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「つれづれなるマンガ感想文」1月前半
「つれづれなるマンガ感想文」2月前半
一気に下まで行きたい
鶴岡法斎さんのページの掲示板に、UPLINK GALLERYというところで「ワラッテイイトモ、展」なるものがやっているという情報を得たので見に行く。
グラビア&成年コミック誌。表紙&巻頭は山本早織。
「ぼくとメス犬」野田ゆうじは、第21話「それぞれの食卓」。おお、今回やっとお話が少しだけ見えた! でもほんの少しだけ。
公式ページ。
グラビア&成年コミック誌。表紙&巻頭は太田千晶。
「ぼくとメス犬」野田ゆうじは、第22話「両穴責め」。メス犬「すずな」がえんえんやられ続ける……ってほとんど毎回同じなんですけどね。
今頃になって12月号の感想で申し訳ない。こうしたことを乗り越えられないかぎり、私にとって次のステップはないな。
ひさしぶりに矢野健太郎氏のページを見たら、なんと今年にかけて3誌に1本ずつ、3本も新連載が始まるという。
さて、肝心の「まぁるまん」だが、マンガ陣は主に白虎丸、矢野健太郎、あろひろし、山桜桃(ゆすら)の4本。
創刊号。マンガ家陣は、上端たに、矢野健太郎、百済内創、龍牙翔、きらら萌、あうら聖児、上里竹春、雅川犬丸、りゅうき夕海、スキンレス春川など。なんとなく「YOUNGキュン!」とかなりメンツがかぶっている。
1月25日放送分。
ゲームセンターの店長・フリンは、かつてはENCOM社で天才エンジニアと呼ばれていた。しかし、悪人で現在の社長・デリンジャーにプログラムを盗まれ、会社を追われてしまったのだ。
いつ頃までかは忘れたが、90年代初頭くらいまで、CMなどの映像分野でむやみやたらと「線で構成されたものが実体化して商品に」というCGっぽい描写が目についた。もう何でもかんでも、最初は線で構成され、実体化して「はい商品です!」とやるわけだ。
1月20日放送。
雑誌「少年倶楽部」の黄金時代を築き、戦後「漫画少年」を立ち上げた編集者・加藤謙一の、息子さんが書いた評伝。
公式ページ。
1月18日放送分。
当サイトを見ている人で、プレミア価格のついたマンガ古書を購入しているという人はどれくらいいるのだろうか? 私はマニアというほどではないが、どうしても読みたい作品は買うという程度には古書を買っている。しかし、手塚治虫の「新宝島」や、藤子不二雄の「最後の世界大戦」がウン百万の値を付けた、などということを聞いたことはあっても、実は実際のマンガ古書マニアにほとんど会ったことがない。
奥山中に住む封神・無忌(カム・カン)は、盲目だが空飛ぶギロチンというギミック付き鎖分銅のような武器の達人である。
1月6日放送。
1月13日放送。
【雑記その6】・巨大化後藤真希、ガチャピュイ〜ン
【雑記その5】・音日記ほか
・「甘露」 きあい猫(2004、東京三世社)
【自主映画】・「ワラッテイイトモ、」
【ドラマ】・「乱歩R」 第3話「暗黒星」(2004、日本テレビ)
【特撮?】・「究極癒し戦隊 ヴィーナスエンジェル」 第4話(2004、テレビ東京)
【雑記その4】・問題、オサラムームー、タンガラトントン
・「ウォーB組」12月号(2003、マガジンマガジン)
・「ウォーB組」2月号(2004、マガジンマガジン)
・「パチスロ7Jr.」 12月号(2003、蒼竜社)
・「パチスロ7Jr.」 1月号(2004、蒼竜社)
・「パチスロ7Jr.」 2月号(2004、蒼竜社)
・「週刊少年ジャンプ」9号(2004、集英社)
【雑記その3】・アーカム書評
・「コミックまぁるまん」3月号(2004、ぶんか社)
・「チェイサー」3月号(2004、メディアックス)
【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)
【雑記その2】・80年代「前半」ブームなの?
【映画】・「トロン」 監督:スティーブン・リズバーガー(1982、ウォルト・ディズニー・プロダクション、アメリカ)
【アニメ】・「わがままフェアリー ミルモでポン! ごおるでん」第14話「リルム・アクミの30分クッキング」(2004、テレビ東京)
【ドラマ】・「乱歩R」 第2話「吸血鬼」(2004、日本テレビ)
【特撮?】・「究極癒し戦隊 ヴィーナスエンジェル」 第3話(2004、テレビ東京)
【書籍】・「『漫画少年』物語 編集者・加藤謙一伝」 加藤丈夫(2002、都市出版)
【特撮】・「美少女戦士セーラームーン」第15話(2004、TBS)
【特撮】・「超星神グランセイザー」第15話「立て! 水の超星神」(2004、テレビ東京)
・「週刊少年ジャンプ」8号(2004、集英社)
【ドラマ】・「NHKドラマ愛の詩 ミニモニ。でブレーメンの音楽隊」第2回(2004、NHK教育)
【テレビ】・「第41回 新春かくし芸大会2004」(2004、フジテレビ)
【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)
【書籍】・「マンガ古書マニア 漫画お宝コレクション1946〜2002」 江下雅之(2002、インターメディア出版)
【映画】・「片腕カンフー対空飛ぶギロチン」 監督・脚本:ジミー・ウォング(1975、香港)
【映画】・「幸福の鐘」 監督・脚本:SABU(2002、THE BLESSING BELL FILM PARTNERS)
【アニメ】・「東京ゴッドファーザーズ」 原作・監督・脚本:今敏、脚本:信本敬子(2003、マッドハウス、東京ゴッドファーザーズ製作委員会)
【サイト】・ニュースな本棚「Books,Comic,Rock'n Roll!」
【雑記】・ハロプロウォッチング
【アニメ】・「わがままフェアリー ミルモでポン! ごおるでん」第12話「カエデレラ姫物語」(2004、テレビ東京)
【アニメ】・「わがままフェアリー ミルモでポン! ごおるでん」第13話「育て! ワルモキッズ」(2004、テレビ東京)
【雑記その6】・巨大化後藤真希、ガチャピュイ〜ン
・「ゴマキ」って呼称はなんとなく私も使わないことにした
昨日のテキストを書いたあと、動きがあった。まず、
・ゴマキが超巨大に!身長55メートル(ニッカンスポーツ)
・渋谷にデカゴマキ、身長55メートル(サンスポ)
ライオンの制汗デオドラント剤「Ban」の新CMで、後藤真希が身長55メートルという設定で登場するそうだ。「109」を「Ban」のボトルに見立て、スプレーを噴射。街を一瞬にしてドライな快適空間に変えるという内容……だそうである。
後藤真希は「電車をひょいとまたいじゃったりもするんですよ」と巨大化映像に満足げ……だそうである。2月2日から放送だそうである。
さて、昨日のテキストは、自画自賛するなら「会場で大声で笑う客」を非難しておきながら、ラストは後藤真希のふとももについての夢想で「癒し系」に変わるというほのぼのとした結末を迎えたところが自分で気に入った。
そして、「後藤真希が巨大化」するということは「あのふとももを下から見上げたい」と思った広告代理店の人の陰謀に決まっており、「後藤真希ふともも最強説」を裏付けることになったと信じている。
そういえば、ソニンもPVか何かで巨大化していた記憶があるけど。
ところで、あややの方は「ぷよぷよ」のCMで「小学生の少年の部屋に突然来訪するよくわかんない少女」を演じている。やはり「ワーッ!」って突然やってくるのがあややには似合っている。プリンセスあややをやっているのもきっと同じ理由だ(我ながらすごいこじつけだ)。
かわいい女性は、たいてい巨大化や極小化を強要されるもので、前者は「巨大グラビアクイーンの襲撃」および「巨大フジアキコ隊員」、後者は「ミニストップ」のCMの松本まりかである。……ってぜんぜん例が一般的じゃねえー!!
・ガチャピュイ〜ン
もうひとつは、
sawadaspecial.comの2004/01/31 で紹介されたガチャピンチャレンジチャレンジ!。
もうすっごいカワイイ。
それにしても、ガチャピンは宇宙遊泳を果たせなかったのだな。あやうくどっかで「ガチャピンは宇宙に行って、宇宙遊泳くらいしたんだよ」などと吹聴して恥をかくところだったよ。
・BUBKA辻加護
BUBKAはここんとこずーっと買ってるんですが、今回、初めてちょっと買うのを躊躇しました。
辻加護卒業特集だったからですが、いつもはBUBKAのハロプロ論って興味深く読んでるんですよ。でも、辻加護やミニモニ。の場合は生意気にも果敢にも、私にも持論があるんで。読まないでいいやとか今は思ってます。
とにかくみんな、ミカを排撃しすぎですよ!!
ミカは、かつて村松友視がK−1における角田だかアンディ・フグだかについて評した「日本庭園における、調和を保つための最後の置き石」(大意)なんですよ!!
矢口、辻、加護が忙しくて「おはスタ」に出られないときに、「ミニモニ。」代表として出ていたのはミカなんですよ!!
