2000年12月上旬

戻る


2000年12月11日 (月)

神様の名前 多田由美 美術出版社 <漫画・単行本> 1300円

 多田由美の久しぶりの単行本。この人もチャンスに恵まれない(それとも仕事量が少ない?)と思いますが、いざ単行本となると、圧倒的ともいえる迫力と緊張感があります。表紙からして強烈なドラマトゥルギーを感じるものになっているではないですか。内容も強烈。日本を題材とした短編などは「そんな日本人はいない。」といった感じではありますが、そんなの全然問題にならない完成度の高さです。ホワイト・トラッシュたちの砂を噛むような生活をぎりぎりと描き出す多田の筆は、全く容赦がありません。そして現れるのは「空っぽ」…アメリカ特有の、あの地平線のような「空っぽさ」です(映画「バグダッド・カフェ」や「パリ・テキサス」を参照してくださいね)。痛い、痛い作品集ですが、だからこそ読者のこころにざらりと引っかかるものになっています。もう一つ目立つのは、どんどん絵が「白く」なっているところ。手抜きをしているのではなく、絵の描き込まれていない部分を、デザイン的に構成するようになってきているのですね。そして「空っぽ」感覚はさらに強化されるというわけです。

ルチルSweet 1 V.A. ソニー・マガジンズ <漫画・アンソロ> 950円

 「Sweet」の名の通り、普段の「ルチル」より、いっそうボウイズラブ寄りになっていますね。執筆者は高久尚子、山田ユギ、花田祐実、テクノサマタ、高永ひなこ、富士山ひょうた、羽海野チカ、石田育絵、高橋悠、葵砂良、南野ましろ、吹山りこ(掲載順)。うんうん、だいたい私のチェックしている作家は入っているぞ!山田ユギ先生の「冷蔵庫の中はからっぽSweet」とか、南野ましろ先生(すごい)のように、「ルチル」からの出張作品もありますが、だいたい読みきりなのもいい感じです。注目すべきはざっくりした線が心地いいテクノサマタ「天国の門天国の庭」、ドラァグ・クイーンを目指す(?)少年を描いた高永ひなこ「Croquis」、そして当然とも言うべき羽海野チカ「ハチミツ色の月」でしょうか。ダントツは羽海野。ちゃんと裸夫デッサンをこなしているとおぼしきしっかりした肉体の描き方、上手く女の子を絡めることによって浮き彫りになる男同士の関係の深さ、演出の上手さ。ページ数がもっとあれば、とも思いますが、それでも抜けていることは間違いありません。高永ひなこもなかなかいい感じです。コワモテのドラァグ・クイーンに囲まれる可愛い少年のえもいわれぬええ感じよ。萌えますな!

三上寛怨歌(フォーク)に生きる 三上寛 彩流社 <一般・単行本> 1700円

フォーク歌手としてだけでなく、俳優としても知られる三上寛の自伝です。俳優としては寺山映画「田園に死す」で叫んでたり、大島渚の「戦メリ」で斬首してたりしてましたね。歌手としては70年代の名曲「夢は夜ひらく」や、中津川フォーク・ジャンボリーでの活躍が知られています。平成になってからは明大前のモダーン・ミュージックから年1回のペースで1枚ずつアルバムを発表、今では10枚組のボックスセットが出ています。その三上寛が青森県小泊村からいかにして上京し、フォークの世界で頭角を現し、挫折を経験したあと現在に至るかが描いてあります。三上寛がうたとしてあらわす情念の世界が、どのように作られてきたかがよく分かる内容になっています。日蓮宗ですか…。「死なう団」を読んでも感じたことですが、日蓮ってのは実に妖しい魅力を持っているのですね。今度調べてみることにしたいと思います。

UNIXの1/4世紀 Peter H. Salus ASCII <一般> 2400円

 UNIXというOSがどのように成立し、普及していったかを描いた本です。訳が悪いのか、はっきり言って読みづらく、UNIXの全体像をつかむのは大変になっています。UNIXの一般的な解説書の方がずっとすっきりしているような…。まあ、実際にUNIXの開発の鍵になった人間へのインタビューがあるのはいいのですがね。

社会的共通資本 宇沢弘文 岩波新書 <一般・新書> 660円

 

サウンド・エシックス 小沼純一 平凡社新書 <一般・新書> 760円

 


2000年12月9日(土)

コミケカタログ   コミックマーケット準備会 <即売会カタログ> 1905円

表紙は六道神士。ぜんぜんコミケカタログらしくないですなあ。今回は二日開催なので薄く、持ち運びやすくなっているのはいいのですが、おかげで我がサークルは落選。いつかギャフンと云わせてやるぜ!!

