つれづれなるマンガ感想文8月後半

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一気に下まで行きたい



・「うわっその子きれい殺す」好美のぼる初期作品集上巻 好美のぼる(2001、UA!ライブラリー)
・「ねずみ娘」好美のぼる初期作品集下巻 好美のぼる(2002、UA!ライブラリー)
・「全開少女キャスティ」 NEO'GENTLE(2002、富士見出版)
【テレビドラマ】・「明智小五郎 対 怪人二十面相」 (2002、TBS)
【同人誌】・「ロマンスはお好き? トンデモ・ハーレクインロマンスのめくるめく世界」 改訂Vol.1(2002、カラオケの艦隊)
・「忠犬ディディー」 古賀亮一(2002、コアマガジン)
【同人誌】「ジャック・チックの妖しい世界」 唐沢俊一(2002、東京文化研究所)
【同人誌】・「究極の女ターザン本」 山本弘(2002、心はいつも15才)
【アニメ】・「サイボーグ009」
【アニメ】・「陸上防衛隊まおちゃん」 第7話
・「漫画アサヒ芸能 無頼王」 Vol.6(2002、徳間書店)
【名言集】・マンガ、小説などの名言集
・「聖闘士星矢」(13)〜(15)(完結) 車田正美(1989、2001、集英社)
【イベント】・「WAGONSTYLE」(2002、於:shibuya DeSeO)
【イベント】・「シネマ秘宝館20」(2002、於:ロフトプラスワン)
・「YOUNG キュン!」9月号(2002、コスミックインターナショナル)
・「メイド・ウーマン」 かるま龍狼(2001、二見書房)
・「聖闘士星矢」(11)〜(12) 車田正美(1989、2001、集英社)
【アニメ】・「陸上防衛隊まおちゃん」 第6話
・「コングラッチュレイプ」 祭丘ヒデユキ(2002、普遊舎)
・「シャイニング娘。」1.First Shining  師走の翁(2002、ヒット出版社)
・「ふしぎ占い少女 ちょっとだけ☆マーメイド」(1) のぞみえるつきよ、たちばな真木(2002、小学館)






・「うわっその子きれい殺す」好美のぼる初期作品集上巻 好美のぼる(2001、UA!ライブラリー)

唐沢俊一・ソルボンヌK子両氏が手がける、貸本マンガ復刻シリーズ第8弾。

「自分の悪口を言ったものはすべて死ぬ運命にある!」と信じた少女がギャング団にとらわれたりする数奇な運命を辿った(?)「魅せられた乙女」、貧乏でかわいそうな少女の数奇な運命を辿った(?)「幸薄き星」、ライバルから妬まれたり怠け者の父親がわがままだったりする少女がスターとなる「テレビスター」を収録。
「うわっその子きれい殺す」は、「幸薄き星」に出てくるセリフで、そのシチュエーションがあまりにすごすぎるので本のタイトルになったらしい。実際、すごすぎる。

どれもすごいが、個人的には「魅せられた乙女」のラストには度肝を抜かれた。以前から何度か疑問を提示しているのだがこの頃のムリヤリなスリラー調のマンガって、本当にあまりにもムリヤリで、逆にすごいことになっている。たぶん普通の本格推理小説とかを読んでいたマンガ家はまれだったのでは。

それ以前のシリーズについての私の感想については、ここらへんを参照してください。
(02.0830)



・「ねずみ娘」好美のぼる初期作品集下巻 好美のぼる(2002、UA!ライブラリー)

唐沢俊一・ソルボンヌK子両氏が手がける、貸本マンガ復刻シリーズ第9弾。

蛾を食ったり蛾に変身したりする不気味な少女が、あやしげなトルコ人をしたがえて自分よりかわいいと思った少女を次々に殺していく「青い蛾」、何かが取り憑いたネックレスが人々を次々に殺していく「ネックレスは笑う」、ねずみが屋敷にたくさん出てきて、少女がソレを操ったりなんだりする「ねずみ娘」を収録。

「青い蛾」の徹底した内容のなさ(でも謎の蛾少女の悪意とたくさん人が死ぬことだけは読者に伝わってくる)がなかなかにすごい。いつものドラッギーな感触がいまいちない、「好美先生、調子悪かったのかな……」と思わせるダウナーな感じの「ねずみ娘」は逆に意外。
(02.0830)



・「全開少女キャスティ」 NEO'GENTLE(2002、富士見出版) [amazon]

成年コミック。A5。半裸のスーパーヒロイン・キャスティが、悪の組織・ゼノムの怪人(美少女タイプ)に正義の鉄槌を下すため、人工男性器みたいので犯したり犯されたりしながら戦うマンガ。

……なんだか説明することはあまりなくて、本書のあとがきですべて書かれちゃってる感じがする。このあとがきにあるとおり、ギャグが途中で入ったりタチとネコが入れ替わったりするのでだれに感情移入していいかわからず、当惑を覚える。 以前に読んだ「性獣少女戦ヴァギュナス」のようなねちっこさがないのが残念。

表紙やカラーページのフィギュアは自作らしい。たぶん。キャスティのデザインは、おそらくガンダムがモチーフ。
(02.0828)



【テレビドラマ】・「明智小五郎 対 怪人二十面相」 (2002、TBS)

公式ページ
江戸川乱歩原作の「少年探偵シリーズ」のドラマ化。2時間半のスペシャルドラマ。27日、夜9時放送。
明智小五郎が田村正和、二十面相がビートたけし。ヒロインは宮沢りえ。

実は放映前からスッゴイ期待してまして、それはここのところとんと見ない「明智もの」をまたドラマで見られるということ(稲垣メンバーの明智、もうやらないんでしょうなあ。それに新解釈の「ヘタレな青年明智」というコンセプトがどうにもこうにも……)、しかも「地獄の道化師」でも「黒蜥蜴」でもなく、「二十面相」であるということ。実にひさしぶり。キャストも訴求力ばっちり、カネもかかってそう。
二十面相ファンの私としては、企画を知った段階でお腹いっぱい、だからフタをあけたら失敗でもいいやとすら思っていました。

あらすじはほとんど書くようなものでもないんですが、冒頭、終戦間際に秘密の実験台となった男が手術の結果、自分の顔を見て怒り狂い、暴れ回っているうちに爆撃にあって研究所ごと崩れ去り……という意味深なシーンから始まります。まあ、普通見てりゃこの「暴れ回っていた男」が二十面相だと察しはつきます。

で、昭和23年。すでに明智と二十面相の対決は行われていました。警部役の伊藤四朗はあぶなげないなぁとか、明らかに二十面相だと思われる謎の奇術師をだれも二十面相だとは最初思わないのは最高だとか、「ロマノフのナントカ」という宝石を持つ未亡人の黒木瞳のおおげさな演技がイカすとか、次に狙われるお屋敷のご婦人が森下愛子なのもすごい「妥当」な感じがするとか、セットにカネかかってそうとか、前半はそういうことばかり思い浮かびます。
しかし、二十面相は「血を見るのがきらい」どころか、宮沢りえには刃物を突きつけて人質にとるわ、かなりひどいことをします。たけしの言葉遣いもやくざ映画のノリで、ちょっとガラの悪い二十面相です。そもそも、明智の奥さんを過去に爆殺している。このドラマでは、怪盗としての二十面相よりも、明智に対する復讐者としての彼に重点が置かれていることがわかります。

明智を殺すのが目的の二十面相なんて無粋きわまりないと思い、前半部分でかなり見る気をなくしたんですが、後半のあざやかかつ強引な明智の逆転劇といい、ちっとも美少年じゃない小林少年の意外かつ強引な活躍といい、個人的には満足で、前半のフラストレーションを払拭してくれます。
地下に閉じこめられた明智の両側の壁がせまってくる……! なんて、2002年にもなっていまだにこういうシーンが新作で見れて、ある意味うれしかったです。

今回、「なぜ二十面相が明智を憎み、復讐しようとするのか」がオリジナル設定として付け加えられているということがドラマのウリのひとつでした。ラストには、それが明らかになります。ここで陳腐な社会批判とかやられたらたまらんなと思っていたんですが(冒頭のシーンから「戦争」とか「戦後」がテーマになりうることは予想がつきますから)、私としてはなかなか納得のいくものでした。
……まあこういうことがあったのなら、殺人者、復讐者としての二十面相を描いたとしても許してやろうかな、という感じで。

おそらく同一メンツでは豪華すぎて(ギャラが高すぎて?)続編はつくられないと思いますが、今度は「血がきらいな二十面相」もぜひドラマ化してほしいと思います。
「血がきらいで」、子供をさらってもご馳走で機嫌をとろうとする、恐いんだか恐くないんだかわからない二十面相を。
(02.0828)



【同人誌】

・「ロマンスはお好き? トンデモ・ハーレクインロマンスのめくるめく世界」 改訂Vol.1(2002、カラオケの艦隊)

79年の日本上陸以来、「恋は本屋さんで売っている」というキャッチコピーで(むかしは「読むたびに、あなたはヒロイン」)、毎月40点以上刊行されている外国ロマンス小説のシリーズの中から、「トンデモ」なものをピックアップして紹介する本。
本書では日本やアジアが舞台、あるいは日本人や東洋人が登場人物のものを取り上げている。そうしたものには、やっぱりツッコミどころが多いようだ。

たとえば「マダム・バタフライの夜」マドレイン・カーでは、日本在住のイギリス人のオヤジに「日本ではこうするのが普通」(大意)と言われてヒロインがムリヤリ混浴させられたり、「箱根から銀河へ」バーバラ・ブレットンでは日本にやってきたイギリス人女性が、箱根で花火師のアメリカ人男性と恋におちたりする。
「愛のとぎれた朝」マリー・ニコールには、本書「ロマンスは……」の著者により「イタい! イタすぎる! 漫画家と声優の萌え萌えラブストーリー」と紹介タイトルが付いており、あらすじを読むかぎりまさしくそのとおりでちょっとこれはすごいですよお客さん。

