つれづれなるマンガ感想文3月前半

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一気に下まで行きたい



・「週刊ヤングマガジン」15号(2000、講談社)
・「銀牙伝説 ウィード」(1)〜(2) 高橋よしひろ(2000、日本文芸社)
・「ビックリマン2000」(1) 犬木栄治ほか(2000、小学館)
・「週刊少年チャンピオン」16号
・「銀牙−流れ星銀−」(4)〜(10)(文庫版、完結) 高橋よしひろ(1998、1985〜87、集英社)





・「週刊ヤングマガジン」15号(2000、講談社)

巻頭グラビア、平田裕香。どっかで聞いた名前だと思ったら、「バーチャル・ガール」にゲスト出演していたことが日記で発覚。なんでも記録してみるもんですな。
ドラマではいじめられっ子の役だったが、このコは写真を見るかぎり、図書館にいつもいそうなタイプも、青空の下で小麦色の肌を惜しげもなく披露! というのでもどちらでもイケるタイプと見た。今後どっちへ進むのか?

巻末グラビア、国仲涼子。こちらは初見。正統派美少女。正統派は最近何かと苦労しているが、がんばってほしいスね。

巻中では「あなたが選ぶ!! ミルキーエンジェルオーディション」なる水着ギャル満載の企画が。しかし個人的には牛柄の水着というのはすごくイヤなので再考してほしい。

さらにカラーページでは「おやすみなさい。」の人形を使った写真マンガ。キャバクラのおねーちゃんと人形とのやりとりを写真でマンガにしたもの。
長年のギモンなのだが、ヤンマガでたまにある「BE−BOP−HIGHSCHOOL」のマスクを被ったヒトがいろいろやる写真グラフ企画とか、ああいうものはいったい何を意味するのか? また余白がある全ページ下に載っている読者投稿コーナーも謎だ。

・「ジェンマ THE PASTAMAN」 笠原倫

料理学校を学級崩壊に導いたイマドキ風不良にして料理の天才・三国料壱と、パスタマンジェンマの対決のときはせまる。
今回、あらゆるところにハッタリが効いていて、セリフもハッタリの連続、というか独特のリズムがある。もともとこの作者のネームって個性的だったけど、それがどんどん完成の域に近づいているのではないかと感じる。エピソード的にも、来週へのヒキでありながら今回だけでも充分完結しているというか「次どうなるんだろう?」という気持ちを読者に起こさせるだけではない、美しいまとまりがある。最初のページから終わりまで、新田的には何も言えないほど大満足な回であった。

・「空手小公子 小日向海流」 馬場康誌

新連載。元体操部の主人公が、空手部の猛者を「辻斬り」して回る男・武藤竜二と出会い空手をはじめる、というのが第一回。

で、こっからは本作には関係なく、非常に極私的な話。
あらゆる空手マンガは「空手バカ一代」という超絶的な作品があること、それと「組み合ったときにどうなるのか」という問題が「見る側」の人間に大きな疑問となってしまったこと、さらにK−1のメジャー化など、さまざまな部分に対して、「知らない」では済まないところに来ているのではないかと思う。

もっともありがちなパターンとしての「ある程度まで空手をきわめたら中国拳法の達人がライバルに表れて……」などというのも、面白く描ければオールオーケーだがパターンが出尽くしてしまっているし、「空手家同士のケンカファイト」のような展開にしても、それは「空手バカ一代」やブルース・リーの「最強伝説」の土台ヌキには成立しえぬもので、「ムエタイ同士のケンカファイト」が成り立たないのは「空バカ」的な伝説が(実際の格闘技とは関係がなく)読者側にないためだと思われる。いつまでも「空バカ」伝説によりかかっているわけにもいかない。
それでは異種格闘技戦か!? となると、現実に取材すればノー・ルール系の戦いがのしかかってくる。マンガ内での異種格闘技は、以前ほどのファンタジー性を持ち得ない。「空手家がノー・ルールに参加すること」には、ほとんど意味がなくなってきているのが現状だ。

