つれづれなるマンガ感想文9月前半

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「つれづれなるマンガ感想文」8月後半
「つれづれなるマンガ感想文」9月後半
一気に下まで行きたい



・「ヨーデル王子」 おおひなたごう(1997、イースト・プレス)
・「特命リサーチ200X」 中村修、幡地英明(1998、日本テレビ)
・「雀鬼飛龍伝」 志村裕次、みやぞえ郁雄(1985、グリーンアロー出版社)
・「女子高生隷奴」 荒井海鑑(1999、松文館)
・「パチンカーワールド」10月2日号(白夜書房)
・「別冊コロコロSpecial10月号」
・「正しい課外授業」 毛野楊太郎(1999、コスミックインターナショナル)
・「いっぱい出したネ▽」 毛野楊太郎(1999、富士見出版)

・「横浜ドロップ・アウト」(1)〜(3)以下続刊? 雄樹慶(1989〜90、ヒット出版)
・「ザ・ウルトラマン」(3) 内山まもる(1998、双葉社)
・「スモール・ソルジャーズ」 上山道郎(1999、小学館)
・「まんがでわかる科学万博−つくば85」監修:渡辺茂、作画:二階堂正宏(1985、銀座光雲閣ギャラリー)
・「密教念力 超人となってとべ 金剛界編」 原作:桐山靖雄、画:飯田耕一郎、構成:大塚英志(1989、徳間書店)
・「ハイパーコロコロ 夏号」(1999、小学館)
・「ハイパーコロコロ 春号」(1999、小学館)



・「ヨーデル王子」 おおひなたごう(1997、イースト・プレス)

主に「漫画パチンカー」(白夜書房)に連載された、パチンコをテーマにした8コママンガ集。

特定のキャラクターが何人かいて、お決まりのパターンをつくったりキャラが交錯してギャグになったり、という、なんつーんですか、最近では雑誌に載っているギャグマンガってこういうの多いですよね。そんなフォーマット。

おおひなたごう作品については、「おやつ」(少年チャンピオン連載中)を読んでいただければわかると思うんですが、マンガやドラマ、あるいは現実に「よくあること」を発展させたりヒネったりしてギャグにする……って描くとなんだかぜんぜん普通のマンガみたいですね。違います。すっごく面白いです。

本作は、最後まで「ヨーデル王子」なる人物が出ないところがミソ……ってほどでもないけど、そこら辺から作品の雰囲気をくみとっていただければと思い、あいさつに変えさせていただきます。

それにしてもマンガの刊行点数多すぎ……本作も一昨年出てたなんてぜんぜん知らなかった……。
(99.0914、滑川)



・「特命リサーチ200X」 中村修、幡地英明(1998、日本テレビ)

同名番組のコミカライズ。
もともとこの番組を見ていない私にはわかりにくかった(これは私のせい)。
しかし、想像ではあるが「リサーチ」を面白く見せるためのドラマ仕立てを、そのままマンガにすると「超一流のリサーチャーがひどく当たり前のことを調べている」ことがきわだって妙だ。
幡地英明の絵はウマいが。(99.0913、滑川)



・「雀鬼飛龍伝」 志村裕次、みやぞえ郁雄(1985、グリーンアロー出版社)

伝説の麻雀マンガ「風の雀吾」を描いたみやぞえ郁雄の麻雀マンガなので読んでみたが、
実に普通なマンガだった。
「外伝」がちっとも外伝じゃなくて実質的続編なのが妙。(99.0913、滑川)



・「女子高生隷奴」 荒井海鑑(1999、松文館)

淡々とHした後急転直下の脱力ギャグオチ、というパターンが多い短編集。
好きな展開だがもうちょっとギャグが飛躍していてもいいかな、と思った。
(99.0913、滑川)



・「パチンカーワールド」10月2日号(白夜書房)

・「玉男(たまおとこ)」(原作:尾上龍太郎、劇画:ふくしま政美)

第4話「100万発バトル#2」。
店を閉め切って、たった一人3日間ですべての玉を出しきる、と宣言したカラス
すべての台の釘を読むために店内を疾走する!!
釘の林の中を疾駆する描写には、ほれぼれ。