みんななんで「ライダーマン」は好きなのにミカは邪険にするんですか!!(立場的には近い)
でも、この特集に載ってた「辻加護年表」はスゴイと思ったのでちょっと欲しい気もしてるんですけどね。こういうデータ仕事はほんとリスペクトします。
あと、フェチ的には田中れいなの歯ならびのギザギザについても書きたいんですけど、飽きたのでヤメます。
けっきょく、BUBKA買ったよ。しかも、立ち読みしたときよりみんなが触ってボロくなってるやつ。あーあ。
(04.0131)
【雑記その5】・音日記ほか
なんかねー、子供の頃に、変なグレーのシートみたいなやつで、それに専用の棒みたいのでなぞると線が出るというオモチャがあったんですよね。
説明がメンドクサイんだけど、要するにシートが2枚重ねになっていて、上のシートが下のシートに密着することによって色が変わり、線をひけばそれが「線」だと認識されるわけです。そういう、字や絵を描くおもちゃというか知育玩具の一種です。今でも売ってると思うけど。もう少し洗練されたかたちで。
で、それで絵を描いても一瞬にして消せるわけですよ。ジャッって上のシートをひっぺがせばいい。描いても描いても、それで消せる。何が言いたいかと言うと、もう、マンガや映画の感想以外は、このHPはそれでいいやという気持ちになってしまって。
どうせ後から読んだって何の益もないんだし。
ひさしぶりに、「音日記」行きます。
最近は超人的にイライラしているので、まず喫茶店に客としていたババアの話し声が非常にうるさかった。こんなことではスターバックス文学も書けない(すいません、意味ぜんぜん知らないで書いてます)。
そもそも、スターバックス行かないですよ。他に入るところがないときだけ行く。
だって、コーヒーの種類が多すぎてどれを選んでいいかわからないし、なんかOLみたいのがいるでしょ。いやOLに恨みはない。むしろ友達になりたい。トモダチに。
ト・モ・ダ・チ、ト・モ・ダ・チ……、って、おれは旧文明が残していって惑星に取り残されたロボットかっつーの!(ノリツッコミ)
あと、これは大きなできごとなのだが、家の斜め前の建て替えがやっと終わったと思ったら、信じられないことに今度は斜め後ろの家の改築が始まったんですよ! うるせーっての! 黒飴あげるからやめてほしいなあ。うるさいから。
あと、また近所の中学の陸上部が家の前で練習を始めた。すっごいウザい。
結局、「家の改築」、「近所の中学生がうるさい」、あとあいかわらず「ビン倉庫」もうるさい。これの繰り返し。あと、灯油屋さんと石焼きいも、ぎょうざ屋さん。
同じだね。でもこうやってしつこく書くのが音日記だから。
考えるに、今改築ブームなんじゃないかな。あと熱帯魚ブーム。熱帯魚はカンケイないか。じゃあ改築ブーム。熱帯魚ブームはナシ。
電車の中は、私の通勤の時間帯もあって中年オヤジと中年ババアが主にうるさい。子供はあまり乗り込んでこない。女子高生の話は面白いから盗み聞きする。でも滅多に乗ってこないけど。
あと、こないだなんかのイベントに行ったら、私の座った斜め後ろのやつがイベントが始まる前にすごいはしゃいで友達とつまんない話してて、まあ私もそういうときあるかもしれないけどね。でも、本当につまんない話してるやつ、観察する気持ちでもないと辛い。
たとえばコミケに行く途中、国際展示場の駅が混雑していて、エスカレーターに乗っているときとかギュウ詰めの状態になる。で、ずーっと前にガチャピンがロシアの宇宙船に乗り込む、という企画があったんだけど、コミケが始まる前におれの前に立っていたやつが大声で「ガチャピンが宇宙で事故ったらどうなんのかなぁ!? ポンキッキーズもう出ないのかなあ!?」とか話してた。
私は「出ないわけないだろ、なんか言い訳して戻ってくるよ」と思ってた。
んでこの間のイベントの話に戻ると、たいていつまんないやつの話っていうのは自慢話で、それも極度にレベルの低い自慢話。そんとき斜め後ろのやつが話をしていたのが、まあ詳細は書かないがたとえるなら「バキの展開予想したら当たった」みたいな。
で、「イベントが始まるまでのガマンだ……」と思ってたら、もう壇上に人が上がってからそいつのテンションも上がりきって、何か言う前にけたたましい声で笑ったり、あと壇上の人に「そりゃ違うよ!」とか大声で叫んだりしてた。もうものすごいうるさい。
あと、こういうタイプの人はリアクション不能なことを聞いてくる(そのとき実際聞かれたわけじゃないが)。
よくあるのが「これこれはあれあれの影響を受けたんじゃないかと思うんですが?」みたいなことを言ってくる。これがすごい微妙なセンなの。
たとえば「北斗の拳」は、ブルース・リーや「マッドマックス2」の影響を受けていることは明らかだけど、なんか返答のしようのないことを持ち出してくるんだよな。
で、答えられないとすごいバカにしてくるか、「こんなことに答えられないハズはない」って表情をする。
その代わり、こちらがそいつにとって予想外のことを言ったりすると「ハァ!?」とかすごい意外そうなリアクションが返ってきて、もう一度説明したりしなければならない。
地雷踏んじゃう、っていう表現があるけど、こういう人って地雷がすごい多いんだよね。「どこに住んでるんですか」って聞いたら、実家で親と同居してるコンプレックスを引き出しちゃったりとか。
それにしても、イベントで突出してすごい大声で笑う人ってけっこうな頻度で出くわすんだけど、映画とかではないようだ。やっぱりあの笑い声は壇上の人へのメッセージなのだろうか。映画だと、現象としてはフィルムが淡々と流れるだけだから、大声で笑っても自己アピールできないということなのか。わからん。
最近、酔っぱらってかなりリラックスすると後藤真希のふとももはすばらしい、と言っている。それは私が狂人だからということで細かいことは気にしなくていい。
で、ハロプロではふとももランキングで言うと一位がダントツで後藤真希、二位がメロン記念日の斉藤。同率三位が紺野と亀井と正確にはハロプロじゃないけどソニン、という私ランキングが出来て居るんだけど、二位以下はともかく、後藤真希の太股でちゃんと2ちゃんねるでスレが立ってたよ。アイドルのところで。
何人で回してるかわかんないけど、あややの太股のスレはなくても後藤真希があるということは、これは国民の総意だと私は解釈している(あといつかの「音楽誌が書かないJポップ批評」でも後藤真希のふとももに触れた箇所があった)。
しかし、斉藤は正確には「下半身がムチムチしている」ということでふとももだけの魅力ではないんだよな。が、「ふともも単体」での評価というのはありえないわけで、足全体のいわゆる脚線美だとか、腰の辺りの肉づきの良さなどの総合評価になってくると思うんだが、後藤のふとももは明らかに他のとは違う。それがなぜだかわからない。わからないが、考えてもあまりに、あまりに不毛なので考えないことにしている。
いや、今考えたのだが膝から下の長さが関係しているような気がする。膝から下が長いかどうかが問題なのではないでしょうかみなさん。さらに関係ない話だが、確か高橋留美子の描く人物は膝から下が異様に短い。
……というまったく関係ない話でここは終わりとしたい。
(04.0130)
・「甘露」 きあい猫(2004、東京三世社)
成年コミック。野外露出実践サイトのプレイにハマっていく女子高生を描いた「甘露」全4話と読みきりを収録。嗜好としては基本的に女の子のひとり野外露出プレイと、精液ぶっかけ。以前読んだ、同作者が「きいろ猫」名義で描いた「性癖 −このみ−」に比べると絵もうまくなってるし、こなれてきていると思う。「あーあ、ハダカの女がそこら辺にいないかなあ」と常日頃思っている人は読むといいです。
・「性癖 −このみ−」 きいろ猫(2001、東京三世社)
(04.0130)
【自主映画】・「ワラッテイイトモ、」
えーと、同作品は「キリンアートアワード2003」というやつの審査で、いったん最優秀作に決定するがタイトルのとおり「笑っていいとも!」他の映像を多用していて著作権、肖像権を侵害する恐れあり、ということで審査員特別優秀賞になったという映画。
前からその存在自体は聞いていたが、その経緯だけを知ったときに、「最初から明らかに著作権、肖像権にひっかかる素材を使っている」ということに関して正直いろんな意味で胡散臭さを感じていたし、簡単には見れそうもないのでいいやとうっちゃっていた。
が、UPLINK GALLERYは地図を見ると近かったし、最低ワンドリンクで見られるから安い。ので見に行った。
結論から言うと、かなりよくできた作品だった。自分は見る前には完全にナメてかかっていたことがわかり、いい意味で裏切られた。
何より、つくり込まれている。いわゆる「マッドビデオ」を複雑に、長く(全体で約45分)、かつ丁寧につくったものだと言えるが、「マッドビデオ」にありがちな投げっぱなし感覚とは無縁(投げっぱなしのものも大好きなんだけど)。
「笑っていいとも!」を主たる素材にしているということで、手近にあるもので安上がりにつくろうという意図があるのかと予想していたが、むしろ手間がかかっている。これをつくるのは相当メンドクサイだろう。
内容は説明するだけ野暮、という感じがするし言語化するとありきたりになるが、要するにもはや空気みたいな存在になっているテレビ番組「笑っていいとも!」と自分との距離を煮詰めていった作品であると言える。
あるいは「笑っていいとも!」(が象徴する巨大な何か)にどこまで外部から肉薄できるかというような。もちろん、あらかじめ「いいとも!」にコミットメントする可能性は限られているのだけれども、そこに果敢にも挑戦するといったような感じか。
不意に思い出したのは、おニャン子を完全にダシにしか使っていないおニャン子映画「おニャン子・ザ・ムービー危機イッパツ!」なんだけど、本当にそんな映画かどうか検索してあらすじ読んでいるうちに不安になってきた。ともかく、初見の際に、登場人物たちが絶対に「おニャン子」にコミットできない(だってコンサートのシーンをつなぎ合わせてあるだけだから)のが子供心に切なく響きました。
「ワラッテイイトモ、」に関しネット上の感想を4つ5つ見ると、だいたい予想されたツッコミが入っていた。曰く「何でも見られるご時世に容易には見られないイベント性」とか「作者がなぜ著作権をクリヤしなかったのか」とか「うわさばかり先走って、言うほどのもんではない」とか「新しくはない」とかね。