個人的に少し読んでみたいと思ったのが「チャイナ・ドール」マーガレット・ムーア。ちなみに清朝の時代の話らしい。
幼い頃両親を海賊に殺され、広東の商人に引き取られ奴隷としての教育を受けてきた白人美少女・ブラッサム。彼女は主人が破産寸前と知り、自らをイギリスの堅物紳士に身売りして主人を助けようとする。ちなみに、この紳士は借金のカタに美少女(処女)が送られてくることに激しく当惑する(らしい)。

……これ、あらすじを読むとほとんどSFおしかけ女房モノに近い。英国紳士は紳士ゆえに、広東一の娼婦に性技を学んだブラッサムという据え膳に手を出すことができず、ヒロインを一人前のレディに育て上げる。レディとなった彼女に恋愛感情を抱き始める英国紳士……って、あらすじを読んでいけばいくほど「SFおしかけ」のおおまかなプロット、って感じなんですよね……。
最後にちょっとしたアクションシーンがあるところまで、美少女アンドロイドや妖精なんかの超能力を連想させます(あくまであらすじを読んだかぎり、ですけどもね)。

さすがに「娼婦の技を会得した処女」がヒロインというのは珍しいかもしれないけど、勝手におしかけてきてカタブツの男を(意識的、無意識的かは別にして)誘惑しまくり、なんだかんだあったあげくに男と女として愛し合うようになる、というプロットが、ハーレクインロマンスというパターンをきわめた小説群の中に入っているということは、未熟なる私の「SFおしかけ」研究過程において考えさせられるものがあります。
ちなみに、正確には「チャイナ・ドール」は「ハーレクイン・ヒストリカル」という時代もののシリーズだそうですが。

あ、それと本書に登場する多くのヒーロー(相手役の男)が登場時にはつっけんどんだったり無愛想だったり(でももちろん実は優しいイイ男)、というのは現在の少女マンガ誌「ちゃお」とかと変わらないですね。いろいろとパターンの普遍性にも思いをはせる本であります。
(02.0828)



・「忠犬ディディー」 古賀亮一(2002、コアマガジン) [amazon]

天才犬・早乙女がつくったイヌドロイド・ディディー(犬耳のついた美少女型、巨乳)、天才猿・猿田彦がつくったサルドロイド・エイム(貧乳)、天才鳥・異雉子獄(いきじごく)のつくったトリドロイド・ビアード(幼女)が、普通人の女の子・亜美ちゃん(ディディーの御主人様)などと遊んだり騒いだりするドタバタギャグマンガ。

やってることはいつもと同じなんだけど、「ニニンがシノブ伝」なんかと比べるとなぜかパンチが弱いように感じた。主人公のディディーが「基本的に笑い以外の感情はあまり表に出さない」(あとがきより)という設定だったからか。この作者のマンガに毎度出てくるヘンタイ異生物の位置にある天才犬・早乙女も、登場時はちょっと地味だったし。
だから「幼女好きの天才鳥」、異雉子獄(いきじごく)が出てからの方がドタバタ度は増したと思う。名前もすごいし、頭が雉子で身体は完全な人間体という、「14歳」のチキンジョージみたいなやつである。もともとの世界設定に輪をかけた存在になってる。

気の弱い美少女幽霊のマンガ「ユレバケ」も同時収録。このタイトル、シンプルでいいですね。
(02.0826)



【同人誌】

・「ジャック・チックの妖しい世界」 唐沢俊一(2002、東京文化研究所)

夏コミにて購入。「究極の女ターザン本」に続いて、またアメリカン・コミック(広い意味で)の紹介本です。
むろんX−メンとかそういうのではない。横13センチ、縦7センチの横長の小冊子(「トラクト」というらしい)、いつだったか郵便受けに投げ込まれていた、あるいは街角で配布されていた、「キリスト教を信じないと地獄に堕ちる」というのがテーマの、ナゾのコミック。それを出版(自分でも描く)しているジャック・チックについての解説本である。

本書によるとジャック・チックという人はキリスト教原理主義者で、他の宗教はおろか、ローマ教会もエホバの証人もモルモン教も、すべて邪教だと弾劾する。その追及の手にはいささかのゆるみもないので、単なるお説教コミックの域を通り越して何かすごいことになってしまっているのである。

チック本人はもともとマンガ家で、いかにも「マンガ」な丸っこい描線の人だったようだが、リアルタッチの絵の人を雇ってリアルな(内容的にはぶっとんだ)作品をたくさん出版している(らしい)。といっても、本書を読むかぎり別に「あざとく過激な内容にしてやろう」という意図があったわけでもないらしく、その語り口そのものに恐さ(&味)がある。
チックワールドでは、彼の考える基準から逸脱するものはすべて悪。しかし原理主義に改心すれば、神は救ってくれる。布教をする人はこっちがヒくほどに自信満々。回心する人もこっちがヒくほど涙を流して今までの行いを悔いる。ある意味、過激な世界。
「キリスト教(原理主義)を信じないと、善人だろうと善行を施そうと地獄に堕ちる」という考えは、一般的に無宗教だと自認している(まあ深くつっこめば実はそうでもないような気もするが表面上は)我々にはショッキングなものであるが、「案外そんなものだろうな」という気もする(注:あくまでファンダメンタリストがそうだろうな、ってコトで他のキリスト教については知りません)。
●コムのおねえさんが優しいのは「はじめてのア●ム」をしてくれた青年にだけで、アイ●ルで起こったトラブルを持ち込んでも唾をはきかけられるだけだろう。ファンダメンタリズムの神も、そんな感じだ。

トンデモではなく傑作として紹介されている「SOMEBODY LOVES ME」は、親から虐待されて行くところもなくなったかわいそうな少女が最後に神によって救われるという単純な話だが、確かに何ともいえない気持ちになる作品。
キリスト教ってもしかして「こうでも考えなきゃ、やってられねえよ!!」っという世の中に対する不全感から出てきたのかもしれない、とか思った。少女が手にした「SOMEBODY LOVES ME」という(おそらく)キリスト教のパンフレットについて、説明してやる布教者だか信者だかのおねえさんがいたくフツーの表情なのがイイなと。あくまでも少女を救うのはそのおねえさんじゃなくて「神」なのね。
(02.0826)



【同人誌】

・「究極の女ターザン本」 山本弘(2002、心はいつも15才)

97年に出た「女ターザンコミックスの世界」と昨年出た「女ターザン映画の世界」を合体させ、大幅に加筆修正した本。

コミックの部分については「女ターザンコミックスの世界」についての私の解説・感想でだいたいこんな感じ。ちょっと奥にしまいこんでしまって細かく付き合わせたわけではないが、本書ではさらに詳細な解説になっていると思う。

本書で明言されているように、おそらく女ターザンコミックスは本当に「くだらない」のだとは思うが、その中のひとつ、「ケイヴウーマン」の公式ページを見るとイラストがなかなかイイです。創始者のバッド・ルートは比較的日本人好みの顔の女の子を描くと思う。フランク・チョーという人も描いているが、こちらはこちらですっきりした描線でイマっぽくていい。すべてのアメコミに共通することだが、ちゃんとくちびるを描いているのがいいよなあ。

「女ターザン映画」はというと、これも掲載されているスチールを見るのはなかなか楽しいのだが、傑作というのは皆無に近いらしい。なんかさすがに探索の途中で無力感に襲われているのが手にとるような感じで……。
しかし、あとがきにあるように「作品そのものはくだらなくても、そのくだらなさを紹介する文章」はとても面白いです。今度は日本のマンガやアニメに出てきた女ターザン本をいつか。頼みます。
(02.0825)



【アニメ】・「サイボーグ009」

公式ページ

ついに来週から、バン・ボグートが出てきて黒い幽霊団との戦いが表面化するようだ。原作どおりなら、このままあのラストシーンまで突っ走ることになる。

絵がヒドい回があるとか、いろいろ言われたりもしたけど、私は今回の009シリーズはけっこう好きだ。絵は70年代以降の石森キャラソックリ、戦闘シーンも考えられているし、各キャラクターの声も慣れてくるとけっこうイイ。007や008のヒトとか。002の怪人ゾナーとか。ギルモアの麦人とか。←なんて読むのか、知らない。
声優にはぜんぜん詳しくないんだが原作タイトル「アステカ」に登場する「王女イシュキック」の声が島本須美だったりすると「やっぱり……」とか思ったりする。 私はロリには興味ないので、「おねーさん的な声を出す人」がたくさん育ってほしいと思う。「新キューティハニー」の人とか。「Gガンダム」のレインの人とか。レインの声の人って引退したんだっけ? 忘れた。わかんない。

あと、003をチャイナドレスにさせたりとか、石森章太郎だったらまずやりそうもない遊びをしているのもいい。それと、003の私服って全般的にエロいな。なんか「男の人が『女の人の服ってわかんないけど、こういう感じだろう』って調べて書きました」みたいな感じで。原作の003もそうだったんだけどね。伊丹十三的に言えば「西部劇に出てくる女教師のようなエロさ」だ。ここんとこ、わからんやつはわからんでいい。

で、肯定した上で、手の内がある程度読めてきた感も否めない。「ミュータント戦士編」だっけ? あれ、原作あったかどうか忘れたけど、プロットは妙に単純だし、ラストシーンは「ミュートスサイボーグ編」と似たような感じだったし。テレポーターとの戦いとか燃えたんだけどねー。
だから、今後の展開でどうするのか、いい意味で予想を裏切ってくれないんではないか、という予感はある。
シリーズ全体を通して、スカールとの戦いで「黒い幽霊団」との最初の戦いを切って、後のサンデー版などのエピソードをつなげたことで冗漫になってしまったという仕方ない面はあると思うんだけどね……。だって2クールだったら、そうするしかないような気もするし。