・「銀の履歴書」(押川雲太郎、監修:大崎一万発)

「第3話 老舗の開店プログループと大倉」。
打ち方をよくわかっていない若造・大倉にいろいろ教えてやろうとする個人営業のパチプロ・松島信二
う〜ん、ここでは主人公・松島はマンガにおける「普通の飄々としたヒーロー」になってしまっている気がする。
ファンタジーとして世知辛い世の中を飄々と渡り歩くアウトローを描くことは何も間違っちゃいないと思う。けれど、本作には「飄々と見えている人間の怖さ、不気味さ、たいへんさ」が描かれるのではないかな、と勝手に期待しているわけでして。
大崎一万発のコラム「パチプロ裏スター列伝」でも、「現場では台の確保が一番大切な作業」って書いてある。自分の居場所を確保する作業。そんなことに思いをはせてみたりする。

・「キクチヒロノリのパチンコカリギュラマシーン」

めちゃくちゃおおざっぱに言って「ナンセンス系ガロノリ」パチンコマンガ。
まったく意味がわからない。でも面白い。信じられないほどのナンセンス。今回はとくに無意味っぷりが炸裂、楽しめた。(99.0908、滑川)



・「別冊コロコロSpecial10月号」

・「爆球連発!! スーパービーダマン」(今賀俊)

「強いヤツとビーダマン勝負をして、リーダーになることでビーダー間に平和をもたらすことを目的とした男」
ビー玉番長登場。得意のメガトンショットはすごい破壊力だ。ヒトのいいビー玉番長は、だまされてタマゴと勝負することになるが……。
アナクロ番長、サイコーである。

・「ゴジラ2000」(脚本:柏原寛司、三村渉、作画:瀧村もんど)

映画のコミカライズの前編。GPN(ゴジラ予知ネット)の主催者、篠田雄二と、その娘イオ(ルリルリに似てる???)。
水爆実験から生まれたゴジラを、「科学の生み出した怪物」ととらえ抹殺しようとする東京危機管理情報局の宮坂四郎と、「核の炎をあびても生き続ける自然の生命力」ととらえる篠田との思想的対立を軸に、暴れ回るゴジラとそれに接近する謎のUFO、そして「千年王国」の謎が今あきらかに……っていういいところで続く。
ゴジラの迫力は充分。

・「カスタムロボ」(こしたてつひろ)

N64のゲーム「カスタムロボ」のコミカライズ、要するに、小さなロボットと人間がシンクロして戦う格闘技・カスタムロボバトルの話。
今回は、本来の勝負の場である「ホロセウムデッキ」から放り出されたコージ=カスタムロボ・レイの戦いを描く。

・「つるピカハゲ丸21」(のむらしんぼ)

実は前回、読みきりかと思ってました(笑)。しかし21世紀も超セコイ、という話は続く。あ、今回は21世紀とはまったく関係がナイ。

・「大道魔術師少年ピエロ」(おぎのひとし)

大道少年ピエロの前にたちはだかる「忠国雑伎団」の鈴鈴……といっても、鈴鈴の芸はすごいのだがまったくウケない。困り果てているところに中国から団長が現れて……というお話。

通常は「東洋VS現代日本」とか「東洋の神秘VS科学」みたいなパターンが多いのに、このマンガでは「少年ピエロ」のルーツには中世っぽい雰囲気がある。で、「東洋(忠国雑伎団)VS西洋」なんですよね。
ただ「メイクもしてないのにあんなことができるなんて……」って言っているから、少年ピエロにはもっとファンタジックな背景があるのかも(どうも途中から読んでいるんでわからないところが多い(汗汗))

何にしても鈴鈴がカワイイので、滑川的にはOK。

・「ダジャレ魔王ジャーレン」(大林かおる)

ツボから出てきてダジャレ勝負を強要する「ジャーレン」を主人公にした読みきりマンガ。作者は「ラジコンボーイ」の大林かおる(最近ギャグに転向)、「ジャーレン」ってのは「出てこいシャザーン風」キャラクター。なんかピエール瀧みたいな顔してるんですけどね。
全編だじゃれの連続のこのくだらなさ、「ゴリポン君」の再来といえよう。読みきりだけど。
(99.0908、滑川)



