  • 終わりなき悪夢
  • 恐怖の雪男
  • 全自動人間屠殺機
  • 刑事物語
  • 義経伝説
  • 犬たちの午後
  • 少年記

  • 「魔術師」

    初版:1979/06/10

     西岸良平の中では、SF風味が比較的強い作品集。表題作「魔術師」は、「この世界はすべて自分の観念の産物であり、自分が死ぬとすべてが消えてしまう」という命題を取り扱っている。誰もが一度は考えたことがあるようなテーマではあるが、そういった観念を洩らさず作品にしているところもまた西岸良平の魅力だ。
     SFではないんだけど、俺がこの中で一番好きな作品が「サバイバル」である。駅の使用禁止のトイレに入ったところ、外でそのトイレをコンクリでふさぐ工事が始まってしまい、閉じ込められた学生が主人公。この狭いエリアの中で始まる、いじましいサバイバル生活を描いた作品。
     このトイレは東京湾の近くにあり、海面より低い地点に位置しているため、下水を逆流して魚が迷い込んでくることがあった。鉛筆をウキにして、セーターをほどいた糸を釣り糸にして釣りをする。トイレのドアの木に水をかけて食用キノコを、蛍光灯の灯りで雑草を栽培、清掃用の水槽の中をネズミ牧場に……とどんどんその生活は充実していく。ここらへんの子供みたいな創意工夫が実に男のロマンだ。そんなうまく行くわけはないんだけど、なんとなく憧れるロビンソン・クルーソー的自給自足生活を、駅のトイレでやってしまうミニマムさがすごく楽しい。この作品を読むためだけでも買う価値はあると俺的には思う。

    ●収録
    「新生活読本」
    • 流星王子
    • 恐怖の標本人間
    • 魔術師
    • ジキル博士とホンダ氏
    • たたり

    • 宝さがし入門
    • 伊賀の蘭丸
    • 謎の試験官ベビー
    • 転落の詩集
    • サバイバル
    「SFシリーズ」
    • TOOLS
    • 地球の黙示録
    • 春夜怪
    • 地には平和
    • 幻影の街
    「魔術師」

    「蜃気郎」

    初版:1980/06/10(1巻)、1981/06/14(2巻)

    「蜃気郎」  主人公はナゾの怪盗「蜃気郎」。ある時は名探偵、ある時は貧乏画家、ある時は高校教師と、神出鬼没。芸術的犯罪を追い続け、けして人を傷つけず獲物を奪っていく。裏の世界では犯罪界の大立者で、蜃気郎の印籠を出せば世の中の悪党はみんなひれ伏すほど(余談だが、印籠ってあたりが非常にマヌケててのんびりしてていい感じである)。まさに西岸版ルパン三世。
    「蜃気郎」の良さはなんといっても作品全体にあふれる稚気。子供の頃に夢見た義賊の幻想そのまま。西岸良平の作品はどれもそういう雰囲気は漂っているが、「蜃気郎」はとくにそれが色濃い。スゲエ金持ちで強きをくじき弱きを助ける怪盗。ときどきソソられる獲物があったときのみ盗みを計画し、芸術的にやりとげる。普段は悠々自適で至れり尽くせりの快適生活……ってあたりが実に子供っぽくて素敵だ。
     それがよく現れているのが、ときどき出てくる蜃気郎の「秘密のアジト」。雪山の洞くつの先に部下の慰安用の大レジャーランドがあったり、安アパートの部屋の畳をめくって下にもぐると冷暖房完備で噴水までありリモコンですべてを操作できる快適空間が隠されているとか、子供のころに夢見たような幻想がそのまんま漫画になっているのだ。西岸良平の漫画にはこういう幻想がいっぱいに詰まっていて、実に懐かしい心地よさがある。

    ●収録
    • 「蜃気郎」 1〜15話(1巻)、16〜28話(2巻)

    「赤い雲」   初版:1982/09/24

    「可愛い悪魔」   初版:1983/12/19

    「青春奇談」シリーズ。漫画家を目指す兄・東山耕助と、その血のつながらない妹で駅前のハンバーガー屋でバイトしつつ兄の仕事を手伝う久美子。周囲の冷たい視線にもめげず、狭いアパートでつつましくも清らかな生活を送っていた彼ら二人の部屋に、ヒト語を話し、魔力を持つナゾのネコ(実は猫又)・ワニ丸がひょんなことから住みつくようになる。
     つましい生活を送りながらも、日々の暮らしに小さな幸せを見出していく二人。そしてワニ丸を中心として巻き起こるミステリアスな騒動。雰囲気としては現在の「鎌倉ものがたり」とかにわりと近いかもしれない。ほのぼのとした味わいがあって和む作品。今回紹介した作品の中では比較的オススメ度は低いんだけど、西岸作品をコンプリートしたい人は押さえておくべきだろう。それなりに面白いし。

