1999年
6月30日(水)
大藪春彦は今まで「飢狼の弾痕」というトンデモ小説しか読んだことがなかったので、
タフで非常な主人公・伊達邦彦が、「犯罪は引き合う」という信念のもと、
1作目「野獣死すべし」を読んで驚いたのは、一貫した筋がないこと。
銃や車の描写も丁寧だが、これはよく指摘されているとおり。
「野獣死すべし 復讐編」は前作の続編。
こちらの方がまだ前作より「お話で読ませる」感じではある。
私は個人的に大藪春彦の作品そのものよりも、大藪が読者や後続の作家に与えた影響がどんなものだったかに興味がある。
たとえば大藪が徹底した「孤独な」主人公の生活や訓練の描写は、日々しがらみの中で生きている読者に妙な爽快感をもたらしただろうし、「ハードボイルド」という文脈の中で、大藪作品がどのようにとらえられていったのかも考えると興味深い。
私が知るかぎり(というか大藪春彦については何も知らないに等しい)、平井和正が作品のあとがきで大藪春彦のすばらしさを讃えていたのが印象に残っている。
なにしろ出てくる「敵」はある程度のリアリティを持っているが、それに対抗するのが不死身の狼男というんだから、そこには「おかしみ」が出てくる。
なお「野獣死すべし 渡米編」は、渡米した伊達邦彦がマイク・ハマーや
フィリップ・マーロウ、リュウ・アーチャーなどのおなじみのハードボイルド探偵と
一戦交えるという話だが、パロディにしてもデキが悪すぎる。
解説は、こちらのアタマが悪いのか何を書いているのかよくわからなかった。
「風太郎……」は、買っておかないと後で探すのに苦労しそうだと思ったから。
6月24日(木)
今日は休み。ひどく蒸し暑い。
「19BOX」は、ボーイッシュなおねーちゃんヴォーカルと男数人編成のバンドで、その手の音楽に私はまったく不案内なのでミもフタもない形容をすれば「ビーナス」(「キッスは目にして」の方)みたいなバンドである。
あ、「キャンディ」っつっても原田真二の方ぢゃないよ。
さらに、「Eri」を久しぶりに見た。
「Eri」はむかーし、「森下恵理」という名前でアイドルしていた。
がんばってほしい。でもあのマユゲ、吉と出るか凶と出るか……。
でもここに書くと気にする人とかいるんで、どう表現したらいいのか困っちゃいますね。
……って書かなきゃイイんだけど。
6月22日(火)
ひみつ商店の近くに、謎の健康器具の店が開店。
……開店、っちゅーか8月下旬までしかやらないそうだ。
このテのものをすべてアヤシイとは言わないが。単なる私の印象です。
また、近所にはコンビニができた。
ところが、この「旧コンビニ」から100メートルほど離れた、ウチの斜め前の珈●館と隣の寿司屋がなくなってしまった。
「ゆうれい小僧がやってきた!」ですよ。投げ技の威力も半減だーっ!