・「正しい課外授業」 毛野楊太郎(1999、コスミックインターナショナル)
・「いっぱい出したネ▽」 毛野楊太郎(1999、富士見出版)

毛野楊太郎、Hマンガ2題。
まずは「正しい課外授業」

正しい

成年コミック。確か「月刊コーヒーブレイク」連載。
作者あとがきには、「レイプや陵辱とはこんなにヒドいものなんだ!」と読者に後味の悪い思いをさせようとして描いたら、存外にウケてしまった、とある。

このテの陵辱モノや鬼畜系ってのは、「どのくらいが許容範囲か」は読者一人ひとり異なるだろうし、時と場合にもよると思うのでムズカシイところではある。

ところで、滑川にとってHマンガのレビューは非常に書きにくい。コーフンしたり面白いと思っても書けない(言葉が出てこない)ことが多い。

理由はいくつかある。

・評価があまりにも恣意的になりすぎるのではないかという懸念が、頭から離れないこと(だって私がコーフンするから他人がコーフンするとは限らない)。

・ジャンルが細分化された世界なので、どのような位相で語ってイイかよくわからな いこと。

たとえば「人妻モノ」があったとして、それをどう評価すればよいのか。
「人妻不倫ジャンル」の中での位置づけか。
それとも「人妻が不倫すること」に興味のない読者をもひきつける力か。
あるいはまた、欲情するかどうかを別問題とした、マンガの面白さか。
しかし「欲情」のポイントは千差万別だ。
また、「欲情しないけど面白いHマンガ」なるものが存在することができるのか。

・さらに、作品としてはよくできていても、ど〜しても道徳的にガマンできないモノがあること。

だがそう感じた瞬間、それは道徳という公的なモノでもなんでもなく、単なる私の「許容度」でしかないことに気づく。そして私の許容度は単なるレヴェルの問題でしかなくなる。
孤独。
言葉が出なくなる。
……考えれば考えるほどわからない。

だからどうしても、ギャグ的なHマンガのレビューが多い私です。

もっとも何もHに限らず、SF小説や純文学でもどう感想を書いていいかわからないものがあるから、何か感想文の方法論において決定的な知識が滑川に抜けているのかもしれない。

具体的に言うと(あくまでこの場において)、「●●センセの犯し具合ちょーサイコー! これからもどんどん鬼畜なマンガを描いてくださいネ(ハート)」とか、
「2人の行く末が気になる。本当の意味で結ばれてくれれば……と願ってやまない。」とか、
「内容はまったくないけど実用度は抜群! そこの殿方もお試しアレ!」とか書いてもしょーがない、と私が思っている、ということである(どうもピリッとした例が思い浮かばないが、まあそういうこと)。

さて本題。高校教師武内久美は、子供時代レイプされかかったことがトラウマとなり、セックス恐怖症のためいまだに恋人とも結ばれずにいる。久美はアブナイ系の生徒・倉田の奸計により、彼の仲間である望月土門の3人に課外授業中レイプされてしまう。

……でまあその後延々と久美は犯されまくるのだが、レイプや調教にはまったくのシロウト(突然「こいつを犯す!」とか言って始めたんだから当たり前だが)の高校生3人がとまどいながらコトに及んでいく過程において、Hマンガのお約束ではない性知識が開陳されるという妙な構成になっている(「開陳される」と言ったって「アントニオ猪木・談」みたいんじゃなくて、それがストーリーに組み込まれているのだ。)

途中から用務員の朽木(イカニモ危なそうな、暗くて恐い顔をしている男)にまで秘密を知られてしまった久美。朽木はレイプ願望は希薄で、久美を緊縛・調教することに意義を見いだしていた。