……ってな感想。
(02.0824)



【アニメ】・「陸上防衛隊まおちゃん」 第7話

昨日の自分の書き込み見たら、かなりテンパっていたことがわかる。意味なく長文だし、いまさら篠原ともえって……。ちなみに「シノラー」は「しのはらのファッションをマネするコたち」という意味で、しのはらそのもののことではない。……なーんて、偉そうなこと書くと自分自身の別の間違いがどこかで発覚したりする。それが人生のバランス。恋なんて、バ〜ランス♪(by少女隊)
でも篠原ともえは「ゴジラ映画でイカす死に方をした女」として芸能史に名をとどめることになるから、いいじゃん。

本題。陸・海・空をかわいいエイリアンから守るまおみそらシルヴィアは、3人のバトンみたいのを揃えるとすごいビームが出て、かわいいエイリアンを無傷でスムーズに保護できるらしい。3人の気持ちが揃い、ビームが出そうになったところで……というような話だったと思う(もうビデオ消しちゃったから忘れた。上から「うたばん」撮った。ユウキのクビや保田の「卒業」をギャグにできるのって、石橋しかいないかも)。

唐突だが、今回かぎりでもう本作について書くのやめる。ネットを巡回していると、深読みしてる人と「深読みを誘発しているだけで面白くない」って言ってる人と、ただ幼女に萌えている人と、意見が分かれちゃっててぜんぜんかみ合わないように感じるから。
何度も言うように、私は本作を深読みしようとは思わない。通して見て、「ギャグ的に」面白いかつまんないかだけ。
今回、ギャグとして面白かったと思うんだけど。ダメかな? ラストのお風呂に浸かってる宇宙人、ちょっとかわいかったじゃん。ダメかな?
私はあくまでも「突撃! パッパラ隊」「ギャラクシーエンジェル」などのギャグアニメと本作を同列に見てますから。で、個人的には「ギャラクシーエンジェル」よりは好き。「パッパラ隊」よりは劣るかなあ。

だが実はわざととぼけている部分もある。やはり、どうしても、本作は「ギャグでない部分」に触れざるをえないつくりをしている。それはどうとぼけても払拭しきれない。

ここで思い出すのは、前にしのはらについて書いたからというわけではないが電気グルーヴが世に出よう出ようとしていたときに主張していた「ゴールデンラッキー批判」だ。
電気のメンバー、卓球と瀧はかなりのマンガ読みだった。マンガ読者としてラジオのコーナーを持っていたほどだ。
で、二人は「ゴールデンラッキー」が大嫌いだった。ついでに言うなら、原秀則も名指しで批判してた。
根本敬が大好きでアニメ絵大嫌いの二人が、原秀則のスタンスを批判するのはわりとわかりやすかった。が、なぜ「ゴールデンラッキー」なのか。
詳しくは忘れてしまったが、要は「笑えなくて、なんだかカッコつけてるから」というような理由だったと思う。本人たちは「きちんと批判して、論争にまで高めたかった」(大意)と言っていた(結果的には、当時の電気の知名度モロモロのせいか、ほとんど話題にならなかった)。
ここら辺は彼らの音楽性とも関わっていて興味深いところではあるが、とにかくマンガにおいて、当時(6、7年前)、「ゴールデンラッキー」は確かにその「面白いかつまらないか、どこを面白く感じるか」というツボのようなものが他のギャグマンガと違うため、論争になっても不思議はなかったと思う。

同じことは「陸まお」にも言えると思う。このアニメは、私は頑としてギャグアニメとして評価するべきだとは思うが、それはぶっちゃけて言えば私自身がポストモダ〜ン的な文脈とはなるべく関わりたくないからである。たとえば同じデタラメでも「はれときどきぶた」的なデタラメ作品とはちょっと違う。「陸まお」のデタラメさを説明するには、多少言葉を選ばなければならない。
しかし、現時点ではたやすく「悪い意味で深読みしてる」、「すぐポストモダ〜ンとか言い出すオッチョコチョイなやつ」、「製作者に踊らされている」などと揶揄され、痛くもない腹をさぐられかねない。

……ということで、私にあまり益がないので、完結するまでもうコメントしません。

「ギャグとそうでない部分のはざま」を論じることのむずかしさを肌で感じつつ、撤退することにします。
(02.0823)



・「漫画アサヒ芸能 無頼王」 Vol.6(2002、徳間書店)

なんだか体調が悪い。胃腸の調子がおかしいのと身体がだるいのと、いろいろ。
夏風邪か!? と思う。急に涼しくなったし……。こういうときには、脳内で整理されていたと思ったことどもが、一気に出てくる。混乱したままで。
そんな無力感。
あと、風邪についてふざけて書くとなかなか治らないというジンクスが自分にはある。

人間、病気になると凹む。この間、どっかのだれかが一家を惨殺し、小学生の男の子だけは一命をとりとめた、とテレビのニュースで見た。同級生が千羽鶴を持ってお見舞いに行くと言っていた。
それを見た瞬間「つきあいで鶴を折ったやつもいるんだろうなあ……」と、私は皮肉な笑いに顔をゆがめた。しかし、その次に思った。「もし、つきあいで折られた鶴を見ても、その鶴を『心を込めて折ってもらったんだ』と信じて、あるいはわざと誤解して、そうしたものにすがらなければならない状況があるんじゃないか」と。

広義のサブカルとは皮肉屋の言い換えでもあり、ネットを巡回していると「偽善」という言葉をよく目にするけど、重要なのは偽善が偽善だからではなく、それが好意として効果的に機能しているかどうかだ。それは受け手の問題でもある。「わらにもすがりたい」と思ったときに提示されたものが何か。トラッシュだろうが偽善だろうが、夢や幻だろうが、そういうものにすがって生きなければならない瞬間が、人生にはある。そういうとき、受け取った人間が幸福になれるかどうか。
ものごとが「善」か「悪」かは、その流通ルートから享受者のお手元に届くまでを視野に入れて見なければならない。

……ということで(と言いつつ、以後は関係ない話)すさみきった気持ちを癒すには個人的にはいい意味での「ポップス」しかない。で、「モー娘。」とかだとベタなので篠原ともえ「チャイム」を聞いていたんだけど、あんまり懐かしくて泣けてきたよ。
デビュー当時のしのはらは「ブス、ブス」と言われていたけど、私はちっともそう思っていなかった。「チャイム」って、オービタルの「チャイム」からタイトルとったんだよね多分??? 今聞いても編曲にムチャクチャ力が入ってるっぽい。タイトルだけでなく、本当にチャイムの音色が美しく流れる瞬間がある。歌詞も独特だ。
「ナゴムギャルがカリカチュアライズされてここまで来た」と言われた篠原ともえと、石野卓球のプロデュース。この関わりにどの程度卓球の意志が入っていたかはわからないが、あいかわらずイイ球投げていたな、と思う。

逆に言うと、卓球が離れて直後は楽曲的にもたいしたのがなくて、私も篠原への興味が薄れてしまった。そして、そのままだ。
宇崎竜童と組んで「篠竜」というコミック系の歌で攻めたりもしていたけれど、あまり売れなかったと記憶する。

やはり「普通、コミックソングと受け取られてきたような歌をマジ歌にまで昇華させてしまった」という、モー娘。およびハロプロの展開が篠原ともえに陰をおとしている部分もあると言わざるを得まい。
戦略とか何とかいう以前に、あれだけ集団で固め打ちでこられては、ピンのコミック歌手は一発屋で終わらざるを得ないのだ。
何やら、80年代ジャンプ全盛期の新人の大量発掘、およびジャンプブランドの浸透と拡散を思わせる一種の人海戦術である。

そうなってくると、元チェキッ子の五十嵐恵が「スター・トレック」をよく見ているらしい、なんてネタも吹き飛んでしまう。

あ、またダークになってきた。というわけで本題。本誌「無頼王」の話です。

本誌は「とことんハードな灼熱コミック!!」というのがキャッチフレーズらしい。しかしタイトルが「無頼王」というわりには、それにふさわしい無頼な作品はほとんど載っていない。

「神陰流・柳生十兵衛伝 鬼刃(KIJIN)」伊賀和洋 原作:峰隆一郎、脚本:五島慎太郎は、さすがに原作が時代小説であるだけあって、プロットはしっかりしていそうだ。主役の柳生十兵衛も、「無頼王」の名にふさわしい気がする。

「はぐれ庖丁人無宿 暴れ板 豪介」 土山しげる、原作/いしぜきひでゆきは、料理人マンガ。伝説の名包丁をめぐってどうたらこうたら、それで旅館のパンフレットに載せる「夏」をテーマにした料理をつくれ、という話。
前々から思っていたのだが、土山しげるは「食キング」もそうだが感動のシーンで登場人物が必ず泣いてしまう。これは、読者は泣く興味をそがれてしまう。いくらなんでも、もう少し抑制のきいた演出を望む。

「なにわ遊侠伝 平成版」どおくまんプロは、やくざがドンパチやるマンガ。どおくまんもまったりしてきたね〜。いろんな意味で。

「ビタミン・クリニック」大和正樹は、スケベな整体師や元ヘルス嬢の美人アシスタントが、あなたのお悩み解決します!! ということで、今回は仕事のストレスからSMのマゾプレイに走って身体がガタガタになってしまったサラリーマンを治療。正常なセックスへ目覚めさせる。
これじゃなんだか変態の行き場所がどこにもない気がするが、深く考えてもしょうがない話。私はこの作者のマッタリ作風は嫌いではないんだが……。
また、この作者はエッチマンガなのにおそらく日本一女のオッパイをぞんざいに描くことでも有名。

