| 2002/02/05(火) 01:57:01 とりこ |
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| 週末、図書館へ行きました。 児童室にリンドグレーン追悼コーナーが設けてあった… 胸痛む光景であります。 書誌情報&レビュー、幾つか追記します。 ●いぬいとみこ『北極のムーシカミーシカ』理論社 1964年 この際なので再読。案外短くてびっくり(一大長編と記憶してました)。 ※今回、思いっきりネタバレです。ご容赦下さい。 お利口さんタイプの兄グマが、奔放な性格の弟グマに対して抱く、複雑で微妙なコンプレックス。 上って、下を庇うことで自分を支えてたりする。 だから庇うべき年下に抜かれると、長子の失うものって「立場」だけではないのよ。 心細いのだ。 わだかまりを抱えつつも、半身同様な弟への、妬み、意地、心配、安堵…心惹かれる筈だ。ナルホド。 物語最大の核は、「異種族に友だちを持ったはいいが、実は自分たちは捕食関係にある」という、過酷(過酷。マジで)な現実に直面した弟ミーシカが、それをどう受け入れるか、の局面。 この展開は本当に素晴らしい。 逃げがなく、骨太です。 残酷ではあるけど、でも多分、読んだ子はきっと「血、美味しそう」って感じると思う。そして美味いと感じるなら、もう、仕方がないことなのだ。友達の同朋の血を美味しいと感じてしまった子グマたちと同様に。 友人や家族との別離、そして再会の嬉しさ。 その一方で、長いこと待ち望み、いざ再会が叶うと、夢見てたほど相手は自分を思っていてくれず、がっかりしたり(うまいなあ、コレ・・・)。現実ではありがちな展開だけどさ。お話でこれって。どうよ。 繰り返し描かれる、親の庇護外へ出たときの心細さ。 理想的な母さんグマ。 でも再読して判ったけど、このお母さんもさりげなくリアル。へえー。 ほのかな「兄→妹」関係萌え。 あたしが見てたのは「妹→兄」構図萌えなのかも・・・? 渾然一体だなあ。いいなあ。 そして、ラストの祭典。 北極中の動物たちが、夏至祭りの一日だけ、みな仲良しになるというファンタジー。 関係の限界を描いたその上で、それでもやはり「友達でいられるかも」と言う夢。ファンタジーって判ってても、でも。 それは、とても素敵な夢なのです。 長年読み継がれ、多くのファンを持つ、支持層の厚い作品ですが、しっかりした骨組みの良書だと思いました。本当に。 あ。瀬川康夫さんの挿絵も、とても魅力的です。 |
| 2002/02/05(火) 21:11:13 とりこ |
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| 昨日からの表題「追悼企画・追記」というのは、先日の「追悼」の補足を、というつもりなのです(それでも、とても言葉なんて足りやしませんが)。 ワタクシはリンドグレーンファンで、いぬいとみこファンでした。あ、今もよ。この先もね。 去年「ロッタちゃん」の映画が流行りました。 たいへん嬉しかった。 勿論映画も素晴らしい出来だったし(3度観たよ)、パムセ(ピンクの豚の縫いぐるみ)がその辺で簡単に買えるようになったのもナイス波及効果でした。 とりあえず代表作の「ピッピ」書きますが、他の作品もどれも大変素晴らしい。ホントに。 子供の気を惹くツボをなぜそんなにもご存知なのか。リンドグレーン女史。 子供には子供なりの、正当な、理由・主義主張があるの。大人は筋が通ってないとか言いやがるが。そんなことない。それは、大人が違うのだ。大人の都合なのだ。大人は勝手だ。子供のほうがむしろまっすぐだ。どうしてわかってくれないのだ。大人の癖に。大人なのに大人は頭が悪い。へんだ。 そんな風な感覚。 ああそうだったと思い出すのよ。アタクシは現在「頭の悪い大人」に成り下がっておりますが、でも、かつては、大人を馬鹿だとちゃーんと判っておった。馬鹿だからいつもは忘れてるけど。まあ、大人だからね。済まんなあ、子供のころのあたし。君を裏切る言動ばかりですね近頃。 「ロッタ」の泣けるシーンの一つに「自分で自分に子守唄を歌ってやる」ってのがあるんですが、「ピッピ」にも、これ、あるのです。ただしピッピは、ロッタよりさらにとんでもなく強い女の子なので、一人でも平気で寝ちゃうのですが。 子供心に、ピッピスゲエなあ、と思ってました。自分だったらごたごた荘には住めないなあ、と。 だって、いくらニルソン氏(サル)と馬がいるっても、たった一人であばら家に住めるとは私には思えなかった。それが出来ちゃうピッピは、自分ではありえないのだ。 だから、ピッピは憧れでした。アイドルだし、ヒーローだったなあ(※ヒロインだけどさ)。 |
| 2002/02/05(火) 21:45:48 とりこ |