その後も幼少の頃のレイプ未遂がフラッシュバックで久美の脳裏に表れて……。

こりゃ確かにヒクよね(汗)。まあ他の人はどーだか知らないが私はヒイた。確かに後味は悪い。

それを救っているのは、ことあるごとにあらわれる「ジャンルパロディ」的なセリフだろう。
強姦され放心状態になった久美に高校生3人が服を着せようとするのだが、

「フツーこーゆーシーンって省略されるとこじゃねーの?」

と言ったりする。

……というか、本作そのものが「女教師調教モノ」のジャンルパロディ
いや、毛野楊太郎の真骨頂はエロ・ジャンルパロディにあり

だから、コレになじめないと物語に没入できなくてイヤだ、という人もいると思う。

なに、ジャンルパロディ?  だったらまだ感想文的に何とかなるかもしれない。

本作の「後味の悪さ」には、やってることの鬼畜外道ぶりもさることながら、逐一解説される「正しい性知識」によって、そのつど読者が物語から引き離される、シラフに戻されるという「いやなかんじ」が含まれている。
こうした方法は、Hマンガに限らず80年代のマンガではよく使われていたが、ヘタをすると「つまらないツッコミで物語を壊してしまう」危険性があるので、こと没入性重視のHマンガでは嫌う人がいるかもしれない。
だがHマンガにおける徹底したジャンルパロディ作家(しかも非常にストーリーテリングのうまい)が、一人くらいいてもいいと私は思っている。

ラスト、朽木が突然あらわれ、高校生3人の調教の方法論があまりに未熟だ、と説教を垂れるシーンには思わず笑ってしまったが、これからまだ続きそうなんだよなー。

朽木が3人組をコーチする展開とかだったら面白いかもしんない、と思うんだけど、それはやっぱり「(鬼畜な行為に)ヒキながら面白いと思う」ってコトだから。恐い話だ……本当に恐い。だって陵辱モノを読むことって、自分の「どの辺までならヒカないか」っていう非情ポイントが明らかになっていく過程でもあるからね。

さてお次は、
「いっぱい出したネ▽」。
いっぱい

(▽はハートマークの代用。)
おバカ系ギャグの短編集。おもに月刊コーヒーブレイク連載。
いちおう統一テーマとしては、ネコ娘、牛娘、ヴァーチャル美少女など「非・人間系」キャラとのH、かな。
途中まではしがないサラリーマンがひょんなことから「非・人間系美少女」とヤルことになる、という連作。
単行本中、「お困りですか? #0:パイロット版」は、女ドラえもん(?)銅鑼美々が、わがままなコギャルの彼女にほとほと困った男・立川のもとに 現れて、渡したモノが
「眼鏡っ娘育成ギブス」というメガネ(笑)。

「これをかければ、どんな腐れコギャルもたちまち内気な眼鏡っ娘に変身」

というアイテム。あとはカレシの立川が「内気な眼鏡っ娘」に変身したカノジョ相手にえんえんと羞恥プレイにいそしむという、……まあコレもジャンルパロですね一種の。

毛野楊太郎は「男が何に欲情するか」、正確に言うと「男がどんなマンガ表現で欲情するか」をメタな視線で描くことが多いんですが、今回もそのバリエです。
いや、笑った笑った。

「内容にピッタリのタイトル思いついたんだけど師匠に悪くて使えないので無題」
(←コレがタイトル)はまさしくそのような内容。だってお話は「ネコじゃないモン!」じゃなくて、「ネコだモン!」(笑)。
ただしよほど時間がなかったのか、絵が荒れている。
「お困りですか? #1β版」も同様。だれかの代原で時間がなかったのか絵もお話もとにかくやっつけ。セルフパロディに終始していて、コレは本当にわかる人にしか
わからないのでいただけません。

「イケないことして▽ Lessen4」(▽はハートマークの代用)も、毛野氏の他作品「アウェイクン」のキャラクターと「イケない……」キャラとのクロスオーバーパロディ。……なのだが、毛野氏の作品を単行本ベースで追っている私は、「イケない」という作品を知らないぞー(笑)。そっちを単行本で出してから載せてほしかった。

#カバー折り返し及び口絵には、IPD(市販のドールに顔描いてつくるオリジナル人形のことだそうな)版亜弓ちゃん(「アウェイクン」のヒロイン)が載っている。
へー、こんなのがあるんだねえ(ドール門外漢の私)