つまり、アクションを描くという理由だけのために「空手を出すこと」は、以前ほどデフォルトでの意味を持たないということだ。

その点、K−1選手の実録マンガや「K−1選手のようになりたい」少年を描いた「K−1ダイナマイト」はそれなりの現代性を持っていると思うし、あきらかに「空バカ伝説」のその後を描こうとしている「バキ」も同様である。

今後、空手マンガに「新しさ」があるとすれば、別にノー・ルールにこだわる必要もないので、あくまで「競技としての空手」や「武道としての空手」を追求するもの、あるいは「柔道部物語」のような体育会系ノリを全面に出したもの、あるいは「空手ダンス」などと言われっぱなしの「寸止め」を「寸止めで何が悪い」って展開させるのだって一考だと思う。
空手マンガは野球マンガのように展開させやすいメジャー性というか「一般にしみとおった感じ」を土台にするほどの自由度はないし、ボクシングマンガのようにそれ自体が「孤独と戦う、どこか近代個人主義っぽい求道的な感じ」や「金を儲けるためのハングリー・スポーツ」というイメージをすぐに想起させるものでもなくなっている。
「単なるド突き合い」でいいなら、ムエタイでもテコンドーでもカンフーでもいいことになるし、そちらの方がまだ目新しさがあっていい、ということになってしまいかねないのだ。

今回の新連載とはまったく関係ない話ではあるが、「空手マンガ」が始まるとき、そこには「新しさ」が強く求められる(というか私が勝手に求める)ところにまで来ているのではないか、「脱・空バカ」を目指さなければならないのではないか、と偏狭であることを自覚しつつ(SF考証にこだわるマニアみたいだが)書いておきたい次第です。
(00.03015、滑川)



・「銀牙伝説 ウィード」(1)〜(2) 高橋よしひろ(2000、日本文芸社)

漫画ゴラク連載。かつて巨熊・赤カブトと死闘を演じ、奥羽に野犬の楽園を築き上げた総大将・銀
北アルプスで野犬のボスの手下としていいなりになっていたイングリッシュセッター種のGBは、ある瀕死の母犬から自分と銀の息子だという小犬を託される。 この小犬を奥羽の総大将のもとへ連れていってくれと言うのだ。気弱で面倒なことの嫌いなGBはそれを嫌がるが、自らが「ウィード(雑草)」と名づけた小犬の勇気と希望に次第に惹かれ、自分自身も強くなっていく……。

この導入部はまったくうまい。前作「銀牙」が、基本的には「男」と呼ばれる強者たちの物語だったのに対し(お調子者のスミスですらそこらの犬は問題にならないほど強かった)、「ケンカも強くないGBと、まだ小犬のウィード」のコンビは、2匹ともお互いに影響を与えながら成長していく、発展途上の犬なのだ。

単行本2巻目にして奥羽に付いたウィードとGB。だがかつての楽園だったそこは、「金(きん)が出る」という人間側の利権による追い出し、そして人間を襲う謎の生物が野犬だと誤解されたこともあり犬同士は分裂し、崩壊の危機に直面していた……。

漫画ゴラク的にはかつて中断していた「バイオレンス・ジャック」を再開させて完結させたことがあり、「かつてのパート2を」という企画方針? があるのかもしれないし、ジャンプ的には「マーダーライセンス牙VSブラックエンジェルズ」「リングにかけろ2」、そして「キン肉マンII世」や「男塾」の面々が政財界で活躍する「天より高く」など、読者の年齢に合わせての一種のパート2ブームの流れとも言えるのだが、これを単なる「2は手堅いから」という消極的な現象としての、ダウナーな見方は個人的にしたくない。かつてのジャンプが他誌出身のベテランがほとんどいない新人集団だったことを考えると、十数年経ってジャンプが育てた作家の多くがホンモノだったというアッパーな見方を推奨したい。

本作の話に戻ると、まだまだぶっとび具合としては序盤戦と言ったところ。 単行本ベースで言えば、謎の怪生物の出現が待ち遠しい。
(00.03011、滑川)