イカル メビウス/谷口ジロー 美術出版社 <漫画・単行本> 1400円

 「モーニング」に連載され、「第一部完」になっていた世紀の合作漫画。空を飛ぶことができる青年、イカル。彼は実験体として、生まれてからずっとラボの中で生活している。ずっと従順に実験に従うイカル。しかし研究員の雪子との間に、少しずつ恋心が芽生えていくと、イカルは自らかごの外へと出ようとする…。メビウスと谷口ジローのタッグですから凄いものです。しっかり日本漫画の文脈に乗った谷口漫画でありながら、メビウス流の(ちょっとオリエンタリスム入った)ファンタジイが入り込んで、えもいわれぬ味を醸し出しているのですから。第一部といわず二部三部と続けて欲しいと切に思うところです。かなり無理くさいのが残念ですが…。

CD-R PEN   STAEDTLER <文具> 250円

 「ドスブイマガジン」にこのペンのことが載った時には、随分感心したものです。「へえインクが悪いとジッタが出たりするんだ」と。ちょうどCD-R用のペンが欲しかったこともあって買ってみたのですね。ところがネットで調べてみたら、単なる油性カラーペンのシリーズのうち黒のものを「CD-Rペン」と称して売っているだけなのですね。しかも商品の外見さえ変えないで。日本で言うならマッキーとかのブリスターの印刷を「CD-Rペン」に変えただけ。なんと大胆な…。書き味は悪くはないですが、ちょっと筆先が柔らかく、太い線しか引けないところが、細い線が好きな私にはいまいち。ですが使わないのも悔しいので、一生懸命使っている次第です。


2000年12月8日(金)

ひとゆり峠 山口美由紀 白泉社 <漫画・単行本> 390円

つるつる あ〜る・こが 富士見出版 <漫画・単行本> 800円

 R★古賀先生といえばなかなかのベテラン。その先生が本格的にロリに挑戦した(?)久々の単行本です。…といいますが以前の古賀先生を知らないので何ともいえないのですが。内容はタイトルの通り、といいましょうか。いたいけな少女が結構攻だったりして燃えるシチュエーションが多くなっていると思います。後半はネコみみ少女(猫の擬人化)のシリーズ。これはまた…。とにかくまだまだ、いや、いっそうロリは元気になっているわけですね。よし!

ミルクコミックさくら 14 V.A. 松文館 <漫画・アンソロ> 790円

「ノーマルな」ロリもなかなかいいのですが、今回はギャグ仕立てのあじまるが秀逸。地上の男と燃えるような交尾をすることをもくろむ人魚の女の子。先人の故事にならって魔法つかいの婆さんに薬を作ることを要求、彼女を「釣り上げた」漁師に交尾を要求する、というスジがまずは微笑ましいところ。女の子の側がセックスに対して積極的なのもいいんですな。そしてオヤクソクながらも意表をつくオチ。これからも「ミルクコミックさくら」の限界に挑戦して欲しいものだと思います。あとは黒崎まいりがよかったですね。