「Miss,Judge」森園みるく、原作:小早川浩は、水商売の女性、実は弁護士という主人公が無知につけこまれる一般庶民を助ける。簡単な法律知識も身に付くし、今回のオチはなかなかいいんじゃかいかと思います。

「ダークエージェント」長沢克泰は、なんだかわかんないけど日本のサラリーマンが、台湾の裏社会とも丁々発止で渡り合いながらビジネスするマンガらしい。3回集中連載の第2回。

「イカせてズームIN」下條よしあきは、AV会社の女社長がキビシクAVを撮影。

「ちばけろ!! 京次」八潮路力は、探偵もの(たぶん推理ものにはあらず)。今回が最終回なので、面白いかつまらないかもわからなかった。

他に「パチンカー虎の穴」指導:高木ナシロウ 画:井上ジロー「イケナイ女教師」如月次郎 。「イケナイ……」は性同一傷害を認めるカタチになっているが、同じ雑誌の中で「ビタミン・クリニック」ではSM=悪ってなってんだよなァ。考えさせられますね。

ギャグ4コママンガは「笑ってなンボ!!」芳井一味「今夜も手酌で」ザビエル山田。ザビエル山田は、サラリーマン哀愁ギャグより今回のような、ややシュール系の方がいい。

次号がいつ発売かは、徳間書店のHPにも載っていなかった気がする。次号は隔月連載らしい、柳沢きみおの女子アナドタバタマンガが載るので、それは期待してイイと思う。
(02.0821)



【名言集】・マンガ、小説などの名言集

昨日の朝くらいから体調が悪くなって、なんだか胃腸の調子がおかしいのと身体がだるいのと、いろいろ。
夏風邪か!? と思う。急に涼しくなったし……。ネットを巡回していると、世間一般で風邪が流行っているかどうかがすぐわかる。しかし、わかるからといってどうにもならない。ビクつきながら、風邪にかかるのをじっと待っているしかない。
そんな無力感。

あと、風邪についてふざけて書くとなかなか治らないというジンクスが自分にはある。

以前、クローズドのパティオの巻頭に、マンガや小説の、自分が名言だと考える文章を抜粋して載せていた。
パティオの内容そのものは依然クローズドだが、巻頭の名言集はそうではないので、気まぐれにちょっと並べてみた。セレクトした私の趣向がわかる内容ではある(笑)。説明コメントは書き直した場合もある。

……と思ってはみたが、いざ並べてみるとたいして面白くないな。自己満足的で。
でもせっかくだから、載せる。 (以下、名言集)




ディクソン「強くなりたいんだって? アミーゴ」
範馬刃牙「あの……」「そのケガ……」
ディクソン「強くなるってことはいいことだアミーゴ」
「強くなるため ケイコをする……」
「毎日……毎日……」
「友と出会った日も……」「彼女と別れた日も……」
「毎日……毎日だ……」
「そしてある日自分が強くなったことが理解(ワカ)る」
「すると何が起こると思うアミーゴ」
「対戦相手が恋人(ボニータ)に見えるのさ」

・「グラップラー刃牙」(20)、第177話「そこへ戻れ!」より(1995、秋田書店)
まったく架空の異種格闘技シミュレーションマンガであった「グラップラー刃 牙」連載中、グレイシー柔術の優位性は観客(=読者)には絶対的なものに見えるようになった。その中にあって作者が選んだ道は、「ブラジリアン柔術家を手玉に取 るワンランク上の戦い」の存在を誇示することだった。
このため、「刃牙」ではブラジリアン柔術家は今まで一度も勝っていない! 彼らが負けることで、戦いは高次元へとシフトしてしまうのだ。ヒクソン・グレイシークリソツの男・ディクソン。「何でもあり」の大会での公式記録、700戦無敗。その彼が 「地下闘技場」でボコボコにされた後のセリフ……。重みありすぎである。

↑なんか、コレを抜粋した当時はかなりいろんなことにやる気になっていたらしい自分。現在ではそのやる気のかけらもない。世の中に、寝るほどラクはなかりけり、浮き世のバカは起きて働く。

「名まえは忘れた 事故でね……
過去のきおくもない……
人はおれのことを地獄と呼んでいる
あんたもおれのことをそう呼ぶがいい」
「は、はあ……」
「地獄と!」

・「ガクエン退屈男」永井豪より(1971頃、1985に朝日ソノラマから再刊)
学生運動が国中を巻き込んで騒乱状態になった日本。学生ゲリラの早乙女門土と身堂竜馬が学校から生徒を解放させるために戦うが、実は彼らは「戦いたいから戦う」という己の獣性に従うだけの男たちであった。
このコンビは後に「バイオレンスジャック」で復活するが、「ルパン三世」や「寅さん」のように人気になると「悪の部分」が抜けてしまうキャラクターが多いのに対して、(身堂はともかく)門土は最後までダーティヒーローであった希有な例である。
上は血みどろ学園校長・三泥虎の助の部下「地獄」と銀行の頭取との会話。「名まえはわすれた……」「過去の記憶もない……」は高校のときに私の周囲だけで流行ったセリフである。……なんで流行ったのかな???

−−走れ、走れ、それでも走れ、月が見てるぞ、猟奇の果てを。

・「猟奇王」 川崎ゆきお(1979、プレイガイドジャーナル社)
猟奇王。ロマンの帝王、猟奇界の若きプリンス。現実より夜見る夢をリアルに感じる超重病の男。江戸川乱歩的ロマンは去り、味気ないリアリズムが闊歩する中、猟奇王は舞台もなく、必要とされず、ただ悶々と廃屋で子分の忍者と無為に時を過ごす。
いつの頃からか、闇のロマンはリアリズムに追いやられ、猟奇王の見る夢は、まごうかたなき夢想と一笑にふされる。だがロマンの血は押さえきれず、ときには無計画とアドリブで街をパニックに叩き込む……。

ファーザー「よーし、さっそく街へ出てルネッサンスを起こす。」
「そして人文主義とルネッサンスを発展させながらもてるんじゃよ。」
「こ……こりゃすごいことだぜ?」
オンナスキー「……すごすぎて嫌だなあ。」

・「神聖モテモテ王国」ながいけん 第3巻、第4話「ウイ マドモアゼル」より (1998、小学館)
女の子にもてたい孤独な高校生・オンナスキー(偽名)と彼の家に住み着いた謎の宇宙人(宇宙人かどうかもさだかでない)ファーザーとが、毎回毎回「こうすればもてるのではないか」と、ない知恵を絞ってはドタバタが起こるというギャグマンガ。この回では「画家はもてる」と思ってそのフリをする。
いや〜本作品は名言の宝庫ですな。ネームをかなり練り込んでいるか、あるいは天才かのどちらかだと思う。「宮廷画家・宮廷ハニー」ってのはだれも考えつかねえよ。私もルネッサンスを起こすぞ。心の中でひっそりと。
98.3.3

「21世紀に緑の森なんぞはいらん。21世紀にはなあ、林立するビルとビルの間 を透明なチューブが通っていてそこを」
『エアカー』
「が走っていなくちゃいけねえ」
「町行く人はみんな動く歩道に乗っかってなきゃダメ」
「動く歩道ったってあの、空港にあるようなエスカレーターのひらべったいの じゃないぞ」
「自動車並のスピードでビュンビュン動く、どういう材質で作られてんのか不 明の科学の勝利的シロモノだぞ」
「この動く歩道、アーサー・C・クラーク先生は」
『液晶で作れば作れる』
「と言っていましたが、さすがわかっていらっしゃる、SF作家のカガミだねえ」

・「ガラダマ天国」唐沢商会 Vol.111「バライロの21世紀」より(1997、ぴあ)
やっぱり21世紀ってスゴイ重工業的なテクノロジーの未来、ってイメージありましたからね、子供の頃は。少しはこういうことを言っているモノを紹介してもいいかな、と思って。自然は大切です。ラブ&ピース!(などと、おためごかしにフォローしてみたりする)でもやっぱり「バライロの21世紀」だよなあ。
98.3.14

ドッボーン(ジョジョと敵が同時に水に飛び込む)
スピードワゴン「ジョースターさん!」
ツェペリ「ま……まずいぞ! 水中では! 呼吸が! 呼吸ができない! 
つまり『波紋法』ができないッ!」
ジョジョ『吸い! そして吐くひと呼吸! ひと呼吸でいいのだ! 肺の底ま でしみ通る空気! そうすれば『波紋』を起こせるッ!』

断末魔の一瞬! ジョジョの精神に潜む爆発力がとてつもない冒険を産んだ!
普通の人間はおいつめられ息が苦しければ水面に出ようとばかり考える だが ジョジョは違った! 逆に!
湖底へもぐった!