とにかく合体して、今ここに「新コンビニ」となって生まれ変わりしもの也。
……で近所の飯屋はその開店が当然オモシロクナイし、「旧コンビニ」は言わずもがな。一方、飯などを売ってないところは「対岸の火事」だったりして渡世のシビアさをワタクシ「店員」なりにボケーと見ていたところ、
意外にも新コンビニ、「大盛況」とはならじ。これでは奥まったところにある「旧コンビニ」の地位はいささかも揺るがないのではないか。まあ揺るがなくてかまわんが。
コンビニってのは何でも揃ってれば(それと似たような店が近くになけりゃ)流行る、と田舎のソボクな高校生(好きなタレントが藤原紀香で、拾った金でAV借りるような)のようにピュアに考えていた私は、そこに大きな衝撃を覚えました。
やはりダイエーのトップが交替したのはこんな私の考えがすでに古いことを象徴しているのでしょうか。
まぁ実際、私の立場上あそこで買い物するわけにはいかんよ。隣に私の親父の若い頃からやってる店あんだから。
でも「ガクラン八年組」の2巻はそこで買ったけどね。ラッキー。しかも「ポケモン」のラッキー。
6月20日(日)
人間焦ると何やるかわからんね。
仕事場(店)で休み時間に読もうと、手提げカバンに「コロコロコミック7月号」と「アストロ球団」を
夜、力学(ちから・まなぶ)(WAIスタ影のメンバー)と会う。
……腹痛は完全に治ったようだ。
やはり科学が勝った!? コーラ戦争に勝った!?(意味はなし)
6月19日(土)
ますます雨がジメジメと降る。
6月18日(金)
昨日は猛暑、今日は中途半端な雨のソボ降る実にイヤ〜な陽気。
金がそろそろなくなってきたので、買おうかどうしようかずっと悩んでいた「アイアンマッスル」全3巻(大都社)、
古本屋にまとめて出る可能性があるかも考えたのだが、大都社版の永井豪シリーズは以外に古書店にあまり出ておらず(注:私の印象)、出ていても「ガンダム」、「ダンバイン」などのサンライズ系コミカライズ(池原しげととかが描いているやつね)だったりする。
一方のメディアファクトリーのシリーズも、比較的マイナー作品が多いため、アニメになってる「ドロロンえん魔くん」とバイオレンスジャックがらみの「ガクエン退屈男」はともかく、サクッと絶版になってしまうようなイヤな予感もするので、思いきって買ってしまった。
もっとも、全巻揃いで出ていた「まいっちんぐマチ子先生」が、古書価格にも関わらず全巻で4000円以上したり。
「ガクラン八年組」(2)、「レッツラゴン」、「聖徳太子(ふくしま政美の)」、「エイリアン9」(2)、「キューティハニー エンサイクロペディア」、「石川賢の画集」、それに石ノ森章太郎のモロモロ(とくに「鉄面探偵ゲン」)、欲しいのだが大人の自制心を持ってガマンしました。
あ、「ジャイアント台風」が朝日ソノラマから復刊。当然どこからか出るだろう、と思っていたが出てよかった。
CDもマイク・ヴァン・ダイクとサージオンとかが欲しい。あとどうでもよさげなポップスも。
もう、今月は本買いませんや。マジでマンガに埋まって死ぬよ。
6月17日(木)
次回のコミティアに参加申し込み。
夜、WAIスタメンバーの吉田等に連絡。
あ、あと「たの午後」については文字部分のネタ出しがメンドクサイので、どの程度吉田等におんぶにだっこできるか実験したい気分(笑)。
なんにしろ、サンシャインクリエイション合わせの新刊をきちんとつくらなきゃね。
「アストロ球団」の3巻、買いに行ったらまだ売っていなかった。
6月16日(水)
「リングにかけろ」(車田正美)を、ワイド版の単行本で全15巻すべて読み終える。
古書店で買ってきて読んでみた。
周到な計画と大胆な行動によって大金強奪を実行していくというもの。
いや、あることはあるのだが、巧妙なプロットを読ませていくというよりも、伊達邦彦の理念と行動を丹念に追っていくところにウェートがある。
あまりにも大雑把な言い方だが「ジュンブンガク」な構成って感じ。
また、伊達邦彦のような「冷徹で、それでいてイデオロギッシュな犯罪者」がどのようにして生まれたのか、彼の半生が克明に描かれていたのが面白かった。
前作で語られた伊達邦彦の過去……外地にいた際、父親が会社を乗っ取られたことから話をふくらませ、その乗っ取った男の息子と自分の妹が恋愛関係になったことをきっかけに、伊達邦彦が復讐計画を推し進めていく。
だがそれも「ものすごく奇抜なやり方」で乗っ取りを進めるでなし、「伊達邦彦の理念と行動」を追っていったことに変わりはない。
有り体に言ってしまえば「アダルトウルフガイ」は、大藪春彦作品へのオマージュ、