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| ●アストリッド・リンドグレーン 「長くつ下のピッピ」「ピッピ船に乗る」「ピッピ南の島へ」(1945) /大塚雄三訳/岩波書店/(邦訳 1964/1965/1965) 「世界一力の強い」女の子、ピッピ。 いじめっ子より、おまわりさんより強い。 牛馬をひょいひょい持ち上げる。 船長さんであるお父さんと、赤ん坊の頃から世界中を旅して回ってて、凄い知識も一杯ある(ポルトガルの首都はどこか、とかね)。 その上、大金持ち。 彼女には彼女なりのルール(正義)があって、それは時に(つーか常に)大人社会とぶつかる。子供対大人はいつだって子供の関心事だけど、ピッピは大人社会の庇護を受けず独自でやっていこうとし、そしてそのむちゃくちゃだが「一人でやれる」を、力技で大人に認めさせる。 …って、オトナからすれば「放置」の気配もややありですが、実は「放っとかれ」たくもある子供には、それもまたいいカンジだったなー。 読み手はピッピの言動に瞠目し、憧れ、真似したくなったりする(実際やったし)。 けど同時に、自分はピッピではないことも自覚せざるを得ない。 そこがいい。 ピッピ自身気づいてないピッピの強がり、イコール、あの凄まじい大法螺。 時に痛々しくすらある。 でも、お父さんとの再会場面でピッピは急に近い存在になる。 私、2巻と3巻が好きだったよ。 隣人の兄妹、トミーとアンニカ(常識人)。彼らあってこそピッピの物語は成立する。ピッピのでたらめを受け入れてくれる「普通」の子供達。 ピッピがお隣だなんて、何てラッキーなんだろう彼ら。 1988年の米映画版には、子供の限界が描かれてます。ピッピ、飛行機で家出して(勿論原作にない場面)矢折れ力尽き、大人が助けてくれるのだ。私はこれ認めないぞ(だってそんなの「ピッピ」じゃないじゃん)。 限界の描出は、子供をテーマとする時の一つの答えではあると思うけど、ピッピでそれやらなくても。と思うの。 映像版は、もはや伝説の子役インゲル・ニルソンの演じたドラマ版が、原作のイメージを見事に体現してて、どうしても好き。 たまにレンタルビデオ店にあるので、未見なら、ぜひ一度。 (監督:オッレ・ヘルボム/制作:スウェーデン放送協会) ※日本でも、1975年に「NHK少年ドラマシリーズ」で吹替えの放映があったので、ご存知の向きもあるかと思います。 96年末にも、BSで4話だけ再放送されたらしいです。 |
| 2002/02/07(木) 20:18:11 とりこ |
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| ●ポール・オースター『ミスター・ヴァーティゴ』(1994) /柴田元幸訳/新潮社/邦訳2001 12月に「特集」したポール・オースター、年末に待望の新刊が出てたのでした。 1月中で読了したのを、やっと書いてます。 読んでも書くのが、ナカナカ追いつけません…(よそ様のサイトとか、凄いと思うです。本当に。) さて、今回は、オースターのハッピーテイストを危うさなしに楽しめました。 危うさがないって、ある意味で「らしく」ない。 だから、旧来のファンにも新規の人にもお勧めしたいです。 派手な話じゃない。でも「オースター初のファンタジー」の本作には、ユメがぎゅうぎゅう詰まっております。 キュートでとても良かった。ワタシ的にはイチオシ。 寓話的な筋にふさわしい語り口で、とても読みやすい。 サスガ、柴田訳なのです。 物語中、様々なことが起こります。決してハッピーなだけじゃない。 てか、カナリ過酷。 でも本を閉じる時、とても肯定的な気持ちになれると思われます。 主人公のウォルト少年――ウォルト・ザ・ワンダーボーイ。 小生意気で憎めない、チビな奴。 突っ張り返り、素直になれない彼の有様は、痛々しくもおかしみもあり。 誰かさんの気を引きたくて暴れたり、叱られてますます暴れたり。そんな彼がどんな風に…いやいや。お楽しみに。 とりイカ内でも物議醸し中(?)の「センセイの鞄」ですが、本作の副主人公ミスター・イェフーディ、山高帽にカイゼル髭・ステッキ、丁重な物腰で常に背筋伸びてるような、言葉も乱れず、そう、「変人のステキセンセイ」。 センセイ萌えな諸氏、要チェックですよ(?)。 ファザコンの大家オースター(おい)プレゼンツ・センセイ×男子生徒(厳格ジジイ×口の減らないマセガキ)。 やっぱ、時代は老人文学ダ!(←煽りスギ) 他の登場人物たちも魅力的です。 イソップ。マザー・スー。美しき未亡人・ミセス・ウィザースプーン。 (この女性もお伽噺。でもそもそもお伽噺なので、もう一向にオッケーというわけ。) そんなわけで、イカちゃんへは自信を持ってお薦めいたす。今すぐ読まないと死ぬとは言わないが、読んで損はさせません。 地味です。そしてよいです。 だからいつか読んでね。大事にしたいお話でした。 |
| 2002/02/07(木) 20:20:34 とりこ |