(ジョジョの回想に出てくる、死んでしまったお父さん)
『なにジョジョ? ダニー(犬)がおもちゃの鉄砲をくわえてはなさない?
ジョジョ それは無理矢理引き離そうとするからだよ
逆に考えるんだ 『あげちゃってもいいさ』と考えるんだ』

・「ジョジョの奇妙な冒険」(4)77輪車(リング)の勇者の巻より (1988、集英社)
現在でも連載が続いている「ジョジョ」の第1部は19世紀末のイギリスを舞台に、ジョナサンとディオという2人の青年が人間を吸血鬼として不死身化する「石仮面」を巡って戦いを繰り広げるという、伝奇ロマン的要素の濃厚な作品であった。
なんつーか、ただ戦うだけでなく、初期設定にあちらの伝奇・怪奇小説の趣があり、独特の「情緒」があったんである。初代ジョジョは優等性的で後の子孫に比べるとキャラが弱いような気がするが、初代であってこそ、邪悪の象徴であるディオにはああいうキャラが必要なんだと思うのであった。
上は「ピンチのときに親や師匠の言葉を思い出す」というパターンだが、ダイレクトでもなく、かといって抽象的・哲学的でもない父のさりげない言葉が実に実によくきいている。
98.3.20

「清潔で甘く香る高岡早紀のような長い髪」
「小猫のような愛らしさを秘めた安田成美のような瞳」
「そのルックスとアンバランスな性格の悪さゆえ どっかに行ってしまった河合その子(新田恵利然り)のような小さいくかわいい唇」
「誰に聞いても知らない江原由希子のような透き通る白い肌」
「そして均整のとれた北原佐和子のようなキュートなボディー」

・「放課後戦隊ゴタッキー」(1)そらみみくろすけ 第2話「恐怖!! ラッキーキノコ」より(1992、講談社)
「ヒーロー研究部」に入部させられ、「ゴタッキーブルー」をやるハメになったロック少年・仙道秋里が一目惚れした美少女・水原かの子の、仙道自身による描写。……江原由希子っていうのは、現在の「YOU」のことらしい。

朝霧舞子「ふふふ、浜津の高岡早紀と呼ばれたこの私の肉体美で 1年生のウブな少年達を前かがみにさせてやるわ!」
岡本そあら「前かがみって何? そあらわかんなーい」

・「行け! 南国アイスホッケー部」(2)久米田康治 「新入部員勧誘マル秘大作戦!の巻」より(1992、小学館)
「なぁんと南国・九州の高校にアイスホッケー部が? おまけにカナダから凄い助っ人がやってきた。その名も蘭堂月斗。今日もさえわたる、その卑怯・テクで、リングはますます大混乱!」というコピーが1巻に載ってた本作。後にアイスホッケーとは縁もゆかりもない下ネタギャグマンガとなる。

両作品とも、92年頃には高岡早紀がマンガの中に名前が散見されることがわかる文献でした(笑)。おそらくフルーツ・イン・ゼリーのCMが流れまくったころでしょう。江口寿史の「エリカの星」で「早紀」の名前が出ていたと記憶しているが、あれって単行本になってたっけ? 忘れてしまった。

……「かってに改蔵」、全部読んでいるわけではないが、自分の絵柄が一時期江川達也っぽかったことには言及しないのかな? んん〜?
98.3.24

「青いペンを買ってきて
白い紙を買ってきて
おれだけの狼を書いた。」

沢松終一「タモリ野郎だとっ!?」
「ふざけるな! この右目はなァ〜〜っ」
「てめえらチンピラを片づけたとき作った……」
「おれの勲章だ!」

・「マッド・ウルフ」(1)金井浩也 作者コメント、及び「男の勲章!!の巻」 より(1981、秋田書店)
沢松終一は、不良とのケンカがもとで殺人を犯してしまい、少年院へ入る。
出てきて高校に復帰してからも、「マッド・ウルフ」と恐れられる不良のままではあるが、他人とつるまず、弱きを助け強きをくじく孤独な男。先生や友人たちを助け、助けられながらも、自分がもっともソンな立場に進んで入っていく、古き良き時代のヒーローである。
絵柄は当時主流だった本宮ひろし調の劇画とはまったく異質の、アメコミが少し入った感じ。プロテクター付の黒いツナギを着たマッド・ウルフの造形は、独特なバタ臭さを感じてなかなかカッコいいものがある。
全2巻、古本屋の100円コーナーなどでたまに見かける。
98.3.28

「彼の名はデレスケ」
「今日の彼は意気揚々と早歩きだ」
「今夜は『音無可憐さん』の放送日――」
「最悪で凄すぎて 見たくないのに見ていたい」
「『あぐり』の最初の頃や河村隆一のカメラ目線も同じカテゴリー」
「思わずJ・フレンズおどりもとび出す始末」
「『聖者の行進』はどないやねん?」
「気が付いたら関西弁で
ジャミロクワイ帽が当たっていた――」

(手書き文字で)「いらないけどほしい。」

・「銀河漫画小説ケツオ&オカメ 禁じられた黄昏に……」ボビンチョ浅田 第153話より(1998、週刊プレイボーイ3月10日号)
週プレ連載のマンガ。追っかけ続けているわけではないからよくわかんないんだけど、ケツオとケツオの親父はモロサザエさんキャラ。オカメはアヤナミ風美少女。中島はロボトミー手術かなんかを受けたらしいが正気も保っているらしい。毎回、展開に妙な哀愁が漂う(「どくしゃさんといっしょ」という脳天気なコーナーに混ざっていてるのがなおさら……)。
デレスケってのもだれだかわからん。あ、ノリスケか。
連載はすでに終了しましたね。
98.4.10

赤ずきんちゃんが、森の中の小さな小屋の中でテレビを見ている。隣の部屋では、白雪姫たちがオムレツやケーキを焼いている。そこへ突然、数匹の怪獣が乱入してくる。イスをけとばし、食べ物をけちらし、部屋の中はめちゃくちゃになってしまう。そのあとも怪獣たちの数はどんどん増え続け、次から次へと部屋に侵入してきて、そこらじゅうのものを壊しにかかる。
ところが、乱暴狼藉をはかる怪獣たちにまぎれて、一匹の青い怪獣だけが皆から離れて様子を見ている。
この怪獣、ちょっと変わってるね。
「そう、この怪獣は悪者じゃないの。カネゴンといってね、よい怪獣なの」
「へえ、怪獣にも良い悪いがあるの?」
「あるわよ。だってゴジラだってよい怪獣でしょ。カネゴンはね、お金を食べるの。お金を食べるとエネルギーが出てね。他の悪い怪獣をやっつけられるのよ」
「ふうーん。でも一匹だけで、こんなにたくさんの怪獣をやっつけられるのかな」
「わかんない」

・別冊宝島「映画宝島 怪獣学・入門!」(1992、JICC出版局)
・子どもはなぜ、怪獣が好きなのか? 治癒力としての怪獣の形象(村瀬学) より、山中康裕「中年期の心」(中公新書)の中の箱庭(療法)に関する部分 の要約
ある登校拒否の少女が、精神科を訪れた際につくった「箱庭」の内容。
「箱庭療法」は、たくさんあるおもちゃを使って箱庭に自分の思いどおりの世 界をつくってみることによって治癒のサポートとする療法だが、ここでは「な ぜ怪獣がよく使われるのか」についての論考となっている。
「なぜ怪獣なのか」についてはひとまずおく。むろんカネゴンのストーリーは「お金を食べて悪い怪獣をやっつける」というものではない。子供の心の中に、「カネゴン」が自己治癒のとっかかりとして現れたのである。「乱暴狼藉を働く怪獣」が彼 女の心の中にたくさん現れても、一方に、一匹ではあるけれど、バランスとし て良い怪獣「カネゴン」が現れた。というエピソードである。
98.5.13

「昌三−−。こんなの考えちょることは理想よ。夢みたいなもんじゃ。山守の下におって仁義もクソもあるかい。現実いうもんはの、おのれが支配せんことにゃどうもならんよの」
(第2部広島死闘編、千葉真一のセリフ)
「わし等うまいもん食ってよ、マブいスケ抱く為に生れてきとるんじゃないの。それも銭がなけにゃァ出来やせんので。ほうじゃけん、銭に体張ろう言うのが、どこが悪いの!?」
(第3部代理戦争、成田三樹夫のセリフ)
「どっちの側で戦うんない?」
「どっちいうて、わしゃどっちにも怨みはないけん、中立でおるよ」

・映画「仁義なき戦い」名セリフ集
別にコメントすることはないな。この間「広島死闘編」を見直したら、なぐり込みに行くシーンで千葉新一が、帽子の上からハチマキしてたことに気づいた。こういう「ちょっとした冗談」も深作映画の魅力だと思う。
98.7.18

「太助さま……」
「もし迷惑でなければ」
「あなたの中にある『孤独』や『寂しさ』から」
「あなたを守ってさしあげたいのですが」

・「まもって 守護月天!」(1)桜野みねね 第1話「守護月天、招来」より (1997、エニックス)
中国の伝説の女神・守護月天は、本来災難から主人を守るのが役目。だからぶっそうな超能力もたくさん持っている。だが現代日本ではほとんどその能力は必要がなく、また守護月天・シャオの出番もない。いったん帰ったシャオが自らの意志でまた戻ってきたときに出たのがこのセリフ。

これを98年当時わざわざひっぱってきたのは、「おしかけ女房もの」の概念を広めようと私なりに一生懸命になっていたからだと思う。
98.9.2

悟空「いくらためてもそんなのはしょせんはした金」
「だって太陽は空にはりついたでっけえ金貨なんだぜ!」
紅孩児「空なんて見上げているヤツはスキが多くて狙いやすい」
「俺さまはいつだって見下してるぜ」

・「悟空道」山口貴由 第51難 火雲洞悪童対決(かうんどうあくどうたいけつ)(1998、少年チャンピオン)
「西遊記」を下敷きにした肉弾アクションマンガ。とにかくすべてがスゴイ。
やっぱりアクションマンガは造語能力がないとだめですな。あとけっこう私の周囲でたくさんの人が読んでいるから驚いたのであった。
98.9.24

「Xファイル」観るときにゃ
明かりを消して気分を出そう
映画作るときゃクロサワみたいに
サムライ出したいな
チャンネル変えなきゃ
「セイラー・ムーン」に
イカしたアニメっ娘がオイラを
「いけない気持ち」にしてくれる

・アメリカの、どっかの、パンクバンドの歌の歌詞
TVBros.の、ウエイン町山のコーナーで紹介されていました。JASRAC(で略称いいの?)の番号も載っていないんで、多分洋楽を独自に訳したものでしょう。
ブロスの購読をやめてから、もう数年経つ。今は青春の幻影(by銀河鉄道999)。
98.11.10

