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「ぶっとびマンガ」電子版その2
エロエロH・H・エロンガーZ(ズィー)その2
一気に下まで行きたい
この地区は、Hマンガ、およびいわゆる「少年エロコメ」の紹介地帯である。
エロものは、フェチ的なものをいちいち一般常識に照らして「変わっている」などと言い出すと、
ほとんどすべてのモノが入ってしまうことになるし、
またその世界のヒトにとっては「当然のこと」でもある。
したがって、「ぶっとびマンガ認定委員会」としては非常に鑑識眼の問われる地区である。
なお、勢いを付ける意味を込めて地区名を付けた。他意はない。
・「結んで開いて」全4巻 立花マリ、佐藤丸美(1998〜2000、ぶんか社)
・「オッパイファンド」(2)(完結) 山本よし文(2001、双葉社)
・「昇天桃色性淫徒 ヘルス十二宮」 さがみやたかふみ(2001、晋遊舎)
・「女大太郎」全6巻 出口竜正(1999〜2001、講談社)
・「爆射!! 弓道MEN」全3巻 ながしま超助(2000〜2001、双葉社)
・「オッパイファンド」(1) 山本よし文(2001、双葉社)
・「BOiNG(ぼいん)」全7巻 山口譲司(1999〜2001、集英社)
・「真夜中のアリスたち」 (前、中、後編)三条友美(1991〜92年頃(初出?)、1994、ミリオン出版)
・「ぼくのブラジャー・アイランド」 原作/井沢満、漫画/いがらしゆみこ(講談社、1987)370円
・「ニャンですかァ!?」(1)〜(2) 瀬里果(1985〜86、秋田書店)
コミックまぁるまん連載。浪人生の長野晃人は、緊張するとすぐゲロを吐いてしまう気弱な青年。父親が突如再婚、ハネムーンに出かけてしまい、晃人は新しい母親の娘、静奈と亜美の姉妹と同居することになった。しかし姉の静奈はM、妹の亜美は女王様の修行を積んだSだった……という話。
実は「SFおしかけ」カテゴリの作品ではないかという見込みで購入したのだが、導入部こそそれらしいものの、嫁とりのためにいろんな女性と関係する「俺の空」的パターンも持っているし、後半は完全にセックスバトルの「性闘技マンガ」的展開となるので、当HPの分類法ではカテゴライズしにくいのだった。
しかし本作は、それらが自然に融合しうる、ということを証明しているとも言える。
本作が面白いのは「SMマンガ」ではなく「SMプレイマンガ」に徹していること。
要するにプレイ実践派の方々を取材し、「Mの欲望を読みとり、快楽を与える」のがSの役割としている。SMプレイがコミニュケーションの一手段であることを丹念に描いている。
で、似たような作品は他にもあるにはあるが、それらの主張を日本一の縄師を決める大会「縄師王決定戦」という少年マンガ的バトルに持っていったところが本作の面白さだ。
亜美を愛した晃人は、自分の弱さからいまひとつ亜美の心の中に入っていくことができず、Sの亜美をも包含する「スーパーS」になるために、縄師修行をして「縄師王決定戦」に出ることを決意する。
この大会にはさまざまな人間が登場する。まず縄師王戦で5連覇したカリスマS・秋津教道、トラウマからプレイを越えたシャレにならない真性変態となった法堂琉王華(←「王華」で一字なんだけど漢字出ないな)、彼に弟を奪われた恨みを持つ沢渡麗香、自分の愛奴・美穂を法堂と賭けて出場する亜美(晃人の好きなコね)、そして亜美の愛奴・高根美穂……。
このあたりの縄師バトルは、きちんと読んだことがないからアレだがたぶん「ガラスの仮面」みたいな展開じゃないかと思う。私の知るかぎりでは、パフォーマンス的なファッション合戦を繰り広げた「モンシェリCoCo」(大和和樹)などを思い出しましたよ(笑)。
そしていろいろあって晃人は縄師として成長し、人間としても成長していくのであった。最終的に、なんか泣ける人情モノ的展開になってますよ。
(01.1214)
マサミ(男)と沙葵(さき、女)は恋人同士。しかし沙葵がオクテのために、ラブホテルに入るか入らないかで迷っていた。そこに突如ヘルス「SANクチュア」のスカウトが現れ、ヘルス嬢にすべく沙葵をさらい、マサミも一緒に異次元空間に飛ばされてしまう。どうやらそこが「SANクチュア」の基地(?)らしかった。
沙葵はここの13階で、メンズ汁を大量にかけられたり、体中にナメクジを這わせられたりして明日の午前0時までになんか洗脳され、淫乱みたいになってしまうらしい(ちゃんとした説明がない)。それでお店で働かされるらしい。
1階担当のナース姿のヘルス嬢蘭羊に、快楽を貪っているよう言われたマサミだったが、逆に蘭羊をイカせ脱出、13階まで1階につき一人ずつ、手強いヘルス嬢と戦って倒し、最上階の沙葵を救うことを決意したのであった。
物語は120ページくらいしかないため(後は読みきり作品収録)、非常に展開が駆け足で、説明がないところも多い。「エロゲーのコミカライズでは?」と思って、ざっとネットで調べてみたが違うようだし……しかしその疑惑がぬぐいきれないほどに説明がない。そもそも、マサミは何でそんなに強いのかの説明もないし。
たとえば2階担当のファラスは早くも牛だか人間だかわからない造形になっているし、3階担当の双葉(メイド姿)は突然仲間になる。5階担当の織亜はマサミの幼なじみで、7階担当の雷童は現在でも美貌を保っているがマサミのばあさんだった(この美貌とマサミとの関係についても説明がない……)。
8階担当の未音に至っては、マサミとの戦いで何かクイズを出しているがそのあたりの説明がまっっったくなく、1ページの半分しか出ない。何か裏設定があると勘ぐってもおかしくないだろう(実際、まだその疑惑をぬぐいきれないでいる)。まあ作者はギャグとして描いている部分もあるらしいのだが……。
最上階にいた強敵・夏夕は雪女で、マサミを氷で身動きできなくしてから「自分のおしっこで溺死」という攻撃に出る。「雪女は好きな時におしっこが出せるのさ しかも永久的に」というセリフに至っては、もうなんだかわかりません……。
