ちいさなのんちゃん
永野のりこ
アスペクト
産経新聞(火曜日)に連載された育児漫画をまとめたもの。掲載順ではなく、テーマごとにまとめてある。幼い頃の話から、もう「おっきくなってしまった」のんちゃんの話まで、実にさまざまである。
第一の楽しみ方として、作品のモチーフの元ネタ探しというものがあげられる。永野はしばしば、実体験に基づいたとおぼしきネタを使う。とくに「ハネムーン・プラネット」などのレディースものにその傾向は顕著なのであるが、この作品集にはそうした「実体験」がいくつも載せられている。無論漫画という形で抽象化されているので、体験談とは言いづらい部分もあるが、「この作品のこのシーンの元ネタはこれだったのか」と、はっとさせられることがしばしばだ。永野のファンとしてこのことは非常にうれしいことである。
こうしたマニアックな楽しみ方とは別に、この作品集はもっと普遍的なレベルで読者の心に訴えかける。第二の楽しみ方としては、ことば通りの育児漫画として楽しむことが挙げられる。のんちゃんの成長を一喜一憂しながら見守るのりこお母さん。初めての経験にうろたえ、途惑いながらも我が子の成長にいちいち新たな発見をし、感動するお母さん。そして「健やかに育て」と祈り、願う母親の「さま」が、てらいなく描かれているのだ。もちろん漫画として/エンターテイメントとして成立させるための脚色はあろう。だがだからといって、その背後にある「母性」が損なわれるわけではない。…そして、その「母性」は、永野作品のすべてに共通するものではなかろうか。
端的に現れているのは、『ソフィーの選択』を思わせる『ネオデビルマン』であった。また、『すげこまくん』のラストにも、すげこまくんを包み込む松沢先生、という形で、その母性は現れていなかったか。いわば、この作品は、永野作品のアーキタイプの表出なのだ。そしてそれは、ひとつのテーマが1ページに凝縮されているために*1、また、永野本人の思想の根源にまで至るために、つよい力を持って我々に訴えかける。
ひとつの育児マンガとして見たときにも、ギャグマンガとして見たときにも、この作品は高いレベルでまとまっている。だがこの作品を読んで受ける感動は、永野作品を読めば読むほど深まる。永野の思想のひとつの到達点*2、それがこの作品集なのだ。
*1 永野作品に共通する要素として「密度の高さ」が挙げられる。「コミッカーズ」連載の『マンガっていいよなっ』などに、それは顕著に見られる。得てしてそれは乱雑さにもつながるのであるが、ここではある程度整理された形で提示される。あたかも星新一のショート・ショートや、J.G.バラードの「コンデンスド・ノベル」が、密度が濃いにもかかわらずすっきりした印象を受けるように。
*2 この連載が終了した後、永野のりこは長期連載であった『電波オデッセイ』を畳み、それまでとは毛色の違った連載をはじめている。それまでのメガネ君が主人公ではない『ひっち&GO!!』、メガネ君は登場するもののオハナシの焦点は別の少女にあたる『Stand By み〜ちぇ』。両者とも『すげこまくん』とは異なった境地を目指していることがうかがえる。このことが、永野のりこがひとつのターニングポイントを迎えたことを傍証しないだろうか。
Last-Update: Monday, 15-Aug-2016 09:52:40 JST