ふしあな
塩川桐子
小学館 プチフラワーコミックス
時代小説の漫画化…といおうか。江戸時代の人々の生活が、これでもかというくらい生き生きと描かれている。テイストはまったく時代小説のそれだ。オハナシも、そして絵も。
ともかくもその絵の特殊性に注目しなくてはならない。あまりに、あまりに浮世絵なのだ。構図といい、輪郭の引き方といい、着物の描き方といい、平成の浮世に描かれているとはとても思えない様子なのだ。江戸の世に描かれた浮世絵と見間違うばかりである。むろん、これまで蓄積されてきた漫画的手法や画材(効果線やトーンなど)は使われているので、純粋な浮世絵とはいえないのであるが、浮世絵的な絵が持っているインパクトは強烈である。ここには二重の違和感がある。第一のそれは、吹き出しの使用や漫画的技法の使用によって、純粋な浮世絵との間に生まれる。第二のそれは、現代漫画が築き上げてきた独特な「漫画的描線」との間に生まれる。漫画と浮世絵の幸福な結婚が、画面に強烈な違和感=インパクトを作り出しているのだ。
そしてオハナシも非常に面白い。作者は時代小説や江戸時代に流行した情話をベースとした作劇を行っているが、これが実に心に染みる。日本の伝統的*1ドラマトゥルギーはいまでも有効だったのか、と驚かされさえする。たとえば彫り物を入れた美しい男に惹かれるあまり、男を愛し殺してしまう女郎の話。つまらない男に嫁いだが、男と暮らす4年の間に相手がかけがえのない存在になっていたという話。どれも現代においてはそうそう出くわすようなオハナシではないが、深く、静かに読み手の心をうつ。
この手の絵やオハナシの前例としては、杉浦日向子*2がいる。確かに杉浦のフォロワと見られてもおかしくないような方法論の一致が両者にはある。しかしもしそうだったとしても、塩川の漫画の面白さに傷がつくわけではない。むしろ、ひとつの短編としてみた場合、塩川のほうがきちんとまとまっているという点で優れているとさえいえる。
偏見なしにぜひとも手にとってほしい。後悔することのない好短編集である。制作時間が非常にかかっていそうなので難しいかも知れないが、次はぜひとも長編に挑んで欲しいものだ。
*1 無論ここでは江戸時代に/それ以降に形成された「伝統」をさす。
*2 杉浦の漫画は結構私も評価しているが、「漫画家は腰掛けでした」とか「本当は漫画家にはなりたくなかった」といった発言は本当にやめて欲しいものだと思う。