もうひとつ、本作の謎を解くカギは、おそらく「聖闘士聖矢」のパロディだろうということなのだが、私は「聖矢」を途中までしか読んでいないのでよくわからん。本作の説明不足を補う何かがあるのかもしれん。
まあ自分でカテゴライズしておいてアイマイなんだが、久しぶりに正統派の「性闘技マンガ」を読みました、って感じか(「性闘技マンガ」の正統派って何だ、って話にもなるが)。女の子もかわいいし、普通のHマンガが読みたい人にも勧めることができる。
またこのセックスバトルがきわめて不可思議なので、興味のある人は購読マストである。
(01.1130)
マガジンスペシャル連載。数々の試練を乗り越え、旅をしながらいろんな女の子と出会って惚れられたり理想の嫁を探したりするマンガ。……このジャンル、いつ頃からあるのかちょっとわからないが本宮ひろ志の「俺の空」なんかはすぐに思い浮かぶと思う。
しかし、今読むと「俺の空」自体がすでにそのパターンの「古さ」から脱却しようとしていたことに気づく。このパターンそのものが、主人公の男らしさやその直接的表現=精力絶倫、立身出世主義だったりするので、古色蒼然たる男根主義に陥りやすいのである。「俺の空」がソレを自覚していたことが、今でも缶コーヒーのプレゼント企画として選ばれるほどの鮮度を保てている理由のひとつだろう。「BOiNG(ぼいん)」も、その意味ではイマドキ感溢れる同系統の作品である。
もうひとつ、本作(女大太郎ね)を語るうえではずせないのが「少年スケベマンガ」の系譜だろう。「パラダイス学園」とか「ルナ先生」などを輩出してきた月刊マガジンは講談社だから、ある意味直系と言える。少年スケベマンガは少年向けゆえに「決してHそのものを描けない」ため、透明人間になるとかなぜか毎回服が脱げるとか、苦心の設定をしていたことが非常にストレンジな印象をもたらしていた。
・「嫁取り」と「少年スケベ」の豪快なる合体
「嫁取り」と「少年スケベ」、どちらも決して上品とは言えないが今なお描きつがれるパターン。この両者が合体し、1+1が2ならぬ1000くらいになっているハイパーな作品が本作である。
主人公の如月大太郎は、いつも失敗ばかりの軟弱少年。しかしある日、日本で唯一、一夫多妻が認められている女家(おんなけ)の次期当主であることを4人の美少女から告げられる。彼女たちこそ、大太郎の許嫁・女家四天嬢であった。
しかし大太郎が女家の当主として認められるには、あらゆる勝負に勝たなければならない。一度でも負けると、ちんちんを切り取られてしまうのだ。しかし一見弱々しい大太郎には潜在能力があった。女の子の涙を見ると「怒張能力」が発現し、身体が硬化して潜在能力の300パーセントまでを使いこなせるようになるのだ。
こうして大太郎は、女家後継者養成機関・○らの穴や、ちんちんを斬り落とそうとつけねらう「女家ちん切り十字軍」などを相手に幾多の勝負に挑戦していくことになる……。
毎回のアイディアの詰め込み具合がすごい。スタジアムの中につくった中世ファンタジー風世界の中でのRPG的勝負とか、女の子を何万人も競技場で集めてブラジャーでの麻雀勝負とか、女の子を何万人も集めて「女の子に一切さわらずスカートをめくる」勝負とか、「女家」の家はもちろんお城だし(「姫初城」という名前)、リゾート地の奥地に日本先住民が住んでいたり、ひとつの街が女家現当主のハーレムだったり、話が躊躇せずバカでっかいので気持ちよく読める。
ダジャレなどの小技もいい意味での脱力具合を醸し出していて、「女家ちん切り十字軍」(このネーミングもスゴイが)のメンバーの名前が「珍」と「ギリー」だから。
他にも「おっぱい星人」を本物の宇宙人だと信じている博士だとかが登場して、脱力気分に拍車をかける。
・少年誌ゆえの規制を逆手に
さて、前述のとおりかなり豪快な作品なのだが、男根主義的ヤバさは感じない。コレは、まず本作が徹底してエロのミもフタもない描写を避けているという点がある。
毎回、女の子の胸の谷間だとかパンチラだとかが頻出するが、乳首は一切NG、オールヌードも意外なほどあまり出てこない。フェチ的描写もサラリとしていてねちっこさがない。
「怒張」という言葉が何度も出ておきながら、北条司の「シティハンター」などで多用されていた、男のナニが「もっこり」する描写もまったくといっていいほどない。
絵柄もかわいらしいし、おそらくCGを多用していることから元来ナマナマしさの希薄な作風なのだが、それに輪をかけて直接描写を避けるようにしているらしい。
マガジン系はドギツイ描写が多かったから、成年コミック規制などの影響で自主規制したのか、真相は知らない。しかし、結果的にこのテのマンガにあるどぎつさからまぬがれている。
もうひとつは、Hそのものを描けないため、大太郎の男らしさが「怒張現象」による変身に伴うバトルとして表現されている点。このため展開もえらく外向きだし、脳天気さを保つことができるし、毎回「怒張→敵をやっつける」というメリハリのきいたパターンになっている。
第3に、最初に出てくるのが「女家は一夫多妻制」という設定なので、何人女性キャラが大太郎を愛しても問題はないという点。最終的にフィアンセが15人くらいになるのだが、一人増えるたびに女の子たちも喜んでいるくらいだ。
この設定がなかったら、毎回まいかい女の子たちのやきもちや仲違いなどをいちいち描かなければならず、かといってそれを無視しても妙な具合になってしまっただろう。そして、コレも「女の子全員大太郎と肉体関係がない」ことで成立する設定であることは言うまでもない。
確か「サルまん」でエロコメの一般論としてヤユされていた「最終的にはいちばん愛している女の子と結ばれる」パターンも、あまりにもすっとんだ展開になるために激しい矛盾を感じさせず描かれている。
要するに、少年マンガゆえの制約をうまく逆手にとっている作品と言えるのだ。
・作為+天然???