山田タヒチ ティーアイネット <漫画・単行本> 924円

 今回も容赦のない展開とハードなエロ描写が心地よいです。主人公晋は、父親の再婚相手であり、かつてのクラスメイトであった梢に横恋している。傍目にはどうやっても越えられない関係に苦悩する晋。一方で梢も、夫のかつての愛人に精神的に追いつめられ、壊れていく。互いに疲れた晋と梢が行き着く先は…というスジです。他の多くのエロ漫画と異なり、山田タヒチは簡単な解決を提示したりはしません。この作品において思いが募るとは、相手に告白するとか贈り物をするといった簡単なものではなく、相手の魂まですりつぶし、飲み込んでしまおうという、底の見えないブラックホールのようなものです。ディープというにはあまりにもディープな情念(あたかも藤本卓也の様々な楽曲がそうであるように。これについては「幻の名盤解放歌集」を参照してください)。そして山田はそれを容赦なく原稿用紙に書きつけます。ねちっこく、深く。このやるせなさ、人間という生物が持つ業の深さに、強く心を打たれるわけです。

地球防衛企業ダイ・ガード 3 菅野博士 角川書店 <漫画・単行本> 540円

 菅野博士が悪いとはいいませんが、お目当ては全く後半部分の「あぁ!21世紀警備保障」(田丸浩史)。それにしてもどうなんでしょう。一応オビには田丸作品収録とありますが、オビを取ってしまえば、表紙のどこにも田丸作品が載っているとは描いてないのですから。単独で単行本になるタイプの作品でもないですし、単行本という形で読めるから嬉しくはあるのですが。なんだか解せない気分です。

桃姫 1月号   富士見出版 <漫画・単行本> 505円

 

フィールヤング 1月号   祥伝社 <漫画・単行本> 352円

 うーん…。「ハッピーマニア」の復活などうれしい点もあるのですが、ベテラン作家の凋落傾向が見られるのが辛いところですね。内田春菊はいまさら言うまでもないのですが、南Q太がちょっと。オハナシの面でも絵の面でもぐにゃぐにゃ。子育ての影響もあるので、かつてのカミソリのような切れ味を期待する方が無理ということなのかもしれませんが…。キリコもいつもの調子ながら、いまいち目に見える形での「良さ」が出てきませんしね。もう一つ気になるのが、エッセイ漫画の堕落傾向が甚だしいこと。やれねー!ここでは一人気を吐いている作家、やまじえびねに期待したいと思います。


2000年12月7日 (木)

HELLSING 3 平野耕太 少年画報社 <漫画・単行本> 500円

ヘルシングに正面から挑戦状をたたきつける組織「ミレニアム」を調査すべく、南米に向かうアーカードとセラス婦警。だがそれはお見通し。彼らの滞在するホテルには、その国の特殊部隊が押し寄せる。そして現れる「ミレニアム」の手先、「伊達者」トバルカイン…。いやあやっぱり凄い迫力です。殺意を持ってやってくる敵に対しては圧倒的な力を持って応えるアーカード。絵の魅力もさることながら、いのちのやりとりに対する冷徹で真摯な姿勢を持っているところがいい感じです。殴り合って夕日を二人で眺める?そんな甘い展開を平野は許しません。決意を持って開かれた戦端は、死によってのみ終結するのです。ゲヴァルトなんですからそうでなければなりません。思えばこうした冷徹な姿勢は、他ではなかなか見ることができません。ふぬけ切った甘口の闘争に満ちた漫画の世界において、この作品が注目され、そして支持を得ているのは、まさにこの点にあるのだと思います。

エースネクスト 1月号   角川書店 <漫画・雑誌>

 「クーデルカ」で名を挙げた、岩原裕二の新連載「地球美紗紀」が始まっています。舞台は北海道。主人公の女子高生美紗紀は、登校途中に湖で、不思議な海竜型生物と出会う。「のび太の恐竜か?」と思わせるところですが、その生物は見ている前で可愛い少年へと姿を変えます…。「クーデルカ」では、地に足のつかない(雑誌に合わせた?)オハナシのせいか、いまひとつオハナシが収束しなかったきらいがあった岩原ですが、これはいきなりいい感じですね。まずは好きなように描いているところ。舞台設定などに無理がないのですね。それからキャラクタの魅力。北海道なのにルーズソックスでナマ足の女子高生、というところがなんかいいじゃないですか(リアルじゃないかもしれませんが)。キャラの魅力は「クーデルカ」でも遺憾なく発揮されていたところですが、ここでもうまくそれは機能しています。そしてなんといってもショタ味。可愛い少年は時空の宝です。今後はもっとこうしたショタ味を前提とした作品が増えるのだろうな、と思うところです。


