モーニングマグナム増刊9号(99年6月末発売)

ちひろ
安田弘之
吉本 「ホンモノの自分」が「壊れてしまった」風俗嬢・ちひろ。だが安田は彼女を決して悲観的には描かない。むしろ「ホンモノであること」を求めないという方向を希求している。これは小さなコペルニクス的転回だ。ホンモノがどこかにあると措定するから生の苦しみが発生するのだ。現代を生きるために必要なスタイルをさりげなく描く姿勢には感心させられる。絵の流麗さにも感嘆。
久遠    
バカとゴッホ
加藤伸吉
吉本 アーティスティックなデコスケと恋仲になるゴッホ、という展開は、正直袋小路に入っているように思える。「バカ」が出てこないとこの作品の迫力は薄れてしまうではないか。おそらく次回は出てくるのであろうが。それにしてもこの人のアートへの思いいれは一面で面白くもあり、一面で哀しくもある。「純粋」芸術に価値を見出そうとしているのだ。その意味でこの作品は羽生生純「恋の門」と対を成す。
久遠    
雪の峠
岩明均
吉本 オルタナ系作品がひしめくこの雑誌では、時代劇はかなり浮いて見えるのは残念なところ。しかし戦乱の世から太平の世へと移って行くときの武士たちの心の動きはきちんと描かれている。そこにある不安はきわめて現代的である。流石、といえようか。
久遠    
パリの犬男
カデロ
吉本 日本の漫画の文脈とあまりに異なるバンデシネ文脈には、正直面食らうところがある。評価の難しいところ。異文化交流という点ではいいのだが。ところで次は載るの?
久遠    
たごにご
なかいさわこ
吉本 可愛いアニメタッチのキャラクタも描けるのに、あえて変態的なキャラクタを描いてしまう。そこにある心の動きは面白い。だが漫画全体としては…
久遠    
話田家
小田扉
吉本 電話機に水をやる長男。常識人の長女。俗世間を超越した次男。両親はなし。こうした「壊れた」家族を描く際にはどうしてもお涙頂戴の展開になってしまいがちだが、小田はそうした手段を決してとらない。互いに意地を張り合い、えげつないほど自己を主張していかせる。それで殺伐とするかというとそうではない。寓話をちりばめ、ギャグを交えるなかで、天涯孤独の3人の絆が見えてくる。間接アプローチ(クラウゼヴィッツ)の妙。
久遠    
いつかどこかで雨の日に
岩館真理子
吉本 レオ=レオニ「あおくんときいろちゃん」に着想したであろう作品。自分が双子の片割れであると称する少女と神社の息子との取り止めもない嘘のつきあい。結局何が本当で何が嘘なのかも明らかにされない。カタルシスが構造的に欠如した作品。だがだからといってつまらないわけではない。錯綜する会話とすれ違う視線は現代のコミュニケーションの姿をあらわしているのではないか。現代の寓話として上手く機能している。「ひだ」を作りすぎて分かりにくくなっているのが残念。
久遠    
文車来訪記
冬目景
吉本 「黒鉄」で少年(/青年)漫画を志向しているとするなら、この連作は冬目先生(と、呼びたい)の女性の部分がよく現れているといえよう。喪失と再生の円環構造はなかなか男性には描けないものだ。それにしてもカラーの美しいこと!
久遠    
ネオデビルマン
とり・みき
吉本 うーん、ここはやっぱりギャグで行って欲しかった。やや滑り気味だった「石神伝説」の良くなかったところをまんまと引き継いでしまっている。確かに筋そのものは非常に現代的で、読ませるものではある。しかし「オハナシを語ろう」とする時点で、とりの持つ味がスポイルされてしまうのだ。それはギャグ作家としてのとりに私が慣れすぎてしまっているせいかもしれないが。
久遠    
王国物語Sphinks
荒巻圭子
吉本 エキゾチックな王国を旅する旅行者と、ガイドの王子という構図という神秘性も良いが、何より絵によって世界が形作られているところがよい。空間を上手く生かした絵には非常に強い力がある。いい作品だ。
久遠    
カザフスタン旅行団
駒井悠
吉本 苦し紛れのネタでお茶を濁すようではダメですな。
久遠    
ミキ命!!
清田聡
吉本 バイオレンス系土方女ミキとその男(失業中)のオハナシ。オハナシがこういう方向に展開するのは意外だが、男・ユンボのマサの情けない様子は見ていて実に心が休まる。そして容赦ない暴力の嵐。素晴らしい作品じゃないですか。
久遠    
Paint it Blue
松田洋子
吉本 そしてこの作品もノーフューチャー度では負けず劣らず。超零細下請け鉄工所の盆暗社長たちを集めた野球の試合なんて、オハナシの構成だけでゾクゾクするではないですか。バブル期の頃からこうした最底辺の人々を「見ないようにする」傾向は続いている。それに真っ向から「No!」を突きつける松田の仕事はじつに清々しい。根本敬のいう「解毒作用」がきわめて高いのだ。
久遠    
ねこロジカル
高田三加
吉本 独特の空気の流れを持ったショートギャグ。この流れについて行ける人にはいいだろうが…
久遠    
雨太
正木秀尚
吉本 うーん、最初から予定されていたことなのだろうが、民俗学のような要素が入り込んできてやや興ざめ。もっとハードボイルドな設定を期待していたのだが。一方この作品の徳目は、雨太と麻代を襲う刺客たちが誰も、その辺にいそうなおっさんや兄ちゃんであること。そこにこの作品のリアリティとリリシズムがあるのだ。それは設定に裏打ちされているのだが、設定との違和感も含み込んでいる。
久遠    
そのワケは。
サラ・イイネス
吉本 後ろの方なので本当に目立たなくなっている。
久遠    
シャイン
なかむらやすひろ
吉本 絵が上手いと自他ともに認める少年と、天才を持っている不良少年の確執と心の交流を描いた作品。お話は良くできているのだが、いかんせん線が饒舌すぎ。ちば・てつや的に洗練され、きわめて上手い(とても新人とは思えない)線なのだが、カリカチュアライズの仕方が恣意的で癖がある。描線がカンタンな物語を語りすぎてしまっているのだ。サービス過剰は今の風潮には暑苦しいだけだ。
久遠    
テクリン
立沢直也
吉本 テクノロジーとの接し方が極めてオヤジ風なのが逆に笑える。電脳炎(唐沢なをき)を参照、てな感じ。
久遠    
風とマンダラ
立川志加吾
吉本 モーニングでの連載のプレビュー版。談志の弟子が描いた4コマであるが、出来としては普通。
久遠    

<総評>

吉本 かなり長尺のバンデシネが入っているので、今回は随分と印象が違う。全体的にオシャレになってしまっている印象なのだ。これはいいことでもあるが、あまり良くないことでもある。バンデシネ「犬男」は、思いつきで掲載されている(または鶴謙の代原)ような印象が強いのだ。300ページもあるというのに次号に掲載されないというのはどういうことか。講談社特殊漫画家3人衆(安田、清田、松田)が揃っているのでパワーがなくなることはなかろうが、編集方針をもっときちんと持ってもいいのではなかろうか。アフタヌーンが大幅な路線変更をはかろうとしている今。
久遠  

<ベスト>

吉本 この手の漫画が増えることを願って、という意味も込めて小田扉(みりめとる)の「話田家」にしよう。以前も書いたが、決して正面から攻めようとしないところが素晴らしいのだ。正面攻撃は島本和彦が示しているようにもはやギャグのネタなのだ。
久遠  

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