最後に、筆者がノリノリでいるようなのがイイ。最近のマガジン系の作品を見ると編集主導の印象が強い作品が多く、本作もまたいかにも企画が先走った印象になりやすい設定ではある。しかし、(むろん作品製作の裏話など知らないが)あざとさはあまり感じない。
狙った設定やギャグが100パーセントヒットする感じではなく、なんか作者が撃ってきたネタと受け手が面白がるところが、微妙にズレていたり合致していたりする感触が、あざとさを感じさせない理由だろう。「人柄」ではなく「作品柄」とでもいうか。
そういう点では山口譲司やながしま超助に近い、設定はデカいが何となく「のんきな」、脳天気な感じの作品である。すでに主題歌もあるよ。↓
(01.0703、滑川)
アクションヤング連載。B6判、成年コミックだけど成年マーク付いてない。
「ぶっとび」という考え方がある種の「過剰さ」を意味していると考えた場合、本作はそのカテゴリにはちょっと当てはまりにくい。過剰というより脳天気。あるいは脱力。マッタリさ具合ということで言えば、「BOiNG(ぼいん)」以上だと言えるかもしれない。
しかし本作について何も書かないのも、リアルタイムで重要な何かを見過ごしているような気になるので、ここにカテゴライズする。なお、以下はストーリー上のネタバレを含むことは明記しておきます。
・石田準一−−その青春−−
↑ 本編でそういうタイトルがついているわけではないので、念のため。
名門漫(すずろ)高校(通称マンコー)の弓道部員・石田準一、後輩の中森明以下男子部員は、部長の水野由香を筆頭とする女子部員にいつもしいたげられている。弓道もヘタ。そこに新顧問として美人教師・藤崎真理子が現れる。彼女の真の目的は弓道部を「セックス・パラダイス」に変えることだった……。
このため彼女は石田準一を誘惑、彼はすごいセックス・テクニックを持っていることが真理子によって明らかになり、「最強のセックス・マシーン」となる。ンなことは弓道と何の関係もないように思われたが、石田は
「マンコー射法」を開発。これは「的とやりたいオマ○コをオーバーラップさせることにより 的中率がアップする究極エロ射法」であった!!マンコー射法開発により「弓道で青春を輝かせる」という石田の目的は達成されたに見えたが、その副作用でボッキ状態が元に戻らなくなり、弓道ができなくなったショックで失踪してしまう(ボッキしたチンチンに弓が当たって、矢を射ることができない)。
・中森明−−華麗なる血統−−
1巻終盤で姿を消した石田に変わって、「ジョジョ」のごとく主人公は代替わりする。今まで影の薄かった中森が「病的な巨乳フェチ」だということがわかり、石田の失踪をきっかけに「天然のレイプマン」としての本性をあらわにする(この「巨乳フェチ」という部分が弱点になるのでは、と思ったが、出てくる女性が全員巨乳なので何の問題もなかったりする)。
2巻では中森が毎回女の子とヤっては「弓道のために爆射〜ッ!! 親子で爆射ーッ!! インターハイ前夜爆射〜ッ!! インターハイエキシビション爆射〜ッ!! 部長爆射〜ッ!!」といったキメ文句が入る。
しかしいろいろあって中森も廃人に。真理子の野望はまたもやあと一歩というところで達成されない。
・水野ハルオ−−未来への遺産−−
そんなおり、卒業した水野由香の弟・水野ハルオが新入生として弓道部に入部。彼は姉に似ずそうとうスケベで情けない男であるものの、「底無しの超絶倫男」であった。しかもアネキに強烈な近親相姦願望を抱いている。真理子は、今度は彼を第三のセックスマシーンとして育てることを考える。
そこに、ライバルであったフェリチオ女学院と漫高が合併。弓道部も合併して旧フェリチオとの権力争いが始まる。フェリチオの女子選手たちは、全員「女版マンコー射法」を身に着けていた。これは自分のマ○コと的をオーバーラップさせることにより、エッチな欲望を的にぶつけるという技であった。
このフェリチオ女学院弓道部ってのが、顧問の女性二人は真理子に恨みを抱いているため、真理子つぶしをする目的で「女版マンコー射法」のできる淫乱な女の子ばかりを集めたらしいのだ。しかもなぜかレースクイーン風のTバックレオタードがユニフォーム(弓道なのに……最初はレースクイーンの桃園絵美だけがそういうカッコだったみたいだが、その後部員全員レオタードになった)。
このあたり、現在「漫画アクション」で同じ作者により連載中の「ぷるるんゼミナール」の「巨乳の女の子しか入れないゼミ」に近いものを感じる。こういう設定なら全員美女で淫乱でも不自然じゃないし(その前提自体はムチャクチャ不自然ですが)。
・3巻、怒濤の盛り上がり