(食い詰めている「自分」と菊池との会話)
(前略)「よく、夜になったら小汚ねぇ奴等がギター弾いてうた歌って、小銭集めてるだろう。あれやろう、あれ」「あんなの恥ずかしいよ」「俺だって恥ずかしいけど、しょうがねぇじゃねえか。
(中略)「違う違う。分からねぇかな。もっと歌もんだよ。スタンドバイミーとかよ、あるだろ、そういうの」というと菊池はジミヘンをやめて、ズチャズチャズチャズチャ、とスタンドバイミーのイントロを弾き始めたので、自分は安心して歌の練習にとりかかった。大声で、「へんざない、はずかむ」とここまで歌って、自分は愕然とした。自分は、この曲の歌詞を知らなかったのである。知っているのは出だしの、へんざない、はずかむ、のところと、サビの、ダーリンダーリン、というところだ けだったのである。自分は歌をよして菊池に謝った。「わりぃ、わりぃ。俺、これ、歌詞知らなかったわ」
(中略)最後まで歌い終わって得意げな菊池に、むかついた自分が、磯釣り音頭を歌い、それからは、じゃあ、あれ知ってるか、これ歌えるか、って、いかに相手の知らない曲をたくさん知っているか大会になり、終いには、「大黒音頭でどんとやれ」なんて苦し紛れの即興まで飛び出して、結局、なんの音合わせもせぬままに酔っぱらって寝てしまったのである。

小説・「くっすん大黒」町田康(1998、文芸春秋)P56〜57より
職もなく、女房にも逃げられた主人公と、その子分?菊池。どうにもこうにも金がないため、苦肉の策で上記のようなことを思いつく。
作者の町田康は、以前は「町田町蔵」という名前でロック(パンク?)を歌っていた。その歌い方と歌詞に、筋少の大槻ケンヂは多大な影響を受けたことを隠していない。大槻ケンヂの言う「ダメ人間」も町田の影響かどうかはわからないが、オーケンの言う「ダメ人間」とは正確には「自我が強くて他人に迷惑をかけてしまう」、ポジティブな意味あいを持っている言葉だ。
しかし、いやはや、町田康の描くダメ人間は本当にダメ人間だ。そしてそこに不思議な愛嬌がある。こんな文章を書けるなんて、恐ろしいヒトだ。
99.01.13

「わいらはたしかに応援団や」
「試合があればどんな部かてでばったるわい」
「けどのーっ」
「ほっといても自分で勝てる部となんぼ必死にやってもだめな部と」
「その両方の部がおなじ日に試合やるとしたら……」
「わいはだめなほうの部を応援したる!!」
「自分たちの力で勝てんから応援したるんじゃい!!」

・「ガクラン八年組」しもさか保(完全復刻版1)より(1999、リイド社)
応援団長・西条大鉄、剣道の達人・山崎平九郎、番長・原田力。
地蔵堂学園に入学して留年続きで8年にもなる3人は「ガクラン八年組」と呼 ばれ、恐れられ、慕われている。少年マガジンに82年から連載された作品。
パロディではない超人番長伝説の、最後の残滓。

99.0606

「お前が、あの噂の 波瀾万丈?」

アニメ「無敵鋼人ダイターン3」(第1話 出ました! 波瀾万丈)より (1978、日本サンライズ)
「『ザンボット3』を見たことがない」というのがいまだに負い目になってい て、見りゃイイんだけどなかなかヒマが取れないもんだ。だから、「ダイター ン3」を語るときにもいつも遠慮がちになってしまうんだが、「軽妙な会話」 ということで言えば絶対にJ9シリーズよりもゴーショーグンよりも「ダイ ターン」だと思っている。
99.1016

「みろよ 球四郎! 十五万大観衆が…… そして テレビを みてる なん千万という主義主張の違う人間が……」
「この試合の中じゃひとつに まとまっている! ……革命というのは 野球をつうじてもできるんじゃねえのか!?」

「アストロ球団」(5)「ビクトリー球団『超人結集』 編」遠崎史郎、中島徳博(1975〜76、1999、太田出版)より
聞くと読むとは大違いで、よくギャグとして語られてきた「アストロ球団」ですが、私にとってはちっとも笑うところはなく……最後まで真剣に読んでしまいました。
まあコロコロ系読み慣れてくると自然とそうなるんだけどさ。確かに命削って描いていた、って感じはする。どちくしょおおおおお〜っ!
99.1126

「このハチきれんばかりの若さはなんだ!!」
「ダブダブの服で分からなかったが」
「なんと見事な体だ」
「まさに我を忘れむさぼるようにユカを食べた」
「凄い!!」
「凄すぎる体だ」

・「夜の紳士」第6回 柳沢みきお「不思議な関係」(2000、漫画アクション2月15日号)より
「年をとるほど不良になれ!」「伸るか反るかの恋愛遊戯!」と書いてある月イチ連載らしいが、途中から読んだので内容がサッパリわからない。50代の勤め人・中条が、自問自答しながらコギャルをかみさんに秘密の隠れ家に連れ込んだり、年上の知り合いが若い奥さんをもらうのをひたすらに羨んだりするマンガ。月イチなので1話完結だと思うが、事件らしい事件はほとんど起こらず、ただひたすらに中条の自問自答が続く。
上にあげたように、ネームもなんだかヘンだ(まあ昔からだが……)。それにしても多作な人だよなァ。などと柳沢きみお風につぶやいてみたりする。
00.0201

「それはあなたもおなじだろう」とジャスペロダスはいった。「あなただって、それをさがし求めていた」
「それについては……そう、ガーガン教団に参加した時点では、意識を獲得したいという気持ちがありました。しかし、いまわたしはなんの失望も感じてはいない。意識の獲得など不必要だという観点に到達しましたから」
「本物の存在になりたくない、と?」
「われわれには存在がないとあなたはいう。そしてそう、たしかにそのとおりで す」
とソクラテスは彼特有の静かでひかえめな声で認めた。
「それでも、われわれはわれわれが存在すると『考える』のです。たとえ現実にはそうでなくても。そして、その考えの中では、ある意味で、われわれは存在しているのです」
ソクラテスはいったん言葉を切り、また口をひらいた。
「ガーガンの決意のことを考えてみてください。長年にわたる彼の努力、そして事実上理解不可能な概念を理解することに成功したあの頭脳を。そこには、ある種の『存在』があるのではありませんか?」
「アーリマンの世界でだけの話だ」
「アーリマンの世界もそう馬鹿にしたものではありませんよ」

・「光のロボット」 バリントン・J・ベイリー、大森望:訳、P311〜312 (1985、1993、創元SF文庫)より
「ロボットの魂」の続編。ジャスペロダスは、世界で唯一の「意識を持ったロボット」。彼が「自分だけがなぜ意識を持つのか?」の謎を探る魂の遍歴が前作であるならば、自分の存在に意味を見いだしたジャスペロダスが、今度は「ロボットが意識を持つ方法」を論理的に解明してしまったロボット「ガーガン」の「すべてのロボットが意識を持つ」という野望を阻止せんとするのが本作。
はっきり言って、ここでの意識の問題は言葉遊び的な一種の詐術であり、それだから こそベイリーは「SF専門の作家」にとどまっている(普遍性を獲得できない)とも言えるのだが、それらを考慮に入れてなお、しみじみとした感動がある。それは「意識のあるロボット」という自分自身に不完全さを感じているジャスペロダスが、そのまま人間の意識のありようと対応しているからだろう。
ちなみに「ソクラテス」は、ソクラテスという名のロボット。
00.0408

鮫島はその腕をつかんだ。晶はふりほどいた。
「あんたやっぱりバカマッポだね。正義感ぶって、怪我しても、殴られても、 俺がやんなきゃ誰もやんない、って、法律背中にしょって、つっこんでくん だ。死んだら本望だろ。格好いいって思ってんだろ」
鮫島は大きく息を吸いこんだ。
「そんなことはない。恐かった。殺される、ところだった」
「嘘だね。殺すなら殺せって、見得を切ったんだろ。さあ撃てって」
「ちがう!」
鮫島が怒鳴ったので、晶は黙った。

小説・「新宿鮫」大沢在昌(1991、光文社)より P204
新宿を舞台にした刑事小説。現在でもシリーズが続いており(私は未読)、刑事モノのブームをつくった。実際の新宿を取材したうえによい意味での荒唐無稽なストーリーを乗せている。
また「普通刑事は一人で行動しない」「反骨の一匹狼など公僕としてやっていけない」という刑事モノによくされるツッコミを設定上でクリヤするなど、優れた小説ではある。しかし、作者の大沢在昌は劇画の原作なども多く、作風も実際「劇画的」だが、なぜこれほどまでに批評家スジからもホメられたのか、寡聞にして知らない。

ちなみに晶は日本人離れした巨乳のロックシンガーという設定だったが、映画 では田中美奈子が演じ、一同ガッカリした。

このコメントを書いた当時から、続編を1冊も読んでいない。正直、ホメられすぎという気がするが。どんなもんでしょうか。

さあ、鮫島の立ち姿に感動した後は、同じ作品の中ですっかりダークになるやりとりを紹介しよう。

……おまえ、まさかおたくじゃねえよな
「ネッケツ」がそういったとき、彼は一瞬、どきっとした。自分がおたくじゃないことを、彼は一番よくわかってはいた。だが、人から見ると、自分はおたくに見えるかもしれない。奴が「ネッケツ」に何ていうのか、そのときだけは、真剣に、奴を見た。
奴は何も言わなかった。ただちょっと悲しそうな顔をしただけだ。もし奴が「そうなんすよ、こいつおたくで」なんていったら、きっちり仏壇のことをばらしてやろうと、彼は覚悟を決めていた。