私は、作者の著作権をクリヤするための努力をしなかった怠惰(とは実はあんまり思わないんだけど)だとか、「イベント」として捉えるといったことには興味はない。
ただいろんな意味で「面白い」作品であって、それは技巧を凝らしたから面白くなったんだ、ということは言いたい。そして、技巧的なものというのは必ず既視感が出てくるもので、そういうことは別にいいじゃないかと。
それとつながるんだが、「テレビ史的な文脈で『笑っていいとも!』に過剰に意味を求める必要はない」という意見がどこかにあった。確かに、過剰に深読みをする必要はない。しかし、まったくテレビ史的な文脈とも無縁ではいられないだろう。
特別な意味が付与されておらず、素材の多さやなじみやすさから「笑っていいとも!」が選択されたとしても、それは結果的にテレビ史的な文脈として意味づけられる。
だって「素材の多さ」と「なじみやすさ」が群を抜いているというだけで「いいとも」は充分にテレビ史に名を残しているではないですか。
サンプリングやカットアップを使用する人やそれを評する人は、その素材に過剰な意味づけをされることを嫌う傾向があると思う。確かに適当っちゃ適当に選んだのかもしれないけど、やはり「適当」の中にも意味はあるわけで、たとえば無意味にしようとしたとしてもそこには「無意味にしよう」という選択の意志が働いている。
「新しさ」とか「オリジナリティ」を重視するなら「こういうものは前にもあったよ」と言える作品ではあるかもしれない。しかし、先にも書いたように丁寧につくられた作品だということは確かだし、「テレビ史的に」、「笑っていいとも!」という番組が特別だからこそ、この作品がつくられ、「笑っていいとも!」が象徴する柔らかくて巨大なものというか、そういうものを本作がつかまえようとした意義は小さくない。
そもそも、マンネリ化してからの「笑っていいとも!」を論評していたのってナンシー関くらいだったが、その彼女ですら「いつ『いいとも』で事件が起こるか」ということを夢想するにとどまっていた。ナンシー関の手法ではその先に行けなかった(それが見識でもあったのだが)。
もう一人、マンネリ化してからのタモリを一時期批判していたのが石野卓球。しかし、卓球も口頭でこきおろすにとどまった。そういえばアルバム「岡村と卓球」では、いいとものテーマソングのリミックスというか大胆に編曲し直したやつが入っている。やっぱりまだ気になっていたのだと思う。
そういう意味では、「ワラッテイイトモ、」は現在のタモリや「いいとも」(むろん、それが象徴するものも含めて)に、かつてないほど肉薄していると思う。
UPLINK GALLERYのイベントは、2月1日までやっているそうです。
(04.0130)
【ドラマ】・「乱歩R」 第3話「暗黒星」(2004、日本テレビ)
公式ページ。
今回の原作は「暗黒星」。洋館で次々と人が死んでいく話。ゲストは仲間由起恵。
今回は前回より良かった。第1話を見逃してマズったなと思ったけど、まあだいたいレギュラーのキャラクターも把握したし。「ちょっと頼りない明智」ってのは以前に稲垣吾郎がやってたけど、もともとの藤井隆がダメっぽい感じなだけに、作中で推理に失敗して「なんだダメじゃん」って思われても不自然さはないと思うね。
二十面相についてチラッと出たけど、今後どういう出方をするか楽しみだ。
(04.0130)
【特撮?】・「究極癒し戦隊 ヴィーナスエンジェル」 第4話(2004、テレビ東京)
毎週月曜深夜、26:00-26:30に放送中のビデオ撮りグダグダ特撮(?)ドラマ。
前回書き忘れたが、オープニングでヒロインたちのアニメ絵風似顔絵が出てきて、コレがものすごくイタイ。
今回はカメラ小僧を癒す話だった。衣装はそれなりに凝ってるのに、お嬢様役の子がなぜか制服姿なのが納得いかん。しかもブス役かそうでないのかも中途半端で、見ていてイライラする。
(……というか、声優系は私は根本的に苦手らしい。)
お話は、前回よりずっと良かった。確認したら脚本家が違ってた。この人にはがんばってほしい。司令室みたいなところにいる、水木一郎の隣にいるハカセみたいな人の動きが異様にウザい。この人、「乱歩R」で筧利夫の上司役でも出ていて、そのときはウザくもなんともないのに、この番組に出るととたんにウザくなる。
(04.0130)
【雑記その4】・問題、オサラムームー、タンガラトントン
「一度書いたテキストは、責任を持って残さなければならない」、「テキストは推敲しなければならない」、「サイトにはテーマがなければならない」などが私の持論だった。しかし、その持論が崩れつつある。
理由のその1は、テーマにカテゴライズされないテキストが当サイトの構造上、書けないというか、書きにくい。今まで「雑記」というカテゴリーで書いてきたが、コレが後から見ると未整理で、自分で見ていてイライラする。
かといって、書いたそばから消してしまうと、意外なところからリンクが貼られたりしてそれはそれでマズい。リンクが貼られた後に、そこには該当テキストがかげもかたちもないことになるからだ。
「雑記」だけでまとめて過去ログ倉庫に入れることも考えたが、そうするとマンガや映画の感想とバラバラになって、かえってわかりにくくなる気がする。ネット上の書き込みというのは、
・テーマ別
・時系列
双方のカテゴリーで見れるのが理想だと私は考えているから。しかし現行の方法では、分類整理に時間がかかりすぎる。パソコンに関するスキルもない。
もっとも、これは「過去ログは閲覧されるべき」という私のポリシーによるもので、この考え自体がネットを「本」に近いものとして考える、古くさいものであるのだろう。というわけで、今後ますますテケトーになります。書いたテキストは消したいときには消します。
【テレビ】
「プリンプリン物語」を二十年ぶりくらいに見て気づいたんだけど、モンキーが南方のオサラムームーザルか北方のタンガラトントンザルだ、というのはアフリカやアジア・インドネシアに生存が分布するレムール(キツネザル)が元になっているのかね???(「レムリア大陸」の伝説の元になったサルね)
あと、「NOVA」のCMソングが小さい子に大ウケ、踊り出す子もいる、というのはなぜか、というのを大学の先生かだれかが分析していて「若いお母さんの声に近いからじゃないか」とかトンチキなこと言ってたけど、あんなにカン高い声のお母さんばっかりか!! 元モダンチョキチョキズの人くらい声高いぞ、あれ。
(04.0130)
・「ウォーB組」12月号(2003、マガジンマガジン)
公式ページ。
他の作家陣は、児島未生、前田千石、杉友カヅヒロ。
(04.0128)
・「ウォーB組」2月号(2004、マガジンマガジン)
「ぼくとすずなのいた夏」というタイトルで、2月に第2巻が発売になるらしい(→1巻の感想)。
他の作家陣は、児島未生、ぐれいす、海生那智。
3月号は、2月9日発売。
(04.0128)
・「パチスロ7Jr.」 12月号(2003、蒼竜社)
宮塚タケシ、原作/鶴岡法斎「ヤマアラシ」は、プロとしては正しいがイヤ〜なやつが登場。みんなをイライラさせたり呆れさせたりするが、ラストが良かった。
押山雄一「SLOCA(スロッカ)」は、連載第13回。
中野嘉美「Coin Side」が短期集中連載で全3回。
(04.0128)
・「パチスロ7Jr.」 1月号(2004、蒼竜社)
宮塚タケシ、原作/鶴岡法斎「ヤマアラシ」は、サラリーマンの悲哀もの。こういうのは学生のときにはピンと来ないが、一回でもサラリーマンをやるといろいろと脳裏に去来するものがあります。
押山雄一「SLOCA(スロッカ)」は、連載第14回。
岡村茂&TEAM紅、原案協力:高木MAX「ぶっちぎりスロッターMAX」は、最終回。
(04.0128)
・「パチスロ7Jr.」 2月号(2004、蒼竜社)
宮塚タケシ、原作/鶴岡法斎「ヤマアラシ」は、前回の人情話的展開とはうって変わって、読者を騙すちょっとした仕掛けのあるプロット。面白いです。
押山雄一「SLOCA(スロッカ)」は、連載第15回。「スロッカ」が実機を使わないヴァーチャルゲームであることによる駆け引きが出てくる。
中野嘉美「Coin Side」は短期集中連載の最終話。
来月号は2月10日発売。
(04.0128)
・「週刊少年ジャンプ」9号(2004、集英社)
荒木飛呂彦「スティール・ボール・ラン」を目当てに買ってるわけです。でも毎号感想描くのがなんだか恐いね。こちらの期待が大きすぎるんだよな。
やっぱり、こういう作品は毎号毎号、学校とか会社の休み時間とかに読んで「続きどうなるのかなあ」ってみんなで話し合うのがいちばん楽しい。一人で感想書いてもいまいち面白くない。
あ、第2回も面白かった。
あと、つの丸の連載がどうなるのかがちょっと気になる。
(04.0128)
【雑記その3】・アーカム書評
アーカムブックスのページに、ごくごく短いマンガレビューを書きました。「ふぬけ共和国」的には、いつものやつです。
(04.0127)
・「コミックまぁるまん」3月号(2004、ぶんか社)
急いでコンビニなどをかけずり回ったが、結局その中の1誌、「Dokiッ! スペシャル」の2月号は買えずじまいであった。ちなみに同誌の次号はたぶん2月5日発売だと思う。「まぁるまん」も、新連載の始まる2月号を買うことはできなかった。
最近、「マガジンウォー」とか「びーた」とか、グラビアとHマンガが半々かグラビアの方が多く、しかも表紙はモデルの女の子、というマンガ誌とグラビアの中間のような雑誌が多い。しかも、漠然とネットを見ているだけではこういうのの情報は入ってこない。
いや、「最後通牒・半分版」なら扱っているのだろうか。実は「最後通牒」も情報におぼれるのがイヤで、最近見ていなかった。反省した。
しかも、表紙を見ていただくと分かるが「まぁるまん」は表紙は女の子で、しかもロゴが非常に見にくい。っていうか完全に隠れてるよね。一時期買っていて、リニューアル後買わない時期が続き、すっかりなくなったものと思い込んでいたが、これじゃ何の雑誌だかわからないよ。
右下は「Dokiッ! スペシャル」だが、ややこしいことに「Dokiッ!」本誌の表紙は実写の女の子なのである。だが「スペシャル」の表紙はマンガ。しかも、こちらもロゴが非常に見にくい。自分でも覚えておくためにここに表紙画像をあげておく。
矢野健太郎「アキれちゃダメですゥ」は、第2話。津保井アキちゃんという女の子が博物館の研究員になっていろいろエッチなことを……というエロコメ。もしかしていろんな職業に挑戦するという1話完結モノかな?