ンでまあ、このテのマンガはどんなにめちゃくちゃな展開になっても、伏線が活かされてなくっても、昔出てきた登場人物が出てこなくなっても、「エッチが出てくるからイイか」って済まされてもしょうがないというか、文句言ってもしょうがないなァ〜とか思ってたんですよ。それが悪いってんじゃなく、そこまで要求するのはヤボの領域だと。
そしたら、コレが感動的にストーリーがすごい収束を見せるんですよ! この作者は脳天気ではあるけどいいかげんではない、とそのとき思いました(繰り返すが、以下ネタバレです)。
行方不明だった石田準一も、廃人だった中森明も復活(中森復活の理由がまた究極にクダラナイんだコレが)、水野ハルオと3人で「四天王」みたいな感じのフェリチオのレギュラー陣と戦う。その戦いとは
「弓道タッグマッチ」!! 試合中はどんな妨害をしてもいいというルールだ(当然身体を触ったりというエッチ系の妨害)。
この戦いも特筆すべき脱力的展開を見せるが、そこに現れたのがフェリチオレギュラーの上に君臨する弓道部部長・倉木マリであった! 彼女は石田・中森・水野全員がこだわりを持つ美少女・水野由香ソックリの女で、水野由香に憧れるあまり彼女の言うとおり弓に愛情を込めていたら、「手から愛の力が出るようになった」。
……ということでその「愛の力」でどんな男女もイカせてしまい、くだらん争いを無化してしまう「究極の癒し系」だったのだ(このあたり、メタ的な能力を持った者が最強のボスキャラであるという、実にジャンプ的なバトルの手順をふんでいて「おお〜っ」と思うのは私だけか?)。
普通だったらここで主人公が悩んだりピンチになったりして2、3週はかせぐし、ヘタをするとエヴァンゲリオンみたいにワケわからなくなってしまう。しかし真理子先生の解答はこうだ。
「フフフ…… 愛ですって……
それはミリ単位の正確さで性感帯をついただけよ……」
「愛よりエッチよ〜〜〜んッ」
真理子先生のエッチパワーには、倉木マリの癒し系能力も勝てなかった。そして真理子先生と3人の最強セックスマシーンはフェリチオに勝利する。最後の最後に最終回が残っているんだけど、ラストはある意味感動しますよ。ここまでくれば立派です。
くだらないことをくだらないままいいかげんに描く人はいっぱいいるし、エッチを爆笑に昇華させる人もいるけど、本作はそのどちらとも違う、過激さはないけれどある意味独特の誠実さに貫かれたマンガだ。
けっきょくはセックス礼賛なんだが、そこには押しつけがましさも、逆に突き放したクールさもない。そういう意味では「ぶっとび」的過激さはないけれど、しかしどう考えてもヘンだよなみたいな。何ともいえない読後感を残す作品であった。
(01.0528、滑川)
「オッパイは営業成績でおけつに勝ったことなんて一度もないじゃない」
で、物件のすばらしさをアピールするために、女性に縄跳びをさせて乳を揺らしたり、おしりの魅力を最大限に引き出すためにフリフリさせたりする。そのための技「オッパイダンス」、「泉ピン子」などのネーミングも面白い。
オッパイについての眼力を持つ本郷タケシはマンゲ銀行のオッパイファンドに入り、桜という女の子のオッパイを最初の公開銘柄に決定する。彼を抜擢したのは野望のファンドマネージャー・一文字だ。二人はライバル・岬ユリ子の「おけつファンド」と戦ったり、新しく「オマ○コ」のファンドを立ち上げるために奮闘する。
……とこう書いてもよくわからないかもしれないが、とにかくそういうことなのである。少年エロコメは、「ホンバンが描けない」というその1点の理由から「女の子がハダカになったり悶えたりするシーンを描く」ためだけに、透明人間になって覗いたり、なぜか服が突然破けたりといった、数多の奇形的ともいえる珍奇な設定を生み出していった。だが成年コミックには取り立ててHシーンにおけるしばりはない(雑誌の性質・志向ごとにあるとは思うが、とりあえずHシーンを描くことが目的にはなっている)。
そう考えると、「パイダックジャパン」の存在の意味がはなはだ不明瞭なままお話が進んでいく本作が、いかに不思議かわかるだろう。オッパイを出すためにオッパイ株(株券もオッパイ型をしている)という設定をつくるのはいいが、そのオッパイ株というのが何なのかがよくわからないのである。むいてもむいても中身のないラッキョウのような感じ。だがそれが悪いというのではなく、読後、デカいオッパイが目に焼き付いている。
参考のためにとこの作者の昔の作品を少し読んだが、わりと普通のコメディであった。だれかがボケてだれかがずっこけたりみたいな。本作は、そうした広義のつっこみシーンをバッサリと切り落とし、だれかがボケてもつっこんだりずっこけたりする人間がだれもいないことになっている。もちろん基本設定につっこんだりする人間もだれもいない。
無意味とエロが合体した面白さ、という感じでしょうか。
「だが株というのは上昇もすれば下降もする」
・爆乳(ぼいん)は邪念を嫌う!!