「新宿鮫」大沢在昌(1991、光文社)より P59
さあ、ダークになったら、風呂に入って布団にくるまって、寝よう……。

そうなのだ。我々は、さとりにつきまとわれて、こちらの思うことをことごとく読みとられても「ふぬけ」になるし、かと言って逆に、さとりを追い払うべく思いがけない存在になろうとしても、同様に「ふぬけ」となる。いずれにせよ現在、さとりは我々に対して、圧勝しつつあると言えるであろう。ではどうすればいいか。方法は一つしかない。あえて「ふぬけ」になろうと努力するのである。そうすることのみが、さとりにとって「思いがけないこと」であろうからである。

・「もののけづくし」別役実 P74 (1993、1999、ハヤカワ文庫)より
「もののけ」(妖怪)の解説をすることによって、社会批評・社会評論をしようという意図の本だが、その筆致はストレートではなく、また必ずしも風刺を意識していないものもあり、読んでいくうちに頭がこんがらがってくる。
安易なキメウチを拒否したところに本書の神髄があると思うので、池内紀の解説は完全に蛇足。引用した文は「さとり」の項のモノで、「さとり」とは「ブラックエンジェルズ」にも出てきた、人の心を読んでしまう妖怪のこと。私が好んで使う「ふぬ け」の意味合いと微妙に異なるが、あまりにナイスな言葉なので書いてみた。
00.0526

(02.0821)



・「聖闘士星矢」(13)〜(15)(完結) 車田正美(1989、2001、集英社)

文庫版。これにて完結。11巻から12巻あたりの私の感想では「もう飽きてきた」と書いたが、13巻の頃から敵の目的が明確になり、またメリハリが復活したように思う。さすがにやってることは同じことのくり返しになってきて、「ま、まさかあれは……」「そ、そんなバカな……」とか言って、キラーッって背景が光って敵が飛んでいって、ということばっかりになるのだけれども。

分解装着図の付いている冥衣(サープリス)(敵の身に着けている聖衣みたいなやつ)もタネ切れになってきたのか、怪物じみた造形の「たたまれ方」がそのまんま、人体に装着するようになっているのが多い。
けっきょく兄弟の絆がテーマに戻ってしまったり(星矢と聖華、瞬と一輝)、「ハーデスの正体は実は……」というのも「リンかけ」ですでにやったネタだったり、それを後にやめたり、と迷走っぽい感じはあるが、「リンかけ」の「毎週まいしゅう後がない感じ」に比べるとずっと洗練されていると言える。

それだけに、毎回見開きでキラーッて光って「なにい!!」とか言ってるところしか印象に残らなかったり、ギャグだかなんだかわからない「天敗星」を持つ敵とか(そんな不吉な星のもとに生まれたら、普通相当凹むと思う。実際一瞬のうちにやられる)、「聖闘士が一度見た技でやられないのは今や常識!!」っていつの常識なんだとか、そういうところばかり目立ってしまっている感じはする。

それとねえ……やっぱりアテナのキャラクターの書き込みを、もう少ししておいた方がよかったと思う。でないと、星矢たちが忠誠を誓う理由が希薄になってしまうし。
マジ書きすれば、心理描写的にまともなのって、星矢と魔鈴の関係と、瞬と一輝の関係だけなんだよね(とくに、一輝が何度も蘇ってくる過程は伏線にもムリがなくて実にすばらしい)。で、そういう涙の兄弟ネタって作者がもっとも得意とするところだし。
悪く言えば、いちばん得意なところだけが唯一まとも、ってコトなわけで。
で、後から思えば心理描写、キャラ描写としてまともになりそうなのって、他には星矢と邪武のライバル関係だけだったような気がする。今にして思えば、の話になるけどね。

まあでも、車田正美作品のひとつの完成形ではあると思う。
(02.0819)



【イベント】・「WAGONSTYLE」(2002、於:shibuya DeSeO)

今日は若干アクセス数が多いです。こういうときに考えるのは、せっかく当HPを見てくれた人に「なんだつまんねーじゃん」と思われないかどうかということ。こんなときにかぎって更新するネタがなかったりするんだよね。
……と少々のプレッシャーを書いてみたところで(書いてみたからってそういうコトが軽減するわけじゃないんだけどね)、本題。

WAGONSTYLEは、8月2日に行われたDJイベント。いまや「DJイベント」とか「パーティ」とかいっても幅が広くなりすぎて、そう書いただけでは何の説明にもならなくなってしまった。よくテレビで、センター街にいるコギャルが自分たちが出入りしてる、って言ってるクラブってどこにあんの? どんな曲がかかってんの? ホントにドラッグの売買とかしてんの? それとお下劣トランスとハイパーテクノみたいのしかかけないクラブってどこにあんの?
まあどっちも行きたくもないんですけどね。行ったらぜったい「キモい」とか言われるよね。そこにいるコギャルどもに。あとチーマー風カップルに。
関係ないけど、昔は女子高生・女子大生は「ウソ、ホント、信じられな〜い」と「かわいい」しか言わない、と悪口を言われてきた。だけど今は、もう一歩踏み込んで「キモい」っていう、マイナスの感情を一言で表すすべを会得したワケね。
キモい禁止!! キモいって言うな!! おれに向かって!!

また話がそれた。あらためて本題。
このイベントは、いわゆるレンタル店や中古屋のワゴンに眠っているようなCDからイイもの、笑えるもの、珍しいものを掘り出してきてそれでDJイベントをやろうって主旨のもとに開催された。
まあ私もほそぼそと変わったCD集めてるんですけど、今回の出演者が持ち寄ったワゴンCDを安く(1枚10円で)お客さんに提供してくれるコーナー、ホントにビックリするほどレアものばっかりだった。段ボール箱3箱ぶんくらいあったけど、ぜんぶまとめて箱買いしてもいいくらいだった、マジで。
けれども、なんていうか「自分たちのやりたいことはこういうことです」っていうアピールの意味もあったと思うんで、あまりに買いあさるのもどうかと思って自重しました。でもけっこう売れたみたい。ワゴンのマニアらしきお客さんがいて、店番している人と濃い会話してたしなあ……。「こんなの集めてるの、おれだけだろうなあ」とか思っていると、必ずもっとすごい人がいるんだよね。

イベントの内容については、公式ページのこのコーナーを参考にしてください。
それにしても楽しかったです。

こうした「だいぶ前の、あるいはちょっと前だけど大ヒットしすぎてすぐに二束三文になったCDを掘り出してくる行為」、およびマキシシングルで最近カップリングで入ってるテクノREMIXをフロアでかける行為っていうのはまだまだ好事家の域を出ませんが、私としてはたいへんに重要だと思ってます。

どう重要かはいちいち説明はしませんが。当HPの主旨と近いモノを感じます。
(02.0818)



【イベント】・「シネマ秘宝館20」(2002、於:ロフトプラスワン)

いわゆる「バカ映画」中心の自主映画上映イベント。今回でラストとあって、8月17、18日、AプログラムとBプログラムを昼と夜、交互にかけるカタチで2daysの興行となった。

今までの総集編的な内容であると思われ、内容も濃く、笑える中にも個人的に感慨深い上映会だった。詳細については公式ページを参照していただくとして、ざっと感想を書いてみる。
まず、私は映画を何度も見るということがほとんどないので、過去見たことのある作品でも二度見ると発見があるな、と思った。

Aプログラムが「まんがアニメ特撮特集」。ピックアップして感想を書くと、まず「戦隊もの」のオマージュであるために実に忠実な(いい意味で)引き写しになっている「銃士戦隊フランスファイブ」第1話(アレクサンドロ・ピロ監督)。フランス人がフランス語で、いかにもな戦隊チックストーリーを演じる。
OPから着ぐるみ、カメラワーク、ちょっとしたアニメ(抜け出ていく魂)など、何度見てもイイ出来。実はいまだに「ホントにフランス人が撮ったのか?」とギモンなんだけれど、出来の良さは作品を見て判断するしかないわけで。
今回、3度目の視聴だが「銃士戦隊」を「ジュウシセンタイ」とちゃんと日本語で叫んでいるところが芸コマ。

対するに、「戦隊モノパロディ」の、ある意味「日本的成熟(!?)」を思わせるのが「地方戦隊キタカントー」(ミナミユー監督)。造形のチープさを逆手にとっているというか。昨今人気のテレビのセミドキュメンタリーのパロディ。発言テロップの使い方など実に効果的。
それがなかった頃からテレビを見ている私としては、「発言テロップ」にいまだに違和感がある。しかし、本作をつくった人がいくつかはわからないが、発言テロップが肉体化されている世代のように感じた。そういう強み。

「悪魔人間10番勝負1&外伝」(永山雅也監督)は今回初見。ネタバレすると面白味が半減すると思うので書かないが(かといって、今後どこで見られるのかとかまったくわからないのだが)、要するに「デビルマン」のパロディというかなんというか……。ものすごく衝撃を受けた。このいい意味でのバカさはただごとではない。

他にもいろいろつぶぞろいでした。

Bプログラムが「映画&アクション特集」。確か深夜テレビで放送されたこともある「世にも奇妙な物語」的短編「ブラックリボン」水戸ひねき監督、自主制作とはちょっと思えないほどの血みどろ銃撃戦がウリの「がいな奴」土居一公監督などが目をひく。
ますますクォリティが高くなってちょっとスゴイことになっている「フランスファイブ第2話」アレクサンドロ・ピロ監督、70年代東映テイストが横溢する「餓鬼ハンター」高橋亨などがカッコよかった。

個人的回想をすると、私がこの上映イベントを見始めたのはながたさんにさそわれたのがきっかけ。イベント性が薄いのが普通だった(ような気がする)従来の自主制作映画上映イベントとは異なり、MCを入れたり、監督さんをゲストに呼んだり、仕込みギャグを入れたりといったつくり込みに感心した。
また、これだけ情報社会になっても、自主映画というのは家にいながらにして情報が入るということはまずありえない。コミケでも頒布されてはいるが、当たりはずれがまったくわからないぶん、購入にも二の足を踏んでしまう。そういう意味で「見たことがない、過去の有名なバカ映画」をまとめて見ることができる貴重な場でもあった。