#みんながそう思っていると思うが、毛野楊太郎は矢野健太郎なのか!?
私は「ぜったいそうだ説」をとっているが、いまだに自画像も違うし、「師匠」(つまり矢野健太郎)が別人格で出てきている。
出版社の都合でもないかぎり、名前を変えて別人になりすますのは(もし同一人物だとしたらよ)、アソビとしてもあまり意味がないような気がするなあ……。
だって作風がもーんのすごいよく似てるんだもん。
(99.0907、滑川)



・「横浜ドロップ・アウト」(1)〜(3)以下続刊? 雄樹慶(1989〜90、ヒット出版)

「実録 爆走族」「湘南バトルボーイズ」などの暴走族モノを得意とする雄樹慶(浜連太郎)のダウナー系チンピラマンガ。

「爆走族」が暴走族の頂点の争乱を描き、「バトルボーイズ」が人情コメディといった印象なのに対し、本作は見事なまでにダウナーである。
貧しい母子家庭に育った立浪閃太郎は、ケンカの腕をボクシングに使うことによって高校ボクシング界では一時頂点に立つ。
しかしささいなことでケンカをして、高校を退学してしまう……。
その後露天商として働き、そこでも支えてくれる親方や仲間たちがいたが、母親が借金苦で自殺、悪徳金融になぐり込みをかけ玉砕、バックの暴力団の舎弟となる。

だがその暴力団からも追われる身となり、あげくにその組長の女と関係を持ってしまい、のっぴきならないことになってしまう……。
だが、それでも彼を再びリングに立たせようと努力する仲間の姿があった……。

……というのが3巻まで。続きは謎。だって売ってないから……。
ついついページを繰ってしまう力量はさすがで、ダウナーといってもイヤになって放り出すようなこともなく、閃太郎の復帰を願ってしまう滑川でした。

雄樹慶って、なんつーのか……おそらく一流誌、いやマイナー誌の基準でも素朴すぎる、っていう評価を受けてしまうかもしれないんだけど、だけどやっぱり次々とページをめくってしまう魅力があるんスよね。
こうした魅力を正しく位置づける言葉遣いが、これから模索されると思いますよホント。

なお雄樹慶のプロフィルや他作品については、ムック「マンガ地獄変」に詳しく載ってます。(99.0906、滑川)



・「ザ・ウルトラマン」(3) 内山まもる(1998、双葉社)

今頃読了。むろん「ウルトラマン」のコミカライズ。

「闘え! ウルトラ兄弟」、「1ダースの特攻隊−−対アヌビス」、「ウルトラマンレオ」、「ウルトラマンティガ」収録。
「闘え……」は敵のパイレーツ星人が印象薄。「1ダースの……」には難攻不落の基地にウルトラ兄弟たちが特攻する。「ウルトラマンレオ」は学年誌に連載されたもの、「ウルトラマンティガ」は近年「宇宙船」に載ったよみきり。

テレビシリーズの「ウルトラマン」が好きな人にはこの「ザ・ウルトラマン」があまり好きじゃないということもあると思う。「ウルトラマン」の「神秘性」とはまったく逆ベクトルの展開だからだ。
つまり、敵が強くなりすぎたため、「ウルトラマンたちの総力戦」の様相を呈しているのだ。ここでは「スペシウム光線」すら、兵隊が携帯している銃程度の威力しかない。
しかし、テレビの「ウルトラ兄弟」や「光の国」の設定を突き詰めていった場合、「ザ・ウルトラマン」は当然の発展型と言えなくもない。「一話完結モノ」の可能性として、どうしても「総力戦」ってのがあるんだよね。
「ザ・ウルトラマン」は、その点「子供の見たかったもうひとつのウルトラマン」ではあるのだ。

「ウルトラマンレオ」は、セブンに変身できなくなったダンが比較的クローズアップされていて、テレビシリーズのようなおおとりゲンの修行シーンはあまりない。
最終回まで、「セブン」で引っ張っていっている印象。

「ティガ」は男性隊員の顔が主人公以外似ている……それとイルマとレナが色っぽいのでナイス。
(99.0905、滑川)