・「ビックリマン2000」(1) 犬木栄治、ストーリー原案/ビックリマンプロジェクト、キャラクター原案/エサカ マサミ(2000、小学館)

月刊コロコロコミック連載。
10年くらい前に大ブームになった「ビックリマンシール」の新シリーズがシール化、アニメ化、そしてマンガ化。
勇者トーサンダーを父に持つ戦使・星天使タケルが、賢守カンジー天助ポーチスーパーゼウスたちとともに、邪悪なエネルギー「混沌(カオス)」をふうじこめる力があると言われている「次界卵」を探しに冒険の旅に出る。

犬木栄治の絵はとにかくカワイイ。また、直情径行型で力業で難関を乗り切ってしまうタケルはちょっと新鮮。ポーチの頭の触覚のようなものがいつの間にかなくなっているが、アニメとの整合性にうるさそうな小学館としてはどうなんです? 単なる描き忘れ?

ロッテ/BP、小学館、テレビ東京、NASなどのクレジットが。毎度のことながら、いろいろからんでますなあ。
(00.03011、滑川)



・「週刊少年チャンピオン」16号

「バキ」 板垣恵介

(読んだ人だけわかってくだちゃい)
なんだよぉ〜!! 「最初に突っ込むヤツはやられ役」という戦いモノの定石通り、独歩がたいへんなことになっちゃってるじゃないかよぉ〜(一緒に猪狩も)。猪狩はともかく、もう独歩死ぬのかあ!? 板垣先生〜、なんとかしてやってくれよぉ〜!! もう後は何も言うことない……。
(00.03011、滑川)



・「銀牙−流れ星銀−」(4)〜(10)(文庫版、完結) 高橋よしひろ(1998、1985〜87、集英社)

週刊少年ジャンプ連載。以前、再読というカタチでマンガ喫茶で5巻ほどまで読んだ。最近、漫画ゴラクで続編が連載されていると聞き、通して読んでみたくなったので、手に入りやすい文庫版を購入した。

ストーリーは、奥羽の二子峠に熊犬・が誕生し、凶悪な熊・赤カブトとの宿命の対決をすることになる、というのが発端。要するに「熊撃ちモノ」というか、飼い主の少年・大輔や、赤カブトを宿敵と信じ追い続ける老狩人・竹田五兵衛との交流などが描かれる。
ある意味王道な展開だと言える。

実は、連載当時あまりマジメに読んでいなかった。当時ジャンプは、派手な戦いもの(「ジャンプパターン」と呼ばれるような)が主流だった。ちゃんと確かめてはいないが、「北斗の拳」、「聖闘士聖矢」、「ブラックエンジェルズ」、「男塾」、「ジョジョの奇妙な冒険」など、そうそうたる「闘いモノ」がひしめいていた時代である。その中で、高橋よしひろの実力は知っていたけれど、「動物マンガ」、「熊撃ちモノ」というのはいかにも地味に思え、連載が続くとは思えなかった。

他の読者も、あるいは作者や編集者もそう感じたのか知らないが、単行本で3巻あたりから路線は変わりはじめ、銀の父親・リキをリーダーに、巨熊・赤カブトを倒すべく犬の戦士たちを集める、という「ジャンプパターン」に突入した。

この頃も、「犬までジャンプパターンに……」と思ったがそれ以上の感想はなかった。実際、猟犬や「甲斐の魔犬」、忍犬が集まってくるあたりは、犬同士しゃべったり犬なのに「殺人鬼」って言ったりはするものの、この程度の飛躍は他のジャンプマンガにいくらでもあったため、ジャンプ内ではまだ「普通の飛躍」だった。