私自身がハッキリ言えることは、こういうことはしたくてもできないだろうなあ、いやぜったいできないということ。私は「飲み屋で、仲間うちで何かを『やろうやろう』と盛り上がったりしても、翌日にはぜったいやらない」ような場面には何度も遭遇し(笑)、だからといって一人で何ができるかというとやっぱり何もできず、人を集めようとしてもやっぱり集まらないことを歯がみしてきた。
この上映会は、イベントの完成度が高いという点で、(私自身が今すぐ何かをやろうってわけではないが)自戒したり、「ものをつくって人に見せるってどういうことなんだろう?」と考えさせられもしたイベントだった。

モロモロの事情で今回かぎりということらしいけれど、私も30過ぎてこういうイベントに巡り会えて楽しめたということは、まあ、なんというか、しみじみ良かったなあと思う。
(02.0818)



・「YOUNG キュン!」9月号(2002、コスミックインターナショナル)

「麗しい課外授業」毛野楊太郎が新連載。お話は前作「アブナイ課外授業」からさかのぼる。学校で牝奴隷とされた武内久美先生は、英才クラス専属の奴隷となるために最後の仕上げとしてメイドの研修を受けるよう言われ、ある屋敷に連れてこられる。
てっきりまた陵辱の日々が始まるかと思ったのだが、大勢のメイドたちが立ち働くお屋敷内で普通のメイド修行をする日々。疑問に思いつつ働いていた久美だったが、やっぱりまともじゃ済まないのであった。

本作が最終章となるらしい。「課外授業シリーズ」の世界を説明するページあり。 実はすでに7作も出ている長編(?)作品なのであった。

「モーパラ」りゅうき夕海は、読みきり。「突然変異で牛から生まれた美少女ソックリの牛」の貧乳を搾乳するという、スゴイ話。

あと、1冊の本の中で今回メイドものが3本もあった。
作家陣は、他に龍牙翔、百済内創、いわまよしき、氷純舞、水島空彦、高苗京鈴、押田J・O、こうのゆきよ、断華ナオキ、大林森。
(02.0816)



・「メイド・ウーマン」 かるま龍狼(2001、二見書房)

成年コミック。93年頃の作品らしい。普通のメイドの女の子が、悪事を見つけると正義のヒロイン「メイド・ウーマン」に変身して戦う、という話。

メイド・ウーマンのスーパーヒーロー性というものにほとんど重点が置かれていないのが特徴か。出てくる女の子は、やや等身低めでカワイイ。
(02.0816)



・「聖闘士星矢」(11)〜(12) 車田正美(1989、2001、集英社)

文庫版の方です。それまでの私の感想はこことかここらあたりを参照。
11巻あたりから「ハーデス編」。死んだはずの黄金聖闘士たちが、ハーデスの力で冥界から蘇り、アテナを狙う。

正直、もう飽きてきました……(ヒクヒク)。このあたり、女の子ファンとかはついていってたんでしょうか? 青銅聖闘士もほとんど出ないし……。

シャカのイメージだけはなんだかスゴイけどね。なんでギリシャ神話をモチーフにした聖闘士の世界観で、ブッダの生まれ変わりが混ざっているのかとかそういう説明がひとつもないんだもん。

ま、「キン肉マン」とか「男塾」なんかと同時にやってた作品で、このあたりの神話イメージに対する節操のなさは当時のジャンプを象徴するものではあるのだが。
(02.0816)



【アニメ】・「陸上防衛隊まおちゃん」 第6話

過去に「地球防衛隊」と誤記してしまったが、公式ページにそう書いてあんだもんよ。もうちょっとやる気見せてよ!! (後から見たら、なおってやがった)
毎週感想書くのも面倒になってきた(笑)。いや、なんかブツギをかもしそうなんで毎週書いておこうかなと思って。しかしあまりに突き放してるんで、なんか「応援してやろう」って気を起こさせないアニメなんだよな。毎週感想書くんだったら、「ミルモでポン!」に切り替えようかな……。

今回は、陰でまおちゃんたちを見守っていた(?)ネコ耳女子高生の正体が明らかに。……といっても、けっきょく何なのかハッキリしないんだけどね。それにしても本当に世界のすべてを小馬鹿にしたようなノーフューチャーなアニメだ。「悪意」という「意志」すら感じとれない、川の向こうが滝壺になっていて落ちたらだれもはい上がってこれない、そんなアニメだ。

でも「朝霧の巫女」よりこっちを見てるんだけどね。
(02.0815)



・「コングラッチュレイプ」 祭丘ヒデユキ(2002、普遊舎) [amazon]

成年コミック。レイプ研究会のメンバーを主人公としたスラップスティック・ハジケエロマンガ・「レ研」(当サイトの感想はここ参照)の作者の新刊。短編集。またすべてがハジケギャグ炸裂か、と思ったら意外にそういうわけでもなく、「レ研」の続編2編やその他ぶっとんだ作品もあるが、シリアス作品もある。
この人のシリアスエロマンガは、心に空虚を抱えた登場人物たちが、それを埋めるためにセックスもまた空虚だとわかっていつつそれに没頭していく、というような印象か。空虚を空虚だとしか認識できない不幸とピュアさというか……。
しかしヘンにブンガク的に流れず、しっかりポルノなのがいい。わざわざハッピーエンドを示唆するコマを1コマ最後に入れたり、というのも気遣いが感じられる。
個人的には日常的にディープキスを行う奇妙な親娘の家に、予備校に通うためやっかいになった少女がだんだん異常な関係へと引き込まれていく「kisses」がよかった。
もしかしたらシリアス路線でも大化けするかも、と思った。

ギャグというか、ギャグなんだか何なんだかわからない方向性でいちばん面白かったのは「罪と罰からはじめよう」。エロマンガ島(名前だけは実在の島)は、日本から来るエロマンガだけしか情報がなく、すべての島民がエロマンガのようなありえないセックスをしてエロマンガ家を最も尊敬していた(もちろん実在のエロマンガ島とは無縁の設定)。
そこに訪れたエロマンガ家・祭犯プデユキはエロマンガ島の王家に歓迎され、二人の王女、カラムーチョ四世とエルニーニョ五世をてんびんにかけなければならなくなるが……という話。

この人の(ギャグというより)ハジケ作品の場合、そのギャグ的な設定自体をも上滑りさせていって、いったいどこに焦点があるのかわからないままエロシーンになだれこんでいくという独特の展開を見せる。この疾走感はすごい。
(02.0815)



・「シャイニング娘。」1.First Shining  師走の翁(2002、ヒット出版社) [amazon]

成年コミック。「COMIC阿ロ云(あうん)」連載。あらすじは「シャイニング娘。 師走の翁総集編」の感想を参照してください。
今回、単行本になって8話まで収録されている。上下巻になるらしい。

あらためて読み返してみると、毎回入る「モー娘。に多少興味のある人ならわかる」ネタがすでに風化していることに気づく。芸能界っちゅうところは、わずか半年でもうひと昔の恐ろしい世界である。そもそも「リーダーが矢内」という設定も、「長澤ゆう子が脱退するなら次のリーダーは矢内だろう」という予想のもとに始まったものだしなあ(実際にはカオリンだった)。
デリヘル嬢役をやる匣と槌の衣装がMUSIX!のやつだとか、番組が変わるともうわかんなくなっちゃうしね。ネタ的には私の知識からは今でもわかんないのとかあるし。

でも描き足しのカットとか、「COMIC阿ロ云(あうん)」のオマケだったらしい長澤ゆう子や×浦(ばつうら)亜弥のトレカのイラストなんかから、どんどん実際の動きを補完していっているからそういうのも今後楽しみですけどね。

個人的に「ミニシャイ。」のイラストがサイコーでした。とくにロゴ。
(02.0815)



・「ふしぎ占い少女 ちょっとだけ☆マーメイド」(1) のぞみえるつきよ、たちばな真木(2002、小学館)

小学二年生、三年生連載。みおは海が大好きな少女。でも泳げないし、憧れのタロットカードはお金がなくて買えないちょっと寂しげな子。ある日、あやまって海に落ちてしまったところ、海のふしぎな力が宿った「マリンタロット」を入手、その力でさまざまなヴァリエーションの人魚に変身できるようになった。
みおは海中で出会った謎の少年を好きになるが、謎のまま。そしてその少年にそっくりな入江海斗が転校してくるのだが……!?

この海斗っていうのがちょっといじわるで、恐くて、でも本当はみおのことが好きだけど素直になれなかったのでした。
昨今の「ちゃお」とか読んでいると、こういうパターンの作品が非常に多くて、いや、こういうパターンは昔っからあるんだけど、もうお約束的に結末が決まってて「どうしてそうなるのか」っていう説明がほとんどないんだよね。それは男の子の読む児童誌にも言えて、コロコロなんかで「最初は悪いやつ」だったのが勝負して主人公が勝って、「おれが悪かった」って反省して親友になる、というパターンがあるけど、最初の悪行について不問にされている場合がすごく多い。

それって教育的にもどうなん!? やっぱり悪行は悪行だし、「素直になれなかったから」って言ってもヒロインにいじわるした事実は消えないと思いませんか!?

本作は、1巻で完結してます(2巻からはまた違う主人公になるらしい)。絵はキレイでカワイイし、さまざまな特性(イルカやカジキマグロ、くらげなど)を持った人魚に変身できるというアイディアは楽しい。
付録にオリジナルのタロットカード「マリンタロット」が付いている。占い方も書いてある。小さい子向けに、少ない枚数での占いからぜんぶを使うまで段階的になってたりします。
(02.0815)

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