2000年12月6日 (水)

阿弖流為(アテルイ)II世 高橋克彦・原哲夫 小学館 <漫画・単行本> 476円

 ああしまったしまった。「ガッタ」をぱらぱらとしかチェックしていなかったのは大失敗でした。「ガッタ」に連載された作品です。古代、地球にやってきた宇宙人たちがいた。宇宙に帰る術はあるのだが、それは地球の原住生物の絶滅を意味していた。そこで宇宙人は二つに分裂する。原住生物を犠牲にしても宇宙に帰ろうとする側と、原住生物と同化し、ともに暮らそうとする側に。ともに暮らそうとする側は、蝦夷となって宇宙に帰るために必要なエネルギー=「竜」を封印する。一方宇宙に帰ろうとする側は、坂上田村麻呂となり蝦夷を征伐し、「竜」を手に入れようとするが失敗。その後は国家の首脳部に入り込み、「竜」の復活をはかる。帰ろうとする側の長年の計画が成就しようとするまさにそのとき、蝦夷の王、阿弖流為が復活する…。
 名作「北斗の拳」の魅力は二つありました。ひとつは実にまっすぐな男同士の戦いです。それぞれの生き方を通すために、必然的に戦わざるを得ない男たち。そこに現れる「侠気」に魅力があったわけです。そしてもう一つが強烈なギャグです。「たわば」「あべし」「ひでぶ」「あわびゅ」「ただずげべ・ぼ」「うわらば」などの珍妙きわまりない悲鳴、マヌケに破裂する雑魚ども。なのにキャツらを蹴散らすケンシロウはいつも仏頂面で、冷静この上ない。絵柄はリアル系なのにやってることは大馬鹿。ここに生じる豪快なギャップが、限りない魅力を生んでいたわけです。
 で、この作品はというと…もの凄くギャグ寄りなのですね。まずは登場人物からして爆笑ものです。どこかで見た人ばっかり!死んだ元首相とノナカに命ぜられて首相になったお馬鹿な現首相?「Noとは言わせんぞNoとは」とわめき、自衛隊を出動させる都知事に似た人?ネオむぎ茶?ヘソ本さん?ちゃーんと実在の誰かさんをふまえたキャラクタ造形になっているのが大笑いです。なまじ画力がある分破壊力も増すわけです。それからいちいち登場する名台詞の数々。「よし。 出陣 じゃあ!」「捨て おけ!」「いやー からかった だけだ!」「やっぱり これだな! 牛乳!!」と。これだけでは分かりませんが、「SFソードキル」のように現代に蘇った過去の人物が、現代の文脈をすべてすっ飛ばして古い言葉を放ち、しかもそれを発するのがケンシロウのような濃い顔の人物というところがいいのですね。加えて原先生はそれを実に確信犯的に行っているのです。購入する際に笑いをこらえるのが大変でした。打ち切り作品クサイので、ちょっと展開に無理があるところがありますが、それはそれでまた突き放したようないい味になっています。とにかく面白すぎる作品。これを読まない人は不幸ですよ。ふふふ。

吉川博尉 大洋図書 <漫画・単行本> 古書価350円

 腐食金属のキイカ氏としても知られている吉川の初商業単行本で、「CRAFT」に掲載された作品をまとめたものです。まずは独特の耽美で神経質な描線に注目したいところです。盟友の(?)松下紺之介もそうなのですが、デッサンのように線を集合させて主線を作っているところがいいのですね。そしてキャラクタのバランス。ここに登場する少年たちは、とがった顎、細い手足をもち、実に微妙であやういバランスを持っています。纏足を強いられ、娼館で客を取らされる少年などは、その最たる例といえましょう。男性とも女性ともつかないユニセックスの魅力。そうした絵の魅力がまずはあると思います。次に注目すべきは、その舞台背景です。戦前の昭和に漂っていたような濃厚なデカダンスを味にしているのですね。少年を買うのは陸軍の(このへんのさじ加減!)青年将校だったりしますし、マントを着た紳士なども実に効果的に使われています。小野塚カホリにも通じる、人間の心の暗闇への探求。舞台設定そのもので、暗さを語るのですから侮れません。確かに漫画としてみたときに、ややこなれていない部分もあるように思いますが、下地は十分だと思います。今後の商業誌での活動に着目していきたいと思います。