結果的にはパロディになっていると言えなくもない。
私自身、「夜と月と狼」は、何も知らずに読んだため「不死身のウルフ」というのが「たとえ」だと思っていたら本当に文字通り「不死身」だったので驚いた記憶がある。
なんだか小説のパロディとマンガのパロディ(同人誌的な)について思いをはせたくなる作品。
「果てしなき流れの果てに」小松左京(ハルキ文庫)、
「痾(あ)」、「あいにくの雨で」摩耶雄高(講談社)などを買う。
「果てしなき……」は今まで読んだことがなかった。日本SFには疎いんだが、何かと本作の名が吉田等との話題に上るのが業腹だったから。
しかし海外SFをまったく読まない吉田等ははっきり言って人生の半分は損してる。
SFファンならね。
もっとも、私も最近SFは読んでないけどね。
午前中、再放送の「西部警察」をナニゲに見ていたら、なんと「19BOX(ジュークボックス)」というものすごく懐かしいバンドが出演していた。
「キャンディ」とかいう歌だけが異様にキャッチーで、今でも覚えている。
私が見たのはラスト近く、ライブハウスで歌う19BOXを見る大門軍団がバンドに乱入、みんなで仲良く演奏大会をやるシーンであった。泣けてくるのう。
まゆげそっちゃって、「ひからびた酒井真紀」みたいになっていて驚いた。
もともとアイドルっぽくない大人っぽい顔立ちとスタイルをしており、自分の歌う歌にも思うところあったみたいなので数年前ガール・ポップの歌い手として再デビュー(なのか?)してきたときには「さもありなん」と思ったものでした。
やはり科学の勝利は偽りだったのか。
もともと魚屋だかお総菜屋だかがあったところに、椅子を並べ、
健康器具の効能を力説し売りさばく、ってえ寸法らしい。
年中おねーちゃんが呼び込みしてる。
これがかなりツクッテル感じで元気がよく、……正直言って、
アヤシイ。
今までは、通りのかなり奥まったところに某コンビニがあり、ここが
「コンビニ溢れ返り状態」の都内商店街や住宅街と違い、たまたま通りで1件しかないコンビニだったので、
今まで「西部劇に出てくる1件しかないよろず屋」的な特権的地位にいたわけである。
珈●館は斜め前にあるプ●ントとの競合に敗れたのかと思ったら、プ●ントもなくなった。現在、ドトールだけがキッチャ店(日本語を豊かにしていた死語)として残っている。
寿司屋の方は、「茶月」に負けた、と見られてもしかたあるまい。「茶月」、わりとおいしいもん。
……ってなわけで、珈●館と寿司屋は合体し、合体つったらあれだ、ほら、
で、「イマイチ」なのは何でかというと「品ぞろいに魅力がない」という意見を数人から聞いた。
またマンガ買ってしまいましたよ。
大赤字じゃなくて、大大赤字ですわ。
入れてウロウロしたが、これはやりすぎだった。
だって重いから。
ちょろっと飲むが、何を話したかまったく記憶がない。
ただし、マッチのドラマ「ドン・ウォリー!」のあまりの人気のなさに同情し(私はわりと好きだったから)、カラオケボックスでマスケラのオープニングテーマと、マッチの歌うエンディングテーマを歌って力学(ちから・まなぶ)に呆れられた記憶はあるのだった。
「呪い」ではないかと思っていたが、その後医者に行き、薬をもらい、飲んだらだんだん治っていった。
つまり、科学が勝利したということだ。
暑いよりはいいのか……。
昨日「もう本は買わない」などと言いつつ、いろんな本を買ってしまいましたよ。
おかげで今月赤字だにゃ。
メディアファクトリーから出た永井豪の過去作品の単行本を数冊買ってしまう。
あ、あと「アストロ球団」の3巻も。
まぁ仕方なくその値段になっているんだろうとは思うが、チョット高すぎる……。
メディアファクトリーの豪ちゃん単行本は500円でお釣りが来る。予想で「680円?」とか無根拠に思っていましたが、リーズナブルなお値段。
私は「ワイド版」で持っているんですが雑事にまぎれてまだ手を付けられず。
だいぶ前に出たハードフロアーも私買ってませんので。
卓球のDJのヤツも買い忘れてる。
27日(日)の「サンシャインクリエイション4」のカタログを買う。
パラパラッと見たが「ラブひな」のエロパロで「エロひな」ってのには笑った。
次号の「たの午後」はやはりコミティアの方に合わせることになりそう。
……ってことはコミケに委託させていただくとしても、次回サンクリ時点での新刊を持ち越すか、どうしても新刊の要望が数人からあれば、新田&滑川でつくることになろう。
吉田等は、基本的にコミケに興味ないからね。
ジェットアッパー!!