・「スモール・ソルジャーズ」 上山道郎(1999、小学館)

ハリウッド映画のコミカライズ。
アメリカのグローボテック社の開発したおもちゃ「コマンドー・エリート」「ゴーゴナイト」は、コンピュータを仕込んで自律的に動く一種のロボットのシリーズ名である。
「コマンドー・エリート」はGIジョーを連想させる軍隊、「ゴーゴナイト」はなんだかわけのわからないモンスター風デザインなヤツらで、「戦う方法」を知らない。そして「ゴーゴナイト」は「コマンドー……」の「やられ役」という設定だった。
その試作品が、日本のおもちゃ屋に届けられる。そこの息子のケンと隣のホームセンター(家庭用品とか売っている店ね)の娘ジュンは、勝手に動き出したゴーゴナイトのアーチャーと友達になるが、同時に動き出し、「ゴーゴナイト狩り」を開始したコマンドー・エリートたちと戦うことになる……。

これ、燃えます。
私は映画は未見で、もともとハリウッド映画の脚本が元になっているからプロットはすごくしっかりしていると思うんですよね。
で、どっからが日本側のアレンジかはわからないんだけど、MTBに乗るケンとインラインローラーを駆るジュンは物語にスピード感を出しているし、ジュンの家の「ホームセンター」はコマンドー・エリートにとっては武器の宝庫になる。
そしてゴーゴナイト・アーチャーとケンたちとの友情、逃げることしか知らない他のゴーゴナイトがアーチャーのために立ち上がるところ、「作戦遂行」のプログラムのためには人間を犠牲にすることも平気なコマンドー・エリートに対するアーチャーの怒り……、とにかくすっごい盛り上げてくれる。

何より泣けるのが、「ゴーゴナイトは『ゴーゴン島』という伝説の島を探している」という設定。もちろんおもちゃ会社が彼らに「プログラミング」したのだから、それはまさしく「設定」なのである。そんな島はもちろんどこにもない。だがゴーゴナイトはそれを知りながらも、自らにプログラムされた「ゴーゴン島」を探し続ける。
これって、まさに「人間そのもの」じゃないスか。(99.0905、滑川)



・「まんがでわかる科学万博−つくば85」監修:渡辺茂、作画:二階堂正宏(1985、銀座光雲閣ギャラリー)

なつかしい、つくば万博が始まる前に発行されたとおぼしきPRコミック。子供の頃の、貧乏で怠け者の平賀源内宇宙人のポピーが、お釜型の宇宙船に乗って地球と人類の歴史を概観し、その後つくば万博を見て回るというもの。
内容的には、気味の悪いキン肉マンのバッタモノ・スブタマンのいるスブタマン星からやってきた、というポピーの設定と、後はほとんどが簡単な科学記事とパビリオンの解説なのだが、「なぜ平賀源内なのか」が明らかになり、ホロリとさせる結末はなかなかのもんだと思います。
まあ、つくば万博に興味のある人が読んでください。
……私は行ったこともないから……。(99.0904、滑川)



・「密教念力 超人となってとべ 金剛界編」 原作:桐山靖雄、画:飯田耕一郎、構成:大塚英志(1989、徳間書店)

新興宗教・阿含宗のPRコミック。普通の青年・九藤一樹と、グル・森尾繭羅の密教修行(たぶん阿含宗のメソッドなんだろう)を主軸に、ネパールからやってきた悪い超能力少女と繭羅との超能力合戦を描く。
マンガを宗教のPRにするのはめずらしくはなく、コスモメイト(だっけ?)や幸福の科学でもやっているし、あのオウムも昔はタダでマンガパンフを配っていたものだ。
このテの作品ってのは、たいていがコロコロやボンボンに載っているゲームのコミカライズのような、何かプロットを淡々と消化しているようなものになりがちだ。

しかし、まぁ何かのエッセイで宗教コミックをやるなら云々、と方法論を語っていた大塚英志と、むかしっから密教系オカルトマンガを描いてきた飯田耕一郎のコンビなので、グンニャリしたすんごい化け物は出てくるし、超能力合戦もかなりハデで、さながら「幻魔大戦」や「孔雀王」みたいな展開になっている。
最後の最後に主役たる桐山靖雄を持ってくるあたりも、ワザをきかせている。