とりあえず様子見。
あろひろし「めい探偵 網笠栗須降臨!」はエッチな女探偵ものだが、今回が最終回か? けっこう面白かったですよ。単行本化するとかしないとか書いてあった。
グラビアは、けっこう充実していると思う。表紙は佐藤寛子、あと私が知っている人としては、蒼井そら、風野舞子、伊織とかが出ている。水着もヌードもごちゃ混ぜ。
小倉優子と小倉ありすが同時に載っているのが何となくおかしかった。
「コミケ冬の戦況報告」という記事がなんか浮いていた。
本誌は、毎月21日発売(書いておかないと忘れてしまう)。
整理すると、
・「Dokiッ! スペシャル」→毎月5日発売?
カンケイないけど、
・「ウォーB組」→毎月9日発売
・「チェイサー」→毎月20日発売
・「コミックまぁるまん」→毎月21日発売
(04.0126)
・「チェイサー」3月号(2004、メディアックス)
矢野健太郎「メモリー601」は、会社の倒産で気力をなくした男が借りたボロアパートに、自分のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ美少女がとつぜんたずねてきて……というホラーっぽい出だし。これは面白そう。
マンガのヴォリュームは「まぁるまん」よりあるが、グラビアはあまり知っている人がいなかった。如月らんは知ってたけど、これ写真は違うけど、写真集撮ったときと同じ内容っていうかシチュエーションと場所。しかもかなり時間経っちゃってる。
正直、存続するか心配だなあ……。次号は2月20日発売。
(04.0126)
【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)
そうか、今日は横アリのコンサートなんですね。
えーと、特定のお題を3人で組んで、顔、声、身体の順に表現し、いったいそれが何か当てるというゲーム。
とくに書くことナシ。なんとなく飯田カオリが目立ってました。
「ミニモニ。四休さん」もゲストはカオリ。
「駅前交番物語」は、50年くらい前の感じのストーリーと小川の顔に注目。お金持ち役の後藤と小川が夫婦だと思い込んでいたら社交界での知り合いらしい。わけわからん。
松浦の新曲すばらしい。やっぱり化粧品かシャンプーのCMソングっていいね(どっちか忘れた)。
フットサルはまだやっているらしい。
「ハロプロワイド」、今回はおじゃマルのインタビューは藤本美貴。そんなに緊張していなかった紺野。もしかして前回は松浦が威圧を?(単なる想像)
田中れいなのオーバーニーソックスと、亀井の太股と、紺野のなんていうの? 先週に引き続きキャンディキャンディが着てそうな服(オッサン的な表現)は、正統派ロリコン的に、ニンフェット的にやばかった。
(04.0125)
【雑記その2】・80年代「前半」ブームなの?
たまたま見たはてなダイアリー - 《陸這記》 crawlin’on the groundの1月24〜25日あたりに、現在の「80年代ブーム」についていろいろと書いてある。
で、げー、今「80年代前半ブーム」なの? ホントに? と思った。
別に片棒担いでいるわけでも、いくらかもらっているわけでも(もらえるわけでも)なく、一生懸命ブルーカラー的に働いて、夜中に古本屋で「コミックチューリップ」とかいう昔のエロマンガ雑誌(ちなみに88年の休刊号)を買ってきて読むのだけが楽しみのこの私。
そんな私が、なんかそういうのと偶然かぶっちゃうっていうのは、自意識過剰を承知で書くけど、私にとっては恥ずかしいことです(ブームの担い手や批判者にとってはどーでもいいことでしょうが)。
ちなみに「すくらっぷ・ぶっく」って読んだことないんだよな。
というわけで自意識過剰を承知で書いておくと、私が80年代前半について感じることはここの下の方の「80年代にひたりたい!」特別版に書いたことに尽きる。
私が知りたいのはあくまで文化史的な流れとか事実の確認であって、それ以上のものではない。というか、それ以上のことを考えても知識がないからわからない。
どうせ、世代が順繰りにきて特定の世代ブームっていうのは起こる。今から十数年前はずいぶん全共闘世代がうるさかった。
その世代の人間が引退したり死んだりしたら、どうしたってその時代は語られなくなる。ブームになって、いくつかでも発掘作業が行われて散逸する資料が確保できればそれで万々歳。それ以上求めるものは、私にはない。
上記のサイトでは、イカ天前後のバンドブームに関して「『失われた少年時代の回復』を求める青年たちの運動だった。」って書いてあるけど、そんなこと今まで考えたこともなかった(これはそういう論点に対する批判とかではなくて、本当に考えたことがなかったんです)。
でも、若者っていつだってつるんで大騒ぎしたいものでしょ。その辺についての考え方は、私の知識不足もあってちょっと理解できない。
バンドでも新本格でもいいし、コミケで同人誌を売るのでもいいけど、いちばん大きいのは「そういうことを若いうちからやってもいい、いやむしろやるべきだ」っていう風潮がいつの頃からかあったからじゃないのかな。
どのくらい前からかというと、ええとね、歌謡曲の「高校三年生」とか「美しい十代」とかがヒットした頃から。冗談じゃなく。
バンドや芝居、推理小説、コミケ、なんでもいいけど、それまで「趣味的なこと」がどの程度考えられていたかってことが問題になる。
なんかそれまでの印象はというと、青雲の志を抱く若者は「国」とか「社会」に貢献することを夢見ていただろうし、食うのにせいいっぱいな若者はそれどころではなかったはず。
文学や芸術を志す人間は、それこそ故郷を出て狭い部屋借りてみかん箱で小説を書くみたいな悲壮感があった、ような気がする。
そこに「どこかしらに回収されないことでもやっていいんだ」みたいな風潮が出てきて、それでみんなやってたんじゃないかと思うんですけど。
私の興味はむしろ、戦前の推理小説の作家などで、本業を持っていながら短編を発表するような趣味的活動をしていた人や、「田宮模型の仕事」に出てくる「軍艦のことになると仕事を放り出してやってくる床屋のオッサン」などの戦前、戦中、戦後まもない頃に趣味的な活動をしている人が、何を考えてどうやって生きてきて、社会的にどう認知されていたのか、っていうことなんですけどね。
ムカシのオトナ的言い方をすれば、高校や大学への進学率が増えて「モラトリアム人間が増えたから」、「少年時代は失われてしまったんだ」と吹き込まれてまたそれを取り戻そうとする運動もできたと考える。
私は、もし現在「80年代前半ブーム」っていうのがあったとしても、新人類世代より多少年下になる。その私が言うのもナンだが、当時の中学受験の受験戦争で「子供時代のない子供」って言われていたんですよね。
まあでも、その「失われた」、私が「失った子供時代」っていうのは何なのか、というのは……考えたこともなかったな。むしろ、そんなもの本当にあったのかな、とすら思う。
「モラトリアム人間が増えたから」というのは、下卑た言い方をすれば「みんなヒマでゆとりが出来たので『大人は汚い』などと言えるようになった」ということなんだけど。
そこで私が思いをはせるのは、80年代の「少年ラブコメ」と「アイドル」と「ヤンキー」なんですけどね。あくまでそうした文化の変遷に興味がある。
ただ、文化史的に見ても、80年代は前半と後半に分けた方がいいだろうという仮説を立てているだけで。
「芥川龍之介の自殺」とか「あさま山荘事件」とか、そういう基準になるできごとが82年あたりにあるとわかりやすいんだけどね。
宮崎勤の事件が80年代後半に起こって、あれが問題をややこしくした部分はあったと思う。
などと書いてはみても、話が噛み合っていないかもしれない。
でも、なんとなく思ったことを書きました。
(04.0125)
【映画】・「トロン」 監督:スティーブン・リズバーガー(1982、ウォルト・ディズニー・プロダクション、アメリカ) [amazon]
フリンは、かつての同僚・ブルースとローラの協力のもとENCOM社に忍び込み、自分のプログラムの著作権を主張するためにコンピュータをハッキングする。
しかし、知性を持ったコンピュータは物質をデジタル化する装置を使い、フリンを自分の電子回路の中に入れてしまう……。
フリンは、アランのつくったプログラム・トロン(アランと同じ役者が演じている)とともに、電子世界の独裁者・サーク(デリンジャーと同じ役者)に戦いを挑む。
それが本当にCGかどうかもわからないが、この間80年代のアニメを観ていて、明らかに手書きなのに「線で構成されたものが実体化」する描写を確認した。それが「CGっぽい、今っぽい描写」だと思われていたのだ。
CGで思い出すのは映画「トロン」である。本当にそうかどうかは忘れたが、公開当時「世界初のCG映画」みたいなことをうたっていた。ふと「線で構成されたものが実体化」描写が出てくるかどうか確認したくて、観てみた。