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| ●アート・スピーゲルマン『MOUSE』 /小野耕世訳/晶文社/(1)・(2)巻/邦訳1991、1994 ついでなんで、『ミスター・ヴァーティゴ』表紙イラストについて。 原書と同じくアート・スピーゲルマンのイラストで出ました。めでたい。 ホロコーストがテーマの問題マンガです。主役のユダヤ人たちをネズミに見立てて描かれてて、だから『MOUSE』。 ホロコーストの重さだけでなく、現代アメリカでこの問題について描くとはどういうことか、また、自分と反りのあわない父親とのうだうだをも描いてる点からみても、ああっ「孤独の発明」のオースターがシュピーゲルマンと友人同士、わ、わかり易すぎるー、な作品なのです。 ヒトラー面のネコ(ドイツ人=ネコなので、面というよりヒトラーそのもの)が表紙絵の大判マンガ、図書館には大抵入ってるので、もし未読なら… って、一時話題になってたし、ご存知かも。 ユダヤ人を美化しすぎず(あざとさや要領よさも含め、リアルに描いてある)、「自分の父を、漫画家である自分が描く」構造、また父、息子&息子の嫁の三者のエゴっぷりをも描いてる点等、「単に戦争はヒサン」マンガでなく、秀逸と思います。 絵もいいし(『タンタン』のエルジェっぽい絵柄)。 まあ、例えば手塚(に限らないが)がこれやったら、違う攻め方だったろうなあ、と日本人は思ってしまうけど。やっぱ日本のマンガって凄いよね。 『ミスター・ヴァーティゴ』店頭で見かけたら、表紙くらいはチェックしてみて? ウォルト少年はめっちゃ可愛いし、イェフーディ師匠のアヤしさもナイスです。 てか、真っ青じゃん。でもいいヨこれ。 更についでに。 ●ダン・シモンズ『ハイペリオン(上・下)』/1989 /酒井昭伸訳/ハヤカワSF/邦訳1994 「20世紀SF」6巻の課題、とりあえず消化しましたよー。 (上記収録の「ケンタウロスの死」がよかったので、読まねばと思ってて) 今、続刊の「没落」読み中ですので、そっちと併せ、改めてご報告します。 って、今月更なる続刊の「エンディミオン」も文庫化するらしいが。うわー。 とりあえず現時点でのとり的ヒットは、詩人(爺い)×悲劇王(爺い)でキマリ。です。 生きている十字架とか、学者とアリゲーターとか、なんちゃってキーツとか、じんわりきたりもしてますが。ジジイには負け。 (とジジイマニア・イカを挑発するワタクシ) |
| 2002/02/09(土) 02:08:21 とりこ |
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| ●『むずかしい愛 現代英米愛の小説集』 柴田元幸編訳・畔柳和代訳/朝日新聞社/1999 当たり作品ばかり詰まった、ハイクオリティーなアンソロジーでした。 同編訳コンビによる、シリーズ既刊、2冊とも読みましたが、今回のが一番判り易いように思いました。 題は「むずかしい」ですけど。 「現代英米」モノ。 でもワタシは日本人。 文化背景のカベに限界感じることもあるです。しくしく。 でも今回のテーマ「むずかしい愛」。 シュールさ、イコール、シチュエーションの極限というか。 どこでもないどこか、とか私とアナタの二人、みたいに背景が薄くなると、何かSFっぽくもあるような。 でも、もしSF短編なら、この後さらにモウ一回ひねりが来てないと。 とか、ディックとか読んでた頭は思ったり。 って、ナニがいいたいのか。 「そんなに難しくないぞ」と言いたいのです。 少なくとも意地悪系のSF短編なら、もっとずっとひどい目に遭ってるよこういう場合…って、いかん、毒されてるなあ。 「それは、ストーカー」「それは、妄想」「それは、只の、思い込み」「どう考えても、どーしても、やっぱこれはSF」とか。 そんなお話が8本。 myお気には『テレサへの手紙』。 まあ、オーソドックスとも言える展開なのですが(意地悪もひねりもない)、ムードがいいです。素直で。 けどこの泣かせ方、どっかで…って、あ、あれ。 宇宙船乗りが帰ってくると…てヤツ。 って、ネタばれし過ぎかしら。 シュールじゃないのもあります。 ブラックの一歩手前で、微妙にナニヤラ可笑しいヤツとか。 おんなって、怖ぇー。って話とか。 SFってのは、クロウリー『雪』です。 清水玲子『ミルキーウェイ』(白泉社/1986)で、エレナがペステミワノワから天竜さんを、望遠鏡で覗くアレ。 ああいうカンジ。 (いや違うのは判ってるけど。でも被ってる、と言っても怒られんだろう。 多分。) あ、判らなかったら、いつか『ミルキーウェイ』読んで。 初期作品ですが、なんか、清水玲子作品の中で、ダントツに好きなのです。 (出会った年齢なんかもあるのかなあ?) ●昨日の捕捉 『ミスター・ヴァーティゴ』>にて、オースターは、ついにファザコンを脱却した! と言う読みも、可能かも。 てか、それが普通の読み方? と、今さっき、思いつきまして。 以上デス。(うーん…) |