ある日、座丸は丘の上の桜の木の二つのコブが、自分の理想の「ボイン」の形状であることを発見。謎の声に導かれてそこを掘ると、出てきたのはほとんど究極のボインを持つ謎の美少女・モネであった。
モネのボインは邪念を持って触ると、触った人間が爆発してしまうという性質を持つ。23個の博士号を持つ超天才・杉浦倫先生は、かつて座丸と同じように桜の木からモネを掘り出した経験があった。彼の研究によれば、モネのボインを触っても爆発しない男がこの世の救世主になるという。「ボインマスター」と呼ばれた座丸は、モネのボインに触れることができるよう修行の旅に出る……。
冒頭のあらすじを書いていて、本当にこんなマンガがあるのかとあらためて思ってしまったが、まあ、フェチの話である。ストーリーはひたすらにボインを中心に周り、これでもかというくらいたくさんのボイン美女が登場する。
・ボインを用いて悪を断ち ボインを用いて平和を守れ 集えよ勇者 ボインの下へ
さて、「モネのボインに触れるようになるため」に修行に出たはずの座丸がいろんなことに巻き込まれ、お話はあまり関係ない方向に向かって行くが、座丸とモネは再会できるのか、座丸と真希の関係は、そして座丸は救世主となることができるのかは読んでのお楽しみっちゅーことにしましょう。
・世界はボインのために
もうひとつ、本作がサラリとしている理由に主人公・座丸のイマ風な感じがあると思う。「男・天を突く」全9巻 川辺優、郷力也(1987、秋田書店)や本宮ひろ志の「俺の空」のような「理想の女性を求めてのエロ遍歴」というパターンを踏襲しているのだが、かつてあったような立身出世主義というかあげまんをゲットして大物になろうとか、そういったタグイの「男らしさの追求」とは無縁なのである。「悩めるボイン美女を救う」という1話完結パターンの時期もあったが(まあ掲載誌が成年指定ではないこともあろうが)セックスの快楽によって男根主義的に救うというよりはもう一段階お話が無意味(繰り返すがホメ言葉)になっている。
ヤングジャンプという掲載誌の性格や、作者自身が他作であること、また作風があまりにも現在の雑誌にマッチしすぎているので「過剰なマンガ」としての認識はされてはいないが、なに、少年ジャンプのマンガだって昔は違和感なく読んでいたが現在「ブラックエンジェルズ」を読むと相当ヘンであるのと同じように、将来的に恐ろしいポテンシャルを秘めた作品であると言える。もちろん今読んでもじゅうぶん楽しめますけどね。
■本作は私が微力ながら探している「性闘技モノ」のひとつである。
■病気の夫・芳明の入院費を稼ぐため、彼には秘密にしてまったくのシロートからファッションヘルスの世界へ身を投じた
ヘルス店・バンブーで常にトップを保ってきた「女王」佐竹麗美(ちなみに店長の娘)は、詩織に負けたことに屈辱を感じたため勝負を挑むのだった。
■仲良しの同僚・進藤ミサや多くの客とともに、マッサージハウス「トマト」に移った詩織。
■……とまあこういう感じで単行本第1巻「前編・秘技開眼編」は進んでいくのだが、この中で触れておかねばならないのは、詩織が「秘技・卍スペシャル」を開発したことだろう。
「シャボン玉を吹く」
という2点をヒントに、詩織ファンの客を人体実験? して完成させたのは、外見上は「ちょっと変わったフェラ」だが
■ところが第2巻「堕落激愛編」では話がとんでもない方向にそれていく。
偵察に行った詩織は巧妙な調教によりアナルセックスの虜になってしまい、ヤクザ者の欣次に拾われる。そして身体に大蛇の刺青を入れられ、ストリッパーとして働く。
■だが、麗美はその間「卍スペシャル」の解明に力を尽くしていた。そしてアナルセックスしか頭になくなってしまった詩織を救い出し、「膣を徹底的に攻める」というショック療法で正気に戻すのだった。
というわけで第3巻「死闘淫液編」で再び壮絶な戦いが繰り広げられるのだが、詩織の現状をすべて知りながら
土屋詩織のライバルたち
・佐竹麗美
・阿宮亜美
・浅沼唯
・ヨウ・ミンメイ
・海原菜摘
「どうしたら読めるか」―古書店で今でもけっこう売ってます!!
(98.1230、990907、滑川)
1975〜76年頃に大ヒットした「キャンディ・キャンディ」。最近でもキャラクター商品が売り出されたり、原作者と作画のいがらし先生との間で裁判があったりなど何かと話題である。
(あらすじ)
着いたところは世界的下着メーカーP&B社会長・伴津(ぱんつ)清造が「自分の下着デザインのモデルになってもらうために」かわいい女の子をたくさん(2467人)住まわせている夢のような島、ブラジャー・アイランドであった!