J E T
ハリケーン・ボルトォーッ!!
その後もおれのコスモは燃え上がり、「実録! 神輪会」(1983、集英社)まで読みました。
やっぱり「リンかけ」は、「名前だけあって何の説明もない」スーパー・ブローがスゴイね。
それがいいんですけどね。
6月15日(火)
救急戦隊ゴーゴーV:「マトイの花嫁候補」
常に危険がつきまとう自分に近づかせたくないため、きつく叱ってしまうマトイであったが……という内容。
映像は基本的に扱わないということと、こんなのまで含めていったら「SFおしかけ女房」を追いかけるだけで一生が終わってしまうので、日記に書くだけにしておきます。
オチは連続ドラマの1エピソードとしてはよくできていたと思います。
6月14日(月)
腹、痛ーい。ぜんぜんなおんねー。
現在やっている作業:
いちおうオリキャラが出てきて「マンガの描き方」についてホラを吹きまくるという話にしようと思ってんですけど。8ページくらいで。
……こういうふうに宣言しとかないと描かないんで自分を追いつめるために書いてみました。
6月12日(土)
昨日の日記もダウナーで、自分で呆れたね。
これには以下の理由が考えられる。
私はよく冗談交じりに自分のヤバい状況をおもしろおかしく書くが、それは当然状況を変える何の効果もありません。
昨日は、気晴らしに中野のまんだらけに行き、「愛と誠」の全16巻のところをバラで11巻までを買うか、「包丁人味平」の文庫版全巻そろいを3000円で買うか、「ゴッドサイダー」を全巻揃い3000円を買うか悩んでいたら、「近所の絶対会いたくないヤツ」がいるのを目撃。
とるものもとりあえず逃げ出した。
余談だが、コイツとはごく最近土曜の午後にも近所で遭遇したことがある。
6月11日(金)
今日も休み。週休二日だ! ザマーミロ宇宙!! そして銀河!!!