結論からいうと、出てくることは出てくるが、目立つほどには出ていなかった。物語も終盤になって、巨大戦艦みたいなものが線だけの骨組みになる映像があるが、それだけだ。もっとも、全編にわたって「CG=線で構成された立体物」というイメージで衣装もメカもデザインされている印象だった。ちなみにメカニック・デザインはシド・ミード、衣裳デザインはジャン・メビウス・ジローということである。
さらに言うと、ほんとのCGはごく一部なんだって。そうなると「CGっぽい手書きアニメ」をぜんぜん笑えないね。
映画としてどうかというと、導入部がかなりわかりにくいのと、現実世界のキャラクターを演じる役者が、電子世界内でのプログラムを演じているのだがヘルメットをかぶって没個性な衣装を着ると本当にだれがだれだかわからない。
が、それを除けば今でもけっこう楽しめると思う。
電子世界内は、当時のアメリカ人がファシズムや共産主義に持つイメージをごく単純化してイメージした感じ。現実世界での登場人物がつくったプログラムはその人物ソックリの顔をしていて、人間関係も似たような感じになっているのはあれだね、主人公が南洋の小国かなんかで冒険をする話で、故郷においてきたライバルや恋人とおんなじ顔の人物がそっちにもいる、というパターンの踏襲かな。
「独裁国家を、その国の反対勢力とともに外部からやってきた主人公が粉砕する」というお話を、まんま電子世界へ持っていったということですね。
「お話を覚えてない」、「お話はひどかった」みたいな記憶を持っている人も多いらしいんだけど、本作より前につくられたスター・ウォーズだってそうたいした話でもないのにそうなっちゃったのは、たぶん「CGだけの映画」という印象で本作のお話が過度にアホらしく思えてしまうからだろう。でもそれほどひどくはないですよ。
でまあ「線で構成されたものが実体化するCG描写」に話を戻すと、作品で思い出すのって本作とアニメ「黄金戦士ゴールドライタン」くらいしかなくって。でもネットで検索したら、ゴールドライタンって81年の作品なんだよね。ライタンの方が古いんだよ。それともそうした描写がある、っていうのは私がライタンの身体の線から感じた勘違いなのかなあ。
謎のまま終わる。
(04.0124)
【アニメ】・「わがままフェアリー ミルモでポン! ごおるでん」第14話「リルム・アクミの30分クッキング」(2004、テレビ東京)
公式ページ。
突然ダアクに「チーズケーキが食べたい」と言われるアクミ。しかし、なかなか上手に作ることができない。一方、リルムも、自分の作るおかしを「マズイ」とミルモに言われてしまい、大ショック(まあ、もともとミルモがリルムがキレるのが恐くて言い出せなかったんだけど)。
おかし作りを上手になりたいと思った二人は、クモモが開いたおかし教室へ。そして、いちばんおいしいおかしを作れるようになった妖精にあたえられるという「ゴールデンエプロン」を目ざし、リルムとアクミは激しく火花をちらし合う。
ムダに過激なクモモのおかし教室が楽しい。卵をピッチングマシンで打って、それを受けたり、「大リーグボール養成ギブス」のようなものを付けさせられてボールの中身をかきまぜたり……。
キレたアクミをリルムが引き留め、二人で協力するクライマックスもいい。審査員となった人間たちが、クモモの部屋に入ってまた四頭身になるのがかわいかった。
審査員失格者の代わりに、クマのぬいぐるみが座っているという小ネタにあえて何のツッコミも入らなかったり、アニメの「ミルモ」は往年の「楽しい、ゆかいなマンガ」の要素が詰まっている。
(04.0124)
【ドラマ】・「乱歩R」 第2話「吸血鬼」(2004、日本テレビ)
公式ページ。
藤井隆が若き明智小五郎の三代目となり、探偵事務所所長の雷道(岸辺一徳)、小林芳雄(大滝秀治)に見守られながら奇怪な事件を解決していく1話完結のドラマ。1話は見逃した。これは2話。
うーん、率直に言って「まあこんなもんかなぁ」という感じ。ドラマ化にあたって、いろいろ考えられているとは思うんだけど。
藤井隆と刑事役の筧利夫が並ぶと「いつコントが始まるのだろう」と思ってしまうし、オチはかなりハレハレな感じだったが(原作もこうだっけ? 忘れた)、「もし藤井隆がお笑いに戻ってツッコミを入れたらどうしよう」などと思ってしまったことよ。
(04.0122)
【特撮?】・「究極癒し戦隊 ヴィーナスエンジェル」 第3話(2004、テレビ東京)
1月5日から放送しているらしい。毎週月曜深夜、26:00-26:30に放送中のビデオ撮りグダグダ特撮(?)ドラマ。
あらすじは、人間のストレスを利用して怪人をつくり、地球を征服しようとしている(んだろうな、たぶん)ネオリストラー星人に対し、ふだんはランジェリーショップで働いている女の子たちが、水木一郎扮する指令みたいな人の命令によって「ヴィーナスエンジェル」に変身し戦うというもの。
いやー、たぶんチープさではドラマ「ドールハウス」などとは比較にならない大物だ! とにかくギャグの滑り方がものすごい。とにかく、ものすご〜〜〜くスベっている!! それと、気持ち悪い声優しゃべりをしている女の子が3人いて、そのうちの一人が心臓を羽でくすぐられるようなイライラ感を私にもたらす! アンタ一体だれだ!(正体は知りたくない)
何か、80年代のイタ〜イ同人誌をいまさら見せられているような。しかもそれを見せてくる知人は何のてらいも感じていないような。そんないたたまれない心境になるドラマだ。
もしかして「愛國戦隊大日本」とか(私は見てないんですが)、河崎実、中野貴雄両監督の作品に憧れている人がつくっているのかもしれないが、それだったらもう少しギャグを何とかしないと大変なことになります!!
キャストとしては、「桃鉄」のCMや元おはガールとしてちょっと知られている工藤あさぎがいちばんかわいい。ケディ・ティンっていうけっこうかわいいカタコトの日本語の女の子が出ていたんだが、この人「ブラックビスケッツ」のケディ! あの当時のコドモっぽさが抜けて、キレイになったなぁ! 西本はるかも出ている。
狙ったキャスティングとしては水木一郎、レイモンド・ジョンソン(「おはスタ」のレイモンド)、速水けんたろうなどがあげられるが、ここはまあいちおう初見なので不問にしておこう。
私は敵役のアンバランス(という漫才コンビ)はがんばっていると思う。ただ、たぶん書かれている台本のギャグがマイナスの意味ですごすぎるんだと思うよ。
いちおうひとつだけ書いておくと、第3回を見た感想としては、テンポはギリギリ退屈しない程度には出ているとは思った。早送りしないで見れたし。あと、工藤あさぎをもっと出してください。次週も見ますよ。
(04.0122)
【書籍】・「『漫画少年』物語 編集者・加藤謙一伝」 加藤丈夫(2002、都市出版) [amazon]
トキワ荘関係のマンガや本を読むと、必ず名前が出てくる「漫画少年」(朝日ソノラマから出ていた「マンガ少年」ではない)。その名前だけは脳に刻み込まれていた。が、その実体となると、考えてみればよく知らなかった(もしかして「まんが道」などには描いてあるのか?)。
たとえば、少年倶楽部の編集長であった加藤謙一がほとんど個人で立ち上げた雑誌だったこと、1948年から55年までの8年間という、これだけ有名な雑誌ながら意外に短命だったことなどを本書で知った。
石ノ森章太郎や藤子不二雄、松本零士などの回想録などでは、「『漫画少年』にはマンガ投稿欄があり、それが人気でなおかつ非常に高レベルだった」ということがよく書いてあるが、漫画少年での入選によりマンガ家になることを決心して彼らが上京してきたときには、すでに「漫画少年」の人気は下り坂だったらしい。
手塚治虫やトキワ荘関連の人々を見出したという意味ではマンガ史にその名をとどめているが、最終的には商業的に失敗して廃刊したというのにはちょっと考えさせられた。
本書を読んでいると加藤謙一という人は「明るさ」、「まじめさ」、「男らしさ」といったもの、悪く言えば教条的なモノを目指しているように感じる。それが時代と合致しているときは大変なパワーを発揮したが、時代とズレはじめたときに第一線という意味では編集者を引退している(生来の経営下手も一因らしいが)。
もともとが教師だということもあり、少年雑誌に傾ける情熱は並々ならぬものがあったという。「雑誌づくりは教育の一貫」と考えるからこその情熱がみなぎっている。
一方、少年倶楽部時代の常連作家だった佐藤紅緑も田河水泡も、子供向け作品で名を残すとは思ってもいなかったというギャップが面白い。
加藤謙一は後続のマンガ雑誌を俗悪だと思って、ついていけない、もしくは対抗していかなければならないと思っていたフシがある。本書と直接の関係はないが、寺田ヒロオはトキワ荘物語でははずせないキャラクターながら、マンガ界の将来を悲観して筆を折っている。
後に「漫画少年史」を編纂したという寺田ヒロオと加藤謙一の時代の流れに対する気持ちは、たぶん近かったんだろうなあと思った。
息子さんの手になる本書は、意外にも肉親の一生を追うときにつきまとうベッタリした感じがなく、クールで読みやすい。