お得な恋愛獲得法 西崎祥 ソニー・マガジンズ <漫画・単行本> 古書価350円

 

人生はいろいろだ 東城和実 集英社 <漫画・単行本> 古書価100円

 これは少女誌に載ったもの。これはまあ、なんとも。「ぐるぐるジャングる」を連載する前の東城先生は、ぼけぼけの女性、あるいは屈折している女性を主人公に置き、強烈に読者の骨を抜く作品をものしていたわけですが、これもその系譜に載っています。菱沼さんに通じるどこかずれまくったヒロインの魅力。家事手伝いで、頭の中はいつも春で、ひらがなことばで喋って…ああ、もどかしい!もうひとつ、セックスと距離を置いた存在であるところも見逃せません。年齢的にもキャラクタの外見設定からもじゅうぶんにセクサブルなのに、そのノホホンとした性格設定から、セックスを感じさせないというところがなんともたまんないところです。こういう連載をまたやって欲しいものなんですが。

PASSENGER 1,2 辻よしみ MOVIC <漫画・単行本> 古書価各500円

現在も継続中の恐るべき作品「能瀬くんは大迷惑」の作者の前作です。どんな作品を描いているか興味があったもので。バイオテクノロジーが現在よりずっと進化した未来社会を舞台に、特権とテクノロジーを持つ上級市民と下級市民との戦い、バイオテクノロジーによって生まれた次世代の人間、そして彼らを巡る人々の姿を描き出しています。「能瀬くん」のようなギャグ仕立てかと思っていたので意外でしたが、オハナシの構造自体はわかりやすい「Wings/ASKA」系。SFやファンタジイ要素を使って耽美的なオハナシを作るという「例のあれ」なのですね。なるほど、と思った次第です。そういやパパ編も「水の世界」が重要な役割を果たしていましたしね。注目すべきは、現在の辻は、そうした現実離れしたガジェットを使わなくともオハナシを成り立たせることができていることだと思うのですが。

ケキャール社顛末記 逆柱いみり 青林堂 <漫画・単行本> 古書価600円

 保護保護。

ママの恋人 1 入江紀子 秋田書店 <漫画・単行本> 448円

 非常にいい関係を築いている母子家庭の母と娘。だがそんな家庭にも波乱が訪れる。ママに新しい彼氏ができたのだ。二人の関係に入り込む彼氏にとまどう娘。だが次第に新しい家族に親しんでいく…。入江紀子の単行本ラッシュは続きます。注目すべきは第一に、年齢とか「せけんてえ」とかを気にしない、人間そのものに惹かれるというタイプの恋愛が描かれるところです。入江作品に共通することではあるのですが、こうしたまっすぐな恋愛には心動かされるところです。第二に、「あかピンク」でも見られた、「女という性役割を積極的に引き受ける」姿勢があるところです。「差別と区別は違う!美しくないことはやっちゃダメ!」と娘のさほに言うお母さん。それはジェンダー論の立場から言えば敗北なのかもしれませんが、入江の場合はそれが強い積極性を持っているところがミソなのですね。小難しいことをヌキにして、「私は女だ」と宣言しているようなものです。この力強さ!男である私はそれに生物学的な恐怖を覚えつつも(男なんてタネを撒くだけですしね)、小気味良さも感じるというわけです。

Dear+ 1月号   新書館 <漫画・雑誌> 590円

 南野ましろ先生ってすごいなあ。吹山りこ先生ってすごいなあ。ボウイズってのは新人がどんどん出てくるのが凄いですね。今回注目したのは明智リクヲの「会いに行くよ」。絵がいいんですね。繊細な描線ながら、どことなく松本耳子を思わせるような、親しみのある「崩れ」がある。楚々とした、ありがちな絵柄に収まってしまいがちなボウイズにおいては、ちょっとしたブレイクスルーになるのでは?などと思ってしまいます。今後も期待。