また「マンガを読み倒そう」と思ったが、1、2冊読んで飽きてきた。
よく熱血ドラマなどで、「あいつよく飽きねーなー……もうかれこれ3日だぜ……」とか、ものすごく辛い練習のときに「あいつ……笑ってやがる……」なんてえのがありますが、私はイヤです。飽きます。
子供の頃、マンガばかり読んでいたでしょ。
また前述の熱血ドラマなどを見て、「そうか、おれってマンガが好きで好きでたまらないんだ」と思い、
でもちょっと漫研に入ったり、コミケに顔出したりすると気づくんですよ。
そして、自分の「好き」の気持ちは、実は計量可能で、さらに「それほど大きくない」っていうことに気づくんだね。
そうすると、とたんに世の中は芝居の書き割りのようにしか見えなくなり、読んでいるマンガも印刷の点の集積にしか見えなくなる。
……こんな話を思い出す。
そして、自分が「シュッシュッ、ポッポッ」とSLのマネをはじめる。
3人はSLごっこのまま外へ繰り出す。そして走り続けるが、最後尾のバカボンが転んで走れなくなってしまう。
そのときめんたまつながりのおまわりさんは言う、
かくしてバカボンパパとおまわりさんは彼岸へ。そしてバカボンは現世に取り残される。
「飽きる」ってのはある意味このバカボンでしょ。
……などとやっていたら日が暮れましたよ。
ジャンプの愛読者賞に車田正美が描いたセルフ・パロディっスね。
でもどれでもそうってんじゃなくて、いちおう説明の付いているスーパー・ブローに
混ざって「説明のない」パンチがあるから、読み返すとそれほどヘンな感じはしないんだけど。
ギリシア十二神のパンチなんて、ほとんど何の説明もないもん。
ゴーゴーVのリーダー・マトイと知り合った小学生エリカは、マトイの花嫁きどりで自宅におしかけてくる。
・「ぶっとびマンガ大作戦 Vol.2」>次回のサンクリへ向けて。
・マンガ描きますよまた。次回のコミティアへ向けて。
いちおう「キジでも描けるマンガスクール(愛称「かけスク」)」……っていうのを考えてんですけど。
あ、「サルまん」のパロディじゃないです。
腹の具合がおかしく、体調最悪。
・昨日、宇宙や銀河に対して「ザマーミロ!」と言ったのでその呪い
・昨日、脳波をはかりにいくのをサボったので、脳波検査係のおばちゃんが
「波(は)」をおれの脳に送り込んできた。
・コーヒーの飲み過ぎ。
・おれの死期がせまっている。
もう「まんだらけ」すら安住の地ではナイ。
3、4年まったく会わなかったのに土曜と金曜に会う、ということは、「こいつ、シゴトやめてブラブラしてんじゃねーか」とも予想しましたが、他人のことにかまっている余裕もないので忘れます。ハイ。
……でもなんか腹痛ーい……。どうしよう……。
そうすると「この子はマンガが好きで好きで……」などと親や先生や友達に認証される。
そしてまた「どんなものでも好きになるのは、打ち込むことはいいことだ」と、「好きであること」をセンゴミンシュシュギ的に肯定されれば、晴れ晴れとした気になるし、世の中とシンクロした気分でいられますよね。
(あ、私はマンガを読むことに関しては止められたりけなされたりした経験がほとんどナイんで。それはありがたかったよね)
「自分よりマンガがもっともっともっと好きなヤツがいる」って。
アニメ「元祖天才バカボン」のある回で、なぜかその回だけ「めんたまつながりのおまわりさん」がSLマニアだということになっている。
そして、ものすごく精巧なSLの模型を交番に飾り、いつも磨いている。
そこへバカボンパパとバカボンがあらわれ、なんじゃかんじゃあるうちにそのSL模型が壊れてしまう(この辺記憶アイマイ)。
すると、めんたまつながりのおまわりさんも精神が壊れてしまう。
喜んでマネするバカボンパパとバカボン。
3人はつながってSLごっこをする。
「三重連だ。」とおまわりさんが言う。なんかSLを3つつなげると「三重連」って言うの? 知らないけど。
バカボン「うえーん、痛いよ」(このままでは走れない)
「こいつはもう走れない。二重連で行くぞ!」(大意)
そんなしんみりを思い出す、「飽きる」ということについて。
さて。
約1年前にブッ倒れて、自分の脳の輪切り写真まで撮り、年数回脳波をはかり、毎日薬を常用するという生活を送ってきた。
今日行く予定だったが、めんどくさいのでいいかげんヤメた。
この病院、「日本一患者が多い」ところらしい。
救急車で運ばれたのがココだったので、そのままずっと通っていたけど、とにかく働いている人全員がメチャクチャ忙しそうである。
そして、何かの手違いでモメているシーンを行くたびに目撃していた。
あるいは部署単位で忘年会するか。
あ、何でそんなこと考えるかってーと、医者、なんだか制服の違う数種類の看護婦さんから、事務の人々、清掃する人々、レントゲンの技師などを合わせるとかなり多様な職種が「KO大学病院」におさまっているように感じていたから。
素朴なギモンにだれか答えて下さい。
まあどうでもいいよ。でも医者と脳波検査の方で連絡がぜんぜんとれてなくて、医者が「2カ月以上先の検査予約はできない」ってことを知らなかったりすんだよ。
だから医者に診察してもらう時間が押して脳波の予約時間に遅れてしまったときに、
検査のオバチャンに頭ごなしに怒られたのを私はいまだにネにもっている。
地獄地震後の関東において、アソコは「ハヤトの校舎」と名付けてならず者の根拠地とする計画を私は立てています。
6月10日(木)
今日は休み。マンガをむさぼり読もうと思ったが、午前中少し布団を干しただけで世の中すべてがイヤになり、中止、中止!