ところで、私は飯田耕一郎が特定の宗教を信じているのか、どの程度オカルトにのめりこんでいるのかは知らないが、個人的印象から言うと初めて読んだ「沙の悪霊」(「リュウ」連載)がいちばん面白く感じて、その後の「邪学者 姫野命シリーズ」は回を重ねるごとに、神秘主義の世界観を切り取った、その世界内ではリアルな話になっていった(つまり飛躍がなくなった)ような印象がある(あくまで印象)。

このテの話は、わりと特定の世界観に忠実ではない、恐いものしらずの方が面白い展開になるような気が、個人的にはする。

本作は、……まあこの宗教に興味のある人だけ読めばよい。
……ボクはいいです。(99.0904、滑川)



・「ハイパーコロコロ 夏号」(1999、小学館)

「ハイパーコロコロ」、春号夏号まとめて感想文! 下の方も見てネ。

・「マジック:ザ・レジェンド」(小野敏洋)

カードゲーム「マジック・ザ・ギャザリング」のコミカライズ。ゲームの、じゃなくて、その世界設定をもとにしたファンタジーマンガ。
多次元宇宙の中心・ドミナリアで古代スラン文明の遺跡(アーティファクト=魔法機械)などを掘り出す日々を送るウルザミシュラの兄弟が、巨大アーティファクト「スーチ」
とその動力源たる魔力原石「パワーストーン」を求め、旅立つ。

わたし的には、色っぽいおねーちゃん・トカシアが出てきた時点で満足です(笑)。
続きは別冊コロコロ12月号にて。

・「ALTO」(おぎのひとし)

コンピュータの天才・アルトを主人公にしたマンガ第2回。
私自身はコンピュータに関しては門外漢だが、それにしても中学生くらいをターゲッ
トにコンピュータを題材にするのはむずかしいと思う。
それをうまくクリヤしていると思います。
CPUの連続放火事件を調べるうち、アルトはすでに死んだはずの自分の先生にして
「クラッキング」の天才、「クラッカージャック」の影を見いだす。死んだはずの彼が
なぜ……。いま流行の「ペット育成ソフト」ネタとも合わせ、クラッカージャック
とアルトの壮絶な戦いが繰り広げられる。
「壊れるものはダメなもの」と言いきるかつての師に、アルトは勝つことができるか?

ヘンにむちゃくちゃにもならず、専門的にもならず、いいバランスでコンピュータを
題材にしていると思う。
また、主人公のアルト(要するにコンピュータ問題の「ブラックジャックみたいな存
在」)が、「報酬は金ではなくコンピュータ関係の重要機密データ」であるところも
シブい。これなら、主人公が陳腐化の早いコンピュータの技術を常にゼロから開発
しているようなムリな設定をつけなくてすむ。

もっと続けてほしい作品。

・「ガンガン! 頑太」(こしたてつひろ)

MTB(マウンテンバイク)のマンガ。ホビー系。

・「アストライダー ヒューゴ」(田巻久雄)

「春号」から続く第2弾。宇宙から搾取? する地球とそれに伴う太陽系空間統制の
時代に出没する宇宙海賊「アストライダー ヒューゴ」の活躍。

今回、なぜヒューゴが海賊を働いているのか、の謎が明らかになるが、それが実にス
ペオペなのである!! 燃えるぜ!
まさかコレで終わりなのか!? 我、田巻氏のコロコロ系雑誌再登場を願うものなり。(99.0902、滑川)



・「ハイパーコロコロ 春号」(1999、小学館)

・「アンディ・フグ物語 鋼鉄の魂」(坂井孝行)

k−1ファイター・アンディ・フグの実録マンガ。生い立ちの不幸なアンディは、強
くなるために空手を始める。このマンガのテーマは「公平(フェア)」である。なぜならば、アンディが小さい頃から「傭兵の子」として差別されてきた(不公平)からだ。