VF-1A バルキリー   ハセガワ <立体> 1120円

 モデラー待望の一作。「空モデルの雄」として知られるハセガワが、持てる技術のすべてを投じて作り上げた「空モデルとしてのバルキリー」です。バンダイの塗装不要/接着不要のプラモデルに慣れた身にとっては、ちと敷居が高いように思いますが、出来はなんだかすさまじいものになっている様子。完成品を見たのですが、ホントに凄いのですね。バンダイに負けないぞ、というハセガワの強い意志を感じます。永遠に組み立てないような気もしますが、いいものには投資する、ということで。

いちばん上


2000年12月4日 (月)

画太郎先生ありがとう いつもおもしろいまんがを描いてくれて… 漫☆画太郎 集英社 <漫画・単行本> 933円

 やったー!これを待っていたのです。「画太郎先生に駄作なし」とは、今更いうまでもありませんが、それでも最高傑作が今まで単行本未収録だったのですね。その傑作とは「エスカレーション」。作品構造そのものが無限のインフレに陥っているジャンプシステムに対する強烈な揶揄だったのに、ジャンプのギャグ大賞を受賞したという作品です。この作品で認められた結果、画太郎先生は「ちんゆうき」を連載することになるわけですが…ともかく初登場から10年経っているにもかかわらず、まったく古びていないギャグの破壊力には感嘆します。この「エスカレーション」を読むだけでも、じゅうぶんに買う価値があるといえましょう。ほかにもデビュー当時の初期作品がいっぱい。「ギブミーチョコ ギブミーガム」も面白いですが、原点もまたいいもので。

ぱんつのゴム ぬまじりよしみ 集英社 <漫画・単行本> 838円

 主人公の操は30歳、童話雑誌の編集にやりがいを見つけ、充実した生活を送っていた。しかしその雑誌は休刊になり、彼女は子会社のエロマンガ雑誌の編集に回されてしまう。そこで彼女は当惑する。慣れない仕事もさることながら、彼女は処女だったのだ。いつの間にか固くなってしまったパンツのゴム。敬愛する童話作家に抱いてもらおうとするが、どうしても最後の一線を越えることができない…。「YOU」に連載されたものです。まんだ林檎を思わせる絵柄もあって、ギャグを交えて赤裸々なセックスへの本音を語るタイプの作品かと思ったのですが、随分違ったので面食らったところです。ネタそのものは、いくらでも面白くできるものだと思います。歳の割にはウブな女性がエロ的にからかわれるという構造があるのですから。ですがどうにも物足りないのですね。結局最後までセックスしない、ということもありますが、どこか自分のセクシュアリティに対する逃げが見え隠れするのです。ジャケ買いしてみたのですが、たまにはこんなこともあるかな、と。

ナンパでGo!! オーツカヒロキ 宝島社 <漫画・単行本> 657円

 これはまたテンションの高い…。「キューティーコミック」に連載された作品をまとめたものです。そばかすでちょっと内気な女の子と、見た目今時の娘さんが、イケメンを求め逆ナンしまくるというものです。とにかくイケメンとあっては見境のない二人のデタラメなノリは、ちょっと濃い口すぎるところもありはしますが、なれてしまうと妖しい魅力を持ち始めます。「愛ラブShock!」では最終的に日和った展開になってしまったわけですが、この連作ではそんなこともありません。最初から最後までデタラメ極まりありません。最後には幽霊まで登場してしまいますよ??で、もちろん、そこがいいのです。

ヒカルの碁 10 ほったゆみ/小畑健 集英社 <漫画・単行本> 390円

 こちらは緊張感の高い展開が続きます。予選を何とか通過し、本戦に臨むヒカル。伊角との辛い戦いをへて、さらに成長を見せる。その一方で、佐為の存在理由はどんどん失われていきます。遠からず佐為を追い抜くであろうヒカル。佐為との別れは不可避なもの。そのときどんなドラマが生まれるのか。成長に必然的に伴う別れを、構造的に組み込んでいるところにうならされてしまいます。絵の達者さがそれを強めているのはいうまでもありません。「バキ」と並び、少年誌では頭ひとつ抜け出た作品であるといえましょう。