……と言いつつ、「チャンプのディナー」 W・ウッド、関たかみ(1987、集英社)と
「どんがら三銃士」 永井豪(1976、1999、集英社)
「極道おとこ塾」(1)(2) 三田武詩、宮田淳一(1991、芳文社)
「男! 日本海」(1) 玄 太郎(1995、日本文芸社)
などを読む。
「チャンプ……」はグルメマンガの中でもZ級作品として一部? では有名なシロモノ。
あ、あとコロコロ、ボンボンも読んだ。
6月9日(水)
突然思い出したんだけど、会社などで趣味のことにケチ付けられるのが私は異常なまでにキライです。
「お互いにかなり詳しい場合の、趣味上のポリシーの違い」
上司の場合、反論もできないし。なまじ似たような趣味の場合、かえってストレスがたまる。
ちなみにかつて私が好きで上司がキライだったものは、
私が興味なくて(キライではない)、上司が好きだったものは、
一緒にいるあいだじゅうチクチク趣味のことを批判されて、それを仕事のデキに結びつけられていたから、スゴイ苦痛でした。
友人同士でも、むかしは「みんなが好きだから(嫌っているから)自分も合わせなきゃ」と思ってましたが、いまさらそんなことで友達ができたり減ったりするとも
思えないし、好きは好き、キライはキライで通してますよ。
私は爆笑問題キライじゃないです。「EAST END&YURI」も、条件つきだけどキライじゃない。アニメ絵美少女サイコー。
6月8日(火)
仕事帰りに、「売れているから」という理由で「もてない男」(ちくま新書)を買う。
あ、それと「興味ない」っつってももしナニがアレでソレならいつでも受け付けます(笑)
さらに古書店にて「野獣死すべし」(光文社文庫)、「ネオ山口組の野望」(角川文庫)、SF「孔雀王」山田正紀(角川文庫)を買う。
読むのは積ん読が多いから、10年後くらいの予定。
しかしなんつーラインナップか。これではやくざ映画によく出てくる
「やくざに憧れながらも何をやってもダメで、けっきょく利用されて死んでいく青年」
ではないか。
あ、別に私暴力団に憧れているわけではありませんので。
いかん、ますます退行してる。
夜、何も食わないつもりで、買い置きのカンチューハイだけ飲んで眠ろうと思ったが、「飲めば飲むほど腹が減る」(BY酔拳)ので、目玉焼きとちくわと食パンを食った。
「食前酒」ってのにも根拠があるんですな。食欲を増進させるという。川島なお美、ダテじゃないね。
あ、あと昔原田知代が「いいとも」で
「酔っぱらうと食べ過ぎで翌日苦しくなっちゃう」
と言ってたのも印象的。うん、ボクもそういうことあるある! っていう感じ。
さらに「いいとも」では、少女隊時代、メンバーのトモが出演、
「最近、食べ過ぎで苦しくなるまで食べて全部吐いちゃったりするんですよ」
おいおい、そりゃなんかストレスだろ! だいじょうぶか?