しかし、滑川的には本作が本当に面白くなりはじめるのはこの先、四国の闘犬と野生化した洋犬、九州の犬リーダーたち、そして北海道の犬軍団が集結する頃からなのだ。
もともと老狩人プラス熊犬VS巨熊、という戦いであったものが、犬の群れVS巨熊に変更され、人気が出て連載が長期化するとともに戦いの規模がどんどんでかくなり、最終的には800匹近い犬軍団VS群れをつくらないはずの熊が群れをつくり、山に要塞をつくる、という犬や熊の本能とか習性を多少大げさに見積もっても、とうていありえないほどの大戦争となるのである。

おそらく作者は犬を長年飼い、その習性をわきまえ、なおかつリアルな自然界や動物を描くことのできるヒトだと思う。それだけに、アニメの「ガンバの冒険」がマンガチックな絵柄で成立させていた動物同士の戦いが、本作では絵はリアルなのに内容は激しく荒唐無稽、という不思議空間を形成していく。

赤カブトとの戦いの後、父の秘密が明らかになり、銀は新たな戦いに赴く。この新展開も相当に荒唐無稽というか、それまでの下地がなければまったくよくわからないスゴイことになるのだが、やはりアクションの凄まじさや集団戦の緊張感などの点で、赤カブトとの戦いが群を抜いて面白い。とにかく動物マンガでここまで生態を飛躍させてしまったのは、動物を擬人化したメルヘンチックな作品を除けば本作くらいではないかと思う。

……というわけで、単行本でまともに読むとかなりヘンなマンガであることは確かだが、おそらく連載中に、根本的な違和感を感じるほど「ヘンだ」と感じていた読者はいなかったのではないか。これはひとえに、その他のジャンプ連載作品とともに「ジャンプパターン」として括られて理解されていたからだと思う。

最近は勉強不足で知らないのだが、80年代のジャンプは他誌と違い、大人が主人公だったり、ヨソではありえないほど地味な作品や実験的な作品を連載していたし(たいていすぐ終わっちゃったけど)、「ジャンプパターン」……敵が仲間になってさらに強大な敵に立ち向かっていき、ときどきトーナメント戦なんかもあったりする、展開としてはかなりキツいシバリがある場合もあった。それは読者から見ると 「自由で不自由な感じ」だった。
逆に言えば、このパターンを踏んでいれば登場人物が犬だろうがロボットだろうが超人だろうが違和感がなかったワケで、やはり「少年ジャンプ」の独自の基準を見てみないと、本作のきちんとした評価もまたできないのだろう。

そして、本作は「ジャンプパターン」としてもかなりの秀作であることも見逃せない。

技の応酬が命であるこのパターンでは、ワザの際限のない応酬から人間ドラマへ移行しようとした「北斗の拳」や、よくも悪くも大味な「聖矢」、どんどんハチャメチャな方向に流れていく「ブラックエンジェルズ」、湯水のように技のアイディアが尽きない「ジョジョ」、意外に頭脳戦やトリックをも使っていた「男塾」などさまざまなモノがあったが(技としては破綻しかかっていた「バスタード!」もあった)、本作では犬の知能や四本足であることを踏まえたさまざまな技が考案された。
銀の「絶 天狼抜刀牙」(縦に激しく回転しながら敵に突っ込み、牙で攻撃する)はそのひとつだし、伊賀忍犬・赤目の忍法も面白い。自然現象を利用したさまざまな戦いの場もワクワクさせるものがあった。

なお、文庫版あとがきによると、「銀牙−流れ星銀−」という重ねコトバのようなタイトルは、当初「銀牙」という「牙を持つ動物たちの生きざま列伝」のような展開になることを予定してつけられたタイトルだったそうだ。つまり、主人公は銀に限らなかった。「流れ星銀」はその中の1エピソードにすぎなかったということだ。

だがたぶん人気があって、「銀」という主人公の物語となった。ジャンプパターンの要請もあっただろうし、「銀」というキャラクターの魅力が当初の予定をやめて大河ドラマを形成したということもあるだろう。文庫版はかなりの版を重ねている。
こういう、リアルなところもあり、荒唐無稽なところもあるマンガがヒットしているというのは、なんだかちょっと嬉しい今日この頃ではある。
(00.0306、滑川)

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