人工的に渦をつくってだれも島に近寄れないようにしているのだが、ゲンは竜巻でまぎれこんでしまったのだ。
今までの人生にない熱中度でパンティ製作に打ち込むゲン。完成したのは、「脱がずに用が足せる穴あきでしかも形状記憶合金入り」というものだったが、形状記憶合金入りはすでにあるし、モモちゃんからも
その後ライバル会社の「パンチラ社」から潜入してきたアザミに誘惑されたり、
(感想)
コミック・ゴン!第3号に、いがらしゆみこ先生のインタビュー&作品リストが載っていた。
本作は、「人工の渦巻きで隠され、自動小銃で武装されたかわいい女の子がたくさんいる孤島」というトンデモない設定が、いがらし先生のかわいらしい絵柄で活かされた佳品となっている。
「キャンディ」もそうだが、いがらし先生の本領はこうした「冒険あり、恋愛あり」の波瀾万丈な物語にあるようで、その意味では「少年マンガ的な筋立て」を得意とするヒト、といえる。
月マガには「ブラジャー・アイランド」の前に「ねりまより愛をこめて」ってのが1982年に掲載されてますがどんな作品なのかは知りまへん。その他はほとんどが少女誌・レディース誌ですね。
脚本の井沢満氏はNHK朝の連ドラ「いちばん太鼓」などの脚本家。最近では「手塚治虫物語」を手がけた。
「どうしたら読めるか」―古書店でもけっこう入手困難。(98.0930、990523、滑川)
おまけ紹介「まみむめ・見太郎」(「なかよし」1976年2月特大号掲載、1977年単行本発行)
「女の子と下着」がモチーフの他のいがらし作品には、この「まみむめ・見太郎」がある。
私立京東小学校では、大手下着メーカー・バカール社と提携し「6年女子は全員バカール社のブラジャーを着用のこと」という決まりがあった。弱小下着会社「ストリンプ」の跡取り息子・前田見太郎は、ひと目で女の子のスリーサイズを当ててしまう特技の持ち主。一方、子供服屋さんの双子姉妹・茂野真美(まみ)と夢芽(むめ)が転校してくる。
積極的な真美&おとなしい夢芽と見太郎のラブ話と合わせ「学校とバカール社の癒着を告発する」ことが大筋。
「バスト70センチ以下の女子がブラをする必要はない(すなわち、本当に自分にああったブラを着けよと主張する)」見太郎と、真美&夢芽が組んで父兄会で子供服と下着のファッションショーを開き人々を啓蒙するクライマックスは、マジ感動っス。
あ、Hなマンガじゃないよ。「なかよし」だし。
「どうしたら読めるか」―古書店でも以外に見つからない。「キャンディ」以外は、なかよし系は古書としても価値低いのか? わりとワゴンセール的なところで手に入ることもあるのだが……。「たかなし・しずえ」の初期作品がまんだらけで100円だったし。
少年マンガには「エロコメ」というジャンルがある。基本的には「エッチなラブコメディ」くらいの意味で、このジャンルについての論評は、今のところ商業誌では「サルでも描けるまんが教室」しかないのではないかと思う。
いずれにしろ、相当の画力と、毎回「いかに女の子のハダカを出してストーリーをつくるか」を考えなければならないので、それ相応の実力がなければつとまらない。
「エロコメ」の様式は私の知るかぎり2パターン、どういうわけか(つまり物語の要請で)女の子が毎回ハダカになってしまうものと、主人公にハダカを見る、または脱がす能力、あるいはハダカになる能力がある場合とがある。
前者が「ふたりにおまかせ」(八神ひろき)、「パラダイス学園」(川原正敏)、「七瀬ちゃんSOS」(坂本しゅうじ)、あと記憶が確かなら「ハートキャッチいずみちゃん!」(遠山光)、など。
後者が「ハレンチ学園」、「けっこう仮面」(永井豪)、「OH! 透明人間」(中西やすひろ)、「おれってピヨリタン」(作者失念)、「お手やわらかにぴんく!」(遠山光)、「桃色学園」(小野新二)、「雛子バリエーション!」(矢野健太郎)など。
両者の混合パターンが、主人公の設定と物語の偶然が重なるモノで、「まいっちんぐマチ子先生」なんかがそうかもしれない。まあ厳密には分けられないけど。
さて、本作「ニャンですかァ!?」の話。
さらにこの「ネコパワー」は、「服が脱げる場合」と「透けて見える場合」があり、両者がどういう差で発現するのかの説明はまったくない。
絵も、なんと言ったらいいのか……口幅ったい言い方だが非常に前衛的で、顔がゆがんでしまっていたり、こういうマンガは女の子の身体が命だろうに造形自体が狂ってしまっていることも多い。あえて言うなら「鴨川つばめ」に似ているが、一枚の絵だけではそうも納得できない。「メタ鴨川つばめ」「鴨川つばめパンク」「外人の描いた鴨川つばめ」「安普請の鴨川つばめ」「宇宙から来た鴨川つばめ」……やはりなんと言ったらいいのかわからない。
単行本2巻まででもっともアシッドなのは「文也が教室で昼寝してる間に、サーカス小屋から逃げ出したトラが乱入してくる」という回。
「エロコメにおける『北斗の拳 第26巻』」、「エロコメにおける『ジョジョの奇妙な冒険に出てくるスタンド、キラー・クイーンバイツァ・ダストの説明はなんだかさっぱりわからない』」、「エロコメにおける『夢枕漠と三田寛子が司会をやってた頃の番組YOU』」、「三田寛子のギャラは本当に支払われるのか」、「石黒賢は本当に格闘技に詳しいのか」、「何にでも関わってくる佐藤藍子の売り方、ありゃなんとかならないのか」、「でも同じように何にでも関わってくる優香はほとんど叩かれない」、「リング最終章の京野ことみのパーマを何とかしてくれ」というくらいな作品なのであった。
しかもどうやら第3巻があるらしい。「ヤマトよ永遠に」がつくられたときくらい驚いた。
「どうしたら読めるか」―古書店でもけっこう入手困難。でも売ってることは売ってる。(99.0223、滑川)
「みんなおけつが好きなのよ」
「おけつを求めているの」
「でかいだけで品のないオッパイより」
「みんなおけつに……」
「プッチ勃ちしてんのよ」
同時期に漫画アクションで連載され現在も続いているながしま超助の「ぷるるんゼミナール」は、これはこれでたいへん楽しい作品だが「主人公が巨乳でものすごく淫乱」という設定は物語を転がしていくにあたってオーソドックスというかむしろ当然である。あるいは「暑いから服を脱がなきゃならない」とか「Hをしないと死ぬ」というような設定があったとしても、少々突飛ではあるが物語内としてのツジツマはいちおう合っている。
そういう意味ではモンティ・パイソン的とも言えるんだけど、まったくの無意味ではなく、「オッパイ」やHシーンには強烈な意味があるのと、「オッパイ株」という設定もあえて寸止めにしたような印象が面白い。
それにしても「プッチ勃ち」(マンゲ銀行内でのみ使用される用語のひとつで、投資という本来の目的を忘れて思わず「ちょこっとボッキ」してしまうこと)って言い方、流行らせたかったなぁ。