さらにさらに「いいとも」では、「グレチキのカワイイ顔した方」が
「1日1食。朝、マックで食うだけ」
って言ってた。おまえもストレスか?
とにかく、ムダに酔っぱらって太るのはイヤだ。
療養生活です。はい。
6月6日(日)
「祝祭」(小学館文庫)を読む。
何年か前の、サッカーのワールドカップのリポート。
私はサッカーにほぼ何の興味もない。
「作者の名前が私の本名と同じだから」
という異常なまでに無意味な理由であった。
「メキシコのプロレス会場ではしょっぱい試合に観客がウンコを投げる」
というところだけ勉強になりました。
6月5日(土)
約1カ月ぶりに力学(ちから・まなぶ)(WAIスタ影のメンバー)と会う。
しばらく何の連絡も取り合っていなかったので、私の想像では
「別荘で療養していたとき、近くの海岸で犬と散歩している美少女と出会う。
「どうしましたか?」<力学(ちから・まなぶ)
「ありがとうございました。……絵を……お描きになるんですね?」
……というようなことになっているかと思ったら、何もなかったみたい。
「クイズ王西村主演で、ドラマをつくったらどうか」
他に、「どちらが交友関係が狭いか」
6月2日(木)
同人誌「ぶっとびマンガ大作戦Vol.2」のためもあり、マンガ読書。
私が行っていたのはKO大学病院とかいう、こないだ内臓の移植手術が行われたところだ。
あと関係ないが、行くたびに「ここの忘年会って、どうやるんだろ」とか考えていた。
そういうことはまったくやらないのか。それとも、パーティみたいのがあるのか(ねーか)。
そうすっと、ぜったい「あそこの部署はダメだ」とかって話が出るんだろうな、とか。
事務系のヒトも看護婦さんナンパすんの?(その逆も有り?)
それと検査の時間も知らない。医者が。
激レアグルーヴらしい。
「どんがら……」は小学校低学年向けの民話に材をとったアクションもの。
「カワイイえん魔くん」と言ったところか。
まあ相手が「何もわかっていない」場合、あるいは「何をどうきらいで、何が好きか」が把握できている場合、または「気心が知れている場合」はこのかぎりではないですが。
……が、はっきり言って死ぬほど苦痛でした。
「トンデモ本の世界」、「ヒップホップ」、「テクノ」、「野望の王国」
でした。
「森高千里」、「吉本隆明」、「アンプラグド」
などがありましたな。
今はもうやめちゃったから知らな〜い。キャハハハハハ。
同人誌バンザイ。アキハバラ電脳組ウットリ。板垣恵介版「飢狼伝」大好き。
もはや文学論にも哲学にも、ましてやもてるかもてないか、ということにもあんまし興味ないんだけど、
そこを「興味ない」って言ってるとまた変わり者扱いされるので、免罪符的に本買ったりして。チキンなオレ。
こう書いておかないとつかめる運も逃げていくからねえ。
あの川谷拓三がよくやってた役どころ。
マジンガーZとかには憧れるけど。強いから。大きいから……。
でも「だん吉さんの自分への応援VTR」を過去抹殺のために放映させなかったってのはホントかね。
やはり過去に世話になった人間はたいせつにしなきゃイカンよ。
(その後、「こどちゃ」で声優をやるなどふつーにしてるらしいが)
それとも「飯はスナックと炭酸ジュース、ジャンクフードが肉と骨だ!」
を実践しているとか?