(04.0121)
【特撮】・「美少女戦士セーラームーン」第15話(2004、TBS)
1月17日放送。
愛野美奈子の家に泥棒が入り、宝石箱が盗まれたという。そんなとき、うさぎは宝石デザイナーを母に持つなるちゃんに、宝石のオークションに行かないかと誘われた。
しかし、待ち合わせの場所に現れたのは地場衛。うさぎが衛を好きなのだと思いこんだなるが、セッティングしてしまったのだ。
気まずい空気が流れるが、美奈子のアクセサリー泥棒を偶然発見、二人は自分たちの力で宝石を取り返そうと決心する。
お互いの正体を知っている(あるいは疑っている)ままに、ちょっとした冒険をする二人、という少女マンガロマン。「戦いすんで……」とホッとした後に続くヒキ、なるちゃんと亜美の、うさぎを挟んでのギクシャクした関係を先週からさらに次週へとひっぱるなど、あいかわらず感心させられた。
(04.0121)
【特撮】・「超星神グランセイザー」第15話「立て! 水の超星神」(2004、テレビ東京)
テレビ東京ページ。
1月17日放送。
リヴァイアサンをまもるために港にむかう誠と愛。だが、リヴァイアサンを警備している特殊部隊に取り囲まれてしまう。隊長の沖田は、水のトライブをセイザーと認めてくれないのだ。
一方、辰平は、セイザーとして覚醒しようと、涼子の特訓を受けるのだった。天馬が戦いの中で覚醒したからだが、どうも命がけでないとダメらしい。
そんな中、インパクター星人が攻撃してきた。
命を賭けるまで追いつめられないと、セイザーとしては覚醒できないらしい。
辰平「じゃあなんで愛は覚醒できたんだ?」(大意)
涼子「(ニヤッと笑いながら)女は早熟だからね」
この番組、もうネット上ではヘタにツッこまないで、見守っていった方がいいんじゃないかという気がしてきた。友達の家かなんかで金曜日に朝まで飲んで、それから曇った脳味噌とダルい身体でベタなツッコミを入れながら見る、というのがある意味正しい見方のような。
要するにみんなで楽しむもので、ネットで感想書いても虚しいなちょっと。
あ、それともうひとつ。優れた兵士でありながら、セイザーではないためにサポートに回らざるを得ない特殊部隊の沖田は、いいキャラだと思いました。
(04.0121)
・「週刊少年ジャンプ」8号(2004、集英社)
荒木飛呂彦「スティール・ボール・ラン」が新連載。19世紀末のアメリカを舞台に、巨額の優勝金が出る前代未聞の大陸横断レースを描くストーリーになりそう。作者コメントを読まないと「なんでここにコイツが出てくるの!?」と感じるキャラクターがいてとまどってしまうが、「ジョジョ」のパラレルワールド編、ということなのだそうだ。
連載第1回目の今回は「魔界転生」で言うところの「ゲームのルール」が提示されている。6000キロの横断レースは馬が基本だが、開拓精神にのっとっているため当時あまり信頼性のない「自動車」を使ってもよい。法律の範囲内で武器の携帯もあり。レースをリタイヤしたものには、主催者が帰りの旅費などは支払ってくれる、などなど。
気になるのはスタンド合戦になるのかということだが、なんかまだどうもよくわからんのだよね。とにかく楽しみな作品ではある。
ジャンプ自体をひさしぶりに読んだけど「デスノート」は面白いですね。少年ジャンプのバトルものの特色のひとつに「異常なまでにゲームが洗練されている」というのがあると思う。ま、いいかげんなやつはいいかげんなんだが、とにかく「洗練されたもの」を目指しているのは間違いない。「ヒカルの碁」はその極北というか、最上の結果のひとつだったのではないかと感じるので、「デスノート」にも期待してます。
あと、別の意味で梅澤春人にも注目してます。
一方で「努力、友情、勝利」の「ジャンプ魂」はもう薄れかけてるなあとは思う(もう「努力、友情、勝利」はスローガンにしてないんだろうけど)。以前、まさかこれは20回行かねえよなあというくらいジャンプ魂のないマンガが20回続いて、この時点でジャンプは違う時代を迎えたのだなと思った。
編集長だって編集者だって何人も代替わりしているし、そういう作品の底に流れる「ノリ」みたいなものがどのように継承されているかはわからないが、少なくともここ20年くらいは底に流れる共通する何かがあった。それが最近になってはじめて崩れた。まあ、もうなんでもいいけど……。
(04.0120)
【ドラマ】・「NHKドラマ愛の詩 ミニモニ。でブレーメンの音楽隊」第2回(2004、NHK教育)
公式ページ。
1月17日放送。
引っ越して新しい生活になってから、自分を変えようとするちよの(高橋愛)。しかし、何をやっても不器用でなかなかうまくいかない。おまけに、越してきた古い西洋館には幽霊が住んでいるようで……!?
第1回目は面白くて当たり前、ということを考えるとこの回が正念場。で、結論からいうとすごくいい。初めて、手放しで高橋愛をいいと感じた。おそらく、脚本は「当て書き」っていうの? 要するにあらかじめキャスティングされた高橋愛の雰囲気を元に、「ちよの」というキャラクターがつくられているだろうからハマっているのは当然かもしれない。
しかし、それにしても高橋愛のしょんぼりしたり、活き活きしたりといった表情の変化とかもいいし、また彼女を魅力的に見せる演出がなされていると思う。
演出ということで言えば、今回いちばん感心したのはちよのと、彼女の自宅である西洋館に来たミュージカルを一緒にやるグループの前でハーモニカがふるえ出し、恐怖のあまりちよのが逃げ出してしまうところ。
その後、ちよのはリーダー失格の烙印を押されて別の子がリーダーになってしまう。
ここ、別にもともとドジなちよのに対して「おまえ使えねえから」ってやりとりにしてもぜんぜんかまわないのだが、「あなたは、みんなが怖がっているのに一人だけ逃げようとした。だからリーダー失格」ってなるところがものすごく説得力がある。
要するに、他の子たちは意地悪グループなんだけど、その主張にはそれなりの正論があるわけで。
他にも、西洋館の怪現象の謎が知りたいばかりに、やや強引にちよのに接近してくる男の子。昨今の少女マンガでは典型的な「強引にせまってくるが、クールで底の知れない男の子」。しかし、ちゃんとこの回でちよのがこの子に対して八つ当たりして、それにその子がちょっとウンザリしてその後和解、っていう流れができている。
信じられないことだが、最近の少女マンガではこの一連の流れすらキッチリできてないのが多いんだよ!
脚本の藤本有紀は月9とか、OL向けラブストーリー専門みたいな人らしくて、他の作品を1回も見たことがない。が、当然ながらそういう分野でも優秀な人は優秀なんだなあ、と思った。
・第1回感想
(04.0119)
【テレビ】・「第41回 新春かくし芸大会2004」(2004、フジテレビ)
モーニング娘。の出しもの、15人連続テーブルクロス引き! というのが、「13人がかりのクリスマス」、「バカ女」などの演出をしている人演出だというので途中まで見てみる(全部録画するには、テープが足りなかった)。
ああー、いい意味で確かに完全にその人演出って感じですね。
こういうのなんていうんですかね? キャンプ? 違う?
でも、ツッコミを視聴者にゆだねるという点では通常のバラエティ演出とは違う。
もし、同じことをお笑い芸人がやっている場合はまたニュアンスが変わるんだけど。
内容は、要するに堺正章がかつて「かくし芸」で見せた「テーブルクロス引き」(テーブルの上に乗ったお皿やフォーク、ナイフなどはそのままの状態で、それらを落とさずに一瞬でテーブルクロスを引っ張る)を、モーニング娘。が15人連続でやる、という企画。
司会は佐野アナ。
で、盛り上げに盛り上げるんだけど、最初の飯田からすでにうまくいかず、堺正章のアドバイスも今まで練習してきたものと違って娘。たちが軽いパニックに、成功しないのを非難する他のタレントたち、逆ギレしてムッとするミキティのアップ、などと続く。
その騒然とした感じを「かくし芸失敗か?」というふうに持っていくというギャグです。
冒頭、視聴者に対してはまず佐野アナが過剰にアップで映って弁明するシーン、第二に鶴瓶が茶化すシーンで「ああ、これはギャグなんだな」というサインが入っている。
週刊誌でこの演出にマジで怒っている人がいたそうで、かっこわりー。自分が気づかなくてバカにされるとそうとうムッとする私ですが、今回は知ってたので気づかなかったその週刊誌の人を「かっこわりー」と思いきり言ってやろうと思います。
それが広義のサブカルチャー(いや、メインカルチャーも)の掟です。
※どうも「かくし芸」は「娘。」に関しては、昨年も同じような演出だったらしい。詳細、調べてませんが。
その後、マジな隠し芸も交えて断続的に(というか計4回か?)番組を通して娘。の「テーブルクロス引き」が流される構成になっていたと思う。けっきょく、テープが切れていたのでラストどうなったのかは見られず終い。だれか、ラストにどうなったのか教えてください!