(01.0419、滑川)
・「オッパイファンド」(2)(完結) 山本よし文(2001、双葉社)
「今の調子で上げ続けるにはどうすればいいと思う」
「パイパイフェスティバルというのは」
「何っ」
「何だそれは」
「オッパイを両方持って」「交互に上下を……」
「交互にか」「むう……フェスティバル」
「パイパイです」
「フェスティバル」
「パイパイです」
「フェスティバル」
「もしかしたら出ないかも……」と懸念された本作も、めでたく第2巻が発売され完結した。
今回、本郷タケシは仕手筋や足首ファンドと戦ったりする。「アクション」連載時には、大ゴマとホンバンシーンが多いためどうしても1回のストーリーの進展が遅い気がしたが、まとめて読むとなかなかどうして、いい意味でのバカバカしさを持続している。
また株を上げるための必殺技「フラフラオッパイ」、「足首ダイナマイト」、「スケスケ乳首」、「パックリオマ○コ」、「パイパイフェスティバル」、「乳首もろ見えスペシャル」などはバカバカしくもすばらしい。あ、「エロサイダー取引」ってのもあります。
(01.1204)
・「BOiNG(ぼいん)」全7巻 山口譲司(1999〜2001、集英社)
週刊ヤングジャンプ連載。主人公・椿座丸(つばき・ざまる)は、ルックスはイイがひたすらに自分の理想のボインを追い求めている少年。「巨乳ではなく、ボイン」を求める彼はボインに異常なまでのこだわりを持つ。そんな彼に、貧乳の幼なじみ・小比類真希(座丸のことが好き)はいつもヤキモキしている。
ボインの名産地・大乳村では「乳追い祭り」が行われ、大金持ちのお嬢様・三ツ星雛子は緊縛師や尻フェチなども呼び込んで「日本一フェチ決定戦」を開催し、座丸はブラジルの美女空手軍団に「合撫道」(ボインを愛撫する武道)で対抗し、ボインに触れるだけで女をイカせる技「ゴールドフィンガー」を持つ美少年万華竟(まんげ・きょう)がライバルとして登場し、女性の胸に寄生しエセボインとなる生命体が宇宙より飛来し、「哀しいボインの話を聞かせてくれる悲しみ巨乳酒場」が存在する。
そして何といっても究極のバカバカしさ(ホメ言葉)を誇るのが単行本5巻あたりから始まるボインの祭典
高さ15メートルの高さに磔になった美女のボインに口で吸い付くだけでぶら下がる競技だの、暗闇でボインを探し当てるだの、ボイン美女50人がひしめくなかにバンジージャンプで落下し、その中から美女を釣り上げる競技だの、まあホントにそんなマンガがあるのかと書いていて思うが、本当にそういう内容なのだから仕方がない。
本作は徹底的にボインフェチの話であり、あらすじだけを書くとものすごく異様な作品のように思えるかもしれないが、個人的印象としてはそれほどヤバい感じはしない。
乳首を描くことに命をかけているかのように見えるうるし原智志や、女性の身体の部位や立ち居振る舞いの美に異常なまでの執着を見せる「G−taste」の八神ひろき、その他たくさんの「ある意味ヤバげ」な印象を持つ作家よりも、サラリとしているというかよくも悪くもネバっこい感じがしないのである。
それはストーリーについても言えて、おそらく先のことを何も考えていないか、考えていないように見える。だいたい「ボインを触ると救世主になれる」という基本プロットにはオチを付けようとしていたかも疑わしいし、最重要ボインキャラであるかと思われたモネも、途中からまったく登場しなくなってしまう。
「ボインピック」に至っては、発想自体はぶっとんでいるものの、それに優勝したとしても物語全体がどこかに転がっていくとはあんまり思えない。
しかし、それらのことは本作ではあまり問題ではない。作品の骨子はあくまでも「ボイン」にあり、その都度その都度にボインをめぐっての何らかの物語があればいいのであって、全体通しての物語は必要ないとすら言える(たとえばモネは座丸の死んだ母親にソックリということになっていたが、いちばん簡単に思いつくボインフェチ=マザコンという図式も本作ではまったく取り上げられていない。「なぜボインが好きか」にも意味は必要ないのだ)。
(01.0223、滑川)
・「真夜中のアリスたち」 (前、中、後編)三条友美(1991〜92年頃(初出?)、1994、ミリオン出版)
とにかくHマンガは奥が深いので、このジャンルがどれくらいあるかはわからないが、熱血スポーツマンガノリをHを題材にして展開する「宇宙のファンタジー」的な表現ジャンルである。
作者の三条氏はおそらくかなり意識的にスポ根モノのパロディをねらっているのだろうが、手に汗握る展開はとにかくもうすごいことになっているのだった。
土屋詩織。
厳しいこの世界で生き残っていくために独自のテクニックの必要性を感じた詩織は、自分の愛液をローションに混ぜて使用することを発案。指名客数の新記録を達成する(この「愛液ローション」は、後半どんどん発展していきグルメマンガみたいになっていく)。
「3人の男性をいかに早く射精させるか」の戦いにおいて麗美の「秘技・胡蝶の舞」に敗れた詩織は、「早く射精させる」ことに疑問を持ちつつファッションヘルス店・バンブーを後にする。
だが「勝負に勝って戦いに負けた」感覚がぬぐえない麗美は、詩織をギョーカイから追放すべく、次々と刺客を差し向けるのであった。
「玉子は割れると中身が出る」
という謎の技。
麗美はこの技の全容解明に力を注ぐ。つまり、「巨人の星」の「消える魔球」の謎を追うのに似て、引き込まれる。
「バンブー(佐竹麗美の店)」と「トマト(詩織のいる店)」との抗争(というか、一方的に麗美が勝負を仕掛けているだけ)に、「性愛病院六本木クリニック」が乱入。
ライバルを助け、新たに勝負を申し込む麗美はまさに性技の鬼であった……。
のメモを残し死んだ芳明にはちょっと感動しちゃいました。とにかく驚異の秘技続出、機会があったらぜひご一読を。
母親の幻の秘技「胡蝶の舞」を使う。これは、指が見えないほどの速さで男根をこする。
亀頭、亀頭冠、ペニス小帯、尿道口、尿道海綿体、陰嚢を同時に刺激する技。
通称「死神の亜美」。一度彼女の客になった者は通いつめ、金を使い果たし、ついには自殺すると言われる。
女王麗美の一番弟子。
秘技は「飛竜金玉(きんぎょくのまい)」。龍が玉をもて遊ぶように睾丸を右腕で絶妙に愛撫。
その間、左指を肛門に入れ、前立腺を直接刺激する技。
「コンピューター仕掛けの淫魔」の異名を持つ。東大医学部在学中の超インテリ。物理的・科学的アプローチにより、
「男根射精学」を完成させた。
中国性意拳の内、白鶴手の正統継承者。インポ蘇生勝負において、「秘拳・白鶴蘇根手」を使う
(なんかツボを突いたりする技)。
心因性ではないインポテンツの男性を立たせることを要求された詩織に、ピンチが!!