だいたい、1年前にぶったおれてから、もうそんな酒飲めないんですよ。
「そんなこと言いながら、飲んでる」っつってどっかで酒勧められると困るんで書いておきますけど、脳波はかったりいろいろたいへんな病気? だったので、現在(っていうか一生)
読んだ理由は、
だけど、
最初はただすれ違っていただけだったが、ある日美少女がうずくまって苦しんでいる。
「ううう、持病のシャクが……」<美少女
介抱し、近くの自分の家に連れていく。
そこには、力学(ちから・まなぶ)の描いた絵があちこちに飾ってあった。
まだ描きかけのキャンバスもある。
「ええ、まあ……ほんの退屈しのぎですが」
「そんなことないわ。素敵な絵です……それに」
「それに?」
「なんだかとても悲しい絵……」
ってな会話を続けるうちに、いつしか二人はお互いを意識しあうのであった。
だいたい、力学(ちから・まなぶ)は別荘持ってねーし。
絵も描かないしな。
って話を一生懸命したら、
イヤな顔してました。
を競り合う。
ムナシイ。
読んだ作品は、
松田一輝
である。
今は大傑作であるということだけ書いておこう。
掛け値ナシの「ぶっとびマンガ永久欠番作品」である。
6月1日(火)
親が風邪をひき、
コミケにも落選した。
もうだれも愛せない。
なんかの本で、マンガ編集者のインタビューを読む。
おまけに手違いで届けられていなかったコミックビームのメール「マンスリー・コミックビーム」が3通も届き、その中でも似たような話。参った。
私も業界誌(工場機械の)の編集のしっぽくらいにはいたことがあるので、編集者の言い分のハシっこくらいはわかるつもりである。
まあプロもなにも、超ヘタクソならくがきをダラダラと描いている私には
何の関係もないことなんだが、常に表現者というのは「傲慢」で、それを採用する側は「商品価値」を求めてくる。
けっきょく「売れりゃ勝ち」ってコトにしときゃいいんじゃないの?
そして「プロの心構え」は、逆に「アマチュアとは何か」を規定する重要なポイントとなる。
あら、書いているうちに何やら創造的な思考になってきたぞ(笑)。
編集者が「同人誌に否定的」というのはまあ当然と言えば当然で、それについてはいずれ詳述したいが、じゃあ何十万という本当に、どうしようもない、目障りな、最悪のものだけが同人誌として毎日まいにち印刷され続けているのかというと、
「な〜んか違うんだよなぁ(愚地独歩調)」と思う今日この頃である。
あるいは、マンガの編集者として、つくり手として一般的に名が知られているヒトも少ない。
しかし「そういうヒトがもっといてもいい」と思うのは、外側から見て「どのように製作されているのか不明瞭だということ」が理由のひとつ。
少年ナントカのナニガシという作品は、ストーリーをぜんぶ編集者がつくってる、
なんてウワサが出るにも関わらず、製作工程はブラックボックスだ。
もうひとつは、「モノを創る」ということを、横断的に見て論評できるヒトが非常に少ないということ。
一方の言い分だけ聞いていると、どこか隔靴掻痒の感が否めないのだ。
本当にすごい。すごすぎる。
この作品を今まで読んでいなかった自分を恥じる。おれのバカ!
私もなんだか中途半端な風邪をひき、
いくら飯を減らしても痩せず、
それでまたダークになった。
それでなおダークになるのは、ほとんどの編集者が
・「自分を表現するだけではプロにはなれない」
・同人誌に否定的
という単純な発言をするからだ。
いいかげんうんざりしてきた。
……という図式がえんえんと続くので、いささかヘキエキしてきたということ。
いやいや、早まっちゃいけない>自分
つまり、「自己を表現する」ということと、「マンガとして売れる、面白いマンガを描く」ということは別問題だということに、「同人誌とは何か」という問題がそのままリンクしてくることに注目したい。
思えば、都築道夫、横溝正史、司馬遼太郎など、編集者・記者から作家になった人はいるのに、マンガの編集者からマンガ家になった人というのは聞いたことがない。
せいぜい「ガロ」のヒト(名前忘れた)、「ジャンプ」の西村繁夫、「スピリッツ」の白井サンとかいう人、くらいではなかろうかと思う。
もちろん、一般論からすれば、裏方が出しゃばる必要もないことだ。
まあ映画でもアニメでも似たようなもんだとは思うが。
編集者も、マンガ家も経験してマンガ評論家になったら最強だと思うのだが。
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