#メールと掲示板で、何人かの方からラストを教えていただきました。ありがとうございました。(04.0121)
(04.0119)
【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)
今回は面白かった。すべてが食べ尽くせる感じでした。
「クイズに答えられると海鮮丼が食べられる」という企画で、解答して抜けた人から食べられるという「ウルトラクイズ」形式。
2年近く前に同じようなことをやっていて、かなり面白かったんだけど今回、新趣向を盛り込んで新たにやったということで。
まず、OPが前回のシーンを流してるんだけど辻の大ボケ解答をたたみかける。
で、本編。感心したのは、15人全員がテレビに写れるようにゲームが調整されていたこと。オトナの仕事としては当然かもしれないけど、とにかく。
まず予選みたいなクイズで二人が落とされる。でも、あとあともこの二人は他の企画でテレビに出ていた。
テロップも冴えていた。合格点に達しなかった二人に対しては「本人の名誉のために成績は公表しません」みたいなやつが出た。
大笑いしてしまったのは、道重がパネルから出題テーマを選ぶときに、対戦相手に田中れいなを指名し「同学年なので『中学一年』でお願いします」と言ったらテロップで「ちなみに二人は中学二年生です」と出たところ。
ここ、笑わせようとしたのかどうなのか判然としないんだけど、その微妙なラインに爆笑してしまった。
後は体調が悪いのか、そういうところからはもう「降りた」のか、飯田が早々に勝ち抜けてしまったところが興味深い。モーニング娘。は年齢差があるため、クイズでは年少組が圧倒的に不利なのだが、対戦相手に道重を指名するなんてほぼガチで勝とうとしてるでしょう。不思議だった。
あるいは「海鮮丼を食べているところ」を最初に映すための勝ち抜け役だったのかもしれないけど。
また、なぜかほとんどクイズを解答することがなかった藤本美貴は、当然しゃべる機会もないわけだが、そのムッとした様子をわざわざ何度か映しておいて、勝ち抜けて大喜びしているシーンにつなげたのも編集した人のグッジョブだと思いました。
「クイズで個人対戦して、勝ったら勝ち抜け」のときに、藤本に対して逆指名した矢口真里。やっぱり盛り上げどころをわかってますね。
クイズをやっている手前にカウンターがあって、勝ち抜けした人たちが海鮮丼を食べているんだけど、だれかが勝ち抜けるたびに夢中になって食っている辻が映るのがすばらしかった。
「ハロプロワイド」は松浦亜弥にインタビューに行った紺野が、なぜか緊張ぎみ。テンパっていてパニック寸前だった。リアルドジっ子を見たよ。あんまりヒトに対してドジっ子ドジっ子言う人を見るとどうかと思うんだけど、紺野は「頭がいい」というイメージがあるからドジっ子感にファンタジーがあるよね(なんだそりゃ)。
新曲は初めてみたが、うーん……むずかしいなあ。「ただのアイドル」だったらあれでいいと思うんだけど……厳しく言えば限りなく「おニャン子」まで後退した感じ。
でも楽しもうと思えば楽しめないこともないから、自分をどこのモードに設定するかで価値は変わってくるのではないかと思う。
ただ、「Go girl」がフットサルとのタイアップっていうの? とにかくフットサルの要素が入っていて、振り付けも足でボールを蹴る仕草に照れ笑いをする女の子の仕草を複合させたりと、それなりに面白いものがあったのに対し、今回は歌詞のテーマがむやみに大きいこともあって全体的に悪い意味で抽象的になっていると思う。
じゃあ完全にキライかというと「これはこれでいいじゃん」っていう気持ちもあるんですけどね。
追記:そうだ、なっちの卒業ソングだったんだよね。それを忘れてた。そういう意味が込められていたんだ。それが「無難な感じ」の言い訳にはならないとも思うんだけど、アイドル的にはアリなんだな。そのむずかしさ。
(04.0123)
(04.0119)
【書籍】・「マンガ古書マニア 漫画お宝コレクション1946〜2002」 江下雅之(2002、インターメディア出版) [amazon]
ネットでも、古本系のマンガサイトはそうでないところとほとんど交流がないように思える。マルクス経済学会と近代経済学の学会くらい交流がないと思う。
その交差のしなさかげんは、それ自体興味の対象になりうるのだがそれはとりあえず置いておいて、本書は古書マニアの動向や人気商品からマンガ史を見ていこうとする試みである。
マンガ史というのはたいていの場合が雑誌主体である。それは近年まで「雑誌連載→単行本」というシステムができていなかったこと、作品の初出が雑誌であることから当然とも言えるのだが、本書を読むと単行本には単行本の歴史があることが見えてくる。
たとえば、秋田書店の「サンデーコミックス」というのがある。少年サンデーコミックスでもなく、少年チャンピオンコミックスでもない。1966年から91年まで新刊を出し続けていたそうで、「サイボーグ009」、「伊賀の影丸」、「ちかいの魔球」などの名作が揃っていることでも有名。
で、私が子供の頃は考えもしなかったが、このサンデーコミックスは立ち上げ当時から同じ出版社での「雑誌連載→単行本」というシステムが出来ていなかったから、秋田書店とは無関係の作品が数多く収録されているということなんである。
ちょっと最近は確認してないが、少なくとも神保町の「書泉グランデ」などで近年までだれもが見かけたという意味でも、「雑誌連載→単行本」システム確立前の象徴的存在だということだ。
かつての人気作家であまり省みられることのない貝塚ひろしは、主要単行本レーベルではほとんど作品がないそうである。その点も早く忘れ去られてしまった理由のひとつかもしれない。
また、少年サンデー連載作品を単行本化するための「少年サンデーコミックス」が登場したのは1974年と、驚くほど新しい。
少女マンガはまた別の道を歩んだということだがここでは省略。ただ、本書でも取り上げられていた西谷祥子の名前はあげておきたい。
61年デビューで、たぶん60年代、70年代ではかなり売れたし少女マンガを牽引したという意味でも忘れてはならない作家(……といっても私は2作くらいしか読んでいませんが)なのだが、現在では知っている人が少なくなってしまった。しかしマニアの人が現在でも単行本を収集しているようだ。
マンガってのはわずか30〜40年でも、ちょっと油断するとすぐ資料が散逸してしまうから恐い。プレミア価格をいやがる人がいるのは当然かとも思うが、忘れ去られた作家をきちんとサルベージするのはやはりその作家のマニアか古書マニアではないかとも思う。
よくも悪くも、現在西谷祥子を話題にしようと思ったら、マニアのやみくもな情熱か、古書としての価値、という切り込み方くらいしかないのではないかと思う。当然両者は関連しているわけだが。
「作品本位」派と、マンガ古書コレクターがもう少し交流すれば何か有意義なことになるんじゃないかと思うのだが。
ムリですかね。
追記:連載作品のマンガ単行本化、という点では手塚治虫、トキワ荘作家以前の「のらくろ」などの頃からある。
「のらくろ」は、当初から連載していた少年倶楽部の出版社・講談社から単行本が出たらしい。
(04.0118)
【映画】・「片腕カンフー対空飛ぶギロチン」 監督・脚本:ジミー・ウォング(1975、香港) [amazon]
封神は、門弟が片腕の拳士・兪天竜(ジミー・ウォング)に殺されたということを知り、復讐のため山を下りる。兪はそのとき、道場を開いて弟子たちにカンフーを教えていた。
ある日、カンフー・チャンピオン・タイトルを賭けたトーナメントが開催される。凄惨な試合が行われるなか、とつじょ無忌が姿を現し、大会をメチャクチャにしたうえ、兪天竜の命を狙う。
防ぎようのない「空飛ぶギロチン」に、片腕ドラゴンの対抗策はあるのだろうか。
そういえば、小学生のときに友達が「片腕ドラゴン見たよ」とか言ってたなァ。「片腕ドラゴン」が一作目で、本作はその続編だと思う。
圧倒的に面白い。捨てるところがない。宮下あきらもたぶん見てるなこれ。「燃えよドラゴン」を数年前に実は初めて見たとき(そういうまぬけな人間です私は)、「シュ、シュートだ、シューティングをやってるよ!」と思って素朴に驚いたんだけど、本作のカンフー大会はそれとはまた別の「総合格闘技」というかたちでグジャグジャになる前の、ある意味正しい「異種格闘技戦」がある。
一方で「空飛ぶギロチン」という武器は、「必殺シリーズ」などに見られる日本的小道具(=暗殺のための武器)や、アクションの流れで「そこら辺にあるものを利用する」的なハリウッド的小道具とも一線を画する。大陸的発想、とか言っちゃっていいのかな。
あまりにも面白すぎて、かえって語ることがない。それくらい面白い。もうすぐDVDが出る。
(04.0118)
【映画】・「幸福の鐘」 監督・脚本:SABU(2002、THE BLESSING BELL FILM PARTNERS)
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職を失ったらしい男(寺島進)が、歩き続けることによって、二日間で幸福と不幸の両方をさまざまなかたちで体験していく。
正直、「それまでの監督作品と同じじゃん」と思わざるを得なかった。しかも演出は冗漫だと思う。
まあそこら辺は、追及したいテーマがあるのだからということでいいとしても、ラストはあれでいいのだろうか。クレヨンしんちゃんの「オトナ帝国」ですら、「家族」が最も守るべきものとされることに疑問も呈されるご時世。(私はエンターテインメントなんだからそれでいいと思っているけど)
男を待っていてくれるあんな家族、家庭は、あのようなかたちではもうあり得ないのではないかと思った。
(04.0118)