いちばん上


2000年12月2日(土)

水野純子のヘンゼル&グレーテル 水野純子 光進社 <漫画・単行本> 1429円

 山の上で、外界と隔絶された世界。そこに一件だけ存在するマーケット。主人公のグレーテルは荒っぽいスケバンだが、実は優しい心を持っている。平和な日々が続いていたが、ある日異変が起こる。マーケットの仕入れができなくなってしまったのだ。飢えのために暴動を起こす人々、仕入れに出た両親も帰ってこない…
 水野純子の描く世界は、どこかねじ曲がり、狂ってしまっています。絵柄がその感覚を強めているのは言うまでもないでしょう。また、登場人物の造形もどこか狂ったものになっています。主人公の弟ヘンゼルは声がでかすぎるために、いつも器具をつけて押さえていますし、敵は精神的な不安定さを抱えた人物ですし。
 ですが描かれる物語の大筋部分は、実にオーソドックスなものです。悪の存在の策略にはまり、窮地に陥った両親を、町の人を救うために、グレーテルは立ち上がるのですから。他の作品でもそうですが、オーソドックスなものと普通じゃないものの間を、物語は常に揺れ動くことになります。ここに水野作品の魅力があるのだと思います。なんといっても現在の現実自体が、そうした不安定さを抱えているのですから。
 ちょっと値段が高いようにも思いますが、それはフルカラーのため。美麗な画面を見るだけでもお得な感じ。買って損はない単行本でしょう。

ミルフィユ 古泉智浩 青林工藝社 <漫画・単行本> 1100円

 「アックス」「エロティクス」で活躍中の作者。比較的単行本に恵まれていたと思いますが、またまた出ました。今回は初期作品集とでも言うべき本で、「アックス」に初めて載った作品や(そういや酷評してしまいましたねえ)、昔懐かしい「アレ!」に載った作品も収録されています。そういや載ってましたかねえ…(遠い目)。
 古泉智浩の単行本がこうも連続して出る理由は、やはり作劇方法が決定的といっていいほど他の作家と異なっているからだと思います。それは、セックスにファンタジイを持ち込まないこと/そうであることで逆にセックスにファンタジイを付与することです。矛盾してるって?いえいえ。
 古泉が描き出すのは、実に身も蓋もないあけすけなセックスです。失敗したり、ルーティンワークになって飽きてしまったり、ブスな女に当たっちゃったり*。男にしてみれば、それはセックスに対して抱いていた様々な幻想が消え、幻滅を感じることです。ですがそうした数限りないしょうもないセックスがあるために、逆に「そうでないセックス」がほの見えてくるのですね。それが端的な形で現れているのが、巻末に掲載された「人魚三部作」です。登場人物がセックスする相手の女の子は、海からやってきた人魚(が人間の姿をとったもの)。もちろんセックスの内容はあまりいいものではありません。彼女らは皆人魚であるために、海に帰らなければなりません。そこに別れが生じるのですが、それまでのセックスがしょぼいものであるために、鮮やかに「こうすれば良かった」セックスの姿が現れるのです。幻滅があるからこそ、それを乗り越えるファンタジイが生まれるのです。ここで「セックス」を「日常」という言葉と置き換えてもいいでしょう。古泉の作品は、我々が生きる日常に深く切り込んでくるために、強い読者の共感を得るのだと思います。そして古泉は、当たり前なものを詳細に描き出し、見つめ直すことから、それを切り抜ける方法を見いだしていこうとしていきます。これはちょっと読み過ぎなのかもしれませんが、現在のどこか行き詰まった雰囲気を打破する可能性を持っているように思います。ここにある共感と、未来への可能性が、古泉を他の作家とは違った存在にしているように思います。