    ●収録
    • 「赤い雲」:1〜12話、「可愛い悪魔」:13〜24話
    「赤い雲」 「可愛い悪魔」

    「タイム・スクーター」

    初版:1983/01/13

    「タイム・スクーター」  注目はなんといっても「蜃気郎」の完結編、「黒猫やまとの冒険」が収録されていることだろう。黒猫やまとは蜃気郎の妹で、IQ260という超天才美少女なのだが、善悪の判断がつかず、平気で他人にロボトミー手術をしたり、人間を犬や羊にしてしまうクスリを投与したりする。散々黒猫やまとが暴れまくった後、それを蜃気郎が尻ぬぐいして回るという作品群。最強の怪盗の蜃気郎も、やまとの前ではタダのお兄ちゃんに過ぎなかったりするあたりがおかしい。
     あと、暴力団によって瀕死の重傷を負わされた刑事が、担ぎ込まれた病院で人体改造されてサイボーグとなる「リベンジャー」もヘンな味わいがあって好き。パワーは尋常でないんだけど、ACアダプターで一晩充電しなくてはならないところが欠点。なんかそんなたいそうなテクノロジーを使っているのに、充電が普通のコンセントにACアダプターを差すってあたりのローテクさが素晴らしい。しかも電池は「ニッカドパワーパック」だ!そんな奴が、旅先でヤクザとドンパチやらかしたり、飲み屋のおかみと涙を別れをしたりする網走番外地的展開も味がある。ここらへんのおいしさと間抜けさがてんこ盛りになっている、余計なまでのサービス精神が、西岸良平の一つの特徴でもある。

    ●収録
    • 黒い狼
    • ブラックマジック
    • キリコ
    • 地球戦争
    • マンモスの謎
    • タイム・スクーター
    • リベンジャー
    • コロッケボーイ
      • PART1
      • PART2
    • 黒猫やまとの冒険
      • 悪魔の美少女
      • 恐怖のハウジング
      • 東京コネクション

    「ミステリアン」

    初版:1985/04/23

    「ミステリアン」とは遠い星からUFOに乗って地球にやってきた宇宙人のことだ。彼らの役目は人類の調査を中心とした地球探査。彼らは地球人をはるかにしのぐ科学力や超能力を持つが、基本的に私利私欲のためにその能力を使うことは許されていない。ところが、ミステリアンに特有の病として「地球病」というものがある。享楽的な地球文化に影響され、地球人としての暮らしに埋没していくうちに自分たちが本当は宇宙人だったということを忘れていってしまうのだ。
     この作品の主人公であるミステリアン・広美も例外ではない。その能力を使いながら、地球を調査し、いろいろな生活パターンについて研究を深めていくのだが、どんどん世俗的になっていき、しだいに酒やSEX、ギャンブルに溺れて身を持ち崩していく。
     この自堕落な転落の過程がすごくいいのだ。西岸良平の作品の中でも、おそらく最もエロシーンが多いのではないだろうか。もちろん、あの絵だから興奮するわけじゃないけど。どんどん堕ちていって最後のほうは、敵役の宇宙人と戦う兵器を作るために、のぞき部屋で働いたり、町の部品工場のオヤジの愛人になったりするという貧乏臭さもたまらない。アダルト・サイガンを堪能したいという人はぜひ押さえておくべき作品。

    ●収録
    • 「ミステリアン」 PART.1〜12
    「ミステリアン」

    「ポーラーレディ」

    初版:1987/08/17

    「ポーラーレディ」  お客様の願いを叶える魔法を販売する会社、ポーラー社のセールスレディ、江戸川蘭子が主人公。売り歩いている魔法の種類は実にさまざま。タイムトラベルや、分身の魔法、死者を甦らせる術、身体を強くするなどなど。買う人たちはその魔法によって思わぬ不幸に陥ったり、魔法の力を借りずに幸せになったりと運命もまたいろいろ。
     一編一編、西岸良平らしいSFショートショート的ヒネリが利いている。でもどんなことやっても、やっぱりこののどかさは消えなかったりもする。ヒロインの蘭子の、野暮ったいけど見てるとほっとするパーソナリティも魅力。
     俺としては第2話「ザ・ハンター」が好き。世界のあらゆる動物をハントしまくった男が、最後に「恐竜を狩りたい」ということでタイムトリップの魔法を注文する。で、恐竜の時代に行ってみたところ、ティラノサウルスが実は「ホーホケキョ」と鳴き、スキップしながら飛び跳ねては鳥を捕まえ、身体中にハートマークのある珍獣だったりした。しかも動きが遅くて鈍いというイメージではなく、ステゴサウルスでさえ、2本足で立ち華麗なフットワークで弾丸を避ける生物だった……という、実になんだか突拍子のない展開。ここらへんのバカバカしさがファンとしては非常にうれしい。

    ●収録
    • 「ポーラーレディ」 1〜12話