あるとき、アンディに「試合が終わった段階での蹴りが決まってしまい、1本負けし
まう」という事態が起こる。
「武人たるもの、試合が終わった後でも戦いにのぞむ姿勢をくずしてはいかん!」という大山総裁(そうは描かれていないが)の一言で、アンディの負けは決定してしまう。
そのショックで道場をやめたアンディは、「ウチの大会は公平(フェア)だ」という石井館長のもと、K−1へ参戦することになる。
そしてアンディの考える本当に「フェアなジャッジ」のもと、彼はチャンピオンの座を勝ち取るのだ。

この「試合後の攻撃で負けた事件」はけっこう有名な話らしい。コトの真相を滑川は知らないのだが、まったく同じエピソードが「グラップラー刃牙」にも載っていた。
面白いことに、ここではこのジャッジの評価は正反対で、「武人はいかなるときも戦いの姿勢を崩さない」ということが教訓として描かれている。

「何をもってフェアとするか」はむずかしい問題だ。
格闘技マンガによく登場するのは「これが殺し合いだったら負けていた……」「これが木刀でなく真剣だったら負けていた……」というようなセリフだが、これは逆に言えば「殺し合いでなければ勝ち」「木刀であるから勝ち」ということでもある。
実際のルールと結果を「勝ち」と評価するか、「もしも殺し合いだったら」というイフを評価するかは、作品によって違う。
そして、この「もしも……」が成立してしまうことが、他のスポーツと格闘技を分けるいちばんの点ではないかと個人的には思っている(まあ「時間切れ」とかはどのスポーツにもありますけどね。「もし時間が1分あれば……」とか)。

・「ハッスルマン」(ピョコタン)

「おはスタ」に出てくる気味の悪いタンス人間みたいののデザインをしている人が描いているんだと思う。町内の平和を守るヘナチョコヒーロー「ハッスルマン」と、ヘナチョコ悪の軍団「フンニョークラブ」の対決。わかりやすいバカバカしさが、ナイス。

「おじさん」(なかむらひとし)もほぼ同じ感想。

・「熱血正義!! V−ボーイ」(上山道郎)

宇宙人たちとの交流がはじまった地球で、宇宙人がらみの犯罪を防ぐため、じいちゃんがつくった変身セットで「Vーボーイ」となり戦うブン。だがガールフレンドのアーシアちゃん(サイラ星人の美少女)は暴力が大嫌いなので、変身を秘密にしている。
そして二人がデートで行ったデパートをゾエア星人が占拠、恐怖政治が行われている母国の同士解放を要求する。
「罪もない自分たちを人質にするなんて、それも恐怖政治をしているヤツらと同じなのでは……?」意義を唱えるブンに怒るゾエア星人だったが……。

けっきょくゾエア星人は悪者だったことがわかるのだが、それにしたって「圧制に対抗するために暴力を使う」ことが是か非かという問題はおいてけぼりのままだった。
作品としてのカタルシスはあるけど。

・「激走 Buggy! RCボーイ」(青木たかお)

定番のRCマンガ。

・「ALTO」(おぎのひとし)

ハッキングの天才少年、ALTOがコンピュータ犯罪に挑む。飛躍や解説がどの程度ならだいじょうぶかのさじかげんのむずかしいテーマだと思うが、とてもよくまとまっている。

・「アストライダー ヒューゴ」(田巻久雄)

遠い未来、人類は宇宙に進出したが、宇宙での生産物はみな地球に吸い取られ、宇宙開発の意欲が急速に失われつつあった。
そんな中、神出鬼没の宇宙海賊、「アストライダー ヒューゴ」が現れた。軌道警備隊のレジーナ・ベネット警部(美少女)と連邦宇宙軍の憲兵隊とは対立しながらヒューゴを追っていく。彼の行動の真意は!? そして本当の巨悪はどこに!?

ひっさびさに読んだワクワクもののスペースオペラ。ヒューゴのデザインは「黒いキャシャーン」か「ポリマー」といったところ。スマートでカッコいい。

水玉蛍之丞はインタビューがとてもうまいと思う。
(99.0902、滑川)


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