*女性差別的な表現ではありますが、男女がセックスに対して感じる幻滅はお互い様だと思うので、あえて使うことにします。

坂口尚短編集 午后の風1 坂口尚 チクマ秀版社 <漫画・単行本> 1600円

 まずは坂口尚の作品集を出そうという心意気がいいじゃないですか。この出版社は今まで漫画の単行本に積極的に関わったことはないようです(Webページを見る限りでは)。それなのに坂口尚の本を出す…。英断といえましょう。そして造本が実にしっかりしているところも好感が持てます。カバーが二重にかかっているのですね。外側カバーだけでもかなりいい見栄えなのですが、それをめくると鮮やかな緑が。今まで見ることが少なかった方法なので面食らうとともに、本に対する制作者側の愛情が感じられてじんと来ます。大量生産、大量消費を前提とした今までの漫画単行本とは違った、「いい本」を作ろうという意気込みが感じられるのですね。師匠筋に当たる永島慎二の「漫画のおべんとう箱」を思わせます。内容はイラストポエムとでもいうべき作品を集めたものです。この形式自体はさすがに古さを感じさせるものですが、持っているポエジイはなかなかのものがあると思います。今後の展開に期待したい連作ですね。

段ボール低国の天使たち 東陽片岡  実業之日本社 <漫画・単行本> 933円

 …ええ顔ですなあ。ここに登場する人々は、なんてイイ顔をしているのでしょう。まず主人公の兄弟からしてイイです。アッパー系の兄とダウナー系の弟。自称3億円犯人の男。「世間の風」に揉まれまくったあげくに生じる錬成されたイイ顔。東陽はそれをリアルに、かつ微笑ましく描きます。彼らがおかれている状況も素晴らしいです。段ボールを一日中リヤカーで集めて1200円の仕事、住み込みではあるもののその部屋は2畳半。「立って半畳、寝て一畳」という言葉がまさにリアルなものとして読者に突きつけられるのですね。それならまだいいのですが、彼らはグータラで酒飲みなので、その2畳半からも追い出されます。追い出されたらどうなるって?当然ホームレスになるのです。まあ彼らの段ボールハウスの作り方の巧みなこと。越冬のためのノウハウの豊富なこと。彼らにとっては屋根のあるところに住むほうが異常ななのであって、ホームレス状態こそが本来の状態なのです。しかも状況描写のリアルなこと。作者自身のホームレス体験、あるいはホームレスの人々との密接な関係がうかがえます。ここまで正面切ってホームレスを描いた作品は、今まで存在しなかったのではないでしょうか。吾妻ひでおの例はあるにせよ、単行本一冊すべてにわたってホームレスを描いたものはなかったといえましょう。日本初の本格ホームレス漫画。

小説真夜中の弥次さん喜多さん しりあがり寿  河出書房新社 <小説> 1170円

 「文藝」に掲載された小説を集めたものです。弥次さんと喜多さんが何故旅立つことになったのかが描かれる「旅立ちの章」などが収められています。
 漫画やアニメという表現形式は、非常にフレキシビリティをもったものです。実際の世界では作り出すことができないものも、絵ですから描き出すことができます。ですが文字通り「絵にも描けないような」ものは存在します。5万人の群衆とか、「天国のように美しい」なにかとか(それを描いてしまううえけんもうえけんですが)。その点、文章はよりフレキシブルです。人間の想像力は、漫画より文章の方がより働くものです。そして「絵にも描けないような」事柄でも、文章ならば描き出すことができます。漫画描きが本業であるはずのしりあがりが、何故小説を書くのかと疑問が浮かぶところですが、その理由はまさにこの「文章ならば漫画で描けないことも書ける」ところにあります。その姿勢は非常に自覚的です。なぜならしりあがりは積極的に、漫画で描けないことを描写しようとするのですから。そしてわれわれは驚かされることになります。しりあがりが漫画という表現を越えて、想像力の翼をのばしていることに。やや表現がぎこちないところも見られますが、目指すところの「深さ」は相当なものがあると思います。

いちばん上


ザ・掲示板へ

戻る

Last-Update: Thursday, 13-Nov-2014 09:16:50 JST