【アニメ】・「東京ゴッドファーザーズ」 原作・監督・脚本:今敏、脚本:信本敬子(2003、マッドハウス、東京ゴッドファーザーズ製作委員会)
公式ページ。
三人のホームレスがクリスマスイブの夜、捨て子を拾う。「何としても親を探し出したい」と願う三人のうちの一人に強引に引っ張られて、他の二人も親探しを手伝うことに。そんな中で次々と明らかになる3人の過去と、それにむきあうハメになる3人と、三人の行く末。
「捨て子を拾った主人公たちが右往左往する」というパターンは200万年くらい前からあり、なおかつこのストーリーをアニメーションでやる理由がどの辺にあるのか見る前ははなはだ疑問だったのだが、見終わった感想はいい意味でオーソドックスな、ガチンコでいいアニメだった。
妙なギミックを使わずに、このストーリーで最後まで見せていくというのは、これはもうガチンコ勝負。
アニメでやる理由もちゃんとある。一見リアリズムを追及しているような絵柄と動きだけど、きちんとマンガ的な誇張が加えられている。
個人的には「梅垣のアニメ化」という視点で見て喜んでしまった。
ビデオ化されたら、ぜひ見るのが吉。
(04.0117)
【サイト】・ニュースな本棚「Books,Comic,Rock'n Roll!」
今回のエキサイト ブックスの「ニュースな本棚」は「Books,Comic,Rock'n Roll!」と題し、ロックンロールをテーマにした小説やマンガなどを紹介している。
このテキストでは、「青春デンデケデケデケ」と「グミ・チョコレート・パイン」を比較して、後者の方がロック的としているのがおおまかな基準、かな。ただバンドを結成してやる、ってだけじゃロックものには入らないという線引きがしてあります。
通して読んで自分で驚いたのだが、ロックなんてほとんど聞かない自分にもはなはだ拙くて他人からは同意も得られないだろうけど「ロック観」みたいなものがあるんだよね。「ああ、こっちはカテゴライズされるけどこっちは入らないのかー」みたいな感じで。
それだけ「ロック」っていうのが浸透して拡散して、(私自身が)かなり低いレベルで門前の小僧になっちゃっているということなんだろうなあ、と思った。
後は「ハデー・ヘンドリックス物語」を描いてる漫★画太郎はもしかしたら本当にロックが好きだけど、「ピューと吹く! ジャガー」のうすた京介は世代が完全に次に行っちゃってるんだろうなあとか。少なくとも「ロックしかない」って飛びついた時代の人ではないよな、と予想する。で、江口寿史がその中間? とか妄想した。
そういえば「グミチョコパイン」のカバーイラストは江口寿史だなあ、とか。
あと「快感・フレーズ」は読もう。
毎度ながらスズキさんの読書量は驚異的。それとkashmirさんイラストのTo-yには爆笑した。そうそう、こういう屋上の部屋、一時期ドラマとかで出てきたよなあ。私、谷村ひとしの「ハードBOYルド」っていうマンガに出てきたんでこういうとこに住みたいと思ってましたよ。
そんな谷村ひとしがパチスロマンガで大もうけ(しているらしい)というのにも驚いたけど。
最後関係ない話ですまん。
(04.0116)
【雑記】・ハロプロウォッチング
昨今のハロプロ関係。
・「よろしく! センパイ」
テレビ東京で「ゴロッキーズ」の後に始まった番組。月〜金帯で、モーニング娘。の一人ひとりが登場し、自分にとっての先輩、後輩に伝えたいことなどを語る。
「芸能は徹底して虚構であるべき」と考える私としては(その反面ワイドショーは好き)、ゴロッキーズ大好きだった反動でマジメに見ていない。マジメに見ていないもうひとつの理由は、彼女たちの発言からどの程度心情がくみ取れるかがまったくおとしどころがない、ということがある。あくまで私にとって、だが。
作家やミュージシャンのインタビューというものは、確かに貴重な証言であり資料であるとは思う。しかし、言っていること、書かれていることが真実とは限らない。
本人の発言すら、作品鑑賞にとってはその手がかりの一助にすぎないのだ。
そう考えたとき、あまりにも娘。本人の発言だからと重視して、そこから過去の実績や未来に思いをはせるのはどうかという気持ちがある。心情的にファンというバイアスがかかっているならなおさらである。
私が恐れているのは、東京パフォーマンスドール時代の悪口を言いまくった穴井夕子みたいな存在(もっと言っちゃえばチェッカーズの高杢とかね)が将来的にハロプロから出てくるのではないかということだ。
恐いのは「夢を壊されるから」というのも理由のひとつだが、この番組での発言のようなさまざまな傍証から類推したメンバー感の心情などが、大ハズレであることを証明されるのがイヤだからである。
もちろん、後世の暴露的な発言も一要素にすぎないことは確かだが、強力な反証であることもまた間違いないのだから。
……などと書きつつ、紺野の回はじっくり見てしまいましたよ。「ミュージカル『モーニングタウン』の練習が『第二の合宿』のようで、そこで得るものがあった」、「そのときに後藤真希とよく一緒にいたので憧れた」っていうコメントはいいねえ。
まんま「娘。物語」の題材になりうるよ。
その点、高橋愛はエースだからそんなにコンプレックスとかないんだろうし、探せない。
・「キッズ新ユニット」
今のところ何とも言えない。ただ、一昨年の大改変発表時にいちばん話題にならなかった部分(キッズ)で勝負してきているのは意外だった。「もういい曲は既存のタレントやユニットに回ってこないのでは」という予想には私も同意する。
「ミニモニ。」の大当たりでハロプロ全体がジャリ路線になった、ということをよく耳にするけど、そのわりには今まで「ミニモニ。」のコンセプトを引き継いだようなキッズユニットが出てきていないのが個人的には面白いと思う。
それと、いろんな人の卒業騒ぎと関連して言うと、キッズは今後も入れ替わりがあるらしいんだけど、まったく浮上してこない裏のドラマがあると思うわ。お母さん方も必死になってやってると思うし。キッズのお母さん方同士の冷たい戦争とかありそう。
「キッズのママ物語」とかマンガにしたら面白そうだ(以下あらすじ)。ハロプロキッズの○○ちゃんのママは、いつもドジばかりして、キッズのママグループのボス的存在からダメ出しされることに。
トイレで泣いていると、そこにいたのは○○(だれのお母さんが東京に出てきてるか知らないけど、とりあえず「娘。」のだれか)のママであった。
「自分らしさを出せばいいのよ」と、そのママはいった。感動するドジっ子お母さん
。以下略。
・「T・W・O」松浦亜弥
松浦亜弥のセカンドアルバム。サードが出ているのに今頃になってセカンドを聞いているわけですが、その理由はこのアルバムに「ナビが壊れた王子様(LOVE CHANCE)」という歌が収録されていて、そのタイトルから「自分が王子様だと思って憧れていたボーイフレンドとドライブに行ったら、ナビが壊れて大慌てになりカッコいいと思っていたイメージが崩れてしまった。でもそんなところもちょっと人間的でカワイイわ、ウフ」みたいな曲だと思い込んでいたからなのだった。
で、それはそれでいいんだが、ずっと前に名前忘れたけどしゃがれ声の女バイオリンニストいるでしょ、あいつが「クルマの助手席に乗っていて、運転している男が運転がヘタだと『ケッ』とバカにする」と「ごきげんよう」で発言していたからだ。
これはどう考えてもいわゆる「成田離婚」的な感性である。
なんか「ナビが壊れた王子様」と聞くと、あのバイオリンニストの人を見下したようなツラが浮かんできて、聞く気がなくなったのである。
こうなると、我ながらノイローゼである。
実際に聞いた曲は、聞く前の印象とはまったく逆の、これ以上ないというくらい70年代的少女マンガ感性に溢れた曲であった。アルバム最後の「元彼」もそうだが、こういう、いまどきの女の子ですら読まないような少女マンガ的な歌詞をぬけぬけと描いてしまうつんく♂の「少女マンガ的引き出し」には恐いものすら感じる。
(04.0116)
【アニメ】・「わがままフェアリー ミルモでポン! ごおるでん」第12話「カエデレラ姫物語」(2004、テレビ東京)
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ミモモショップのクモモが語るおとぎ話。
カエデレラ(楓)は、意地悪なお姉さん(安純)にこき使われるかわいそうな毎日。お城の舞踏会へ行くことができずに落ちこんでいた。そんなとき、ヤカンの妖精ミルモが出現。ミルモの魔法により美しいドレスを着せてもらったカエデレラは、舞踏会でユウキ王子と楽しい時間をすごすが……。
妖精以外のキャラクターもみんな三頭身になっていてとてもカワイイ。お話は、いろんなおとぎ話が混ざり込んで「シンデレラ」からどんどん横道にそれていくという、ある意味定番。
(04.0116)
【アニメ】・「わがままフェアリー ミルモでポン! ごおるでん」第13話「育て! ワルモキッズ」(2004、テレビ東京)
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自分たちが楓を倒せないのは、たよりになる部下がいないからだと考えたワルモ団(かつての部下・ヤシチはすでに裏切って人間の味方になっている)。そして、ようやく見つけた新人たちとは、なんと妖精幼稚園の園児たちだった。
まあこれといってどうこう言う回ではないんだが、妖精の幼稚園児たちが人間界で暴れ回っているところにちょうど高価そうなツボを運んでいる人たちがいて……というベタな展開には思わず笑ってしまった。そんな回。
(04.0116)
「つれづれなるマンガ感想文」1月前半
「つれづれなるマンガ感想文」2月前半
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