すでに引退し、社長夫人となっていたが再び勝負の世界へ。「秘技・白液崩し」は粘着質の愛液を
用いて攻める技。
・「ぼくのブラジャー・アイランド」 原作/井沢満、漫画/いがらしゆみこ(講談社、1987)370円
男性諸君には、「いがらしゆみこ=キャンディ・キャンディ」というイメージがあると思う。
しかし、いがらし先生は「学年誌からレディースまで、清純からスケベまで」を幅広く描く作家なのだ。
沖縄の海上で船を浮かべてエロ本を見ていた中学浪人・森田ゲンは、竜巻に巻き込まれてしまう。
彼は清造の孫娘・モモにひとめぼれ。モモの愛を獲得すべくなんとか島に残ろうと、「ただでおいてくれとはいわない あんたがアッとのけぞるような下着をオレがつくってやる」と宣言する。
「女の子の下着は便利なだけじゃダメなの。『夢』がなければいけないのよ」と言われてガックリ。
「島の100人の女の子にタッチするだけでだれだか当ててみよ」と清造に言われてみごと全員当てたりしていくゲン。
パンチラ社のスパイが新製品情報を盗んでいくが、代わりにゲンが新しいパンティを開発、販売戦略まで出して将来の重役の座を約束されるのであった。
いがらしゆみこはHとは縁遠い作家なのか。
「キャンディ・キャンディ」くらいしか詳しく知らない私などはそう思いがちだが、実際はそんなことはない。
これによると「ポルノ純情派」(1987)、「女エレクト物語」(1988)、「SEX TALK」(1990)などタイトルだけでもHっぽいものが多いし、「色っぽい女の子が好き!」「基本的にセクシーな女の子を描くのが好き」と先生自身も言って
いるので、まあ「キャンディ」のイメージが強くなりすぎた(私もそれしかほぼ知らなかった)ということになるんでしょうなぁ。
余談だが、「手塚……」に斉藤由貴がいがらしゆみこ役で登場している。
見太郎と気弱な父親や、双子同士の葛藤なども描きこまれていて話が太いんである。
・「ニャンですかァ!?」(1)〜(2) 瀬里果(1985〜86、秋田書店)
この「エロコメ」について、少年マンガの「ミもフタもない部分」の極北として批判するか、そのパワーを評価するか。あるいは「規制のありすぎるHマンガ」として評価しないか、「規制のなかでのH表現の試み」として評価するかは、議論の分かれるところだと思う。
「エロコメ」でデビューもしくは有名になって現在でも活躍している作家が、みやすのんき、遠山光、中西やすひろ、八神ひろき、帯ひろ志、川原正敏(敬称略)などなど大勢いることを考えると、まあ一生のうちに一度や二度はエロコメについて考えても悪くないと思う。
それに、「ナントカ学園」というタイトルが多いのも興味深い。密室的な、ノゾキ的なものより一種の狂騒状態、お祭り騒ぎになるものがほとんど。学園内が一種のパラダイスになるわけか。
本作はこの分類で行くと、後者にあたる。主人公・須賀野文也は「近くにネコがいると、とつぜん女の子のスカートがめくれたり服が脱げたりする」という、どこをどう考えるとそういうアイディアが浮かぶのかまったく不明な能力「ネコパワー」を持っている(このネーミングの単純さもすごい)。
これは「透明人間になる」といったこととは正反対で、およそわかりにくい能力である。第一、連載を途中から読んでもよくわからない(実際、連載当時よくわからなかった)。
さらにさらに、連載回数を重ねるごとに「ネコパワー」は「本物のネコではなく、ネコグッズでもよい」ことになる。もう何でもありありである。
文也にはモモコというガールフレンドがおり、彼女だけが「ネコパワー」の正体を知っているため、むやみに使えないという制約がいちおう付いている。
ストーリーは文也とモモコのラブ話が申し訳程度に入るが、ほとんど毎回、ただ女の子のスカートがめくれたり服が透けたりするだけ。
これに文也の夢や妄想が加わるので、まったくクスリでもやってんじゃないかという展開となっていく。しかも起承転結のメリハリがなく、オチらしいオチもない場合が多い。
しかも「トラはネコ科の動物である」ためにネコパワーが発現し、トラで大騒ぎしている女の子たちが全員下着姿に見えるという、向井千秋さんの短歌の下の句を考えている瞬間に頭をよぎった「何か」というか、「トラック野郎」をオールナイトで立て続けに見て途中で入ったトイレの窓から見た星がキレイだったことを思い出した明け方というか、とにかくもう表現のしようがないところにまで行ってしまっている作品なのだった。
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